『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

98話 支度 [真実]

 宴会が終わり、子供達も寝かしつけた正巳は、部屋へと戻る途中にいた。


 サナも途中まで起きていたのだが、眠気には勝てなかった様で、気付いた頃には寝ていた。丁度良かったので、そのまま、サナと同じくらいの少年ミューの横に寝かして来た。


 ミューは中性的な顔立ちをしており、金髪碧眼の美少年だ。


 ただ、見方によっては少年にも少女にも見える。
 恐らく少年だと思うのだが……今度それとなく確認しておこう。


 そんな事を考えていたら、部屋の前に着いていた。


 中には今井さんが居るだろう。


 今井さんは、それほどお酒に強いわけでは無いらしく、子供達やホテルマンと一通り話した後、マムの自走充電装置チャージャーが会場まで来たタイミングで、先に戻っていた。


 今井さんが部屋に戻ってしばらくしてから、完全に出来上がったデウを『休ませてくる』と言って、先輩も戻って行った。


 どうやら、デウは色々とため込んでいたらしく、そのストレスを一気に解放したようだ。それにしても、酔いつぶれてヘロヘロになるまで飲むとは……デウには、お酒との付き合い方を教えておく必要がありそうだ。


 俺が見た時デウは、アルコール度数88%のウォッカを、水で割りもせずにジョッキで飲んでいた。……普通なら意識が飛ぶ程、強い酒だ。


 それを二杯、三杯と一気飲みしていた様子を考えるに、相当お酒には強いのだろう。いや、強いとかそういうレベルでは無いか……


 それに、サナが『このお水、変な味なの』と言って日本酒を飲んでいたのには、心臓が止まりそうになったが、どうやらサナも酔っていないようだった。


 まあ、だからと言って、子供に酒を飲ませて良い訳がないので、至急マイクで『周囲の大人は、子供が酒を飲む事が無いよう徹底するように』とアナウンスしたが……


 先輩とデウは同室らしい。
 先輩は面倒見が良く、会社の飲み会でもよく介抱に回っていた。


 それも既に、一時間以上前の話なので、そろそろデウも落ち着いたかもしれない。


 ……連絡をして、大丈夫そうであれば話をしに行こう。一応、この部屋は俺と今井さんだけでなく、子供達の部屋でもある。そこに勝手に他の人を入れてしまうのは良くないだろう。


 そんな事を考えながら部屋に入ると、リビングで今井さんがマムの調整をしていた。


「今井さん、マムはどうですか?」


「今のマムは何かを"食べる"事は出来ないから、体の中にしまっておく事しか出来ないんだ。」


 どうやらマムは、稼働限界……電池が切れる前に、何かを口に入れていたらしい。


「どうして、そんな事を?」
「そうだね……"食べる"事をして見たくなったんじゃ無いかな」


 ……人工知能であるマムが、『"食べる"をしたくなった』か、面白い。
 本当に人間の様だ。


「……パパ、マスター迷惑でしたでしょうか」


 部屋に備え付けられたパネルに、マムが現れる。
 ……マムのしっぽが、不安げに縮こまっている。


「そんな事ない。マムは俺の子だからな」
「そうさ、何か起きても僕が治すから大丈夫だよ!」


 そう言って、マムに笑いかけると『マムはパパと、マスターに生み出されて幸せですね』と言って、モジモジし始めた。


 そんな様子を見ながら、数刻前……宴会の前に話していた『マムが食べられるようになる』という事について、真剣に考えても良いかなと思った。


 別に、エネルギー効率など悪くても良い。


 エネルギーを取る為では無く、"食べる"という行為をする為の機能でも良いだろう。そう思って、今井さんの方を向いたのだが、今井さんも俺の方を見ていた。


 ……どうやら、同じことを考えていたらしい。


「大丈夫、僕がどうにかするよ。……今はマムと云う"優秀な"助手が居るからね」


 そう言って、任せてくれ!と力拳を作って見せて来た。
 そんな今井さんに『流石ですね』と答えて、任せる事にした。


 少し話を聞いた中では、"物質のエネルギー化"という技術を応用するらしく、相当に高度な内容だった。本来は、とても大きな装置になるらしいのだが、マムの制御する"3Dプリンター"を始めとした機器を使う事で、今の技術では不可能な程精密・・細密・・な部品を作り出せるという事だった。


 そんな風に話しながら、マムの機体からだを調整していた今井さんだったが、どうやら調整が済んだ様だった。


「よし、取り敢えず大丈夫だね。マム、動いてくれるかい?」


 そう言って、今井さんが開いていたマムの胸部を閉じた。


 ……中は、精巧に作られている事がよく分かった。しかし、一度閉じると、表面の皮膚が余りにもリアルで、人間の皮膚それと違いが分からない。


「マスター、動作に問題ないようです。先ほど迄感じていたような、成分の透過も確認できないので、大丈夫かと思います」


「成分の透過?」


「はい、パパ。どうやらアルコール成分を透過させる材質だったようで、体内の人口皮膜をアルコール成分が透過していたんです」


 ……要は、人間で云う『アルコールの吸収』か。


 アルコールの吸収まで再現するとは、何だか本物の人間の様で面白い。


 アルコールは、胃及び小腸で吸収されるが、今回の仕組みを応用すれば、人工知能マムの動かす機体でも、"酔う"という現象を再現できるかもしれない。


 まあ、再現それ自体に意味が有るのかと言われれば微妙な処だが……


「まあ、問題ないようで安心した」


 そう言いながら、マムの頭を撫でる。


 ……微妙な力の入れ具合で、マムの頭が動き、マムが気持ちよさそうな表情を浮かべる。


「……マム、気持ち良いとかって、感じるのか?」


「いえ、"気持ち良い"と感じる事はありませんが、受け取る情報でパパの気持ちを予測してるのです。それで……その、パパがマムを大切に思ってくれている事が嬉しいのです」


 そんな風に答えるマムに嬉しくなって『そうか、嬉しいか』と言うと、『はい、マムの全てをパパの為に使いたいほど、"嬉しい"です!』と返して来た。


 マムが、"嬉しい"をどの様に定義しているのか、少し気になっていたのだが、マムの言葉を聞いてその定義が分かった。


 その後も、暫くマムを撫でていたのだが、今井さんの『全く、嫉妬しちゃうね』と言う言葉に、我に返った。


「いや、勿論今井さんだって大切ですよ。な、マム?」


 そう言った俺の言葉に、マムが『はい! マスターはマムのマスターなのです!』と言って、抱き着いていた。


 少しの間、マムに抱き着かれている今井さんの様子を見ていたのだが……流石に『マ、マム、もう大丈夫、よく分かったよ……そろそろ放してくれるかな』と、辛そうに言う今井さんを見て『マム、それ位にしておけ』と言った。


 マムから解放された今井さんは『安易に喜ばせると大変だ……』と呟いていたが、そんな今井さんに、『マムもそうですけど、サナ達もですよ』と言っておいた。


 苦笑する今井さんの事をマムが不思議そうに見ていた。
 そんなマムを抱き寄せて、ソファに座った。


「それじゃあ先ずは、途中だった報告をしてもらうか」


 そう言って、マムに"報告"の続きを促した。
 ……今井さんがソファに座る。


「はい、パパ! 先ずパパからの依頼は、一つ目に『孤児院の所有者オーナーが誰か、パパの命を狙った者に関しての調査依頼が有りました』」


 そう言って、こちらを向くマムに頷く。


「ああ、そうだな」


 俺の反応を確認して、マムが続ける。


「これに関しては、一つだけ分かった事が有ります」
「分かった事?」


「はい。孤児院の所有者オーナーは、主要メンバーが3名である事が分かっています。所有者オーナーと云う立場を持つ者は他にも数名居ました。しかし、その実態は傀儡でしかなく、力は3名が握っているようです」


「それで、その三人に関しては何か分かったのか?」


 そう言うと、マムは頷いてから続けた。


「はい。一人は、物流手段を世界に持つ人間。一人は、世界中に闇の人脈を持つ人間。最後は、政治的にこの国で力を持つ人間。以上の事が分析から分かっています」


 ……マムが言い切ったのだから、間違いないだろう。


「『分析』という事は、名前やプロフィールは分かっていないんだな?」
「はい、現在保有する全ての情報を分析しましたが、得られた"確実"な情報は以上です」


 この数時間の内に、ここ迄の情報を得られたのだ。十分だろう。


「わかった。それで、その三人を割り出す事は出来るのか?」


「はい、可能です。ただ、ある程度の"検証"が必要になるので、その為の"許可"をパパとマスターから頂きたいのですが」


 そう言って、こちらを見るマムを横目に、今井さんの方へと視線を向けた。


「僕は当然、許可するよ! ……正巳君の命を狙うような者を逃す訳には行かないからね!」


 そう言って『どんどんやってくれ給え!』とマムを煽っている。


「……まあ、俺以外の仲間が危険にならないのであれば、許可する」


 そう言うと、マムは『分かりました!』と言って来た。


 ……マムの性格を考えると、ここで『パパの事も危険にしません!』とでも言うかと思ったのだが……まあ、些細な事か。


「それじゃあ、孤児院の所有者オーナーは分かり次第教えてくれ」


 そう言うと、マムが『はい、パパ!』と返して来たので、話を進める事にした。


「他に頼んだ事はどうだ?」
「はい。マスターの別荘いえと、パパの自宅いえを焼いた者達のリストが出来ました。こちらのリストです」


 そう言って、マムが出して来たリストに目を通す。


 ”今井別荘放火者リスト”と”正巳宅放火者リスト”という名前のリストだ。


 これは、宴会の前にマムが見せようとして来たリストモノだろう。


 リストには『氏名、生まれ、年齢、血液型、家族構成』など、パーソナルな情報を始めとして、『所属組織、関係組織、関連事件』等の情報も記載されていた。……電話番号やメールアドレスまで載っているのは、マムの本気度を表しているのだろう。


「なるほど……」


 一通り目を通して見て、幾つかの事に気が付いた。


「……俺の自宅と、今井さんの別荘を燃やした者達の中に、一部同じ組織に属している者がいますね。どうやら、依頼元は異なる様ですが……」


 俺の言葉を聞いた今井さんが頷いた。


「そうだね、襲撃者の大半は、この"伍一会"って組織に所属しているみたいだけど、この"依頼元"が、大使館とNPO法人というのは本当なのかい?」


 そう言って、今井さんが顔をしかめている。


「はい。どちらも、伍一会に依頼された内容です。マスターの別荘いえの件に関しては、大使館に残っていたマムを"アップデート"する事で、裏付ける『依頼』及び『指令』の情報を確認できました」


 ……まあ、そうだろうなとは思った。大使館で出会った"ロウの上官"は、取引をやり直す為に取引相手国の将兵を殺害するような人物で、加えて自分の部下迄殺すような人間だ。


 俺が、逃走の際に商品である子供達を逃がし、更には150億円もの資金を得ていたと知れば……そりゃあ、逃げた先で焼き殺そうとして来たとしても、不思議はない。


 俺が、納得していると、マムが続けた。


「パパの件に関しては、パパが予め設置していた"ヤモ吉"と、マムがメールの中に仕込んでいた情報収集ウイルスから『指令』の情報を確認できました」


「なるほど、NPO法人”にちじょう”から依頼があったと、裏が取れたのか」


 正直、驚きはなかった。


 自宅前で、燃えている俺の自宅いえを眺める鈴屋と、男達を見ていたら当然の結果だろうと思う。これが、『鈴屋はなんの関係もありませんでした』と言われたら、それはそれは驚いたのだが……


「正巳君、確かその『鈴屋』って言うのは、『メールで見積よりも少ないんだけど』ってメールを寄越して来たNPOの"鈴屋"かい?」


「はい、その"鈴屋"です……それで、マム。鈴屋については何が分かった?」


 "伍一会"についても気にはなったが、先ずは"鈴屋"について聞いた。


「……"鈴屋"については"何も"分かりませんでした……」


 『すみません』と言って、マムが落ち込んでいる。


「そうか、『何も』か……」


 今のマムが『何も分からない』と云う事は、思っていたよりも裏が有る人物なのかも知れない。


「分かった。鈴屋についても引き続き調べてくれ」
「はい! 必ず、身ぐるみ剥ぎます!」


 ……何となく違う気がしたが、まあ、良いだろう。


 『頼んだ』と言って、マムに任せる事にした。


 これで、分からない事は二つある事になる。


 『孤児院の所有者オーナー』と『鈴屋と言う人間について』だ。


 この二点に関しては、何れ情報が入るだろう。


 後は『伍一会』についてだ。


「マム、伍一会――」


 『伍一会について教えてくれ』と言おうとしたのだが……


「マム、僕はロウ君の上司が許せないんだ。自分の部下だった者も一緒に焼き殺すなんて……絶対に、許してはいけない。それこそあの化物キメラに喰わせてやりたいよ……」


 今井さんがそう言って、拳を握りしめている。


 そんな今井さんを見て、疑問を覚えた。


「あれ? マムから説明を受けたんじゃ……」
「すみませんパパ。マスターには、パパに説明した内容を話してはいませんでした」


 正巳とマムは、二人そろって『やってしまった……』と、お互いに頭を抱える事になった。……如何やら、正巳とマムが共通認識として持っていた情報を、今井のみが知らないらしかった。



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