『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

94話 休息 [呼び鈴]

 『一緒に守りましょう』と交わした手を、戻そうとしたのだが……


「正巳君、本当に子供・・みたいにだねぇ」


 今井さんの興味を引いてしまったようだ。


 そう云えば、『後で色々調べさせて貰うよ』って言われてた気がする。


「俺も、さっき鏡見て驚きましたよ」
「うん……肌は透き通った白、サナくんと似ているね……フムフム」


 『フムフム』と言いながら、腕、肩、胸部、腹部、足……と、順番に触られる。


 そして、一通り満足したのか、立ち上がる。


「フム、正巳君の体は面白いね……骨の太さが通常と違う、いや、”太さ”でなくて”造り”が違うのかも知れないね。それに、頭髪も何処か赤みが掛かっているね……さっき一瞬赤みが強くなったように感じたけど……」


 ……その瞳は何処を見る訳でも無く、宙を彷徨ってる。
 この状態の今井さんに、何かを言っても無駄だ。


 完全に研究者モードである。


 俺がいない間の話を今井さんに聞きたかったのだが、難しそうだ。


 ……マムからの報告は、”報告”としては簡潔で完璧なのだが、”直感”の様なものが欠けている。だからこそ、今井さん視点での話を聞いておきたかったのだが。


 どうしたものか、と思っていた所に、マムが話しかけて来た。


「パパ、一先ず得られた情報を報告しておきます」


 そう言って、マムがパネルの方へと手を向ける。


 見ると、”今井別荘放火者リスト”と”正巳宅放火者リスト”というモノが表示されている。恐らく、事前に用意していたのだろう。一人ひとりの詳細が載っている。だが、その前に……


「マム、夕食の準備状況はどうだ?」


 話の途中で迎えが来るのであれば、話は戻って来てからにした方が良いだろう。


「はい、食事の準備は凡そ完了したようです」
「それじゃあ、迎えが来るのはそろそろか……」


「はい、ホテル職員からの報告及び、通達が終了したようです。後10分もしない内に迎えが来るかと思います、パパ」
「そうか、10分か……マム、その”報告”は確認できるか?」


「はい、全て記録しておきました」
「流石だな」


 そう言うと、マムの頭を撫でた。
 ……いつの間にか、マムの後ろには”充電装置チャージャー”が備え付けられている。如何やら、この充電装置も自立して動くらしい。


「パパの為なのです!」
「ああ、まあ程々にな……個人情報は、そんなに取って来ちゃいけないぞ?」


 その内、マムによる完全監視がされそうで怖い。


「……パパが・・・嫌な事はしません」
「良い子だな」


 少し不安が残るが、マムの事だ。
 よく言い聞かせておけば大丈夫だろう。


「それじゃあ、その”報告”を聞かせて貰えるか?」


 ホテル職員がしたという”報告”が、俺に知らされる事は無いだろう。
 それ自体が、”中立”たるホテルの規則なのだから。


「はい、パパ! 先ず、被害報告と、任務完了の報告が有りました。内容は……」


 その後マムの口によって話されたのは、各員の負傷度合いと派遣先施設での救出人数の確認。それに伴った、情報の整合性確認。


 整合性確認については、”ホテル内情報部署からの報告”によって完了。


 全16拠点制圧の報告。


 最後に”護衛対象の帰還を持って、本依頼の完了の報告とします”として〆られていた。


 また、俺達が孤児院から帰還した後、簡単な火葬があったらしい。
 掘った穴を利用して、今回の任務で亡くなった者達の火葬をしたという事だった。


 恐らくこれも、”情報共有の禁止”が理由だろう。


「……ありがとう、マム」


 知らない間に、世話になった職員たちが火葬されていたとは……最後の礼も言えなかった。


 ジュウを始めとして、その他顔もまともに知らない者達。


 顔も知らぬ者達の事を思いながら、同時に救出して来た子供達の顔が浮かんだ。


「……繋いで貰った命には責任があるな」


 そう呟くと、そっと抱きしめられた。


 いつの間にか、研究者モードから戻って来ていたらしい。


 今の俺は、今井さんの肩までしか背が無い。
 その為自然と、顔が胸にうずまる事になる。


「せめて僕たちは、彼らの事を覚えていないとね」


 そう言って強く引き寄せる今井さんに、同意しながら、暫く動けないでいた。


 下手に動くと、セクハラになってしまいそうだ。


 時間にして一分足らずだったが、不意に鳴った呼び鈴チャイムに、驚いた今井さんが素早く体を離す。そして、こちらへは顔を向けずに玄関の方へと向く。


「……そ、そろそろ食事に行こうか!」


 自然を装うとしているが、僅かに見えている耳が赤くなっている。


 ……抱き着いてから、自分がしている事に気が付き、恥ずかしさと相まって、自分からは離れられなかった。と、考察されるが、そんな事を言っても何の益も無いから、黙っている事にした。


 ……如何やら、俺自身も大分テンパっていたらしい。


「そうですね、準備が出来たようなので」


 そう返事をすると、大きく頷いた今井さんは、先に玄関へと向かってしまった。


 そんな今井さんを見ながら、マムと歩き出した。


 ……マムは、何だか楽しそうだった。








――
 予想通り食事の案内だった。


 準備は出来ていたので、そのまま知らせに来たホテルマンの後に付いて歩いていた。


 隣には、マムが居る。
 ……人間の子供にしか見えない。


 サラサラした白い髪、透き通った白い肌、卵型の顔、子供ながらに活発さを伺える表情。


 先ほど、部屋を出た所で『髪は何で白にしたんだ?』と聞いた所、『パパがサナを可愛がっていたからです!』と、真っすぐ過ぎる返事があって苦笑した。


 そんな”我が子”マムに声を掛ける。


「……ところで、マムは食べられるのか? 消化する機能が有るとは思えないけど」


 そう言うと、手を繋いでいたマムが答えた。


「”食事”は出来ませんが、一応真似事は出来ます。成分調査機能が付いているので、”毒見”は出来ますよ、パパ!」


 そう言って、ニコニコしているが……
 子供に”毒見”させるとか、人聞きが悪い云々のレベルでは無い。


「まあ、その必要があればな。……本当はマムにも食べて貰えれば良いんだけどな。人間と同じように、食べ物からエネルギーを得る訳じゃ無いしな……」


 何でもない呟きだったのだが、今井さんが反応した。


「フム、面白いかも知れないね。実は、エネルギー変換のメカニズムを開発している研究所の研究成果を得る事が出来てね、その研究成果を発展させると、物質毎において適切な方法を用いる事でエネルギーに還元できる事が分かったんだ。それには――」


 このままだと、会場に着いてからも終わりそうにない勢いだったので、今井さんの話に割り込んだ。


「それはつまり、”マムが食べる事でエネルギーを得られるようになる”って事ですか?」


「そういう事だね。ただ、全てのエネルギーを”食事”から得るには毎食4万~5万キロカロリーを取らないといけない計算になるんだ」


 ……成人男性の約50倍の必要カロリーだ。


「それは現実的では無いですね……」
「うん。流石に一日中食べるだけになりそうだからね」


 ……食べる為のエネルギーを、食べる事で消費する。
 食べている姿を愛でるのが目的であれば、有りなのだろうが……


「パパ、マスター……マムは一緒に行けないのですか?」


 そう言って、見つめて来るマムを見ながら思い出す。


 確か、マムの限界稼働時間は、連続稼働で2時間が限界だったはずだ。
 それも、今のマムの体内はその殆どが”電池”の機能をしているらしい。


 ……体を大きくしてはどうか、とも思ったらしいのだが、動かす本体の重さが増え、消費エネルギーが倍々で増えるらしい。


 つぶらな瞳……今井さん曰く『望遠する為にレンズを重ねたら、瞳の深みが増した』と云う、”キラキラ”した瞳に見つめられては、如何にかしないといけない気がして来る。


「大丈夫さ、何か方法を考えてみる」


 そう答えると、『ヤッター』と、マムが飛び跳ねて喜び始めた。
 そんなに飛び跳ねると、残り稼働時間が減ると思うのだが。


 それに……ほら、案内しているホテルマンの女性が驚いて一瞬口を開けていたじゃないか。


 女性は、直ぐに口元をきゅっと戻した。が、3メートルは有る天井ギリギリまで飛んでいる姿マムからは、目が離せないらしい。マムが飛び跳ねる度に、それに合わせて視線を上下させている。


「正巳君、如何にかしないといけなくなった様だね」
「はい……」


 絞り出すように答えると、いつの間にか着いていた会場へと入って行った。


 扉は、二人のホテルマンが左右から開いてくれた。



コメント

コメントを書く

「SF」の人気作品

書籍化作品