『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

90話 休息 [風呂]

 看護士の女性が、頭を下げている。


 どうやら先輩が、俺の正体を伝えたらしい。


「いや、こんな見た目ですし――」


 『仕方ないですよ』と言おうとしたのだが……


「お姉さんを苛めるな!」


 そう割って入った少年が、女性を庇う様にして立つ。


「……僕だってアニキみたいに……それで、いつかはアニキの横に立つんだ!」


 割って入った少年……アキラが何やら呟いていた。
 ……静かにしていた筈のハクエンが、アキラの言葉を聞いて、口を開く。


「それは許可できないよ、僕がお父さんの横に立つんだ」


 そう言って、胸を張ったハクエンに対して、アキラが返す。


「ハクエンは、名前を貰ったから良いだろ? 俺なんかまだアニキの名前知らない……」


 ……そうだっけ。


「サナは、お兄ちゃんと手をつなぐの、だから一人しかダメなの!」


 静かに手を繋いでいたしていたはずのサナが、そんな事を言い出した。


 ……火に油を注いでどうする。


「俺が、アニキの横に立って役に立つんだ!」
「いや、僕の方がお父さんの役に立てる! ……その、今すぐには役に立たなくても、師匠に強くして貰って――」


 サナの言葉を聞いた二人が、更に激しく言い合いを始めた。


 ……仕方ないので、俺が仲裁する事にした。


 こう、自分に関わる話題の仲裁に入るのは、どこか照れる。


「あのなぁ、アキラもハクエンも、そんな事で言い合いするな。それに、俺じゃなくても幾らでも”ヒーロー”っぽい人はいるだろ?」


 『ほら』と言って、ハク爺、青年、それにホテル職員の女性を指し、最後に先輩に指を向け……仮面を指した。


 其々、微妙な反応をしていたが、青年だけ、指を向けられた際に『……デウデス』と言っていた。恐らく、紹介でもされていると勘違いしたのだろう。


 ……青年の名前は、デウか。


「違う! もっと、こう……かっこ良かったんだ!」


 そう言ったアキラだったが、言い切ってから、おどおどし始めた。


 ……ハク爺が後ろでニヤニヤと笑みを浮かべ、ハクエンとサナがこちらを見ながら、壊れた首振り人形のようになっている。


 思い切りが良く、物怖じもしないアキラだが、皆の反応は気になるらしい。


「全く、仕方ない奴だな」


 そう言って、一度サナと手を離してからアキラの頭をガシガシと撫でた。


「…………アニキなの?」


 アキラが、そう言って見て来る。


 どうやら、今やっとだと気が着いたらしい。


 それに……背はほとんど変わらないというのに、この”子供感”は何だろうか。


 やはり、純粋さ・・・が違うのかも知れない。


「まぁ、そうだな。それに、俺の名前は国岡正巳だからな?」


 そう言うと、アキラが『アニキだー』と言い出したので、慌てて『他の人に俺の名前を聞かれた時には”神楽仁”って言っておくんだぞ? ……その、ヒーローには色々とあるだろ?』と言い含めておいた。


 その後も暫く『アニキだー!』とアキラが言っていた為か、子供達がわらわらと集まって来た。……気のせいか、子供達から熱い視線を感じる。


 6、700人はいるであろう子供達。
 ……改めて、この人数を見ると自分の責任を実感する。


 この子供達は、俺の行動の結果、ココにこうして居る。改めて、子供達に”意思の確認”をする必要は有るが、一先ず説明責任を果たす必要があるだろう。


 説明をしようと思ったのだが、人数が多すぎて、言葉が伝わらなそうだった。


 それに、やはり子供達だ。


 おしゃべりをしている為、このままでは全員に聞こえないだろう。


 ……『アキラ兄ちゃんが言ってた”ヒーロー”だって』とか『僕たちのお父さんだって』とか、方々から詳しく話を聞きたくなる言葉も聞こえて来た。


 が、職員の人がマイクを持って来てくれたので、お礼を言ってから、話し出す事にした。……マイクを受け取る際に、『子供達は全部で820名、他43名が到着後亡くなりました』と教えて貰った。


 やはり、亡くなった子供もいたらしい。
 落ち着いてから、きちんと埋葬してあげなくてはいけない。


 そんな風に思いながら、マイクを手に、口を開いた。


「今日から皆は家族だ。今まで頼る大人がいなかったかも知れないが、今日からは頼れ! ただ、一つだけ約束してくれ。何かが欲しければ、求めろ。ただ与えられているだけでは、いつかは全てを失う。これだけは約束してくれ。……まあ、何を言っているか分からなくても、覚えていてくれれば良い」


 そう言った後、『新しい里親の所に行きたい子供』の希望を取っておくよう職員に依頼をして、話を終えようとした。が、このまま”新しい里親の元に旅立つ子が居る”と考えると、今こうして皆で居るのが最後かもしれない、と思った。


 そこで、”大宴会”の提案をしようと思ったのだが……


 ……子供達は皆静まり返っていた。中には、不安げな表情を浮かべた子供もいる。もしかしたら、先ほど話した内容に、不安を覚えるような内容が有ったのかも知れない。


 少し考えてから、口を開いた。


「……そうだな、まぁ”里親”というのは”希望者”のみであって、基本的には俺が親になる訳だがな……一応言っておくが、俺はこれでも大人だからな?」


 ”里親”の元に強制的に送られると、思ったのかも知れない。と考えての言葉だったのだが、どうやら正解だったようだ。


 マイクを下した直後に、子供達の歓声が上がった。


 ……確かに、子供達のこれまでの経験を察するに、『”里親送り”は”これ迄”と同じ』と感じても可笑しくはなかっただろう。


 今まで散々たらい回しにされた挙句、最後には施設へと売られた子供もいるだろう。


 ……俺が同じようになってどうする。


 その後、子供達の興奮が落ち着いたのを見計らって、『あ、今日はこの場所で”皆で食事”だから、楽しみにしておいてくれ』と言ったのだが……その声は、先程上がった声よりも大きかったように感じた。


 『1時間30分後に食事にしよう』と言って、ホテル側へと食事の用意を依頼してから、『救出に出てた職員と、子供達の救護をしてくれた職員も参加してくださいね』と伝えると、表情を変えずに『承知しました』と返答された。


 ……気のせいか、そのホテルマンの足取りは軽い様だった。


 一通り、確認と依頼が終わったので、部屋へと戻ろうとしたら、今井さんが苦笑して立っていた。


「全く、中々部屋に戻ってこないと思っていたら、こんな事になっているとはね……まあ、正巳君らしいと言えば、らしい・・・けどね」


「相談しないですみません。……皆で夕食を摂る事になりました」


 そう言うと、今井さんが『分かったよ。でも、その前に話しておきたい事が有るんだ』と言って、視線を扉へと向けた。


 ……腕を組んで立っている今井さんは、何処か艶やかで、憂いを感じる美しさがあった。


 なんと言うか、普段とどこか違う……


 そんな今井さんに、近づきながら聞いた。


「……今井さん、お風呂入りました?」


「うん? ああ、オイルやらホコリやらで大分汚れたからね」


 そう言った今井さんの黒い髪は、確かにしっとりと湿っていた。


「……通りで艶があるわけですね……」


 そう呟いたのに対して『何の話だい?』と聞いて来たので、『俺も取り敢えず風呂に入ります』と言った。……一か月は風呂に入っていないので、相当汚れているだろう。


 扉から出て行く際、サナが『サナもいっしょに行きたいの、でもみんながじゅんびするって言うから、おてつだいするの!』と言っていた。


 サナには『偉いな~良い子だな~』と言って、褒めた後でハク爺と先輩に、子供達の事を頼んでおいた。


 ……ハクエンは、何時の間にか子供達の面倒を見に行っており、同じようにアキラも子供達の世話をしていた。どうやら、どっちが”相応しいか”の勝負は未だ続いている様だった。


 子供達の大半は、一か月の間に回復していた。しかし、中にはまだ暫くの間、リハビリを必要とする子供も、数多くいるのが現状であった。


 確かに、こんな状況で放り出されては、子供達も不安になるだろう。


 少し反省しながら、歩き出した。


 ……部屋までの間、特に会話はしなかったが、それでも気まずさは無かった。


 その後、数分の内に着いた部屋の中で、懐かしさと戻って来た実感に浸っていたが、そんな正巳の足元にすり寄って来る存在がいた。


 ……いつの間にやら、ボス吉が付いて来ていたのだ。


「全く、お前は仕方ないなぁ……一緒に風呂入るか?」


 ボス吉の汚れた体を見てそう言ったのだが、その言葉がマムを更なる機体からだ開発に追い立てる事になるとは、正巳が知る由も無かった。


「……にゃにゃ!」


 少し間があってから、そう答えたボス吉は、先に風呂へと向かったようだった。


「ネコって、”水”苦手だった様な……あれ? ライオンって泳げたっけ??」


 ボス吉の行動に疑問を覚えた正巳だったが、ボス吉の行動が”嫌いなお風呂”より”正巳に洗ってもらう喜び”が勝った結果だとは、知るはずも無かった。


 ボス吉の後を追って、直ぐに風呂場へと向かった正巳だったが、そんな正巳の姿を見て『ネコ君いいな……』と呟いた今井の姿は、既に視界にはなかった。


 正巳の視界には、”一カ月ぶりのお風呂”が今一番の”魅力的なモノ”として映っていた。


「やっぱり、日本人にはお風呂が必要だなぁ~~」


 そう言いながら、意気揚々と服を脱ぎ、風呂場へと入ったのだった。



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