『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

88話 帰還

「……」


 車両へと案内された正巳は、その”車”を見て言葉を失っていた。……目の前に鎮座している車両は、周囲に停まっている装甲車と比べても、その異常さが際立っている。


 かなりギリギリな車幅、明らかに長大な車体。
 後部から見ると、八面体に見える、特殊な形状をした形。


 何処か飛行機を思わせる、小さな窓。
 何処を走るつもりだ、と言いたくなる様な分厚いタイヤが8本。


 何から車両を守るつもりだ、と言いたくなる様な分厚い装甲。
 何より目を引くのは、後部に取り付けられた、4つの赤黒く変色した筒だった。


 ……気のせいか、筒周辺の外装がくすんでいる気がする。


「……これは?」


 今井さんに聞くと、待ってました!とばかりに説明をし始めた。


「この車は、言わば指令室となる車両基地だね! 特に、内蔵されている機器はどれも一級品で、全て3Dプリンターで出力した作ったんだ。それぞれ必要な部品に関しては、3Dプリンターm1で作っていてだね、あ、ここで言うm1と云うのは……」


 ……この質問は、してはいけないパンドラの箱だったようだ。


 ……話を聞いて分かったのは、この車両が物凄く高性能で、ベースとなっているのは大使館から頂戴して来たあの、長い車だと云う事だ。


 3Dプリンターmini1……3dp-m1は、3Dプリンターで作り出した部品で組み立てた、一回り小さい3Dプリンターだと云う事だった。……如何やら、元の3Dプリンターで作り出せる、最小サイズに限界が有ったらしく、小さいモノを作ったらしい。


 話を聞くと、3Dプリンター自体の性能が圧倒的に高いらしく、特殊な状況下で加工する事が要求される部品以外の、あらゆる部品が出力出来るらしい。


 ただ、このまま聞いていると、朝になってしまいそうな勢いだった。


 ……話の切れ目で、取り敢えず車両なかに入る事にした。


「と云うわけで、一部はマイクロサイズの機械が組み込まれているんだ。それで――」
「――まぁ、取り敢えずホテルまで帰りましょう」


 今井さんが話し足りなそうにしていたので、取り敢えず『帰ったら、幾らでも時間は有りますよ』と言っておいた。


 ……ハク爺とユミルは、既に車両内に乗っていた。
 ハク爺はともかくとして、ユミルは何となく”心此処に有らず”の様に見える。


 そんな様子を見ながら先ず、マムと今井さん。次に、ボス吉。そして、サナと俺、そしてハクエンの順で乗り込んだ。


 ザイは、『後片付けをしてから帰りますので』と言っていた。
 このまま現場の指揮を執るらしい。


 車両内はリムジン方式になっていて、車体に沿って椅子が設置されている。
 その為、皆が顔を合わせる事が出来る。


 そんな中、マムが指定位置らしい充電装置の上に座った。
 座ると同時に、車両内のモニターが起動し、マムが現れる。


 マムが、ここに居る人物であれば、”心配ない”と判断したようだ。
 マムの”判断”は特殊で、通常人間が取るようなプロセスを辿らない。


 ……完全な、情報による分析調査、行動分析による回答なのだ。


 だからこそ、信用できる。


「マム、出してくれ帰ろうか


 そう言うと、画面上のマムが『はい、パパ!』と答えて、車両が動き出した。


 ハク爺が、何やら面白いものを見た!という顔をしていたが、放っておく事にした。


 それよりも……


「それでハクエン、体調はどうだ? ……見た限りだと、随分と元気になったみたいだが」


 左隣に座っているハクエンに、声を掛ける。


 すると、一瞬ハク爺の方を向いたが、直ぐにこちらに向き直ってこう言って来た。


「……その、名前が知りたくて、僕、”ハクエン”、です。名前、教えて下さい!」


 ……大分緊張している様だ。


 俺が名前を付けたのだから、当然名前は知っている。


 しかし、ハクエンの緊張した顔を見ていたら、純粋に嬉しくなった。


「ああ、俺の名前は国岡正巳だ。よろしくな、ハクエン」


 そう言うと、ハクエンは一気に顔を綻ばせた。
 そして、ハク爺の方へと視線を送っている。


 ……向かいの席の端の方で、ハク爺がガッツポーズをしている。いつの間に、仲良くなったんだか……


(あ、俺がいない間にか)


 そう思ったら、少し寂しくなって来た。


「ハクエン、俺が名付け親だからな!」


 そう言うと、ハクエンは一瞬、呆気にとられた顔をして、直ぐに破顔した。


「はい、お父さん!」


 そう答えたハクエンに対して、『お、おう……?』としどろもどろになりながら、答えた。


 端の方から、ユミルの『国岡正巳……』という呟きが聞こえて来た。そう言えば、ホテル側には”神楽仁”と伝えていた事を思い出して、慌てたが、それについては今井さんが説明を始めたので、任せる事にした。


 右隣を見ると、サナが珍しく静かに考え込んでいた。


 具合でも悪いのかと、心配していたのだが……


 ふとサナが呟いた『……そうなの、サナもなまえ貰えば良いなの』という言葉が聞こえて来て、慌てて、『サナは、とっても可愛い名前だよね!』と言いどうにか事なきを得た。


 付け加えておくと、ボス吉は少し自慢げにしていた。そして、モニターの中に居るマムも、何時いつもより余計にクルクルと回転して踊っていた。


 そんな様子を見たサナが、『やっぱり、なまえお兄ちゃんに付けてほしいの!』と言い出したので、正巳は『マム、何か面白い事やってくれ!』と頼む破目になった。


 ……そして、その頼みが、得意げにしていたボス吉を恐慌状態にし、再びハク爺が”瞑想”状態に入り、正巳も(安易に頼むんじゃなかった)と、後悔する事に繋がるのだが、そんな事を知る由も無かった。


 斯くして、本日二度目のエネルギー充填を終えた車両は、闇色に染まる中蒼い炎を纏い、爆走するのだった。……これが、俗に云う”流星公の帰還”であった。


 ……確かに車両後部に付けられた筒は4つだったが、車両上部に大きな噴出装置が付いているとは、この時の正巳が知るはずも無かった。


 後日、車両上部にこの装置を見つけた正巳は『こんなものが付いているんじゃ、あの程度のスピードは出るだろうな』と納得する事になる。


 何せ、車両上部に備え付けられていたのは、形こそ違えども紛れもない”ジェットエンジン”だったのだから。そして、化学反応によって生み出されるエネルギーで加速するそれ・・は、翼を付ければ間違いなく、飛ぶ事の出来るほどの加速力を持っていた。






 今回は、一部の者によって、撮影されたフィルムカメラの写真が”フィルム写真”として残る事になった。ただ、デジタルカメラによって写されたモノは、全てのデータが消えていた。


 ……後々、今井とマムの手によって、フィルムを腐食させる『マクロファージ清掃屋』と名付けられた微細機械ナノマシンが開発される事になる。


 この機械マシンが開発されてからは、”流星公”の姿が収められる事は一切無くなり、よって、この”流星公”の写真を所持している者達が、後々マニアへの”写真売却”によって巨大な利益を手にする事になるのだが……そこに居た野次馬達は、今はまだ、単なる”野次馬”でしかなかった。












――
 その後、程なくして一向はホテルへと到着していた。


「……」


 次からはもう少し気を付けて発言する必要があるな、と思いながら、ハクエンに続いて車両を降りた。続いて、サナがボス吉を抱えて下りて来る。……ニコニコしている。サナ的には大満足だったようだ。


 その後、今井さんとユミルが降りて来た。
 ハク爺は、未だ”瞑想中”らしい。


「僕は車両のメンテと、サナの機体からだを調整してから向かうよ」


 そう言って来た今井さんに『分かりました』と答えると、今井さんは車両の状態を確認しに行ったようだった。


「ユミルは、どうする?」


 遠目でも分かる程、疲労している。
 ……手当てを少し手厚くしておこう。


 それに、ユミルの腕が未だ動かないのは、俺に原因がある。


「私は……下がらせて頂きます」


 予想通りの答えだったが、何となく普段と様子が違うような気もした。……まあ、一か月も続いていた仕事が終わったのだから、達成感を感じているのかも知れない。


「……お疲れ様」


 そう言うと、微笑んだ後こちらをじっと見つめ、言った。


「はい、ありがとうございました……その姿も良いですよ?」


 ”ありがとう?”と少し疑問に思っていたら、一礼して従業員通用口であろうドアへと下がってしまった。……『ありがとう』と言うべきはこちらであろうに。


 それに、”その・・姿も良い”って……どの・・姿と比べての事だろうか。


 確かに、体は少し小さくなったかもしれないが……


 一先ず、に会った時、ユミルの疲労が回復した後にでも、改めてお礼をしよう。そう決めて、車両側へと向き直った。


「……サナ、ボス吉は大丈夫そうか?」
「大丈夫なの! ……お腹が鳴ってるの!」


 ……サナがボス吉を抱えたまま、お腹に耳を当てている。
 こうして見ていると、お人形がヌイグルミを抱っこしている様に見える。


「そうか、この後は、久しぶりに”食事”だな」


 ……そう言えば、全く空腹感が無かったのだが、失踪していたという一カ月間俺はどうしていたのだろう……今も、何となく『食事』と考えると空腹感を覚えはするのだが……


「しょくじなの!」


 そう言って飛び跳ねるサナを見ていた。
 ……気のせいか、ボス吉の目もキラキラとして見える。


「さて、ハクエンも一緒に食事だな!」


 そう言うと、ハクエンが『ッツ! ハイ!』と元気に答えた。


 体を綺麗にしてから食事を摂るのが良いだろう。
 ただ、その前に……


「それで、ハク爺はまだ中か……」


 暫く待っていたのだが、一向にハク爺が出てこない。


 ……そう言えば、上空から降下する高高度落下傘パラシュート訓練の時も、暫く目を閉じていた気がする。確か、あの時は……昔の記憶を思い出しながら、車両の中へと戻った。


 ……相変わらず”瞑想”している。


 高度の瞑想は、自己の中に深くへと入り、外的情報からは遮断される。
 そして、ハク爺は紛れもない”一流”の傭兵である。


 当然、”瞑想”の技術も他とはレベルが違う。
 ……それこそ、周囲を炎に囲まれていたとしても、直接生命の危機に瀕しない限りは、そのまま”瞑想”から戻る事は無いだろう。


 この状態から、覚醒させるには、一定以上の刺激もしくは、激しい感情の爆発、生命に関わる危機感、この何れかを与えるしかない。


 昔、上空でハク爺が”瞑想”状態から帰ってこなかった時は、気配の操作を応用して生命の危機感を引き出していた。


 気配の操作で生命の危機……つまり、殺気を放つ事で”非常事態だ!”と感じさせるのだ。


 ……ハク爺の前の席に座る。


 座った後、眼を閉じると、状態を”空気”……つまり気配が消えた状態にする。


「すぅ~はぁ~…………」


 何度か呼吸した上で、整えていく。
 ……二度、呼吸を繰り返した処で、ハク爺からの”無意識の識”から外れた事を感じた。


「……よし」


 次に、イメージを練り上げて行く。


 ……俺の場合、イメージを練り上げるのに多少時間がかかるが、熟練すると瞬間的に”気配”の操作が出来るらしい。昔、ハク爺に『逸材じゃな』と言われた事が有るが、それも十年以上前の話だ。


 ……幾ら才能が有っても、努力しなければ腐ってしまう。


 そんな事を考えていたら、雑念が混ざってしまった。
 一旦、気配を戻す。


「……空気からやり直さないとな――」


 そう呟いた瞬間、目の前に線状の”ナニカ”が迫るのが見えた。


 咄嗟に、首を捻る。


「……ハク爺?」


 見ると、ハク爺がナイフを突き出した状態でいる。


「…………あぁ、すまん。坊主……今は正巳と呼ばれてるんじゃったか」


 ……何事も無かったかのようにナイフを仕舞い、そう言ってくる。


「はぁ、全く……変わらないね」


 そう言いながら、思わず笑ってしまった。


 そう、昔空の上で”殺気”をぶつけた際も、危うくナイフで殺されそうになった。
 ……ただ、直前に他の男に抑えられていたが。


 今回は、恐らくこちらを試していたのだろう。
 そうでなくては、見えた瞬間・・・・・にナイフを避ける事など出来ない。


「俺は”傭兵”じゃないんだから、試さなくても良いでしょ」


 そう言って車両を降りた。


 車両を降りた正巳の耳には、ハク爺の呟いた言葉が届く事は無かった。


「全く……あれほど完璧に”気配”が消えれば、非常事態だと思うに決まっておるだろうに……それに、無意識とは言え、”殺す気の手”を見てから避けるとは……変な育ち方をしておるのぅ」


『……全く、楽しみじゃのぅ』


 そう言って、正巳の後に続いて車両を降りた男は、上機嫌で歩いて行った。


 その瞳に映っていたのは、最近出来た”弟子”に、過去傭兵として生きるのが天職と思っていた”坊主”そして、正巳を救出に行った山頂で感じた”殺気”を放ったであろう少女の姿だった。


 ――そう、山頂で感じたのは、体が震える様な”殺気”……いや、その”存在”だった。



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