『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~
88話 帰還
「……」
車両へと案内された正巳は、その”車”を見て言葉を失っていた。……目の前に鎮座している車両は、周囲に停まっている装甲車と比べても、その異常さが際立っている。
かなりギリギリな車幅、明らかに長大な車体。
後部から見ると、八面体に見える、特殊な形状をした形。
何処か飛行機を思わせる、小さな窓。
何処を走るつもりだ、と言いたくなる様な分厚いタイヤが8本。
何から車両を守るつもりだ、と言いたくなる様な分厚い装甲。
何より目を引くのは、後部に取り付けられた、4つの赤黒く変色した筒だった。
……気のせいか、筒周辺の外装がくすんでいる気がする。
「……これは?」
今井さんに聞くと、待ってました!とばかりに説明をし始めた。
「この車は、言わば指令室となる車両基地だね! 特に、内蔵されている機器はどれも一級品で、全て3Dプリンターで出力したんだ。それぞれ必要な部品に関しては、3Dプリンターm1で作っていてだね、あ、ここで言うm1と云うのは……」
……この質問は、してはいけないパンドラの箱だったようだ。
……話を聞いて分かったのは、この車両が物凄く高性能で、ベースとなっているのは大使館から頂戴して来たあの、長い車だと云う事だ。
3Dプリンターmini1……3dp-m1は、3Dプリンターで作り出した部品で組み立てた、一回り小さい3Dプリンターだと云う事だった。……如何やら、元の3Dプリンターで作り出せる、最小サイズに限界が有ったらしく、小さいモノを作ったらしい。
話を聞くと、3Dプリンター自体の性能が圧倒的に高いらしく、特殊な状況下で加工する事が要求される部品以外の、あらゆる部品が出力出来るらしい。
ただ、このまま聞いていると、朝になってしまいそうな勢いだった。
……話の切れ目で、取り敢えず車両に入る事にした。
「と云うわけで、一部はマイクロサイズの機械が組み込まれているんだ。それで――」
「――まぁ、取り敢えずホテルまで帰りましょう」
今井さんが話し足りなそうにしていたので、取り敢えず『帰ったら、幾らでも時間は有りますよ』と言っておいた。
……ハク爺とユミルは、既に車両内に乗っていた。
ハク爺はともかくとして、ユミルは何となく”心此処に有らず”の様に見える。
そんな様子を見ながら先ず、マムと今井さん。次に、ボス吉。そして、サナと俺、そしてハクエンの順で乗り込んだ。
ザイは、『後片付けをしてから帰りますので』と言っていた。
このまま現場の指揮を執るらしい。
車両内はリムジン方式になっていて、車体に沿って椅子が設置されている。
その為、皆が顔を合わせる事が出来る。
そんな中、マムが指定位置らしい充電装置の上に座った。
座ると同時に、車両内のモニターが起動し、マムが現れる。
マムが、ここに居る人物であれば、”心配ない”と判断したようだ。
マムの”判断”は特殊で、通常人間が取るようなプロセスを辿らない。
……完全な、情報による分析調査、行動分析による回答なのだ。
だからこそ、信用できる。
「マム、出してくれ」
そう言うと、画面上のマムが『はい、パパ!』と答えて、車両が動き出した。
ハク爺が、何やら面白いものを見た!という顔をしていたが、放っておく事にした。
それよりも……
「それでハクエン、体調はどうだ? ……見た限りだと、随分と元気になったみたいだが」
左隣に座っているハクエンに、声を掛ける。
すると、一瞬ハク爺の方を向いたが、直ぐにこちらに向き直ってこう言って来た。
「……その、名前が知りたくて、僕、”ハクエン”、です。名前、教えて下さい!」
……大分緊張している様だ。
俺が名前を付けたのだから、当然名前は知っている。
しかし、ハクエンの緊張した顔を見ていたら、純粋に嬉しくなった。
「ああ、俺の名前は国岡正巳だ。よろしくな、ハクエン」
そう言うと、ハクエンは一気に顔を綻ばせた。
そして、ハク爺の方へと視線を送っている。
……向かいの席の端の方で、ハク爺がガッツポーズをしている。いつの間に、仲良くなったんだか……
(あ、俺がいない間にか)
そう思ったら、少し寂しくなって来た。
「ハクエン、俺が名付け親だからな!」
そう言うと、ハクエンは一瞬、呆気にとられた顔をして、直ぐに破顔した。
「はい、お父さん!」
そう答えたハクエンに対して、『お、おう……?』としどろもどろになりながら、答えた。
端の方から、ユミルの『国岡正巳……』という呟きが聞こえて来た。そう言えば、ホテル側には”神楽仁”と伝えていた事を思い出して、慌てたが、それについては今井さんが説明を始めたので、任せる事にした。
右隣を見ると、サナが珍しく静かに考え込んでいた。
具合でも悪いのかと、心配していたのだが……
ふとサナが呟いた『……そうなの、サナもなまえ貰えば良いなの』という言葉が聞こえて来て、慌てて、『サナは、とっても可愛い名前だよね!』と言いどうにか事なきを得た。
付け加えておくと、ボス吉は少し自慢げにしていた。そして、モニターの中に居るマムも、何時もより余計にクルクルと回転していた。
そんな様子を見たサナが、『やっぱり、なまえお兄ちゃんに付けてほしいの!』と言い出したので、正巳は『マム、何か面白い事やってくれ!』と頼む破目になった。
……そして、その頼みが、得意げにしていたボス吉を恐慌状態にし、再びハク爺が”瞑想”状態に入り、正巳も(安易に頼むんじゃなかった)と、後悔する事に繋がるのだが、そんな事を知る由も無かった。
斯くして、本日二度目のエネルギー充填を終えた車両は、闇色に染まる中蒼い炎を纏い、爆走するのだった。……これが、俗に云う”流星公の帰還”であった。
……確かに車両後部に付けられた筒は4つだったが、車両上部に大きな噴出装置が付いているとは、この時の正巳が知るはずも無かった。
後日、車両上部にこの装置を見つけた正巳は『こんなものが付いているんじゃ、あの程度のスピードは出るだろうな』と納得する事になる。
何せ、車両上部に備え付けられていたのは、形こそ違えども紛れもない”ジェットエンジン”だったのだから。そして、化学反応によって生み出されるエネルギーで加速するそれは、翼を付ければ間違いなく、飛ぶ事の出来るほどの加速力を持っていた。
今回は、一部の者によって、撮影されたフィルムカメラの写真が”フィルム写真”として残る事になった。ただ、デジタルカメラによって写されたモノは、全てのデータが消えていた。
……後々、今井とマムの手によって、フィルムを腐食させる『マクロファージ』と名付けられた微細機械が開発される事になる。
この機械が開発されてからは、”流星公”の姿が収められる事は一切無くなり、よって、この”流星公”の写真を所持している者達が、後々マニアへの”写真売却”によって巨大な利益を手にする事になるのだが……そこに居た野次馬達は、今はまだ、単なる”野次馬”でしかなかった。
――
その後、程なくして一向はホテルへと到着していた。
「……」
次からはもう少し気を付けて発言する必要があるな、と思いながら、ハクエンに続いて車両を降りた。続いて、サナがボス吉を抱えて下りて来る。……ニコニコしている。サナ的には大満足だったようだ。
その後、今井さんとユミルが降りて来た。
ハク爺は、未だ”瞑想中”らしい。
「僕は車両のメンテと、サナの機体を調整してから向かうよ」
そう言って来た今井さんに『分かりました』と答えると、今井さんは車両の状態を確認しに行ったようだった。
「ユミルは、どうする?」
遠目でも分かる程、疲労している。
……手当てを少し手厚くしておこう。
それに、ユミルの腕が未だ動かないのは、俺に原因がある。
「私は……下がらせて頂きます」
予想通りの答えだったが、何となく普段と様子が違うような気もした。……まあ、一か月も続いていた仕事が終わったのだから、達成感を感じているのかも知れない。
「……お疲れ様」
そう言うと、微笑んだ後こちらをじっと見つめ、言った。
「はい、ありがとうございました……その姿も良いですよ?」
”ありがとう?”と少し疑問に思っていたら、一礼して従業員通用口であろうドアへと下がってしまった。……『ありがとう』と言うべきはこちらであろうに。
それに、”その姿も良い”って……どの姿と比べての事だろうか。
確かに、体は少し小さくなったかもしれないが……
一先ず、次に会った時、ユミルの疲労が回復した後にでも、改めてお礼をしよう。そう決めて、車両側へと向き直った。
「……サナ、ボス吉は大丈夫そうか?」
「大丈夫なの! ……お腹が鳴ってるの!」
……サナがボス吉を抱えたまま、お腹に耳を当てている。
こうして見ていると、お人形がヌイグルミを抱っこしている様に見える。
「そうか、この後は、久しぶりに”食事”だな」
……そう言えば、全く空腹感が無かったのだが、失踪していたという一カ月間俺はどうしていたのだろう……今も、何となく『食事』と考えると空腹感を覚えはするのだが……
「しょくじなの!」
そう言って飛び跳ねるサナを見ていた。
……気のせいか、ボス吉の目もキラキラとして見える。
「さて、ハクエンも一緒に食事だな!」
そう言うと、ハクエンが『ッツ! ハイ!』と元気に答えた。
体を綺麗にしてから食事を摂るのが良いだろう。
ただ、その前に……
「それで、ハク爺はまだ中か……」
暫く待っていたのだが、一向にハク爺が出てこない。
……そう言えば、上空から降下する高高度落下傘訓練の時も、暫く目を閉じていた気がする。確か、あの時は……昔の記憶を思い出しながら、車両の中へと戻った。
……相変わらず”瞑想”している。
高度の瞑想は、自己の中に深くへと入り、外的情報からは遮断される。
そして、ハク爺は紛れもない”一流”の傭兵である。
当然、”瞑想”の技術も他とはレベルが違う。
……それこそ、周囲を炎に囲まれていたとしても、直接生命の危機に瀕しない限りは、そのまま”瞑想”から戻る事は無いだろう。
この状態から、覚醒させるには、一定以上の刺激もしくは、激しい感情の爆発、生命に関わる危機感、この何れかを与えるしかない。
昔、上空でハク爺が”瞑想”状態から帰ってこなかった時は、気配の操作を応用して生命の危機感を引き出していた。
気配の操作で生命の危機……つまり、殺気を放つ事で”非常事態だ!”と感じさせるのだ。
……ハク爺の前の席に座る。
座った後、眼を閉じると、状態を”空気”……つまり気配が消えた状態にする。
「すぅ~はぁ~…………」
何度か呼吸した上で、整えていく。
……二度、呼吸を繰り返した処で、ハク爺からの”無意識の識”から外れた事を感じた。
「……よし」
次に、イメージを練り上げて行く。
……俺の場合、イメージを練り上げるのに多少時間がかかるが、熟練すると瞬間的に”気配”の操作が出来るらしい。昔、ハク爺に『逸材じゃな』と言われた事が有るが、それも十年以上前の話だ。
……幾ら才能が有っても、努力しなければ腐ってしまう。
そんな事を考えていたら、雑念が混ざってしまった。
一旦、気配を戻す。
「……空気からやり直さないとな――」
そう呟いた瞬間、目の前に線状の”ナニカ”が迫るのが見えた。
咄嗟に、首を捻る。
「……ハク爺?」
見ると、ハク爺がナイフを突き出した状態でいる。
「…………あぁ、すまん。坊主……今は正巳と呼ばれてるんじゃったか」
……何事も無かったかのようにナイフを仕舞い、そう言ってくる。
「はぁ、全く……変わらないね」
そう言いながら、思わず笑ってしまった。
そう、昔空の上で”殺気”をぶつけた際も、危うくナイフで殺されそうになった。
……ただ、直前に他の男に抑えられていたが。
今回は、恐らくこちらを試していたのだろう。
そうでなくては、見えた瞬間にナイフを避ける事など出来ない。
「俺は”傭兵”じゃないんだから、試さなくても良いでしょ」
そう言って車両を降りた。
車両を降りた正巳の耳には、ハク爺の呟いた言葉が届く事は無かった。
「全く……あれほど完璧に”気配”が消えれば、非常事態だと思うに決まっておるだろうに……それに、無意識とは言え、”殺す気の手”を見てから避けるとは……変な育ち方をしておるのぅ」
『……全く、楽しみじゃのぅ』
そう言って、正巳の後に続いて車両を降りた男は、上機嫌で歩いて行った。
その瞳に映っていたのは、最近出来た”弟子”に、過去傭兵として生きるのが天職と思っていた”坊主”そして、正巳を救出に行った山頂で感じた”殺気”を放ったであろう少女の姿だった。
――そう、山頂で感じたのは、体が震える様な”殺気”……いや、その”存在”だった。
車両へと案内された正巳は、その”車”を見て言葉を失っていた。……目の前に鎮座している車両は、周囲に停まっている装甲車と比べても、その異常さが際立っている。
かなりギリギリな車幅、明らかに長大な車体。
後部から見ると、八面体に見える、特殊な形状をした形。
何処か飛行機を思わせる、小さな窓。
何処を走るつもりだ、と言いたくなる様な分厚いタイヤが8本。
何から車両を守るつもりだ、と言いたくなる様な分厚い装甲。
何より目を引くのは、後部に取り付けられた、4つの赤黒く変色した筒だった。
……気のせいか、筒周辺の外装がくすんでいる気がする。
「……これは?」
今井さんに聞くと、待ってました!とばかりに説明をし始めた。
「この車は、言わば指令室となる車両基地だね! 特に、内蔵されている機器はどれも一級品で、全て3Dプリンターで出力したんだ。それぞれ必要な部品に関しては、3Dプリンターm1で作っていてだね、あ、ここで言うm1と云うのは……」
……この質問は、してはいけないパンドラの箱だったようだ。
……話を聞いて分かったのは、この車両が物凄く高性能で、ベースとなっているのは大使館から頂戴して来たあの、長い車だと云う事だ。
3Dプリンターmini1……3dp-m1は、3Dプリンターで作り出した部品で組み立てた、一回り小さい3Dプリンターだと云う事だった。……如何やら、元の3Dプリンターで作り出せる、最小サイズに限界が有ったらしく、小さいモノを作ったらしい。
話を聞くと、3Dプリンター自体の性能が圧倒的に高いらしく、特殊な状況下で加工する事が要求される部品以外の、あらゆる部品が出力出来るらしい。
ただ、このまま聞いていると、朝になってしまいそうな勢いだった。
……話の切れ目で、取り敢えず車両に入る事にした。
「と云うわけで、一部はマイクロサイズの機械が組み込まれているんだ。それで――」
「――まぁ、取り敢えずホテルまで帰りましょう」
今井さんが話し足りなそうにしていたので、取り敢えず『帰ったら、幾らでも時間は有りますよ』と言っておいた。
……ハク爺とユミルは、既に車両内に乗っていた。
ハク爺はともかくとして、ユミルは何となく”心此処に有らず”の様に見える。
そんな様子を見ながら先ず、マムと今井さん。次に、ボス吉。そして、サナと俺、そしてハクエンの順で乗り込んだ。
ザイは、『後片付けをしてから帰りますので』と言っていた。
このまま現場の指揮を執るらしい。
車両内はリムジン方式になっていて、車体に沿って椅子が設置されている。
その為、皆が顔を合わせる事が出来る。
そんな中、マムが指定位置らしい充電装置の上に座った。
座ると同時に、車両内のモニターが起動し、マムが現れる。
マムが、ここに居る人物であれば、”心配ない”と判断したようだ。
マムの”判断”は特殊で、通常人間が取るようなプロセスを辿らない。
……完全な、情報による分析調査、行動分析による回答なのだ。
だからこそ、信用できる。
「マム、出してくれ」
そう言うと、画面上のマムが『はい、パパ!』と答えて、車両が動き出した。
ハク爺が、何やら面白いものを見た!という顔をしていたが、放っておく事にした。
それよりも……
「それでハクエン、体調はどうだ? ……見た限りだと、随分と元気になったみたいだが」
左隣に座っているハクエンに、声を掛ける。
すると、一瞬ハク爺の方を向いたが、直ぐにこちらに向き直ってこう言って来た。
「……その、名前が知りたくて、僕、”ハクエン”、です。名前、教えて下さい!」
……大分緊張している様だ。
俺が名前を付けたのだから、当然名前は知っている。
しかし、ハクエンの緊張した顔を見ていたら、純粋に嬉しくなった。
「ああ、俺の名前は国岡正巳だ。よろしくな、ハクエン」
そう言うと、ハクエンは一気に顔を綻ばせた。
そして、ハク爺の方へと視線を送っている。
……向かいの席の端の方で、ハク爺がガッツポーズをしている。いつの間に、仲良くなったんだか……
(あ、俺がいない間にか)
そう思ったら、少し寂しくなって来た。
「ハクエン、俺が名付け親だからな!」
そう言うと、ハクエンは一瞬、呆気にとられた顔をして、直ぐに破顔した。
「はい、お父さん!」
そう答えたハクエンに対して、『お、おう……?』としどろもどろになりながら、答えた。
端の方から、ユミルの『国岡正巳……』という呟きが聞こえて来た。そう言えば、ホテル側には”神楽仁”と伝えていた事を思い出して、慌てたが、それについては今井さんが説明を始めたので、任せる事にした。
右隣を見ると、サナが珍しく静かに考え込んでいた。
具合でも悪いのかと、心配していたのだが……
ふとサナが呟いた『……そうなの、サナもなまえ貰えば良いなの』という言葉が聞こえて来て、慌てて、『サナは、とっても可愛い名前だよね!』と言いどうにか事なきを得た。
付け加えておくと、ボス吉は少し自慢げにしていた。そして、モニターの中に居るマムも、何時もより余計にクルクルと回転していた。
そんな様子を見たサナが、『やっぱり、なまえお兄ちゃんに付けてほしいの!』と言い出したので、正巳は『マム、何か面白い事やってくれ!』と頼む破目になった。
……そして、その頼みが、得意げにしていたボス吉を恐慌状態にし、再びハク爺が”瞑想”状態に入り、正巳も(安易に頼むんじゃなかった)と、後悔する事に繋がるのだが、そんな事を知る由も無かった。
斯くして、本日二度目のエネルギー充填を終えた車両は、闇色に染まる中蒼い炎を纏い、爆走するのだった。……これが、俗に云う”流星公の帰還”であった。
……確かに車両後部に付けられた筒は4つだったが、車両上部に大きな噴出装置が付いているとは、この時の正巳が知るはずも無かった。
後日、車両上部にこの装置を見つけた正巳は『こんなものが付いているんじゃ、あの程度のスピードは出るだろうな』と納得する事になる。
何せ、車両上部に備え付けられていたのは、形こそ違えども紛れもない”ジェットエンジン”だったのだから。そして、化学反応によって生み出されるエネルギーで加速するそれは、翼を付ければ間違いなく、飛ぶ事の出来るほどの加速力を持っていた。
今回は、一部の者によって、撮影されたフィルムカメラの写真が”フィルム写真”として残る事になった。ただ、デジタルカメラによって写されたモノは、全てのデータが消えていた。
……後々、今井とマムの手によって、フィルムを腐食させる『マクロファージ』と名付けられた微細機械が開発される事になる。
この機械が開発されてからは、”流星公”の姿が収められる事は一切無くなり、よって、この”流星公”の写真を所持している者達が、後々マニアへの”写真売却”によって巨大な利益を手にする事になるのだが……そこに居た野次馬達は、今はまだ、単なる”野次馬”でしかなかった。
――
その後、程なくして一向はホテルへと到着していた。
「……」
次からはもう少し気を付けて発言する必要があるな、と思いながら、ハクエンに続いて車両を降りた。続いて、サナがボス吉を抱えて下りて来る。……ニコニコしている。サナ的には大満足だったようだ。
その後、今井さんとユミルが降りて来た。
ハク爺は、未だ”瞑想中”らしい。
「僕は車両のメンテと、サナの機体を調整してから向かうよ」
そう言って来た今井さんに『分かりました』と答えると、今井さんは車両の状態を確認しに行ったようだった。
「ユミルは、どうする?」
遠目でも分かる程、疲労している。
……手当てを少し手厚くしておこう。
それに、ユミルの腕が未だ動かないのは、俺に原因がある。
「私は……下がらせて頂きます」
予想通りの答えだったが、何となく普段と様子が違うような気もした。……まあ、一か月も続いていた仕事が終わったのだから、達成感を感じているのかも知れない。
「……お疲れ様」
そう言うと、微笑んだ後こちらをじっと見つめ、言った。
「はい、ありがとうございました……その姿も良いですよ?」
”ありがとう?”と少し疑問に思っていたら、一礼して従業員通用口であろうドアへと下がってしまった。……『ありがとう』と言うべきはこちらであろうに。
それに、”その姿も良い”って……どの姿と比べての事だろうか。
確かに、体は少し小さくなったかもしれないが……
一先ず、次に会った時、ユミルの疲労が回復した後にでも、改めてお礼をしよう。そう決めて、車両側へと向き直った。
「……サナ、ボス吉は大丈夫そうか?」
「大丈夫なの! ……お腹が鳴ってるの!」
……サナがボス吉を抱えたまま、お腹に耳を当てている。
こうして見ていると、お人形がヌイグルミを抱っこしている様に見える。
「そうか、この後は、久しぶりに”食事”だな」
……そう言えば、全く空腹感が無かったのだが、失踪していたという一カ月間俺はどうしていたのだろう……今も、何となく『食事』と考えると空腹感を覚えはするのだが……
「しょくじなの!」
そう言って飛び跳ねるサナを見ていた。
……気のせいか、ボス吉の目もキラキラとして見える。
「さて、ハクエンも一緒に食事だな!」
そう言うと、ハクエンが『ッツ! ハイ!』と元気に答えた。
体を綺麗にしてから食事を摂るのが良いだろう。
ただ、その前に……
「それで、ハク爺はまだ中か……」
暫く待っていたのだが、一向にハク爺が出てこない。
……そう言えば、上空から降下する高高度落下傘訓練の時も、暫く目を閉じていた気がする。確か、あの時は……昔の記憶を思い出しながら、車両の中へと戻った。
……相変わらず”瞑想”している。
高度の瞑想は、自己の中に深くへと入り、外的情報からは遮断される。
そして、ハク爺は紛れもない”一流”の傭兵である。
当然、”瞑想”の技術も他とはレベルが違う。
……それこそ、周囲を炎に囲まれていたとしても、直接生命の危機に瀕しない限りは、そのまま”瞑想”から戻る事は無いだろう。
この状態から、覚醒させるには、一定以上の刺激もしくは、激しい感情の爆発、生命に関わる危機感、この何れかを与えるしかない。
昔、上空でハク爺が”瞑想”状態から帰ってこなかった時は、気配の操作を応用して生命の危機感を引き出していた。
気配の操作で生命の危機……つまり、殺気を放つ事で”非常事態だ!”と感じさせるのだ。
……ハク爺の前の席に座る。
座った後、眼を閉じると、状態を”空気”……つまり気配が消えた状態にする。
「すぅ~はぁ~…………」
何度か呼吸した上で、整えていく。
……二度、呼吸を繰り返した処で、ハク爺からの”無意識の識”から外れた事を感じた。
「……よし」
次に、イメージを練り上げて行く。
……俺の場合、イメージを練り上げるのに多少時間がかかるが、熟練すると瞬間的に”気配”の操作が出来るらしい。昔、ハク爺に『逸材じゃな』と言われた事が有るが、それも十年以上前の話だ。
……幾ら才能が有っても、努力しなければ腐ってしまう。
そんな事を考えていたら、雑念が混ざってしまった。
一旦、気配を戻す。
「……空気からやり直さないとな――」
そう呟いた瞬間、目の前に線状の”ナニカ”が迫るのが見えた。
咄嗟に、首を捻る。
「……ハク爺?」
見ると、ハク爺がナイフを突き出した状態でいる。
「…………あぁ、すまん。坊主……今は正巳と呼ばれてるんじゃったか」
……何事も無かったかのようにナイフを仕舞い、そう言ってくる。
「はぁ、全く……変わらないね」
そう言いながら、思わず笑ってしまった。
そう、昔空の上で”殺気”をぶつけた際も、危うくナイフで殺されそうになった。
……ただ、直前に他の男に抑えられていたが。
今回は、恐らくこちらを試していたのだろう。
そうでなくては、見えた瞬間にナイフを避ける事など出来ない。
「俺は”傭兵”じゃないんだから、試さなくても良いでしょ」
そう言って車両を降りた。
車両を降りた正巳の耳には、ハク爺の呟いた言葉が届く事は無かった。
「全く……あれほど完璧に”気配”が消えれば、非常事態だと思うに決まっておるだろうに……それに、無意識とは言え、”殺す気の手”を見てから避けるとは……変な育ち方をしておるのぅ」
『……全く、楽しみじゃのぅ』
そう言って、正巳の後に続いて車両を降りた男は、上機嫌で歩いて行った。
その瞳に映っていたのは、最近出来た”弟子”に、過去傭兵として生きるのが天職と思っていた”坊主”そして、正巳を救出に行った山頂で感じた”殺気”を放ったであろう少女の姿だった。
――そう、山頂で感じたのは、体が震える様な”殺気”……いや、その”存在”だった。
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