『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

87話 帰還 [縄梯子]

 正巳が、今井と二、三言葉を交わした処で、一人の少年と髪を後ろで結んだ男が来た。


 気のせいか、男の白髪が増えている気がする。


「おぉ? ……何故坊主が……」


 どこか懐かしい呼び方だ。


「……『坊主』? ……ハク爺、もう大丈夫なの? 結構深い傷だったと思ったけど……」


 そう、昔はハク爺に『坊主』と呼ばれていた。


 再会した時に『お主』とは呼ばれたけど、『坊主』とは呼ばれなかった。


 恐らく俺が、”坊主”と呼ばれる年齢ではなく、見た目においても成長したからだろう。


 それなのに、ここに来て『坊主』とは……


「そうよのぅ、ワシも暫くは養生せなあかんと思っとったんだが……この通りじゃ!」


 そう言うと、5メートルは有ろうかという高さから、飛び降りて来た。着地時に両足、右腕、右肩、背中の順で地面に接し、前転した上で衝撃を吸収させている。


 その様子を見て、相変わらず元気だなぁと思ったが、その前に……


「――ハクエン! 飛ぶなよ!」


 壁の縁、ギリギリに立っていた少年に声を掛けた。


 その表情から、後に続こうかと逡巡している様子が見て取れる。
 何やらソワソワしているが、後で話を聞いておこう。


 それにしても、ハク爺のみならずハクエンまで回復しているとは……


 ハク爺は、極端な話、腹部の傷を治せば良い。
 手術でも行って、我慢していれば多少は誤魔化せるだろう。


 しかし、ハクエンの状態は、そんなレベルでは無かった。
 極度の飢餓状態、肉体組織の損傷……唯一無事と言えたのは精神状態だけだったのだ。


 ただ、一番重要な精神状態が無事に見えた為、その後のリハビリに期待をしていたのだが……これは”リハビリ”云々の話では無いだろう。


「今井さん、後で色々と聞きたい事が有ります……」


 そう言うと、今井さんは何やら自慢げな顔で『ああ、勿論だとも!』と答えた後で、こちらをじっと見て口を開いた。


「ところで、正巳君の腕に付いている枷と、その体――」


 言い終える前に、それ・・に気が付いた。


「ッツ!」


 足元のボス吉を蹴らないようにしつつ、踏み込む。


 通常、歩いて10歩程の距離を、3歩で駆け抜け、その勢いのまま壁を蹴った。


 ……三角飛びの要領で、空中から落下する女性を受け止める。


 着地時、受け止めた女性に衝撃が行かない様に気を付けた為か、足腰への衝撃が強かった。


 まあ、問題ないだろう。


「ユミル……」


 ……腕の中の女性を見る。


 ……女性は、口を一文字に結び、こちらを”キッ”と睨んでいる。


 ……いや、睨んでいるわけでは無いのだろうが、視線を外してくれないのでそう感じるのだ。一応、腕に付いたままの枷が当たって痛くないように、腕の位置を調整しておいた。


 それにしても、やはり腕の傷は深かったらしい。


 利き腕では無いが、片腕が体に縛り受けられたままだ。


 先ほど、落ちてくる際も、そのせいでバランスを崩していた。


 ……あのまま落下していたら、禄に受け身も取れずに、負傷していただろう。


「……捜しました」


 一言だけ、そう言った。


 一言ではあったが、その言葉には強い思いが含まれているように感じた。


「悪かった……帰るのが遅くなった」


「……ホントです」


 そう言って、一度ギュッと抱き着いた後、俺の腕から降りた。


 思ったよりも背が高かったユミルが、一度だけ此方を見るが、直ぐに『奥を確認してきます』と言って、地下室の中へと入って行ってしまった。


 中に危険が無い事は確認済みなので、そのままでも大丈夫かと思った。


 ただ、中に入って行くユミルに、もう一言だけ声を掛けようと思ったのだが、『女ったらし~』という声が聞こえて来て止めた。


 『どういう意味だ?』と聞こうと見渡して、初めて・・・そこに居る面々に気が付いた。


 ……いつの間にか、地上二階部分や階段の途中まで、一緒に救出に出た者達で溢れていた。


「お前ら……」


 よく見ると、殆どの者達が土で汚れていて、その顔には疲労が見て取れた。


 状況から考えるに、どうやら俺の事を探していたらしい。


 ……気付かぬうちに、大事になっていた様だ。


「……ありがとう」


 一通り見渡してから、そう言った。


 すると、次々に『大変だったな』とか『こんな依頼そうそう無いぞ』とか『もう二度とごめんだな』とか、そんな声が聞こえて来た。


 が、その顔を見ると、心底ほっとしているのが分かって、込み上げて来る物があった。


 一通り、其々が言いたい事を言い終えたのか、落ち着いて来た頃、一人の男が口を開いた。


「神楽様、今回のお代ですが……私設部隊稼働分に併せて、其々の休暇手当分の請求、特殊機材及び特殊処理(情報規制)請求、ホテルの部屋スイート使用による追加請求、緊急手術請求、そして大ホールの貸し切りによる他イベントキャンセルに関わる手当請求……」


 その後も、ザイによって複数種の請求の通達がされた。


 ……見方によっては、喜びに水を差したとも言えるが、俺はそうは思わなかった。


 これは、バランスなのだ。


 依頼だからこその行動である、と明確に示す。


 ”ホテル”が中立であることは聞いていた。


 ここで、誰か一人に肩入れしたと噂になっては、ブランドに傷が着くのであろう。


 だからこそ、俺は……


「ああ、分かった。請求を回してくれ、直ぐに支払おう」


 そう答えるのが、道理であった。


 そんな俺を見て、一度目を閉じたザイは、一つ礼をして周囲の職員に指示を出し始めた。


 ……周囲は既に暗くなっており、辺りは投光器によって照らし出されていた。


 『後でじゃな』と言って、ハク爺は縄梯子を上がって行った。


 ハク爺を見送っていると、少し上の”階段”に座っていた今井さんが声を掛けて来た。


「正巳君、そこの壊れてしまった掘削機を、持って来てくれると嬉しいな」


 言われて、後ろを振り向くと、確かに”機械だった物ざんがい”が有った。


『……分かりました』


 恐らく、俺が壁を殴った際に破壊してしまったのだろう。


 機械を取りに行こうとしたら、マムが先回りして、拾い集めていた。


 そんなマムを見ながら、『ありがとう』と言うと、露骨に頭を差し出して来たので、撫でてやった。……とてもサラサラとしていて、心地よい手触りだった。


 しばらくその手触りを堪能していたのだが、サナが飛びついて来たのと、ボス吉が肩の上に乗って来たのとで、手を離した。


 そんな様子を、今井さんはじっと見ていたが、ふと呟いた。


 ……独り言だったのかも知れないが、聞き逃す事は無かった。


「……正巳君、小さくなっちゃってるよね……うん、僕としてはありなんだけど……」


 ……”小さく”……?


 何の事か分からずに居たのだが、ふと、自分の手の平を見て微妙な違和感を感じた。


 その違和感を確認する為に、足、腹、両腕と見て行き、体全身を触って確かめた。


「……俺、縮んだ?」


 ……足には靴など無く、裸足に鉄の枷が付いた状態だった。
 ……腹は特に変化が無いように見えたが、何となく肌が白い気がした。
 ……両腕の内片方には枷が掛かっていたが、子供の腕の様だった。


 体を触っても、具体的な大きさは分からなかったが、どうやら小さめ・・・になったように思えた。体を触ったり、確認したりしている間、ボス吉が肩から降りる事は無かった。


「まぁ、『縮んだ』と言うよりは、『若返った』と言った方が近そうだけどね……」


「『若返った』ですか……」


 今井さんの様子を見るに、冗談と云うわけではなさそうだ。


 それに実際、小さくなっているのは実感している。


「……通りで、サナが大きくなったように――」
「さな、大きくなれるよ?」


 俺の言葉を聞いていたサナが、そう言って来た。


「大きく?」
「うん! お兄ちゃんとお姉ちゃん位に!」


 ……


「それじゃあ、お願いできるかな?」


 周囲を見渡したが、俺と今井さんサナ、マムしかいなかった。


 ユミルは、部屋の中を回っているだろうから、問題ないだろう。


 しかし……


「ん~……今日はもうできないの」
「もう出来ない?」


「そうなの! でも、後でならできるの!」


 そう言っているサナを見ながら、きっと、大人ぶりたいんだろうな、と思った。


 しかし、そんな俺の生暖かい眼と、頭を撫でた事に納得がいかなかったらしいサナは、『ウー』と唸っていた後で、こう言いだした。


「そうなの! ボス吉も大きくなれるの!」


 そう言い始めたサナに、そうだねと、言おうとしたのだが……


「うん、確かにネコ君は大きくなれる様だ。急に大きな猛獣が出て来たと思ったら、縮んでネコ君になったから驚いたよ」


 うん、うん。と頷きながら、今井さんがそう言っている。


 ……肩に乗っているボス吉に目を向けると、『にゃん、にゃ?』と言って肩から降りた。


 肩から降りたボス吉を見ていると、不意に、その体が大きく成長し始めた。


 ……まるで生き物の成長を100倍、いや、1000倍の速さで見ている様だった。


 数舜後には、目の前に立派な白い獅子がいた。


 ボス吉は、”ネコ”だった筈なのだが……


「これは……凄いな」


 そう呟いていると、今井さんも階段から乗り出して見ていた様で……


 気付いた時には、足を踏み外していた。


「あっ――」


 咄嗟に、飛び出そうとしたが、俺よりも早く反応した者がいた。


「……よくやった、ボス吉」


 そう言いながら、ボス吉をクッションにして落ちて来た今井さんを、確認した。


「大丈夫ですか?」


 そう言いながら、手を出す。


 しかし、今井さんはこちらを見て、一瞬フリーズし、視線を彷徨わせた後に言って来た。


「その、正巳君……上に居て気付かなかったけど、服が大分ボロボロなようだね……それに、眼鏡が無いようだけど見えるのかい?」


 言われて、改めて自分の格好を確認したが……上半身は最早何も着けていなかったし、下半身に関しても、布一枚を腰に羽織っているのみだった。


 長い間、この状態だったので、忘れていたが、俺は今半裸の状態だ。


 ……これが街中であれば、即時通報されていただろう。


「……その、慣れてしまっていた様で……目は、見えてますね……」


 そう答えるのがやっとだった。


 ……地下室へと調査に行ったユミルも、もしかしたら俺の状態を見て引いたのかも知れない。


 ……だってさ、ほら、仕方ないじゃん!心の中でそんな言い訳を繰り返しながら、取り敢えず大きくなったボス吉に、腰回りを隠してくれるように頼む。


 ……気のせいか、モフモフ度合いが強くなったボス吉が、腰回りに巻き付いてくれた。


 しかし、これではまともに歩く事が出来ない……
 どうにかしようとしても、中々上手く行かない……


 そんな様子を、首をかしげながら見ていたサナが、『そうなの!』と言って自分の上着を渡して来てくれたので、ありがたく使わせてもらう事にした。


 ……サナには、後で替えの服を買ってあげる事を約束して、何時もより多めに褒めておいた。


 そんなこんなをしていたら、ユミルが戻って来た。


 何処か、顔色が優れないようだったが、中の状況を見て来たことを考えると、それも仕方ないかと思う。『後で、頭を撫でて下さい』とお願いしてくるマムと、目を合わせてくれない今井さんに苦笑しながら、縄梯子を上ってくれるように頼んだ。


 ……俺が最後でないと、色々と目に毒だ。






――
 少し時間はかかったが、無事地上に戻って来た。


 ……久しぶりに地上に戻ってみて、建物が跡形もなくなっていた事には驚いたが、迎えに来たザイから替えの服を受け取ると、ボス吉の陰で着替えた。


 ……ボス吉が大きくなっている事に突っ込む者は、誰もいなかった。
 ……俺がいなかった内に、色々やらかしていたのかも知れない。


 少しだけ、今井さんに提供した150億円の使い道が不安になった。


 話をしようかとも思ったが、山頂と云うだけあって、涼しくなって来たので、一先ず帰還する事にした。一度任せたお金に関しては、余程ヤバイ事に使っていなければ問題ない。


 ……帰りの車両へと歩いて行く道中、地上で待っていたハクエンが近づいて来た。


 何か話が有るのかな?と思ったが、帰りの長い道のりでゆっくりと話を聞く事にした。


 隣で歩くハクエンの横顔は、やはり何処かソワソワとしていた。



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