『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

86話 帰還 [夕日色]

 ”施設”へと着いた一台の車両から、一匹の白いネコが飛び出して来る。その後、一人の女性が降り、その後ろから一人の少女が降りて来た。その少女は、桜色の肌と、『白』と言うよりは、ピンクに近い白……『桜色』の髪をした少女だった。


 その少女は、駆けて行った”白いネコ”と目の前の”女性”を交互に見比べた後、”白いネコ”の後を付いて行く事にした様だった。













 車から降りたサナは、周りをぐるっと見渡した。


 ”施設”での記憶しかないサナにとっては、その光景一つ一つが新鮮であった。


 広範囲にわたって見渡せる場所。


 ”ナニカ”が建っていたらしい”跡地”に空いた穴。


 周囲に積み上げられた瓦礫と土の山。


 微かに見える山々は、沈みかけている夕日に照らされ、紅く燃えている。


 それらの光景を瞳に刻み付けていたが、ふと、視界の端に走りゆくネコの姿が映った。


「にゃんにゃん……お兄ちゃん?」


 一緒に居るネコが、とても頭が良い事は知っていた。


 そんなネコが、駆けだして行く……


 何となく、車内での怯えた・・・ネコの姿が思い浮かんだが、それにしては走って行く方向が、やけに確かな気がした。


「お兄ちゃんなの!」


 一瞬、目の前の”お姉ちゃん”にも声を掛けようと思ったが、忙しそうだったので、一人で行く事にした。


 途中、通り過ぎる大人の人達がこちらを見て、驚いていたが『お兄ちゃん、探すの!』と言うと、何やら納得したような、困ったかのような、複雑な顔を向けられた。


 それでも、ねこにゃん……ボス吉の姿を見失わないように、走って行った。


 ……ボス吉が止まったのは、ある”部屋”の上でだった。


 見ると、ココだけ部屋になっている。


 ……他の場所は只の”穴”なのに、ここは”部屋”なのだ。


 上から、”部屋”を眺める。


 ……屋根が剥がされ、見取り図の模型の様になっている。


「お兄ちゃん?」


 ボス吉の横に並んだサナがそう呟くと、ボス吉が小さく『にゃ』と答えた。


 残念ながら、サナにはその意味は分からなかったが、下にある”部屋”へと飛び降りたボス吉を見て”こっち”と言ったように感じた。


「おりれるかなぁ」


 そう言って下を見たサナの目には、地下一階の地面が映っていた。……実は、もう少し先へと移動した場所に”階段”が有ったのだが、サナは気付いていなかった。


「えいっ」


 そう呟いたサナは、2メートル強の高さを飛び降りていた。


『”タンッ”』


 軽い音を立てて着地したサナは、体に問題が無い事を確認して歩き出した。


 ボス吉は、降りた後、真っすぐに歩いて行った。


「ネコにゃん?」


 ボス吉の事を呼びながら歩いて行くと、少し広い”階段の付いた場所”の床を引っ掻いているボス吉が居た。


 ボス吉は、大きくなっていて、その背丈は成人男性程の高さがあった。


 ……ボス吉が引っ掻いた床には、既に無数の”爪痕”があり、コンクリートの床が抉られている。


 その光景を見たサナは、瞬時にその意図を理解した。


「にゃんにゃん、退いて!」


 そう言ったサナは、体に力を入れて”必要なサイズ”になった・・・


 かかった時間はほんの数秒であった。


 そこには既に、幼い少女はいなかった。


 居たのは、綺麗な桜色の髪をした、大人の女性だった。


 あまりの”変化”に驚いたボス吉が、飛び退いた。


 ……姿が変わったのに驚いたのではない。


 その”圧”が変わったのだ。


 まるで、海面で水遊びしていたのに、深海まで一気に移動したかのような、そんな”圧”の変わり方だった。


 女性は、久しぶり・・・・の冴え渡る感覚に、酔いそうになる。しかし、ボス吉が飛びのいたのが見えたので、爪痕の残る床に対して、屈みこむようにして”照準”を合わせた。


「ハアッ!」


 打ち込まれた”拳”が、その”床”にめり込む。


『”ズンッッ”』


 地響きの様な衝撃が加わる。


「まだダメね」


 そう呟いた女性の視線の先には、粉々に砕けたコンクリートの床と、その間から覗いた”鉄板”が見えていた。


 ……恐らく、この鉄板は補強的意味合いよりも、遮断・・を目的にして加えられていたのだろう。そうでなければ、一度の衝撃で変形する筈がない。


 見ると、床の端四か所が、其々四角く綺麗に残っていた。


 その、四か所以外の部分のコンクリ―は粉々に砕けているのに、だ。


「ココが”支え”か……」


 そう呟くと女性は、順番に四か所を壊し始めた。


 ……数秒後、最後の”支え”を破壊していた。


『”ドゴンッ!”』


 ……最後の支えを破壊し終えた瞬間、床が落ちた。










――
 一瞬の事で咄嗟に”戻った”サナは、ボス吉の上に落ちていた。


 落下の際、『当たる面積が小さい方が負傷の度合いが小さくて済む』と考えての行動だったが、その事は既に忘れていた・・・・・


 ……いや、分からなくなっていた、と言う方が正確だろうか。


 過去に一度だけ”大きく”なった事のあるサナは、前に大きくなった時と同じく、何処か”モヤモヤ”する頭を振り払って、ボス吉にお礼を言った。


「にゃんにゃん、ありがとなの」


 咄嗟に、ボス吉がクッションになってくれたから良かった。もしそうでなければ、金属の破片などで傷ついていたかも知れない。


 ……元に戻ったサナは、すべて忘れるわけでは無く、大体の事は覚えていた。
 ただ、どうして『四か所を壊したか』かは、いくら考えても分からなかった。


『にゃお、にゃ……』


 ボス吉がそう答えるのを聞いて、一度モフモフした。


 普段はそのまま数十分単位でモフモフするのだが、今回はその限りでは無かった。


「お兄ちゃん!」


 そう、自分が探しに来たのは”お兄ちゃん”である正巳なのだ。


 改めて、周囲を見る。


 ……散乱した瓦礫、反る様にして曲がった鉄板、僅かに覗いている床には茶色い紙と、液体が漏れ出しているのが見えた。


 しかし、それ以外は四方が壁に囲まれた一つの部屋だった。


「にゃにゃにゃ!」


 急に鳴き始めたボス吉の上から降りる。


 すると、ボス吉は正面の”壁”を引っ掻き始めた。


 ……何となく、ボス吉が引っ掻く”向こう”から、『”ドン”』と言う音が聞こえる気がする。


「壁の向こう……!」


 ボス吉が引っ掻く壁に近寄ると、壁を殴った。


『”ドンッ!”』


 大人からしても、恐るべき力だ。


 しかし、それでも壁を”壊す”は愚か、ヒビを入れる事すら出来ない。


 本来、人間が生身でコンクリートを砕く事など、出来るはずも無いのだ。


 ……とは言っても、再び”大きく”なる事も出来ない。


 あれ自体、細胞を酷使して行う”最終手段”なのだ。


 再び使う等出来る筈がない。例え出来たとしても、それをした瞬間、細胞が其々勝手に”成長”し始めてしまうだろう。


 ”お兄ちゃん”に合えたとしても、それでは意味が無い。


 そんな風に困っていると、後ろに下りてくる気配があった。


『”タンッ”』


 軽い音を立てて下りて来たのは、車の中で沈黙していた機体少女だった。見ると、その手には何やら機械を手にしている。


「マム、なの?」


 そう聞くと、少女が答えた。


「デス、はい、マムなのですよ……『――同期操作を切断、ローカル自立システムに切り替えます――』……はい! ここは電波の入りが悪いようなので、分離しました!」


「なの?」


 少女マムは、よく分かっていないであろうサナに『マムが壁を開けます!』と言い、手に持っていた機械を床に置いた。


「起動、座標指定、掘削位置確認、認証、――開始」


 マムがそう言うと、先がドリル状になった機械が動き出した。













 正巳は、壁を左右交互の腕で殴っていた。


 途中、何となく地鳴りが起こった気がして、手を止めた。しかし、直ぐに気のせいだと思い直し、壁を壊す作業を再開した。


 ……気のせいか、殴った瞬間少し壁が凹んだ気がした。


 ……いや、気のせいだとしても、この可能性にかけたい。


 どうせ、砕けても治るのだ。


 ……痛いは痛いけど”実験体”として受けた痛みに比べれば、何でもない。


 今度は、数歩下がる。


 左足を少し前に出す。


『スーハ―……』


 二度呼吸をして、息を整えた。


「よし……」


 左手左足が出ている状態から、右足を踏み出す――右足を出した瞬間に体を捻らせ、ボールを投げるようなフォームで突いた。


 ……そのフォーム自体は投球の動きであったが、右腕は振りかぶらず、脇を締め、体の横から突き出したのだ。


 拳が、壁に当たる瞬間、壁の下部から”ナニカ”が突き出した気がしたが、既に遅かった。


『”ッドドォォォンッ!”』


 正巳の拳が壁に炸裂した瞬間、壁が吹き飛んだ。


 鈍い痛みが右腕に走る。


 ……拳が原型を留めていない。


 自分の拳を見ながら(痛そうだな)と、何処か他人事のように考える。


 今はそれよりも、壁だ。


 ”吹き飛んだ”壁を見る。


「おお……外だ……」


 壁があった場所には、大きな穴が開いており、未だ砂埃で様子が確認できないながらも、その先には紅い光が見える。


 どうやら、外は夕方らしい。


 ……朝焼けとは紅さが違う。


 一歩踏み出す。


 二歩目を踏み出そうとしたところで、直ぐ前に何かが立っているのに気が付いた。


 その影は、自分と同じほど・・・・の高さであり、その影を中心にして、幾つかの壁の破片が浮いて・・・いた。


「ん?」


 なんだろう、と思った瞬間、その影の両脇から二つの影が飛び出して来た。


「おにいちゃ!」「にゃ!」


 飛び出して来た一人と一匹が、そのまま飛びついて来る。


 一瞬、状況が理解できずに固まる。


 しかし、飛びついて来た一人と一匹を撫でていて、我に返った。


「サナ? それに……ボス吉なのか?」


 そう聞くと其々『そうなの!』『にゃん!』と答えて来た。


 少し気になる事もあったが、確かに目の前に居るのはサナとボス吉だ。


「サナ……少し大きくなったか? それに、ボス吉は真っ白になって……それに小さくなってないか?」


 サナは大きくなった気がする。
 以前は、俺の胸のあたりまでしかなかった身長が、今や俺よりも少し小さい位だ。


 それに、着ている服が、所々ほつれてしまっている。


 ……何が有ったのだろうか。


 対して、ボス吉は以前の毛並みは愚か、体の大きさも変わっている。


 こちらは、大きくなるのではなくて、縮んでいるのだが……


「あ、すまん……」


 右手でボス吉を撫でていたのだが、真っ白の毛並みに、赤い血が付いてしまっている。


 ……拳は既に再生していたが、その手には”血”が付いていたらしい。


「おにいちゃ、けがなの?」


 サナが、そう言って心配してくる。


 ……黒い瞳だと思っていたが、少しだけ赤みが掛かっている。


「あぁ、いや、もう治ったん――」


 言い終える前に、口を挟む存在が居た。


「怪我! 怪我をしているのですか、パパ!!」


 どこから……と、思っていると、目の前に浮かんでいた壁の破片(と言っても、一つ一つが体ほどの大きさが有る)が、脇へと飛んで行った。


 ……そこには、心配そうに眉を歪ませたお人形が居た。


 薄暗くなりつつある、夕日の中でも分かるくらいに白い肌。


 その髪は白だが、何処か青を感じる”白”だ。


「……マム、か?」


 近寄って来た少女を見ると、嬉しそうな表情を浮かべるも、直ぐに心配そうに聞いて来た。


「パパ! 何処か怪我をしているのですか? マスターが治療薬ポーションを持ってきているので――」


「ああ、大丈夫。どこも悪くないさ、ほら……」


 そう言って、手を挙げるポーズを取る。


 『”ガシャン”』と、左腕に付いたままだった、鉄の枷が音を立てる。


 一瞬、枷に目を向けたマムだったが、俺の周りを歩き始めた。


 ……マムの体には、尻尾が付いていた。


 ……ユラユラ、しっぽ……クルクルしっぽ……


 しばらくそうして尻尾の動きを見ていたら、サナが聞いて来た。


「……お兄ちゃん、しっぽ好きなの?」


 ……まさか、視線の動きを見られていたとは思わなかった。


「いや、まぁ……そうかもね……」


 そう言った処で、新たな声がした。


「まさか”地下二階”が有ったとは……正巳君!? いるのかい?」


 聞き覚えのある声だ。


「はい、ここに居ます!」


 そう答えて、少し歩いて行く。


 既に見る影も無かったが、確かにそこは地下へと降りて来た”フロア”だった。


 ……床の端には、液体がこぼれ出ている。


 恐らく、段ボール箱に入っていた”薬品類”で間違いないだろう。


 視界には入ってはいたが、天井が抜けている。


 そして、抜け落ちた天井の端、僅かに残っていた”階段”に居た。


 色々と話したい事があった筈なのだが、一言、言うしか出来なかった。


 しかし、それで十分だとも思った。


「…………ただいま」


「おかえり、正巳君」


 『仕方ないなぁ』という顔をして答えた今井さんの顔を見て、自然に笑みを浮かべていた。そんな様子を見てか、自然とサナとマムが両脇から抱き着き、ボス吉は足元へとすり寄って来た。


 正巳から見える景色は一面、夕日色、唯一色に染まっていた。



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