『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~
79話 帰還 [地下室]
今井はベットの上で、久しぶりの感覚を味わっていた。
ここ数日、研究所で籠りっきりになっていたり、子供達が手伝いに出ていたりで、子供達と一緒に部屋にいる事が殆どなかった。
その為、子供達の”少し高めの”体温を感じるのは久し振りだった。
ベットに入り込み、既に眠っている子供達。
テンともう一人の12歳の少女は、其々違うベットに寝ているが、9歳以下のサナを含めた4人の子供達が一緒に寝ている。
桜色をした肌の子供、黄色に近い肌の子供、ブラウンの肌の子供、其々に個性がある。立場上、海外の研究所に行ったり、講演会に行く事もある為、実感として知っているが、世界では人種差別がある。
知識で知るのと、実感するのとでは、情報量に隔たりがある。
数年前、講演会に『どうしてもお願いしたい』と呼ばれた。
しかし、実際に講演の順番となった時、”黄色人種”と言うだけで、講演の順番を後回しにされた。……それほど暇では無かったのと、一、二時間も待っている気が無かったので、そのまま研究所へ帰って来た。
後日抗議の連絡が入ったので『今後一切、学界で発表しない』と答えたら、逆に『それは困る』と言われ、謝罪もされた。
結局、それ以降講演会に行く事は無いが、毎年講演の打診がある。
……『人種差別がある』と聞いて、『何を今更?』と思うかも知れない。ここで言いたいのは、”想像しているよりも酷い”と言う事だ。
それこそある国では、黒人を「ニグロイド」、黄色人種を「モンゴロイド」、白人を「コーカソイド」と呼ぶと、それだけで喧嘩、果ては殺し合いになったりする。
元々、単に特徴を言葉に表しただけだったのが、いつの間にか色で区別する事に”意味”が付いてしまった。人類の歴史を通して付けられた”価値観”だ。
人間は価値観で戦争を起こす。
宗教戦争等がその最たるものだろう。
「子供はこんなに純粋なのにね……」
環境や教育で、子供がどう成長するのか関わると言うのであれば……せめて、責任を持った子達に関しては、偏見を持たない大人に育てよう。
そんな風に心に思いながら、ベットの上で仲良く寝ている子供達を、微笑ましく見ていた。
「……ぅ……おにいちゃ……」
サナの正巳君に対する接し方は、”お兄ちゃん”と言うより”お父さん”に対する行動に近いと思う。
恐らく、サナ自身が”お父さん”を知らない為、”お兄ちゃん”と呼んでいるのだろうが……天井を見ながらそんな事を考えていると、幼い頃の父親との思い出が蘇って来る。
初めて文字を読んで見せた時の、『我が子は天才だ!』と言って喜んでいた父親の顔。
その翌日、数字を使っての足し算、引き算をして見せた時の『これは、将来”ガウス”に匹敵する数学者になるかも知れないな!』と言って、家庭教師を付けようとした父親。それに慌てた母親が『あなた、まだ2歳にもなっていないのに、気が早いわよ』と言って止めさせていた。
懐かしさに胸が押し潰されそうになるが、感傷に浸っている訳にも行かない。
……全てが終わるまでは。
頭を軽く振り、”我が子”であるサナに視線を向けた。
……眉が寄っている。
「大丈夫、明日……いや、明後日には見つかってるさ……」
言い聞かせるように呟きながら、寝ているサナの頭を軽く撫でた。
しばらくそうしていたが、いつの間にか意識が落ちていた。
――
翌日、朝食を取っていると、マムから連絡が入った。
「マスター! 微細な振動が検知されました。波形を表示します!」
子供達も食事の手を止めている。
メイド服を着ているマムが、パネル上でクルリと回る。
ここ最近は、毎日服装を変えている様だ。
……傾向を見ると、どうやらここ最近のアニメに影響を受けている様だ。
「こちらが、先ほど計測された波形です」
……パネル上には、高い波と低い波が一緒くたになっていて、このままでは何を示すものなのか分からない。
「……該当波形を抽出してくれ」
「はい、マスター! ……足音や作業音など環境波を除きました!」
マムがそう言って、一つの波を表示する。
……ぐちゃぐちゃに振れていた波が消えている。
「……”特定波形”ではないみたいだけど?」
特定波形……つまり、既存の法則に当てはまるような波形では無く、この波形のみでは、何の化学的推論をする事も出来ない。
「あ、そうでした!」
『忘れてました!』と、マムが二つ目のデータ表示する。
後から表示した波形には、それほど起伏が無い。
……判別し辛い。
……制度の高くない計測器で計ったのだろうか。
とは言え、波形の特徴は読み取れる。
類似点は……
「うん、”周期”が同じに見えるね……この波形は何処から持って来たんだい?」
そう言いながら、後から持って来た波形を指す。
「はい! これは、研究室です!」
……ん?
「どこの、研究室だい?」
「このホテルの研究室です! ホテルの設備で計測されていました!」
……ん?
「えっと、つまり…………なんだっけ」
頭の片隅で引っかかっていて、思い出せない。
研究室で最近あった出来事……
『う~ん』と唸っていると、ボス吉が部屋の隅から出て来た。
……ここ数日、『抱っこさせて!』とサナ達に追いかけ回されて、呼ばないと隠れている様になっていたのだ。それには、理由が有るのだが……
「あ、にゃんにゃん!」
いち早く気が付いたサナが、ボス吉を捕まえようとする。
……子供とは思えない力を持つサナだが、普段はきちんと力のコントロールができている。しかし、夢中になると……時々加減を間違える。
一度、それを味わったボス吉は、それこそ”死に物狂い”で逃げ回っているのだ。
「サナくん、程々にね……」
それにしても、見た目が随分と変わった。始めてみた頃は、大きなネコだった……それが、今や二回り以上も小さくなり、真っ白な子猫の様だ。
「ネコ君も変わったな……ぁ……?」
ふと、思い出す。
ボス吉は、大使館の研究所に侵入した際、合成生物になった。その際、体が膨張したらしい。マムが得た情報によると、”統合”の一種らしいが……
変異を起こす薬品は、”情報”を配合して創り出す。
しかし、その”配合”の過程でバランスの悪い配合をすると、多くの場合が細胞の死滅を引き起こす。例え生き残っても、化物の様になってしまう。
この”配合”のバランスを取るのが難しく、個体毎に繊細な配合をする必要がある。しかし、これは人間が行うには複雑すぎる工程と繊細さで、某国で唯一、生き残った獣は”ゴン”だ。
対して、人間ではほとんどが死滅したが、稀に生き残る子供がいて、その割合は2,000人に1人という事だった。……サナ達が、その生き残りだ。
生き残れた理由は、ゴンで上手くいった配合を”希釈”、つまり薄めて投与したから、らしい。そして、一度投与して耐えた場合は、もう一度投与、また絶えた場合は……と、繰り返し、その投与回数に応じてLv分けをしていたという事だ。
……つまり、子供達の中で一番投与回数が多いのは、Lv8と書かれた部屋に収容されていた、サナという事だ。
サナだけでなく、子供達の力が異常に強いのは、この”変異”が関係していることは間違いない。そもそも、”某国”は軍事産業で国益を賄っている。その産業の一つとして、この実験をしていたと考えると、納得できる。
大方、新しい”兵器”として、生物兵器の開発でも考えていたのだろう。
「もしかして、膨張現象の……膨張現象の、振動……波形なのかい?」
「はい、マスター!」
……似たような振動が偶然起きた可能性はある。
それに、その振動と正巳君が関係してるとは限らない。
しかし、もし、正巳君と関わりが有る可能性があるのなら……
「行くしか無いじゃないか!」
「はい、マスター! パパがいるかもなのです!」
そう言うと、それまでボス吉を追いかけていた子供達が、こちらへ飛びついて来た。
大分興奮している。
「おにいちゃ?」「にいちゃん?」「マサにぃ!」
次々に聞いて来る子供達の頭を撫でながら、ふと思う。
……膨張時の波形と類似した波形が計測されたという事は、”膨張”が起こった可能性があるという事だ。
”膨張”が起こったという事は、”実験”があったという事で……もし、”某国”由来の科学者が実験をしていた場合、限りなく成功確率は低い。
2,000人に1人、つまり”0.05%”の成功確率。
もし、命は失っていなかったとしても、その姿がこれまでの様に”人間”であるかは分からない。……もし正巳君が、もはや人間では無くなってしまっていたら。その場合は、『おかえり』と目を見て言えるだろうか。
……大丈夫だろう。
正巳君が正巳君である限り、”仲間”なのだから。
例え、姿が変わろうとも、その事実は変わりはしない。
ただ…………あどけない表情が残っていると良いなぁ……
そんな事を考えながら、飛びついて来た子供達と、落ち着かないように歩き回るボス吉を見て、やっと見つけた”光の筋”に全力で飛びつく事にした。
――
興奮した子供達を落ち着かせた後、朝食を食べておくようにと言い、今井は一人、ザイの元に相談しに向かっていた。
……ボス吉が付いて来ようとしたので、『大丈夫、出発する時は置いては行かないさ』と説得をし、部屋に残っていて貰った。
廊下を歩きながらマムに話しかける。
「マム、どの位置から振動が来ているか突き止めておいてくれ」
「はい、マスター!」
……そう、どこから振動が伝わっているのか分からなくては、探しようがない。
恐らく、今頃現地では調査機達が、彼方此方へと動き回っている事だろう。
「大丈夫、見つかる……そう、大丈夫……」
これが最後のチャンスかもしれない。
そう思い、焦りが顔をもたげて来た頃、ザイ達の居るであろう駐車場に着いた。
――
今井は、指揮を執っている佐藤と打ち合わせをしていた。
「……そうだね、恐らくは施設の地下に……何処かにまだ部屋があると思うんだ」
「でしたら、既に発見している地下部屋の、反対の位置を調べてみましょう」
佐藤の対応は早く、『直ぐに探しましょう!』という流れになった。
ただ、探す場所に関しては、マムでも『施設の下から』としか分からなかった。
どうやら、施設から離れた位置を調査していたらしく、正確な位置が割り出せなかったらしい。……今は、何時同じ振動が有っても良いように、施設の振動を完全に測定できる位置に探知機をセッティングしているとの事だ。
「地下を探すのはどうするんだい?」
「工事の際などに使用する解体重機を使用します。ただ、下に部屋がある可能性を考えると、一気に作業を進める事は難しいかと……」
どうやら、解体用重機を使用して、施設を解体しながら、地下室を探していくらしい。
「そうか、分かった。よろしく頼むね」
地下室を探す分は任せておいても問題なさそうだ。
『それじゃあ』と挨拶をして、研究室へと歩き始めた。
地下室は見つかる。
……となると、見つかった後、もし正巳君が瀕死だった場合の事だ。
幾ら、どんな正巳君になっていても受け入れると言っても、治す手段が有るのであれば、それに越した事は無い。
という事で、もしもの時の為の”薬”を開発する事にした。
丁度、手元にはマムが世界中から集めた英知がある。
それに、ロイス教授の”研究成果”と、今回作成した”変異薬”を少し弄って、都合の良い反応を起こす薬を開発すればよいのだ。
……確か、体が千切れても再生する生き物が数種類いたはずだ。
先ずは、”再生”から考えてみるのが良いだろう。
そんな事を頭の中で考えながら、ある程度の研究設計をしていた。
――
……研究室へと入ると、そこには数えきれないくらいの”サンプル”と、二人の男がいた。
「……部屋、出て来ちゃったんだね」
「『すみません』 ……デウが、”仮面を付けっ放しは不便だ”と言い出しまして」
見ると、デウは口元にマウスを付けている。
……恐らく、仮面型だったのを改良したのだろう。
対して、上原君は、数種類の素材を手に持っている。
……一つ一つの触り心地を確かめている様だ。
「……それで、上原君は何を?」
「それは――」
「マムが、説明するのです!」
上原君が口を開くが、マムが割り込んで来た。
「それで?」
「はい、マスター! この素材は、マスターの大切にしていた”ヤモ吉”を作るのに必要なのです! 触り心地、質感などはマムには分からないので……」
どうやら、リアルにこだわったモノづくりをしているらしい。
「……そっか、続けてくれ給え」
「はい……」
上原君の後ろにある、残り数百種類の素材を見て、(可哀想に)とは思ったが、新しい腕のリハビリには丁度良いとも思ったので、そのままにしておく事にした。
「マム、それで、新しい配合をしたいんだ」
「はい、マスター! 今環境を準備します」
そう答えたマムが、幾つかのパネルを移動させて来た。
「マスター、このパネル上で配合する分量の調整と、結果のシミュレートが出来ます!」
「なる程、仮想実験か……データが揃ったんだね?」
必要なデータさえ揃えば、完全な”仮想実験”が出来る。これも、マムの処理能力と、ありとあらゆるデータ、そして、実験結果に対しての”解析能力”が有るからこそ出来る、仮想実験なのだ。
これが、ただ実験とその結果のシミュレートのみで終わるのであれば、既存のスーパーコンピューターで事は足りる。そこに、結果に対しての”解析”が人工知能を通して施される事にこそ、価値が有るのだ。
一言で言うと”一味違う”のだ。
「僕は、(地下室発見の)報告が来るギリギリまで薬の開発に取り掛かるけど、マムも手伝うかい?」
重機を現場に運ぶ時間もあり、地下室を掘り出す作業は直ぐには終わらないだろう。ザイから連絡が来るまでは実験室で、薬の開発をするつもりだ。
「はい、マスター! ……処理の半分を身体の開発に充てていますが、問題ありません!」
そう言えば、マムの身体は5分しか動かないんだっけ……
「正巳君が帰って来た時に、出来ていると良いね!」
そう言った今井の言葉に、『はい! パパにいっぱい撫でて貰うのです!』と答えたマムに苦笑しながら、『そうだね、僕も撫でて貰おうかな……』と答えたのであった。
◆
…………それから3週間、施設を全て解体し、地下一階部分を掘り返していた。
しかし、既に発見していた部分以外、何処にも”地下一階”は存在しなかった。
そこにあるのはただ、一面を掘り返された平地と、その脇に積み上げられた瓦礫のみであった。そこに、望んでいたような結果も、期待していたような発見も無かった。
ここ数日、研究所で籠りっきりになっていたり、子供達が手伝いに出ていたりで、子供達と一緒に部屋にいる事が殆どなかった。
その為、子供達の”少し高めの”体温を感じるのは久し振りだった。
ベットに入り込み、既に眠っている子供達。
テンともう一人の12歳の少女は、其々違うベットに寝ているが、9歳以下のサナを含めた4人の子供達が一緒に寝ている。
桜色をした肌の子供、黄色に近い肌の子供、ブラウンの肌の子供、其々に個性がある。立場上、海外の研究所に行ったり、講演会に行く事もある為、実感として知っているが、世界では人種差別がある。
知識で知るのと、実感するのとでは、情報量に隔たりがある。
数年前、講演会に『どうしてもお願いしたい』と呼ばれた。
しかし、実際に講演の順番となった時、”黄色人種”と言うだけで、講演の順番を後回しにされた。……それほど暇では無かったのと、一、二時間も待っている気が無かったので、そのまま研究所へ帰って来た。
後日抗議の連絡が入ったので『今後一切、学界で発表しない』と答えたら、逆に『それは困る』と言われ、謝罪もされた。
結局、それ以降講演会に行く事は無いが、毎年講演の打診がある。
……『人種差別がある』と聞いて、『何を今更?』と思うかも知れない。ここで言いたいのは、”想像しているよりも酷い”と言う事だ。
それこそある国では、黒人を「ニグロイド」、黄色人種を「モンゴロイド」、白人を「コーカソイド」と呼ぶと、それだけで喧嘩、果ては殺し合いになったりする。
元々、単に特徴を言葉に表しただけだったのが、いつの間にか色で区別する事に”意味”が付いてしまった。人類の歴史を通して付けられた”価値観”だ。
人間は価値観で戦争を起こす。
宗教戦争等がその最たるものだろう。
「子供はこんなに純粋なのにね……」
環境や教育で、子供がどう成長するのか関わると言うのであれば……せめて、責任を持った子達に関しては、偏見を持たない大人に育てよう。
そんな風に心に思いながら、ベットの上で仲良く寝ている子供達を、微笑ましく見ていた。
「……ぅ……おにいちゃ……」
サナの正巳君に対する接し方は、”お兄ちゃん”と言うより”お父さん”に対する行動に近いと思う。
恐らく、サナ自身が”お父さん”を知らない為、”お兄ちゃん”と呼んでいるのだろうが……天井を見ながらそんな事を考えていると、幼い頃の父親との思い出が蘇って来る。
初めて文字を読んで見せた時の、『我が子は天才だ!』と言って喜んでいた父親の顔。
その翌日、数字を使っての足し算、引き算をして見せた時の『これは、将来”ガウス”に匹敵する数学者になるかも知れないな!』と言って、家庭教師を付けようとした父親。それに慌てた母親が『あなた、まだ2歳にもなっていないのに、気が早いわよ』と言って止めさせていた。
懐かしさに胸が押し潰されそうになるが、感傷に浸っている訳にも行かない。
……全てが終わるまでは。
頭を軽く振り、”我が子”であるサナに視線を向けた。
……眉が寄っている。
「大丈夫、明日……いや、明後日には見つかってるさ……」
言い聞かせるように呟きながら、寝ているサナの頭を軽く撫でた。
しばらくそうしていたが、いつの間にか意識が落ちていた。
――
翌日、朝食を取っていると、マムから連絡が入った。
「マスター! 微細な振動が検知されました。波形を表示します!」
子供達も食事の手を止めている。
メイド服を着ているマムが、パネル上でクルリと回る。
ここ最近は、毎日服装を変えている様だ。
……傾向を見ると、どうやらここ最近のアニメに影響を受けている様だ。
「こちらが、先ほど計測された波形です」
……パネル上には、高い波と低い波が一緒くたになっていて、このままでは何を示すものなのか分からない。
「……該当波形を抽出してくれ」
「はい、マスター! ……足音や作業音など環境波を除きました!」
マムがそう言って、一つの波を表示する。
……ぐちゃぐちゃに振れていた波が消えている。
「……”特定波形”ではないみたいだけど?」
特定波形……つまり、既存の法則に当てはまるような波形では無く、この波形のみでは、何の化学的推論をする事も出来ない。
「あ、そうでした!」
『忘れてました!』と、マムが二つ目のデータ表示する。
後から表示した波形には、それほど起伏が無い。
……判別し辛い。
……制度の高くない計測器で計ったのだろうか。
とは言え、波形の特徴は読み取れる。
類似点は……
「うん、”周期”が同じに見えるね……この波形は何処から持って来たんだい?」
そう言いながら、後から持って来た波形を指す。
「はい! これは、研究室です!」
……ん?
「どこの、研究室だい?」
「このホテルの研究室です! ホテルの設備で計測されていました!」
……ん?
「えっと、つまり…………なんだっけ」
頭の片隅で引っかかっていて、思い出せない。
研究室で最近あった出来事……
『う~ん』と唸っていると、ボス吉が部屋の隅から出て来た。
……ここ数日、『抱っこさせて!』とサナ達に追いかけ回されて、呼ばないと隠れている様になっていたのだ。それには、理由が有るのだが……
「あ、にゃんにゃん!」
いち早く気が付いたサナが、ボス吉を捕まえようとする。
……子供とは思えない力を持つサナだが、普段はきちんと力のコントロールができている。しかし、夢中になると……時々加減を間違える。
一度、それを味わったボス吉は、それこそ”死に物狂い”で逃げ回っているのだ。
「サナくん、程々にね……」
それにしても、見た目が随分と変わった。始めてみた頃は、大きなネコだった……それが、今や二回り以上も小さくなり、真っ白な子猫の様だ。
「ネコ君も変わったな……ぁ……?」
ふと、思い出す。
ボス吉は、大使館の研究所に侵入した際、合成生物になった。その際、体が膨張したらしい。マムが得た情報によると、”統合”の一種らしいが……
変異を起こす薬品は、”情報”を配合して創り出す。
しかし、その”配合”の過程でバランスの悪い配合をすると、多くの場合が細胞の死滅を引き起こす。例え生き残っても、化物の様になってしまう。
この”配合”のバランスを取るのが難しく、個体毎に繊細な配合をする必要がある。しかし、これは人間が行うには複雑すぎる工程と繊細さで、某国で唯一、生き残った獣は”ゴン”だ。
対して、人間ではほとんどが死滅したが、稀に生き残る子供がいて、その割合は2,000人に1人という事だった。……サナ達が、その生き残りだ。
生き残れた理由は、ゴンで上手くいった配合を”希釈”、つまり薄めて投与したから、らしい。そして、一度投与して耐えた場合は、もう一度投与、また絶えた場合は……と、繰り返し、その投与回数に応じてLv分けをしていたという事だ。
……つまり、子供達の中で一番投与回数が多いのは、Lv8と書かれた部屋に収容されていた、サナという事だ。
サナだけでなく、子供達の力が異常に強いのは、この”変異”が関係していることは間違いない。そもそも、”某国”は軍事産業で国益を賄っている。その産業の一つとして、この実験をしていたと考えると、納得できる。
大方、新しい”兵器”として、生物兵器の開発でも考えていたのだろう。
「もしかして、膨張現象の……膨張現象の、振動……波形なのかい?」
「はい、マスター!」
……似たような振動が偶然起きた可能性はある。
それに、その振動と正巳君が関係してるとは限らない。
しかし、もし、正巳君と関わりが有る可能性があるのなら……
「行くしか無いじゃないか!」
「はい、マスター! パパがいるかもなのです!」
そう言うと、それまでボス吉を追いかけていた子供達が、こちらへ飛びついて来た。
大分興奮している。
「おにいちゃ?」「にいちゃん?」「マサにぃ!」
次々に聞いて来る子供達の頭を撫でながら、ふと思う。
……膨張時の波形と類似した波形が計測されたという事は、”膨張”が起こった可能性があるという事だ。
”膨張”が起こったという事は、”実験”があったという事で……もし、”某国”由来の科学者が実験をしていた場合、限りなく成功確率は低い。
2,000人に1人、つまり”0.05%”の成功確率。
もし、命は失っていなかったとしても、その姿がこれまでの様に”人間”であるかは分からない。……もし正巳君が、もはや人間では無くなってしまっていたら。その場合は、『おかえり』と目を見て言えるだろうか。
……大丈夫だろう。
正巳君が正巳君である限り、”仲間”なのだから。
例え、姿が変わろうとも、その事実は変わりはしない。
ただ…………あどけない表情が残っていると良いなぁ……
そんな事を考えながら、飛びついて来た子供達と、落ち着かないように歩き回るボス吉を見て、やっと見つけた”光の筋”に全力で飛びつく事にした。
――
興奮した子供達を落ち着かせた後、朝食を食べておくようにと言い、今井は一人、ザイの元に相談しに向かっていた。
……ボス吉が付いて来ようとしたので、『大丈夫、出発する時は置いては行かないさ』と説得をし、部屋に残っていて貰った。
廊下を歩きながらマムに話しかける。
「マム、どの位置から振動が来ているか突き止めておいてくれ」
「はい、マスター!」
……そう、どこから振動が伝わっているのか分からなくては、探しようがない。
恐らく、今頃現地では調査機達が、彼方此方へと動き回っている事だろう。
「大丈夫、見つかる……そう、大丈夫……」
これが最後のチャンスかもしれない。
そう思い、焦りが顔をもたげて来た頃、ザイ達の居るであろう駐車場に着いた。
――
今井は、指揮を執っている佐藤と打ち合わせをしていた。
「……そうだね、恐らくは施設の地下に……何処かにまだ部屋があると思うんだ」
「でしたら、既に発見している地下部屋の、反対の位置を調べてみましょう」
佐藤の対応は早く、『直ぐに探しましょう!』という流れになった。
ただ、探す場所に関しては、マムでも『施設の下から』としか分からなかった。
どうやら、施設から離れた位置を調査していたらしく、正確な位置が割り出せなかったらしい。……今は、何時同じ振動が有っても良いように、施設の振動を完全に測定できる位置に探知機をセッティングしているとの事だ。
「地下を探すのはどうするんだい?」
「工事の際などに使用する解体重機を使用します。ただ、下に部屋がある可能性を考えると、一気に作業を進める事は難しいかと……」
どうやら、解体用重機を使用して、施設を解体しながら、地下室を探していくらしい。
「そうか、分かった。よろしく頼むね」
地下室を探す分は任せておいても問題なさそうだ。
『それじゃあ』と挨拶をして、研究室へと歩き始めた。
地下室は見つかる。
……となると、見つかった後、もし正巳君が瀕死だった場合の事だ。
幾ら、どんな正巳君になっていても受け入れると言っても、治す手段が有るのであれば、それに越した事は無い。
という事で、もしもの時の為の”薬”を開発する事にした。
丁度、手元にはマムが世界中から集めた英知がある。
それに、ロイス教授の”研究成果”と、今回作成した”変異薬”を少し弄って、都合の良い反応を起こす薬を開発すればよいのだ。
……確か、体が千切れても再生する生き物が数種類いたはずだ。
先ずは、”再生”から考えてみるのが良いだろう。
そんな事を頭の中で考えながら、ある程度の研究設計をしていた。
――
……研究室へと入ると、そこには数えきれないくらいの”サンプル”と、二人の男がいた。
「……部屋、出て来ちゃったんだね」
「『すみません』 ……デウが、”仮面を付けっ放しは不便だ”と言い出しまして」
見ると、デウは口元にマウスを付けている。
……恐らく、仮面型だったのを改良したのだろう。
対して、上原君は、数種類の素材を手に持っている。
……一つ一つの触り心地を確かめている様だ。
「……それで、上原君は何を?」
「それは――」
「マムが、説明するのです!」
上原君が口を開くが、マムが割り込んで来た。
「それで?」
「はい、マスター! この素材は、マスターの大切にしていた”ヤモ吉”を作るのに必要なのです! 触り心地、質感などはマムには分からないので……」
どうやら、リアルにこだわったモノづくりをしているらしい。
「……そっか、続けてくれ給え」
「はい……」
上原君の後ろにある、残り数百種類の素材を見て、(可哀想に)とは思ったが、新しい腕のリハビリには丁度良いとも思ったので、そのままにしておく事にした。
「マム、それで、新しい配合をしたいんだ」
「はい、マスター! 今環境を準備します」
そう答えたマムが、幾つかのパネルを移動させて来た。
「マスター、このパネル上で配合する分量の調整と、結果のシミュレートが出来ます!」
「なる程、仮想実験か……データが揃ったんだね?」
必要なデータさえ揃えば、完全な”仮想実験”が出来る。これも、マムの処理能力と、ありとあらゆるデータ、そして、実験結果に対しての”解析能力”が有るからこそ出来る、仮想実験なのだ。
これが、ただ実験とその結果のシミュレートのみで終わるのであれば、既存のスーパーコンピューターで事は足りる。そこに、結果に対しての”解析”が人工知能を通して施される事にこそ、価値が有るのだ。
一言で言うと”一味違う”のだ。
「僕は、(地下室発見の)報告が来るギリギリまで薬の開発に取り掛かるけど、マムも手伝うかい?」
重機を現場に運ぶ時間もあり、地下室を掘り出す作業は直ぐには終わらないだろう。ザイから連絡が来るまでは実験室で、薬の開発をするつもりだ。
「はい、マスター! ……処理の半分を身体の開発に充てていますが、問題ありません!」
そう言えば、マムの身体は5分しか動かないんだっけ……
「正巳君が帰って来た時に、出来ていると良いね!」
そう言った今井の言葉に、『はい! パパにいっぱい撫でて貰うのです!』と答えたマムに苦笑しながら、『そうだね、僕も撫でて貰おうかな……』と答えたのであった。
◆
…………それから3週間、施設を全て解体し、地下一階部分を掘り返していた。
しかし、既に発見していた部分以外、何処にも”地下一階”は存在しなかった。
そこにあるのはただ、一面を掘り返された平地と、その脇に積み上げられた瓦礫のみであった。そこに、望んでいたような結果も、期待していたような発見も無かった。
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