『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

77話 帰還 [調査機]

 上原君達を治療する事になったので、”安静室”からカプセルを二つ運んで来ていた。


 マムの制御する”腕”によって運ばれてきたカプセルには、幾つかの機器が取り付けられており、液晶パネルに、正常か否かを示すバイタル……「血圧」「体温」「脈拍」が表示されている。


「さて、生命兆候バイタルはどうだい?」
「はい、マスター……個体4の内、3が正常、1が停止状態です」


 ……カプセルの中を見る。


 最初のカプセルには上原君、衛兵の内一人が居る。


 二人とも呼吸があり、表示されているバイタルも安定している。


 2つ目のカプセルを覗き込む。


 ……中には、ボス吉と衛兵が入っている。


 ボス吉は安らかな寝顔で、気持ちよく寝ている様に見える。


 しかし、衛兵の顔は土色で、心なしか具合が悪そうだ。


 ……衛兵のバイタルを示す数値は0もしくは、”反応なし”だった。


「……いつからだい?」
「2日前には完全に停止状態でした」


 ……2日前と言うと、まだシンガポールにいた頃だ。


「原因は?」
「肺器官の損傷による呼吸不全が、直接の原因です」


 ……肺器官が?


 見ると、衛兵の胸部を半透明の物質……疑似細胞絆創膏セルバンが覆っている。


「そうか……分かった。それで、処置は――」
「マスター! 既に経験がありますので、マムが処置しやります!」


 そう言えば、ネコ君の施術はマムがしたと言っていた。


「……分かった。マムに任せるよ」


 これで、上原君と衛兵は命を取り留める事になるだろう。


「はい、マスター! 元よりも性能アップです!」


 ……恐らく、綺麗に治すと言う意味だろう。


「それで、ネコ君はもう少しかかりそうなのかい?」
「いえ、マスター。施術自体は完了、状態安定、バイタル安定……寝ていますね」


「……開けてくれ」
「はい、マスター!」


 マムの言葉と同時に、カプセルの蓋が開いた。


 ボス吉の身体は疑似細胞絆創膏セルバンで覆われているが、これはキメラ化による不安定因子の抑制に使ったとの話だ。


「さて、ネコ君~」


 今井が、ボス吉の身体を持ち上げる。


「……あれ? 縮んだ?」


 体を持ち上げると、腕の中……両手の平に乗るくらいのサイズになっている。


「まあ、いっか」


 疑似細胞絆創膏セルバンを外す。


 半透明の疑似細胞絆創膏セルバンを外した中には、真っ白な猫がいた。


「……ネコ君?」


 ボス吉の真っ白な毛を撫でる。


 ……つやつやとした、シルクの様な手触りだ。


「マスター、恐らくこれが存在変化の結果……合成生物キメラとなった、マムの姿なのでしょう」


「見た目も変わるのか……合成生物キメラと言うからには、他の生き物を合成――」


「にゃ~……」


 話の途中で、手の中にいるボス吉が目を覚ました。


「ネコ君!」
「にゃにゃ、にゃお」


 ボス吉が、にゃんにゃん言った後、手の上で立ち上がろうとした。


「あっ……」


 が、上手く立ち上がる事が出来ずに倒れてしまう。


「まだ調子が戻っていないのさ、乗っていると良い」
「きゅ~~……」


 返事の代わりに、可愛い音が聞こえて来た。
 どうやら、お腹の音の様だ。


「……先ずは腹ごしらえのようだね」
「にゃぁ~」


 手を体の内側に寄せ、プルプルと震えているている。


 目を見ても、こちらに視線を合わせてくれない。


「……ネコ君は、僕が分からなくなっちゃったのか」


 小さい声で言う。


 すると――


「にゃあ! にゃぁ……」


 こちらに目を向けてくれた。


 ……目と目が合う。


「……ふふっ、恥ずかしがり屋さんめ」
「にゃっ」


 慌てて視線を外したボス吉に、頬ずりをする。


「ネコ君は、すべすべのツルツルだね~」
「にゃぁぁぁぁ……」


 しばらくの間、ボス吉の毛並みを堪能した。








――
 その後マムに、改めて上原君と衛兵の治療を頼んで、部屋に戻って来ていた。


 部屋の中には、子供達が居なかった。
 恐らく、孤児院から救出して来た子供達と一緒に居るのだろう。


「さあ、どれでも食べて良いんだよ?」


 目の前のテーブルには、あらゆる種類の食べ物が並んでいる。ざっと大人10食分ほどの量があるだろう。……ボス吉が何を食べられて、何を食べれないか分からなかった為、取り合えず適当に頼んでみた。


「にゃぉ?」


 テーブルに乗ったボス吉が、『良いの?』とでも言うかのように、こちらを見つめてくる。


「ここに有るのは、君の為に用意したモノだから、食べられる分だけ食べると良いさ」


 とは言っても、子猫の大きさのボス吉が食べられる量は、そんなに多くは無いと思う。


「にゃにゃにゃ! にゃお!」


 ボス吉が起きてから一番大きな声だ。


「ふふ、良いから食べてくれ給え、折角頼んだんだ」
「にゃお!」


 一鳴きすると、ボス吉が手前にあったピザから食べ始めた。


 子猫と言うだけあって、一口がとても小さい。


 今度は、隣のステーキを食べに……


「熱いから気を付けて――」
「ににゃ!」


 首を引いて、ビックリしているボス吉に苦笑して、浅い皿に水を注ぐ。


 ……下をチロチロと出し、皿の水を舐めている。


「にゃ……」


 今度は慎重に、ステーキを口まで引き寄せ、少しずつ噛んでいる。


 ……目を細め、モグモグとしている。


 再び、ステーキに噛みついている。


 ……ステーキが気に入ったのかも知れない。




――
 その後も、ボス吉はテーブル上に並んだ料理を、順番に食べていた。


 食べられない物もあると思ったのだが、どうやら雑食で、何でも食べられるらしい。


 広義では”ネコ”なのかも知れないが、最早新種だろう。


 体も少し大きくなっている気がするが……沢山食べてお腹が膨れたのだろう。


 ボス吉は大丈夫そうなので、休む事にした。


 時計の針を確認すると、いつの間にか22時を過ぎている。


「少し寝るかな……」


 寝室に繋がっている扉を開いた。


 ……歩きながら、靴下を脱ぐ。


 ……上に来ていた服を脱ぎ、薄いシャツと下着になる。


 ベットの上にダイブした。


「はぁ……ネコ君と上原君は大丈夫そうだし……あぁ~~~~」


 枕に顔を押し付けて、叫ぶ。


「……明日には帰って来てると良いな」


 ……正巳君が寝ていたベット。


 何となく、枕から待ち人の香りがする気がして、暫く枕に顔を押し付けていた。満足した後も、そのまま”明日の事”を考えてたが、気付かぬ内に夢の中へと旅立っていた。












――
 次の日の朝は、久しぶりのすっきりとした、目覚めの良い朝だった。


 昨日の夜の間に治療を終えた、上原君と衛兵も容態は安定している様だ。


 ……どうやら、4時間ほど前までは体が膨張(活性化)していたらしい。


 この膨張現象自体は、取り込んだ情報量によって規模が変わる様だ。体が、取り込もうとしている生物の生態情報を、一時的に全て反映するから起きる現象らしい。


 上原君と衛兵が取り込んだ情報は、それほど多いモノでなく、精々体積が2倍~3倍程度になるほどだったらしい。……つまり、二人の人間の生体情報か、人と同じくらいの生物の情報を取り込んだという事である。


 マムの話によると、早くて4日後には動かしても大丈夫らしい。


 救出して来た子供達も、程度に多少の差こそあれ、回復に向かっているという事だった。


 途中で戻って来たテンやサナに聞いても、特に問題は起きていないらしい。


 ボス吉は、『昨日食べた料理を続きから食べたい』と、マムにリクエストしていた様だ。


 全ては順調……しかし、正巳君は帰ってこなかった。




――1日が経った。


 どうやら、マムは世界中から集まる情報の整理と、内容の処理に苦労しているらしい。


 1日使って、新しい処理システムの構築をした。


 救出して来た子供達は、全部で1,200人を越えたと云う事だ。


 ……ボス吉は、今日も沢山食べている。


 正巳君の捜索は、山を越え始めたらしい。


 ……今日も正巳君は帰ってこなかった。




――2日が経った。


 今日は朝起きると、ボス吉がベットで一緒に寝ていた。


 ……ボス吉の体が2メートル位になっていた。


 マムによると、取り込んだ情報と本体の性質が上手く合うと、体が変異するらしい。変異が上手くいかないと、大使館のデスゲームで登場したキメラ……ゴンの様に成るらしい。


 情報量の調整は、マムが行っているから上手い事行く、との事だった。


 ……上原君が3メートル位になっていたら如何しようか。


 今日は、甘えて来たサナと、サナよりも1歳年上の子に、絵本を読んであげた。サナはともかく、男の子は意味が分からなかっただろうに、楽しそうにしていた。


 ……たぶん・・・、男の子だと思う。
 ストレートの金髪に青い瞳。
 名前はミュッヘン・ドと言うらしかった。


 恐らく、”ド”の後に、まだ続くのだろうが、それ以上話さなかったので、取り敢えず”ミュー”と呼ぶことにした。


 ……今日も正巳君は帰ってこなかった。




――3日が経った。


 朝研究室に行くと、マムが居た。


 ……マムが居た。


 どうやら、マムは躯体を造っていたらしい。


 見た目は正に、パネルの中のマムそのものだ。


 二本足で立ち、幼い顔立ち、透き通った肌。


 ……少し透き通り過ぎで、中の骨格と言うか、機械の部分が透けてしまっている。
 ……これはこれで技術者には最高な状態だろうが……


 マムに、『遂に出来たのかい?』と聞いた所、動かしてくれた。


 とても滑らかな動きで、とても機械とは思えないモノだった。


 しかし……動いて5分足らずで止まった。


 どうやら、バッテリー切れらしい。


 マムが、『軽量化の為、素材の差し替えをする』と言っていた。


 ただでさえ、複雑な処理をしているのに、重量自体もかなりのモノだったらしい。……マムに、『どう変えるんだい?』と聞くと、『抱き心地が柔らかくて、そんなに重くなくて、長時間稼働出来て……尻尾がしゅるっとしている様にです!』と熱弁された。


 マムが改良していくプロセスが面白かったので、暫くその様子を見ていた。


 ……いつの間にかサナが隣で、同じように見入っていた。




――4日が経った。


 正巳君の事を聞きに行ったが、どうやら何も進展が無いようだった。


 ……マムと相談して、自分達で調査の為の機械を、開発する事にした。


 ……作りながら、時々サナが持ってくる食事を食べた。


 ……気が付いた時には意識が落ちている事もあった。


 ……目が覚めるとスッキリしていたので、作業に戻った。




 そんなこんなして、今が何日の何時か、昼か夜かも分からなくなった時、三つの調査機が出来ていた。これらは、一から情報を探して再設計した為、思っていたより時間が掛かった。




 最初に出来上がったのは”ドローン”で、上空から正巳君を探す役割がある。既存の物よりもバッテリーの持ちが長く、静かで、小さく、高解像度の映像を共有できるモノが出来た。


 次に取り掛かったのは”探知機”で、あらゆる異変を探知して正巳君を見つける役に立つ。一応、地表向けと地中向けと水中向けの3種類を造った。


 最後に完成したのは”掘削機”だ。障害がある場合や、地中を探す必要が出た場合役に立つ。大きさは大型犬位のモノ、モグラ位のモノの2種類を造った。遠隔操作で掘れる為、地中向けセンサーと高解像度の暗視カメラを付けた。


 最後の”掘削機”に関しては、今回使用する機会が無かったとしても、何れ役に立つだろう。何せ”掘る”事は、人類にとって可能性を広げる事なのだ。


 ……真面目な話、地中には未発見の資源が沢山存在する。そんな資源を『掘る機会があるかも知れない』……と云うのは、マムの意見だ。


 どうやら、軽くて丈夫で柔らかい素材を探しているらしい……






――ともかく、正巳君が行方不明になってから5日目は、こうして過ぎて行った。



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