『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

75話 帰還 [捜索隊]

 ユミルを見送った後も、ホテルのロビーで正巳の帰りを待っていた。


 本来だと、とっくに戻っているはずの時間なのだが……


 心配になったので、何度かマムに連絡を取って貰った。


 しかし、一度も電波が繋がらなかった。


 ソファで寝ていたサナが、寝がえりを打った際に床に落ちそうになったので、部屋に寝かせて来る事にした。……部屋に戻ると、子供達は部屋に居なかった。


 慌てて、サナをベットに寝かして、部屋を出た。


 部屋を出ると、ホテルマンが居たので『子供を見なかったかい?』と、話しかけた。


 すると、『”ライト・ホール”にいらっしゃるかと、思います』と返事が有ったので、場所を聞いて歩き出した。


 ”ライト・ホール”は、別館の5階にあった。


 そして、子供達も見つけた。








――
 ”ライト・ホール”と名付けられた会場は、大きな宴会場だ。一テーブルに八人座れるテーブルセットが、横12セット、縦24セットあり、約2,000名が着席して利用できる。この会場は、式典や各国の要人が集まる交流の場として、使われたりする。


 そんな、巨大な宴会場のテーブルや椅子が、全て取り除けられていた。


「……テン、これは……?」


 入り口付近に居たテンに、声を掛ける。


「ハイ、部屋に連れて行っタラ、泣き始めたコドモイて、ミンナ・・・で一緒に寝る事二なりまシタ」


 ……急に知らない場所に来たのだから、子供達が不安になる気持ちも分かる。


 連れて来られた子供の平均は、大体8歳~9歳位だろう。


 それに、子供達の様子を見た感じでは、あまり扱いが良かったとも言えない様だ。
 ……見える部分に、煙草を押し付けた跡がある子どもが多い。


 ただ、健康状態が悪い子供ばかりでは無く、中には、明らかに肌通夜の良い子達もいる。
 ……ただ、その瞳は濁っていて、表情も無い子供が多いように見えるが。


 それぞれ、会場内でも幾つかのまとまりが出来ている。
 ……自然と、救出された施設毎にまとまっているのだろう。


「そうか……それでこの”会場”を使う事になったのか……」


 見渡す限り、子供達が溢れている。


 会場が大きいのと、小さな子供ばかりなので、それほど窮屈さはない。
 全員が横になっても、まだまだ十分な広さがあるだろう。


「まだ増えるのかな……」


 今の時点で、既に800人近く居るだろう。


 まあ、幾ら増えても資金的には大丈夫だろうが……


 何せ、マムが兆円規模の利益を上げたばかりなのだ。


 だから、幾ら人数が増えても心配は無いのだ。


 問題なのはそんな事ではない。


 この国で、これだけの数の子供達が”商品”として、売り買いされていた事実が問題なのだ。……確かに、アフリカだったり、中国の地方だったりでは、自分の子供を売る人が居る事を知っている。


 しかし、日本は”先進国”であり、”治安が良い”と言われている国で、世界的にもマナーや民族性に関して定評のある国なのだ。


 それなのに……


 ”この国の闇”について考えていたら、話し掛けられた。


「……ネエさん、俺タチココで手伝いスル……ダカラ……」


 僕が、難しい顔をしていたのかも知れない。


 テンが、伺う様にして話しかけてくる。


 ……別に、テンたちの事で考え込んでいたのでは無かったのだが、どうやら誤解させてしまったようだ。


「……あぁ、大丈夫。……いや、手伝いを頼んだよ!」


 そう言うと、不安そうにしていたテンの顔が、パァっと明るくなった。


「ハイ! あの、ミンナも手伝うのデ!」


「分かった。僕は、研究室に居るから何かあったら呼んでくれ。あと、サナくんが部屋で寝てるから、起きたら面倒を見てくれるかい?」


 『分かりまシタ!』と言う、テンの返事を聞いて、今井は会場から歩き出した。








――
 その後、『研究室に行く前に、少しだけ……』と、正巳の帰りを待っていた今井だったが、気付かぬ内に眠り込んでいた。


 ……日中の作業や、一週間忙しかった疲れが溜まっていたのだろう。


 そんな今井を、優しい目で見守る男がいた。
 ……シンガポールで、今井の運転手兼護衛をしていた男だ。


 男も、今井と共にシンガポールに行った。それに、先ほど戻って来た”部下”の傷口を縫合をしたり、”指揮”をしている佐藤から”報告”を受けていたのだが……その顔には一切の疲れが見えない。


 ……むしろ、生き生きとしている様にすら見える。


 そんな、”見守る視線”に気が付いたわけでは無かったが、今井は”夢”から目覚め掛けていた。


「……んぁ?」


 最初に感じたのは、淡い光がキラキラと輝くシャンデリアの輝き。
 次に感じたのは、いつの間にか掛けられていた布の感触。


 そして、”夢”から覚めた。


 自分の手の平を見つめながら、呟く。


「……そうか、夢だったか」


 ……まだ薄っすらと覚えている。


 エントランスで待つ自分の元に、苦笑しながら戻って来る正巳君の姿。


 そして、今井君の手を握る僕の姿。


「…………」


 もしかしたら、何処かに居るかも知れない。
 そう思い、周囲を見回すが、どこにもその姿はない。


 何か用事があって、まだ帰って来れないのだろう。


「……ふぅ」


 ソファから立ち上がり、布を手にして、カウンターへ歩いて行く。


「……ザイ君かい? これ」


 そう言いながら、手に持った布を差し出す。


「お疲れの様でしたので」
「そっか、ありがとう。……それで、正巳君は……」


 ザイに、布のお礼を言い、正巳の所在を聞く。


「……現地に同行した者達も戻って捜しているようなのですが、未だ」
「……そっか、何かあったら教えて欲しい」


 『承知しました』と言ったザイに、もう一度念を押すと、歩き出した。


 ……廊下を抜け、歩いて行く。


 歩きながら、考えていた。


 正巳君と連絡を取れなくなったのは、突入した孤児院。


 その孤児院は、既に制圧済みだった。


 一緒に行った者達も、何処に居るか分からない。


「……」


 背後に人が居ないのを確認して、マムに話しかけた。


「マム、正巳君は最後に、何と言っていたんだい?」


 すると、マムから返事があった。


「マスター……パパは、施設の図面に”不自然”な部分が無いか、と聞いていました」
「不自然? ……それで、何と答えたんだい?」


「はい、『一部の施設強度が過剰に強く設計されています』と、答えました……」
「……」


 無言で、今歩いて来た道を戻った。








――
 ロビーには、”関係者”が集められていた。


 今井が、ザイに対して集めるように依頼したのだ。


 ロビーいっぱいに集まっている。


 ……一応、『他のお客さんの邪魔にならないか』聞いた所、『ココはロイヤルですので』と言う返事が帰って来た。どうやら、一般のお客さんは利用しないらしい。




 今集まっているのは、正巳と同じ施設を担当した者達だ。……中には、腕を怪我していたはずのユミルや、全体指揮をしている佐藤の姿もある。


 ただ、その数は全部では無い。今ここにいないのは、正巳と戻るはずだったリョウとジュウ、ハムだ。今も、この3人は施設内で正巳を探している。


 探し続けて、既に10時間以上が経過しているが、未だ見つからない。


 ロビーに集まった面々を見ながら、口を開いた。


「君達にお願いしたい事があるんだ」


 一つ呼吸を整える。


「正巳君を! 君達と一緒に行った正巳君を! ……見つけて、連れて帰って欲しい……」


 話していて、言葉を荒げそうになったが、如何にか言い切った。


 ……『何故、君達が無事で、正巳君がいないんだ! 何の為の護衛だったんだ!』そう叫んで、掴みかかりたいのが本音だ。しかし、そんな事をしても無意味……いや、マイナスなのは分かっている。何より、ここに集まった一人ひとりの表情を見れば、その心境が分かる。


 ……片腕を包帯で縛り、体に固定しているユミル。
 その”無事”な拳から、赤い雫が滴り落ちている。


「……申し訳ありません。私が残っていれば……護衛でしたのに……」


 ユミルが俯いて、更に拳を握りしめる。


「……手」
「え……?」


 ユミルの側に近寄って、手を差し出す。


「手がそれじゃあ、探しに行けないだろう?」
「……わ、私がっ――」


 『私が』何だと言おうとしたのかは分からない。
 しかし、その言葉を言い終える前に、制した。


「君は、取り敢えず傷を治すんだ。行くのはその後で、だよ?」
「しかしっ!」


 食い下がるユミルに、今井は一呼吸して言った。


「協力するなとは言っていないさ。君は、正巳君と現地に行っていた一人なんだ。知識を貸してもらう。……それに、傷を”治して”から、向かえば良い」


 『はい』と、消え入るような声で返事したユミルに頷くと、再びその場の全員に話し始めた。


 ……ユミルの”想い”を感じ取ったからか、今井の溜飲は下がっていた。








――
 その後、施設の”不自然”な点に関して共有した今井は、他の班員の話を聞いていた。


「……それで、私は聞きました『カグラ様はどちらに?』と。すると……」


 会話の内容は、『ホテルマンが正巳君に何処に行くか聞き、それに対して正巳君が、”後始末”と答えた。その後、歩いて行く正巳君の背中に、後から来る『車のキーはダッシュボードにあります』と、伝えた。』と言う内容だ。


 もしかすると、正巳君は、自分意外の人に『先に帰るように』と、言っていたのかも知れない。……今回、施設の存在を知った経緯を考えるに、恐らく正巳君は、施設と関わっている者に繋がる”情報”を、手に入れようとしていたのだろう。


 今話したホテルマンが、正巳君と最後に会話した男の様だった。


 どうやら、今ここに居るのは先にホテルへと帰還して来たメンバーらしい。
 正巳君と同じ施設へと出発していた者達は、残って探していると云う事だった。


「ありがとう。 それで……」


 ホテルマンに礼を言い、皆に意見を求める。


「それで、一通り皆から話を聞いた訳だけど……どう思う?」


「……やはり、施設の図面の”不自然”な場所が怪しいかと」


 確か、マイクと言ったか、男が言う。


「その可能性が高い」


 ハオと言う男が答える。アジア系の顔だ。


 他の者も同じ意見のようで、皆が頷いている。


「……それじゃあ、このエリアを重点的に調べてくれるかな」


「「「ハッ!」」」


 その場にいた全員が同意した。






――
 それから一時間もしない内に、再び班を組んで出発していた。


 向かった捜索隊は、4班16人と云う事だ。


 ……捜索隊を見送った際に、新たな孤児救出隊が戻って来た。その車両には、30人弱の子供達が入っていた。ザイの話によると、今戻って来た班の人員も、一度休憩をしてから追加の”捜索班”として、現地に向かうとの事だった。


 施設内だけでなく、周辺の山中も捜索するらしい。


「無事に帰るって、約束したよね……」


 出発して行った者達を見送りながら、一人そうごちていた。




 既に、時間は20時を回っていたが、下手に睡眠を取ったせいで、目は冴えていた。


 『戻った頃には、正巳君が居るだろう』そう考える事にして、研究室に向かった。





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