『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

72話 孤児院 [情報]

――
 地下へと降りる階段は、螺旋状になっていた。


 恐らく、階段をコンパクトにまとめる為だろう。


 それにしても……長い。


 折り返し方式の階段で無い為、正確ではないが、2階分位の深さを下りて来たと思う。


 最後の段を下りると、そこは8畳ほどあるエントランスになっていて、その先に一本の道が続いていた。地下に関しては、全く情報が無い為、どの様な見取り図になっているか分からない。


「ここが地下室か……」


 地下に下りると、耳に雑音が入る。


「マム?」


『ザザ……ザ……』


 どうやら、地下に下りた事で電波が届かなくなったらしい。
 恐らく、強度を上げるために、鉄板かなんかを間に挟んでいたのだろう。


 仕方ないので、そのまま進む事にした。


 地下室にも、オレンジ色の光が灯っている為、周囲は確認できる。
 地下室ココは、壁も床もコンクリートで出来ている様だ。


 俺はゴム製の靴底の為、歩いても音が響かない。
 これが、革靴やヒールの高い靴であれば、さぞ足音が響く事だろう。


 ……8畳ほどの空間に、段ボールが置いてある。


 少しドキドキしながら、段ボールの蓋を開いてみた。


「……薬品か?」


 中には、ボトルが詰められていた。
 手に持つと、ラベルには『入れ歯洗浄剤』とある。


 ……孤児院ココの職員にはお年寄りが多いのか?


 気になって、他の段ボールも開けてみると、段ボールの山毎に幾つかの薬品が詰められていた。


 段ボールの間を歩いていたのだが、漏れた薬品に浸かった段ボールに足を取られた。


「おっと……痛ッ?」


 左腕を見ると、そこには注射器が刺さっていた。


「あ……?」


 ……既に半分ほど注入された後だ。


「誰が……」


 振り返ると、そこには髪の毛が肩まで伸びた男が、口元を歪に歪めている。


「グヒッ! これで母体が手に入った。後は新しい粘菌と培養した素体菌を入れて……」


 男を捕えようと手を動かそうとするが、手は愚か、足も動きが鈍い。


「……」


 足を踏み出したが、上手くバランスが取れずに倒れた。


 ……地面のひんやりとした温度を感じる。


 ……視界の隅が、揺らぐようにぼやけて行く。


 ……掛けていた、眼鏡のフレームが曲がっている気がする。


 正巳は『あぁ、眼鏡買い直さないと……』と思うのを最後に、意識が途切れた。


 正巳が完全に意識を失った後、白衣を着た男は、片腕・・で正巳を持ち上げて歩き出した。……勿論、歩いて向かうのは”部屋”であり、男が住んでいる場所だ。


 薄暗い地下に、男の喜ぶ声が響いていた。






――
 ………………薄っすらとを感じる。


 …………俺は?


 ……ここは?


 俺は、いったい何をしていた?


 体を動かそうとするが、手足が動かない。


 瞼を開いても、周囲はぼやけていてよく見えない。


 ……左手に違和感がある。


 ……?


 左腕を見ようとするが、頭がピクリとも動かせない。


「……ぉや? 目が覚めたようだね……そうだね、確かにアレはやり過ぎた。像を眠らせる薬品を原液のまま打ったからね。ハハハ、悪かったよ。……? なんだ、君、見えてないのか。それなら、良く見えるようになるか眼球に合成シンセしてみるか……視力が良いと言うと、鳥類か? 一先ずは手元にある物から実験試すか……うん、最初はやっぱり…………」


 ……話している内容は聞こえるが、何が起こっているのか、何をしようとしているのか全く想像が付かない。


 ……俺はどうしてこんな所に居るんだろう……?


「イヅァ!」


 刺すような痛みが脳天を突き抜ける。


「ガあァァァッァァァァッ!!」


 感じた事の無い、痛みだ。


「フフフ、良い声だね~でも、少し静かにしていて貰おうかな」


 ……口の中に無理やり、丸めた何か・・を詰め込まれる。


「ぅ……ゥ……!!」


 ……痛みが背中から来ている事だけが分かる。


「さ~これで下準備は良いんだけど、折角だし、もう一本! 違うの行っとくかぁ!」


 ……何やら痒みが足元を上って来る。


「……ゥ……!」


 痒みが途中で空を溶かすような熱に変わる。


 痒みが、背中に届く。


「ゥぅぅぅ……ぅゥゥ!!!!」


 悶絶なんてモノではない。


 絶叫。


 体が、皮膚が裏返って行く……
 体内に、溶かされた鉄を流し込まれ、延々と溶けた鉄が体内を動き回る……
 神経の束を直接バットで殴られる……


 ……そんな風に、一瞬として同じ痛みのない渦の中を、もがく。


 ……最早、何処が手で、何処が足で、何処が頭か分からない。




 ――――――


 ――――――


 ――――――


 ――…………


 ……治まって来た。




「――ぅ……」


「流石に成体は強度が違うねぇ~、色々実験できる試せるなぁ~……そうだ! あれ行こうアレ! えっと、確か番号は……”L”の”4”番台だったかな~?」


 ……何となく、足と目に違和感を感じた気がする。


 ……足が、ペンチで千切り取られているようだ。


 ……目は、何か針を刺されているような感覚だ。


 再び訪れる痛み …… …… 治まらない。疼く。


 ……痛みを繰り返す。


 ……痛み。


 ……痛み。


 ……痛み……


 ……痛み……?


 痛み?


 『痛み』って、何だ?


 ……俺は何をしてるんだ?


 俺?


 誰?


 自問と繰り返すが、答えが浮かばない。


 ………………


 …………


 ……


 まぁ、良いか。


 取り敢えず、眠い。


 暫く寝ていなかった気がする。


 今は一先ず、寝るとしよう……













 地下には、誰でも入る事が出来る。


 しかし、そこには何もない。


 地下一階・・には。


 しかし、運悪く地下の主が”求めて”いた場合、地下二階・・が開く。


 そこには、入る事は出来ても、出る事は出来ない。


 何故なら、そこに入るという事は、実験体になる。と云う事だから。


 そこから解放されるのは、壊れた時。


 生物として死を迎えた時だ。


 死を迎えた者は、部屋の奥にある”水槽”に入れられる。


 水槽に入ると、後には骨しか残らない。


 その骨は、取り出されて、家主の”パズル”として使われる。


 ……部屋の片隅には”完成”した”パズル”が鎮座している。


 まるで、この世に未練が残るかのように、その空の瞳に闇色を浮かばせて。





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