『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

64話 金融界の化け物

 目が覚めると、既に時間は昼を回っていた。


「……ん~……はぁ~……」


 息を吸い込みながら伸びをして、ゆっくりと吐き出しながら体を捻る。


 簡単なストレッチだ。


「……帰りにマッサージしてもらおうかな」


 捻る度バキバキと音を立てる体と、肩甲骨の辺りに残る疲労感に眉をしかめる。


 肩を支点にして、肘で円を描く様に動かしていると、壁のパネルにマムが現れた。


「マスター、お早う御座います!」


 手を後ろで繋いで、膝丈のスカートをひらひらさせている。


「おはようマム、僕が寝てる間に何かあったのかい?」


 何やら、報告したくてウズウズしている様子のマムに、促すように言う。


 すると、後ろに回していた手を前に持ってきて、手をパチンッと合わせた。


「はい!そうなのですよ!実は、注文していた機材の内、最低限必要なものが今朝発送されたのです!これで、マスターがホテルに戻るまでに間に合うのです!」


「フォオオオオ!帰りの飛行機は熟睡決定!けってい!」


 ひと様には、決して見せられないような奇声を上げて、ベットの上で飛び跳ねる。


「マスターに最初に組み立てて貰えれば、後は……ふふっ」


「これでようやく上原君と、ボス吉、兵士君二人がどうにかなるかも知れないね……後は、教授の研究を吸い出せば良いんだけど……」


 必要な仕掛けは問題なく動いているはずだ。
 後は、マムが吸収するタイミング次第だ。


「……マム、今のダウンロード状況はどうなってるかな?」


「はい、現時点で総閲覧数PVは16億PV、クイズ正解者数は8千万アカウントです」


 ニュースに取り上げられた分、拡散するのが早かったのだろう。
 想定の100倍以上の数値だ。


「正解者数の内、記憶媒体内にあるシステムを食べコピー終わっているのが、約5千万アカウントです。クイズ正解者の分を食べコピー終わり次第、閲覧者に関しても随時食べてコピーして行きます」


 この、食べるコピーする事こそ、未知の技術を得る方法だ。


 個々の技術や、アイディアでは価値のないモノでも、適切なものと組み合わせる事で、思ってもいなかった結果を生み出す事が出来る。


「……順調に行っているみたいだね」
「はい!……ただ……」


 マムが、ぱぁっと顔を輝かせた後、言いにくそうに口ごもる。


「……肝心な技術は、未だか」
「はい……」


 と言う事は、まだロイス教授はアレ・・を繋いでいないという事だ。ロイス教授のスポンサーをしている、軍や企業なんかに取り上げられない限りは、必ず接続すると思うのだが……


「まぁ、こればっかりは、待つしかないかな」
「そうですね……パパが戻るまでに如何にかなれば、良いんですけど」






――
 その後、沈んでいても仕方ない!と言う事で、二人で初めに造るモノで盛り上がった。


「やっぱり、僕はネコ君と話したいかな~」
「それであれば、マムの一部のシステムを応用して……」


「もう少し、金属加工の技術があれば、この曲線を作れるんだけど……」
「それでしたら、該当する制御技術が……」


「既存のイヤホンだと、最上の物でも8時間以上付けると、違和感が出て来るんだよね」
「それでしたら、皮膚に近い素材と、体温の熱で発電する技術を組み合わせて……」


「そう言えば、マムはどうやって作業するんだい?」
「はい!細かい作業が出来るロボットアームを設計したので、到着した部品を組み立てて欲しいのです!それと、既存の3Dプリンターを改良したモノの部品も発注してあるのです!こっちは、部品数が10万個を超えるので、並べて貰えれば、マムが組み立てるのです!」


 ……車の部品が2万5千~3万個と言われている中、10万個の部品を使うというのだ。


 一体どれほど高度なモノなのか分からない。


 今回頼んだのは、各種貴金属類と、マムの使うロボットアームのパーツ、3Dプリンターのパーツ、基礎薬品等だ。遠心分離機や、その他の基本的な機器は、ホテルの地下に揃っていた。


 それでも、今回の出費は高くついた。
 とてもでは無いが、個人で支払う金額では無い。


「……28億円分か」


 まあ、高くついた理由が、全てこちら指定の規格で、ネジ一本からオーダーメイドした為だから仕方ないだろう。部品によっては、ミリ単位で規格を指定したモノもある。


「大丈夫です、マスター!」
「大丈夫?」


 マムが指をにぎにぎとしている。


「はい!マムは、世界の中でも成功している人のFX(株取引)を解析し、現在十分な利益を上げています!増えてるのです!」


 FXか……少し確認をしておいた方が良いかも知れない。


「因みに、どんなトレードの仕方をしているんだい?」
「はい、最大レバレッジ1,000倍で、ウォレ――」


 世界で一番と言われている投資家の名前が出て来そうになったので、慌てて止める。


 恐らく、有名な投資家の手法を取り入れたのだろう。


「わ、分かった!それで、○フェットさんは長期投資の名手だったと思うんだけど、レバレッジを利かせた短期取引にも有効なのかい?」


 そう、同じ株に関わるとは言っても、長期投資と短期取引の考え方は全く異なる。


 長期投資の場合、その会社の事業内容や将来性、経営者を見る目が必要とされる。対して、短期取引の場合は、リアルタイムでの社会情勢や、ニュース、トレンドを把握し、敏感に反応できるような瞬発力が必要となる。


 レバレッジ……手持ちの金額よりも多く取引できるシステムだが、1000倍と言うと、元手10万円で一億円分の取引が出来ると言う事だ。恐ろしいほどのハイリスク、ハイリターン。


「はい、実はニュースになりそうな会社をある程度前から知る事が出来るので……粉飾決算されていたり、不祥事を隠ぺいしていたり、経営者周辺に異変があったり……過去のデータを分析して、一番下がりそうなタイミングと、上がりそうなタイミングを算出するんです」


 ……確かに、長期的なデータを取って、短期取引の準備をするというのは、長期視点とも言えなくはないが……余りに扱う情報量が多く、正確に情報を得る為の手段、分析できるだけの能力が必要な為、人間向きではない。


 ……マムAIならではの取引方法と言えるだろう。


「そうか……それで、幾ら運用しているんだい?」


 正巳君から預かっているのは、150億円だ。
 その内、100億円でイベント、28億円で研究に使用する機械と資材を購入した。


 ホテルや、その他の支払いを除くと、20億円程が使えるはずだが……


「えっとですね……150億から差引いた残りの分で考えると、毎日利益率+0.8%の運用利益が出ています。レバレッジ1,000倍なので、20億円の運用では、160億円の利益が出ています」


「……うん」


 これがリアルな『何も言えねぇ』状態だ。


「ただ、そろそろ取引所から締め出されそうなので、少しペースを上げようかな、と思っている所なのです!」


 そう言って、マムが力拳を作るポーズを取る。


「締め出される?」
「はい……少しやり過ぎたかもですね」


「でも、まだ初めて2,3日だろう?」


 多いとは言っても、まだ2,3日しか経っていない。世界中には一日で数百億を手にしている者もいるだろう……コンスタントにでは無いとしても。


「……得た利益も全て運用に回してるのです」
「………………そっか」


 一瞬計算できなったが、3日間得た利益をざっと計算すると……


 元金:20億円(レバレッジ1,000倍、利益率0.8%)


 1日目:160億円の利益
 2日目:1,280億円の利益
 3日目:1兆240億円の利益


 ……と言う風に毎日利益を運用して行くだけで、8倍になって行く。


「あ……本日で今後一切の取引が禁止だそうです……市場に多大な影響があると……」


 市場に影響があるレベルか……


「そ、そっか、まあ沢山稼いだみたいだし……良いんじゃないかな?」


「はい、今日の市場が閉じるまでは頑張ります!」
「……程々にしてあげなよ?」


 その後、『分かりました、程々にしておきます!』と行ったマムに、微妙な顔をしながら、再び明日作るモノの話に戻るのだった。




――
 その日、証券取引所及び、世界中のトレーダー、企業に至るまで影響を及ぼす事になった『金融界の化け物ファイナンス・モンスター』は、ホテルの一室で”マスター”と呼ぶ作り主と明日作るモノで盛り上がっていた。


 ……その”マスター”でさえ、まさか任されている資産が、900億円だとは想像もしなかったが。


 後日、運用の結果を聞いた正巳は、何度も指を折って、現実に置き換えて考えようとする事になる。しかし、結局現実の価値に置き換えて考える事が出来なかったので、諦めて『沢山のお金になった』とシンプルに考える事にしたのだった。



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