『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~
55話 レストラン
空港から車でホテルへと向かった今井だったが、ホテルで”プレゼン”の用意を終え、再び車で移動していた。
「君……名前を教えて貰えるかな、いつまでも『君』と呼んでいる訳にもいかないし」
「ハッ! 私の事は、『ザイ』と……」
運転手はそう言うと、一瞬だけ今井の方に視線を送り、直ぐに前に戻す。
「……『ザイ』か、中々面白い名前だね……”呼びやすい”」
「っ! …………有難うございます」
運転手……ザイは、一瞬動揺を見せるが、直ぐに何事もなかったような態度で口を開いた。
「今井様、本日はどのようなご予定でしょうか」
「うん、この後フォーラムに参加して、プレゼンをする。今日全ての予定を済ませようと思ってたんだけど、今からだと、既に帰ってしまった研究者も多いだろう。それに、明日は”有名処”が一番多いみたいだしね……」
そう言いながら、手元にある”フォーラム講演リスト”に視線を落とす。
「……明日も参加されるのですね?」
「うん、明日は、ある”イベントの告知”をしようと思ってるんだ」
明日は、優秀な技術者たちの多く所属している研究所が沢山参加している。そこで、あのイベントの告知をすれば、狙った効果を出せるはずだ。
一応正巳君からは”金額内は好きに使っていい”って許可を貰っているし、十分な餌まきも出来る。
「承知しました。明日は、何時ごろにホテルを出発されますか?」
「ん~そうだね、11時頃が良いかな……この時間にしか来なさそうな研究者がいるしね」
何か思い出すかのように、今井は視線を遠くへ向ける。
そんな今井の様子を、ミラーで確認した運転手は、一人、気合いを入れ直した。
(襲撃があるとすれば、明日だろう。今日はこちらの戦力把握をしてくるだろうしな……もし、襲撃してくるような者が居ればだが。その時は……)
――
その後、程なくして今井の乗る車は”会場”に着いた。
「……この”ドーム”は久しぶりに来るな」
人口で作られた湖に浮かぶドーム。
このドームは夜になると、ライトアップされる。
前回来たのは、4年前。
参加して欲しいとの打診が絶なくて、余りにもしつこかったので参加したのだ。
まぁ、余りにもしつこい勧誘に頭に来ていた為、プレゼンが終わった後、運営の批判を、かなりきつめにしたけど。
僕の影響力は、思ったよりも強かったみたいで……噂によると、当時運営をしていたメンバーは、左遷されたらしい。
「い、今井様でしょうか?」
オレンジ色の腕章を付けたスタッフが声を掛けて来た。
「そうだけど、僕は何時にプレゼンになるのかな?」
「は、はい! えっと……この後10分後になります」
……見た所、20代前半の青年だろう。
……中々のイケメンだ。
「君は、正規のスタッフかい?」
「いえ、違い……は、はい! そうです!」
……いま、『違います』って言いそうになったよね?
恐らく、運営が少しでも僕の機嫌を取る為に美青年を寄越したのだろう。
……露骨すぎる。
まあ確かに、異性で身目麗しい人に対して、第一印象を悪く持つ人は少ないだろう。一部、露骨すぎる接待に嫌悪感を感じる人はいるだろうが。
「まぁ、いいや。それで、待機室は何処かな」
「は、はい! こちらへ!」
そう答えると、青年が勢いよく踵を返して、歩いて行く。
……何をそんなに……あぁ、そういう事か。
「ザイくん、悪いんだけど少し離れていてくれるかな?」
「……?」
「いや、君が威圧的過ぎてみんな緊張してるんだよ」
後ろに立つザイは、今井の背後を守るようにして立っている為、般若ならぬザイにゃ……鬼のように見える。
「……」
ザイが、静かに二歩ほど下がる。
それでも、周囲への威圧感はすごいが、殺気に比べると明らかに違う。
「はぁ……さっさとプレゼンするか」
――
その後、控室に移動した今井は、程なくして呼ばれた。
「……さてと、軽く話してくるかな」
「陰で護衛しています」
ステージの陰にいるザイの姿に苦笑いしながら、今井はステージの中心へと歩いて行った。
――
……やってしまった。
持ち時間を大幅にオーバーしてのプレゼン……
……言い訳をさせて欲しい。
プレゼン自体は時間内で終えたのだ。
しかし、一つか二つの質問を受け付けようと思ったら、思いの他盛り上がってしまった。
結果的にプレゼン後、二時間の間、討論会のような形になってしまった。
「……お疲れ様でした」
「……ああ、それじゃあ帰るか――」
心なしか元気のないザイの顔を見ながら、応えたところで、横から声がした。
――それも、”嫌いな奴”の……
「おお、これはこれは、”優秀な”今井部長ではないですか!」
越えの方を振り返るとそこには、でっぷりとした体に、額に脂汗の滲ませた男がいる。
「……これは、岡本財務部長……どうしてこんな所に?」
そう言うと、男が近づいて来て、言う。
「いえ、私はウチの”優秀”な従業員がきちんと仕事をしているか確認しに来ただけですよ」
「なに? ……君は僕が仕事をせずにさぼっていると――」
言い切る前に、岡本財務部長が口を開く。
「いえ、いえ、そんな、まさか! 私が確認しに来たのは、この”シンガポール部署”にいる従業員の事ですよ!」
そう言いながら、岡本部長が周囲に視線を向ける。
……頭の切れる男だ。
「なるほど、それはご苦労な事だね……僕はここで帰らせてもらうよ」
そう言って背を向けようとするが……
「……今井部長、私と夕食は如何でしょうか、近頃若い社員の問題行動が多くて、相談したいなと……何もやましいところが無い今井部長であれば、問題ないですよね?まさか、部長がそのような行動をとっているとも思えませんし」
……これは、罠だ。間違いない。
しかし……
「良いだろう、ただ、僕の泊っているホテルでも良いかな?」
「……ほぅ、それはそれは、是非そうしましょう」
何やら、ニタニタと笑みを浮かべる岡本部長が承諾したのを確認して、踵を返して歩き出した。
――
会場から出た今井は、車の中で運転手のザイに釈明していた。
「だから、すまなかったって……」
「いえ、私が言いたいのは、あのような男は必ず食後に手を――」
ザイの言葉で、岡本の笑みを思い出す。
「ああ、そうだな……実は以前から何度か食事をしないかと誘われているんだ」
「それでしたら何故、今回――」
「それは、正巳君にいらぬ目を向けられては、いけないと思ったからだよ……」
今井の言葉を聞いたザイは、一瞬開きかけた口を閉じる。
「……それでしたら、仕方ないかと」
「ほぉ……君も恋をした事が有ったのか」
運転手は、今井の言葉を聞くと、少し遠くを見る目をする。
「……もう随分と前の話ですので」
気のせいか、何処か寂しげだ。
「……そうか」
その後は、何を話す訳でもなく、ホテルへの帰り道を走った。
――
今井は、ホテルに戻ったあと、少しの間マムに正巳の様子を聞いていた。
しかし、程なくして運転手兼護衛のザイがドアをノックして来た。
その後、ザイに幾つかの説明を受けた後、ちょっとしたレストルームにいた。
……レストルームは、従業員が個人的に仲の良い人物を特別に招待できる部屋らしい。
「さて、もう居るかな……」
「はい、既に最上階のレストランに来ているとの報告が届いています」
今井は、レストランに合わせて用意して貰ったドレスに着替えていた。
「じゃあ、行ってくる」
「はい、くれぐれも気を付けて」
……『気を付けて』と言われても、ここはザイの働いているホテルで、他の従業員のザイへの対応からしてもザイはある程度の役職にいるらしかった。
それに、従業員はそのほぼ全ての人が、引き締まった均整の取れた肉体をしている。
そんな、言わば”ザイの家”状態の場所で『気を付けろ』と言われても……緊張感が無い。
「まあ、もし何かあったら助けてくれ」
「ハッ! ……必ず、命に代えても」
……気合の入り方が半端ない。
もしかして、ザイの琴線を刺激する流れでもあったのかも知れない。
そんな事を考えながら、開いたドアを抜けて歩いて行った。
――
「これはこれは、とても綺麗です……」
岡本が舐めまわすような視線で見て来る。
「……岡本部長、それでは食事を」
「まあまあ、そんなに焦らなくとも夜は長いんです」
「……まあ良いでしょう。それで、話というのは何ですか?」
「そんなに仕事観を出さなくても、分かっていますよ――」
岡本の言葉の途中で、眼を細めて睨む。
「……まあ、そうですね――」
やっと本題に入った岡本に内心ため息を付きながら、話に合わせる事にした。
……外の景色は綺麗なんだけどなぁ
――
その後、途中で夕食を頼み、社内の事について話しをしていた。
最初は、ドレスを着たカップルが周囲のテーブルにも目立ったが、いつの間にか、スーツを着た男性ばかりになっていた。
「……さて、僕はそろそろ部屋に戻ろうかな、今日は来て貰って悪かったね」
「……そうですね、そろそろ部屋に行きますかねぇ」
……?
「そうだね……岡本部長もこのホテルに部屋を?」
「いや、私は他のホテルに泊まっているが……そちらに移動するのも良いですねぇ」
……?
「そうですね、それじゃあ、私はこれで帰るかな」
そう言って、テーブルを離れて歩き始めた……
「……おい、この私に思わせぶりな行動を取っておいて――」
「何を言っているんだい? 僕は、微塵もそんな気はなかったんだ。仕方なく君に付き合って来ただけでね……それじゃあ、次は会社で――」
フルフルと身を震わせていた岡本が、叫んだ。
「っふ、ふざけるなよぅ! 俺を誰だと思っているんだ! 俺がその気になれば、京生の上層部は僕の想いのままなんだぞぅ! ……仕方ない、お前ら、捕まえろ!」
岡本がそう叫ぶと、周囲のテーブルに座っていた男たちが立ち上がった。
「……何を」
「ふふふ、お前は生意気だったが、その体つきは中々男受けしそうじゃないか! それに、顔も悪くない……飽きたら売り払ってやるよ !ふふうふふっ~!」
……立ち上がったスーツ姿の男たちが、近づいて来る。
「っつ!」
今井は、後ろのドアへ向けて走り出す。
「行けっ! 必ず捕まえてこいっ!」
岡本の声を背に聞いた今井は、振り返る事なく走り続けた。
……右手に回る。
……階段が目に入る。
……すぐ後ろに聞こえていた足音を背にして、階段を駆け下りる。
……下りた階の、”ある部屋”に逃げ込む。
……目の前を男たちが通り過ぎる。
……一瞬だけ何やら騒がしい音がする。
……沈黙。
……足音が一つ。
「お待たせしました」
隠れ部屋のドアを開けた男が、ホッとした表情を浮かべている。
「なに、何でもないさ……」
「……はい。それでは、部屋までお送りします」
……ザイが出した手を、『大丈夫』と言って遠慮し、震えていた膝に力を込め、立ち上がった。
「さて、それじゃあ、部屋に帰るかな……」
「安心してください。あの男含め、誰一人逃がす事はありません」
ザイが笑みを浮かべている。
「……君の、その表情は、始めてみたな……一体どうするんだい?」
「あ、いえ、”真人間に構成”するだけです……はい」
……まあ、今より悪くはならないだろう。
振り返って考えると、中々に危なかったと思う。
思い出してみて、体の芯が震え始める。
その震えを抑え込むように、今井は一人、自分の体をギュッと抱きしめた。
「正巳君に電話しよう…………」
意識してでは無かったが、今井の口からそんな言葉が零れた。
――
今井が自分の部屋へと帰っている時、一人の男は、来るはずも無い”楽しい時間”の事を考えて、一人ニタニタと笑みを顔いっぱいに広げていた。
……しばらくしても帰ってこないスーツの男達に我慢ならなくなったその男は、自分で探しに歩き始めた。
「もし、自分たちで楽しみ始めてたら、只じゃおかねぇ……しかし、男どもに犯されて泣き叫ぶのを見るのも……それもこれも今、実際に出来るしなぁ……ふふうふふっ……」
男は、自分の妄想の中に入り込むあまり、”楽しい人生の終わり”が、近づいている事に気が付くはずも無かった。
「SF」の人気作品
書籍化作品
-
-
0
-
-
104
-
-
70810
-
-
52
-
-
221
-
-
149
-
-
24251
-
-
2813
-
-
1359
コメント