『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

46話 目覚めたけど夜

 ぼんやりとしていた天井に、焦点が合い始める。


 薄いオレンジ色をした天井が広がり、その端には山影が……


 山影が……モニュ……掴める?


 柔らかい…………!


「……寝てて良かった」
「何が良かったのかな?」


 山影だった筈の双丘が動いて……


「い、今井さん、起きてたんですか?」
「うん、少し前に起きてね……シャワーを浴びて来たんだ」


 なるほど、少し前に起きてシャワーを……


「……それで、僕の胸はどうだったかな?」
「その、意外とあるんですね……?」


 間違えた……けど、ここで言い直すと余計困った事になりそうだし……堂々としていよう!


「そ、そそそそっか……」


 横になったまま、視線を逸らさずに今井さんの事を見つめていたら、今井さんが何やら慌てだしてしまった。


「……おにいちゃ?」


 背中側、今井さんに向いているのと反対側から声がしたので、そちらを振り返る。


「……えっと、何でサナまでここベットに?」


 そこには、サナが寝ていた。


「おにいちゃ、来ないから、サナが来たの~」


 サナがそう言いながら抱き着いて来る……


 ……ヴぁぁ……い、痛い


「サ、ザナ……そろそろ放してくヴぇないかな……」
「正巳君は、ずっとそうしてれば良いんじゃないかなっ!」


 今井さんが、そんな事を言ってベットから起き上がる。普段縛っている髪の毛が、はらりと鎖骨に掛かっていて、何とも言えない色気を感じる。


「むぅ……」


 何やら背中から不満気な声がしたが、構わずに、”仕切り直し”をする。


「今井さん……おはようございます」
「ふふっ、”おはよう”……まぁ今はもう”夜”なんだけどね」
「そうです!パパ!夜なのですよ!マムはここに居るナノです!」


 ……今井さんの言葉に続けるようにして声を掛けて来たのは、一面スクリーンになっている壁面に映ったマムだった。


 どうやらこの部屋では、ベットに寝ながらシアター視聴が出来るらしく、ベットの足側の壁は一面がパネルスクリーンになっている。


 そして、パネル自体は通常時、丁度良い光量を発するようになっているらしい。


 地下の部屋ならではの工夫だ。


「パパに声が届かないので、こうして出て来たのです!」
「声が届かない? それに夜って……?」


 そう言いながら時間を知ろうとするが、窓が無い為、今が何時か分からない。


「パパ、今は19時10分です。それに、イヤホンがパパの耳から外れてるです!」
「……あ、本当だ」


 ベットの上を見ると、端の方にイヤホンがあった。


 恐らく、寝ている間に邪魔に感じて外してしまったのだろう。


「イヤホンだと、長時間付けるのは難しいいのですね……それであれば……」


 マムが、何やら呟いている。


 もしかしたら、近い内にイヤホンとは違った、新しい形の通信装置が出来るかも知れない。


 そう言えば、と思い出してポケットを確認する……


 ちゃんと、スマフォと小型記憶端末……通称ヤモ吉が入っていて、安心した。


 それにしても……


「19時ですか……」


 思ったよりも寝ていたようだ。
 恐らく、9時間以上は寝ていた。


「そうだね、僕も久しぶりに沢山寝たよ」


 言いながらベットから立ち上がった今井さんが、続ける。


「……まあ、子供達はまだ寝ているようだし、丁度良かったかもね」
「子供達……は、まだ寝ているんですね……」


 良かった。


 もし寝ている間に子供達が起きて、何かの拍子に外に出てしまったりしたら……


 まあ、子供の内は幾ら寝ても、眠いものだからね。眠気が勝ったのだろう。


「あの、パパ……」
「うん?」


 パネルに表示された等身大のマム……子供と同じくらいの大きさを取っている。そして、マムのしっぽがユラユラと……


「―これを見て下さい」
「あぁ、しっぽがぁ……ゴホン……何でもない」


 マムが映っていた画面一面が、ニュース番組に切り替わった。


 そこに映し出されていたのは……


「……これは、大使館?」
「はい、今音を出しますね……」


 直後に流れ始めた音声と、映像はこんな内容だった。


――――


 某国大使館がテロに会い、その際に巻き込まれた某国大使館付きの衛兵が4名死亡。同時刻に、大使館を訪れていた自衛官が一名負傷。


 テロを起こした首謀者は『神崎仁かんざきじんという日本人』で、現在全国指名手配中。


――――


「……まあ、こうなるのか」


 そう言いながら、今井さんの方を見る。


「うん、まぁ遅からずだったね。それにしても、神崎仁だってね」


 今井さんが『ふふっ』っと笑っている。
 つられて俺も顔を綻ばせる。


 何だか久しぶりに笑った気がする。


 ロウが死んで、息をつく間もなく逃げて来て、倒れこむようにして睡眠を取った。何だかんだ、精神的に疲労していたのだろう。形だけでも笑った事で、何処か力を抜く事が出来た気がする。


 今は、俺が”神崎仁”と間違われている現状を、楽しむ位は良いだろう。


「お兄ちゃん? ……かんざきじんって?」


 俺と今井さんが”上手い事行った”と顔を合わせていると、サナが興味を持ったようだ。


 少し悪戯をする気持ちで、サナに説明する。


「ん~……サナ達を助けるために犠牲になった人かな……」


 それを聞いたサナが、少し悲しそうな顔をする。


「……大丈夫、その人は今も元気だよ。ほら、このニュースが言ってる”指名手配”って言うのは、無事に逃げたから指名手配されているんだ」


「にゅーす? ……しまいてはい?」


 サナ、それじゃあ姉妹手配だよ……


 ……可愛すぎる。


「ニュースは、起きている事を伝える役割をしてるんだ。あと、指名手配・・・・は、”見つけたら捕まえる”って意味かな」


「……分かった! かんざきは、サナが”保護”するの!」


 ……


 ……今井さん、頭を撫でないで下さい……


「ま、まあ、そうだね……そうすると良いかも」
「はい! お兄ちゃん!」


 サナに癒されたところで、今後の話をしなくてはいけない。


「……それで、今後ですが」
「うん。僕は朝に言った通り”シンガポール”に行ってくるよ」


 シンガポール、世界的な技術分野のイベント。


「……岡本部長には気を付けて下さいね」
「あぁ、あの狐豚、やっぱり真っ黒じゃないか!」


 今井さんが、何やら”我慢ならない!”と言いたげにしている。


「マム、サポート頼むな……」
「はい、マスターは任せて下さい!それに、マムもパワーアップして来ます!」


 アルゴリズムや、まだ知らない技術が沢山集まる”技術フォーラム”……マムにとっては、最高な餌場になるだろう。そして、きっと大きく成長してくる。


「存分にな……あ、今井さんも資金150億まで自由にして下さいね」
「そんな簡単に言われても……まあ、必要な分には十分足りるから……遠慮せずに使わせて貰うよ」


 少しぐらい減っても問題ない。


 それに、今回賭けで得たのは140億円の利益。


 元金のほとんどを使わずに済むだろう。


「……パパ、大丈夫です!」
「大丈夫?」


 唐突にマムが”大丈夫”と言う。


「はい! マムが運用して沢山増やします!」


 ……今井さんが不安げな表情を浮かべている。


「大丈夫なのかい?」


「はい、データは十分すぎるほど集まりますから……ただ、専用のシステムを”食べられたら”完璧なんですけど……」


 ……専用のシステム?


「それは、買えるモノか?」


「はい、パパ!……ただ、買い取りでは無くて、レンタルですが……」


 それなら、問題ない。


「マム、Web上で買えるシステムに関しては、好きに購入して”食べて”良いぞ?」
「はいなの~! ありがとう、パパ!」


 そう言ってクルクルと踊り出すマムを微笑ましく見ていると、ふと視線を感じる。


「……サナ?」
「ううん……”良いなぁ”なんて思ってないの!」


 これは……


「大丈夫、サナ達・・・にも買ってやるさ」
「わぁ! ……でも、わがままは良くないの……」


 サナの表情を見るに、何だか複雑間問題が裏にあるような気がする。


「そうだな、でも、偶には良いだろ?」
「……でも、何もしないでは……」


 俺とサナの様子を見ていた今井さんが、提案を出してくる。


「それじゃあ、正巳君のお手伝いをサナちゃんがする毎に、ご褒美を貰うのはどうかな?」
「うん! ……お兄ちゃん……?」


 ……そんなに上目遣いで見なくても良い。


「ああ、そうしようか」
「やった~」


 そう言って、サナが小さな手を差し上げている。


「……有難うございます、今井さん」
「なに、僕も同じようなものだからね……正巳君、僕も正巳君の”おてつだい”しようか?」


 ……今井さんが悪戯っ子のような瞳を向けて来る。


「……そうですね、今度お願いします」
「え? ……そ、そ、そそれって?」


 ……今井さんは煽ってくる割に、耐性が無いらしい。


「まぁ、それはともかく、俺は一度鈴屋さん……取引先を回って来ます」
「正巳君のイケず……それにしても、こんな状況になっても仕事の事かい?」


 今井さんが、口を尖らせながら、そんな事を言う。


 ある意味当然ではある。


 務めている会社の上司に、裏切られたのだ。それに、下手をすると上層部の経営陣全体が腐っている可能性すらある。そんな状態なのに、相変わらず『仕事の義務を果たす』と言っているのだ。


「まぁ、こんな状況だからこそ、ですかね……」


 それに、確かめたい事もある。


 俺の、”もう決めた事”という表情を見たのか、今井さんがため息を付く。


「ハァ……まぁ、僕も同じようなものだし、正巳君の事を言えないか……」
「ですね……ハハハ」


 俺が笑い出したのに誘われたのか、今井さんも笑い出す。


 そして、意味が分かっていないだろうに、サナも笑い出し、マムも便乗する……


 そうやって笑っていると、ドアが開いた。


 そして……


「お兄さん? それに、サナはここに居たんですか」


 ドアを開いて入って来たのは、ミンだった。


「ミン? それに、皆も……どうした?」


 ドアを開いたミンの後ろには、子供達が居た。


「ミンお姉ちゃん!」


 サナがそう言って、ミンにしがみ付いた。


「……そうか、サナの言葉は、ミンが教えたのか」
「はい、サナは覚えが良かったので……」


 そう言ってミンが、隣に立っているテンを見る。


「がんばル……」


 ……まあ、テンも話せている方だとは思う。


 何より、聞き取りは不自由していないような気がする。


 ミンとサナが以上に出来ているだけだ。


「それで、皆で来たりしてどうした?」


 何かあったのか……


「あ、あの……ここにはシャワーが有るようなので、その……」


 なるほど、ここに着いてすぐ寝てしまったが、皆はシャワーを浴びた方が良いかも知れないな……俺自身も浴びたいし……


「そうだな、シャワーを順番に浴びるか!」


 そう言うと、ミンとサナが飛び跳ねて喜んだ……後ろの子供達の何人かは同じように喜んでいたが、半分以上が、よく分かっていないようだった。


 他にも、日本語を習得している子供が居るようだ。


 そして、それを教えているのは恐らくミン。


 ミンがどの様な経緯で、日本語を習得したのかが気になったが、ミンの通訳によって”綺麗になれる”と知った子供達がはしゃぎ出したので、さっさとシャワー室へ案内する事にした。


 しかし……


「正巳君、先に女の子に浴びさせてあげても良いかな?」


 シャワー室に案内しようとしたところで、今井さんからそんな言葉があったので、無言で頷いた。


 ……口が裂けても、『女の子の事を考慮していなかった』とは言えなかった。


 そして、今女の子たちがシャワーを浴びている。


「……パパ、もしかして―「あのさ、マム……」」


 マムが余計な事に感づいた雰囲気があったので、慌てて言葉を遮った。


 なにせ、ここには男の子たち……テンを年長として、6歳位の男の子達が居る。


 教育に良くない事を、耳に入れない方が良い。


「……はい、パパ?」


 マムが、ニコニコしている。


 絶対わざとだろ……


「ああ、それで、他のチャンネルに出来るか?」
「今切り替えますね!」


 そう言った後、映し出されたTV番組が切り替えられていく。


「……みんな、ここに座って見なさい」


 そう言って、ベットの方に手招きする。


 一瞬固まっていた子供も居たが、テンが通訳すると、笑顔になってベットに上がって来た。


 そんな子供達の様子を見守っていたのだが……


「あノ、コレ……タイシカンにイタ……」


 テンがそう言って、スクリーンを指差す。


 テンの言葉に、スクリーンを見ると、そこには見覚えのある姿があった。


「……ゴン……」


 そう、そこにはテロップと共に、海に入って行く”ゴン”の後姿が映し出されていたのだ。


 ”謎の生物に迫る!住民のインタビュー有!”

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