『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

42話 ホテル地下駐車場

 車を走らせ始めてから2時間。


 既に日は昇り、道も車の交通量が増えて来ていたが、マムとサナのナビのお陰で渋滞を上手く回避して来たため、ストレスを感じる事が無かった。


「……なんか、配送屋になった気分だな」
「はいそーや?」


 サナが首を傾けて聞いて来る。


「そう、配送屋。預かった荷物を届ける仕事だよ」


 そう言うと、サナは一瞬顔を伏せて、悲しそうな表情を浮かべる。


「お兄ちゃんは、サナたちを届けたらいなくなるの?」


 ……そう取ったか。


「いや、そんな事はしないさ……望まない限りね」


 故郷に帰りたい子供も居るかも知れない。
 その場合は、責任をもって送り届けよう。


「お兄ちゃん、サナはいっしょにいる……」


 グッと目に力を入れて見つめて来る。


「……サナが、そう望むんなら一緒に居ても良いさ」


 断れるわけがない。


 俺の答えに安心したのか、サナは柔らかい表情を浮かべ、ナビの続きに戻った。


――
 その後、20分程で目的地に着いた。


「パパ、トラックの方も着きました!」


 イヤホンからマムが報告してくる。


 マムに返事をしようとしたところで、サナが口を開いた。


「お兄ちゃん! ついたよ!」


 ……頭を出してくる。


「サナ、良く出来たな、偉いぞ!」


 そう言いながら、サナの頭を撫でまわす。


「ム~、マムの方が早く報告したのに! それに、サナのナビだって……」


 どうしても、目の前にいる方を先に褒めてから、マムを褒める流れになってしまうが、マムにはそれが不服なようだ。


「……マム、ありがとうお陰で助かってるよ」


 マムにお礼を言うが……


「マムだって、なでなでされたいのに~」


 どうやら、サナを撫でていて、マムを撫でていないのが気に喰わないらしい。


「……分かった、それ・・が可能になる為の資金は出すよ、マム……約束だったしな」


 それ・・というのは、マムの頭を撫でられるようにするという事だ。


 既に、俺はそのつもりだったのだが、マムからしたら不安だったのだろう。


「……はい! やった~」


 俺の耳元でマムが喜びながら、スマフォの画面ではマムがくるくると回っている。


 しっぽもクルクル……


 くるくるクルクル……


「……お兄ちゃん?」


 尻尾を見つめていたら、サナが訝しげな視線を向けて来た。


「……いや、それじゃあホテルに行こうか!」


 半ば強引に話題を変える。


「ほてる? ……あんぜんないえ?」
「ああ、次こそ安全な家だ! それに、きっと凄いぞ!」


 俺がホテルを予約する際に、マムに伝えた条件をクリアするホテルはそんなに多くないだろう。それに、今回は実質上限なしで予約を取って貰った。


「すごい? ……ほてる?」


 サナが、両手でスマフォを抱えて呟いている。


 多分、聞いた事の無い、知らない世界の事を想像しているのだろう。


「……さて、マム」
「はい、パパ!」


 すっかり機嫌が戻ったようだ。


「チェックインはどうしたら良い?」


 俺自身、利用するのは勿論初めてだ。


 ホテル自体は、何度も利用しているが、どれも一泊6千円~8千円位のホテルだ。


 ”高級ホテル”と言われる様な場所には、泊まった事が無い。


「はい、パパ。この白い壁を真っすぐ行くと、地下の駐車場に下りる為の入り口が有るので、そこの駐車場に車を停めて下さい。車を停めて、中のカウンターで『サン・ロイヤル』と伝えて頂ければ大丈夫です。あと、既にマスター達は着いているので、そこで合流して下さい!」


「ありがとう、マム」


 マムに礼を言ってから、車を進める。


「……あれが入り口か」


 見ると、しばらく続いていた白くて高い壁が途切れている。


「お兄ちゃん、くらいところ、下りるの?」
「暗い所?」


 サナが少し不安げな表情を浮かべている。


「そう、くらいところ……」


 サナの言葉の意味が分からなかったが、地下・・駐車場への入り口まで来たので、右折して入って行く。もしかして、”暗い所”って言うのは……


『地下駐車場?』


 と聞こうとした所で、サナが腕にしがみついて来たので、車を停める。


「サナ、大丈夫。ここには意地悪をするような大人は居ないさ」


 そう言いながら、静かに車を動かす。


 既に今井さん達が地下で待っていて、今井さんの乗るトラックのロックは、外から出ないと開けられない。


「おにいちゃ……」


 サナが腕にしがみ付いているが、落ち着くまでは好きにさせてやろう。


 そうこうしている内に、地下まで下りて来た。


「……付いて来るか?」
「うん……」


 サナは落ち着くまで、もう少しかかりそうだ。


「何か、思い出したのか?」


 大使館の地下駐車場では、平気そうにしていたが……


「うん……くらい中で”チク”ってされた後、いっしょに入ったみんなが倒れちゃったの…」


「そうか、でも大丈夫。俺は倒れたりも遠くに行ったりもしない。サナがそう望まなければね」


 サナは、恐らく大使館もしくは別の場所で人体実験を受けていた。


 その記憶が蘇って来たのだろう。


「……」


 更に強くしがみ付いて来たサナを左腕にくっ付けたまま、車の外に出た。


 ……サナに掴まれている腕が痛い。


 ……結構……かなり……凄く痛い。


 でも、我慢するしかない。


「……さて、開けるか」


 地下駐車場に下りて直ぐトラックの姿は、視界に入っていた。


 と言うか、トラックが目立っていた。


 周りに停まっているのは、どれもこれも高級車ばかりだ。


 そんな中、一台のトラック。


 それも、とびきりオンボロ……


 目立たない訳がない。


「おいしょ……」


 コンテナの扉をロックしているロックバーに、力を入れる。


「固いな……」


 左腕にはサナがしがみ付いている為、右腕のみで開けなくてはいけない。


 しかし、これが中々固い。


「サナ、てつだう」


 俺が右腕に再度力を込めようとしたところで、サナが”やる!”と言って来た。


 本来小さい子供に手伝わせるような事ではないが、既に俺はサナの力を知っている。それに、サナが自分から『手伝う』と言ってきた事を、断る事などできない。


 それに、気分を変えるのに良いかも知れない。


 まあ、ロックは相当に固かったので、サナが開けられなかった時は―


 『ガコンッ』と音がして、扉が開いた。


 ……知ってた。


 ……筋トレしよ……少なくともサナには負けないようにしないと。


 筋トレの決意を固めたところで、開き切った扉から今井さんが飛び出してくる。


「おっと……」


 慌てて受け止める。


「大丈夫だったのかい!?  放火って! それに、何で隠れ家の中になんか? ロウ君は……」


 今井さんの口から、マシンガンのように次から次へと言葉が出て来る。


「ま、まあ、大丈夫でした。それに、ロウの事はマムから聞いています……取り敢えず中に入りましょうか……その、嫌では無いんですが……」


 そう言うと、それまで抱き着く・・・・格好になっていた今井さんが慌てて離れる。


「えっとだね、これは……そう、正巳君の体に衝撃を与える事で、肋骨の強度をだね……」


 何やらよく分からない事を言っている。


「……今井さん、子供達が見ているので……」


 コンテナの中にいた子供達が、いつの間に起き出したのか、後ろで好奇の目を向けている。


「あ、君たち……テンも一緒になって!」


 今井さんが、声を上げて子供達とじゃれ合っている。


 随分と仲良くなったようだ。


「仲良くなったんですね」


 そう言うと、振り返った今井さんが呆れたように返してくる。


「君こそ……もうすっかり、兄妹って感じじゃないか」


 俺の左腕には、一度離れたはずのサナが引っ付いている……


「お兄ちゃん」


 サナがそう言いながら、グリグリと頭を押し付けて来る。


「……そうですね、まあ……」


 そう言っている間もサナのグリグリは止まらない。


 しばらく、今井さんと一緒に、サナのつむじを見ている。


 グリグリぐりぐり……


「眠い……」


 疲れも溜まっているせいか、一定期間まったりすると寝てしまいそうだ。


「……早く中で休もうか……」


 お互いの無事を確認できた。


 ロウの事や、カプセルの事はあるが、それに関しても”如何にかできるホテル”を選んでいる。


「はい。俺はチェックインをして来ます。部屋の場所が分かり次第連絡しますので……」


「うん。分かった……それにしても、随分と良いホテルだね……」


 今井さんは、駐車場を眺めてそんな事を呟いているが、決して誇張ではない。


 地面、壁、天井、その全てが大理石で出来ていて、空間を照らす光も上品だ。


「……まあ、お金には心配いらないので」


「ふふっ、そうだったね!それじゃあ、僕は起きている子供たちに話をしておくよ。不安な子もいるだろうからね」


 そう言って、今井さんがコンテナの上に上がった。


 今井さんが、子供達に話しかける様子を見た後で、ホテルの中に通じている扉の方に歩いて行った。勿論、左腕にサナをくっ付けたまま……



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