『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

39話 安眠と永眠

 正巳は、サナを連れて隠れ家の二階、モニターのある部屋に来ていた。









 正巳が、ソファーに座ろうとしたのと同時刻、太ったカモシカファット・セロウと呼ばれている武器商人が、温泉やスパで時間つぶし(侵入者からの保護目的)を終え、キメラの元に案内されていた。









 部屋の隅、モニターがギリギリ見える位置にあるソファーに、座る。


「マム、今の時間は?」
「はい、パパ。朝の3時48分になった処です」


 ……24時間の内に色々あったな。


「パパ!残して来た”配下”はどうしますか?」
「”配下”……?」


 ……全く心当たりが無い。


「はい、パパに忠誠を誓ったキメラ、”ゴン”です!」


 ……いつからキメラが配下になったのだろう。


「えっと、マム?」
「はい、パパ!」


 そんなにウキウキした声で……まあ良いか。


「それで、いつキメラが配下になった?それに、『どうする?』って言われても、どうする事も出来ないだろうし……」


「はい!”ゴン”は、パパが参加したゲームの中で”忠誠”を誓っていました。研究室と、そこから侵入した研究所のデータベースには、『”忠誠”をさせる事でキメラを支配できるだろう』と有りました。ただ、キメラがどうやって生まれたのかはセキュリティを突破できず、かろうじて”実験”で使われていたキメラ細胞を”使う”事しか出来ませんでした」


 ……ちょっと待って、ゴンが忠誠を云々の話は良い。その後の、”実験”とか”使う”とかってどういう意味だ?


「”実験”と”使った”って言うのはどういう意味だ?」


 マムが答える。


「はい、パパ。実験と言うのは、”キメラ細胞”を人間に”注射”する実験の事で、始めの頃はあらゆる年齢の男女が対象でした。しかし、キメラ細胞を注射してから36時間以内に99%の大人が死亡。対して、子供はその一部が生き残りました。その後は、子供を中心に実験が繰り返され、生き残った子供達は超人的な身体能力を示す結果が得られました。実験の結果生まれた子供達の事を”合成人間アド・ヒューマン”と呼んでいるそうです」


 人体実験、それに……


合成人間アド・ヒューマン……」


 呟くと、隣に座っていたサナがビクッっと体を反応させる。


「……お兄ちゃん?」


 心配そうな顔でこちらを覗き込んでくる。


 そうか、サナ達は……


「大丈夫だ……」


 そう言ってサナを抱きしめた。


「くるし~よ……」


 顔をほころばせながら、サナが頭を擦り付けて来る。


 少しの間、そうしていたが、マムに話しかける。


「マム、その実験は今どうなってる?」
「はい、パパ。今も実施されています」


 今もどこかで……


「マム、実験が出来なくなるにはどうしたら良い?」


「はい、パパ。研究データの消滅、キメラ細胞のサンプルの消失何方かが必須になります。また、研究データが無くなったとしても、キメラがいる限りそこからサンプルを採取し、データを復旧する事が可能です」


 となると……


「キメラを如何にかしないといけないのか」
「はい、パパ。それも案外簡単に出来るかもしれません……」


 ……簡単に?


「どういう事だ?」
「はい、パパ!キメラの”ゴン”はパパに忠誠を誓っているので、パパが命じればいう事を聞きます。キメラにとっては、パパが忠誠を誓う相手なのです」


 ……『忠誠を誓っている』と言われても、正直実感がわかない。


 何より、俺は何もしていない。


 ただ、殺気をぶつけたら仰向けに寝っ転がっただけだ。


「……ゴンをここから、どうにか出来るのか?」


 たとえ命令を聞くとしても、近くに行って命令しないとならないのであれば、今はどうしようもない。と、思っていたのだが……


「はい、パパ。ここからどうとでも出来ます!マムが大使館あそこのシステムをほぼ、掌握しているので!」


「『どうとでも』?」


 確かに、マムがいなければ、大使館に忍び込むなどそもそも出来なかった。


「はい!今”ゴン”は、檻にいるのです!それを開放すれば大丈夫です!」
「うん……でも”キメラ”だし……」


 あんな、ずんぐりした生き物が街中を歩いていたら、恐怖でしかないだろう。……もしかすると、映画か何かの撮影だと勘違いするかもしれないが……


「パパ……今”ゴン”は、苛められているのです」
「『苛められている』?」


 キメラが、苛められている?


「はい!見て下さい、パパ」


 そう言って、マムがモニター上に写し出したのは、檻の中にいるキメラを”槍”で刺す恰幅かっぷくの良い男の姿だった。


 モニターが急に着いたので、サナはビクッっとしていたが、俺が当たり前のようにしているのを見て、安心したのか、興味深げに喰い付いている。


「……マム、この男は?」
「はい。この男は”太ったカモシカファット・セロウ”と呼ばれている、武器屋です」


 太ったカモシカファット・セロウ……確かに、太ってはいる。それでいて、未だに”槍”を持って、キメラに刺している。よく見ると、男の脇の地面には槍以外にも、”ボウガン”や”鞭”などの武器がある。


「それで、この男はなんでキメラを刺してるんだ?」
「はい。この男は、上原さんが死亡するのに200億掛けていて、負けた腹いせをしているのです」


 ……”先輩”が”死ぬ”のに賭けていた?


「なるほど、しかし……ロウも俺が死ぬ方に賭けていたしな……」
「パパ!”ゴン”は、パパに忠誠を誓いました。それにこの男は、今井さんの母親の死にも少なくない関わりが―「―分かった」」


 ……どうやら、マムは既にキメラ……”ゴン”を仲間として見ているようだ。それに、モニターの中で”不当”にキメラを傷つけているという男は、今井さんの親の死にも関わりが有ると云う。


「”ゴン”を檻から解放しろ!」
「はい、パパ!」


 マムが嬉しそうだ。


「……これで、解放されます!」
「……開き始めたな」


 モニターの中で、”ゴン”の入った檻が開き始めている。


「……焦ってるな」
「はい。ですが、資格が有るなら、ここで”ゴン”に忠誠を誓わせれば良いのです!……それが無理なら、”ゴン”は、一緒にいる担当員も食べちゃえば良いのです!」


 ……物騒だな。


 モニターを見ると、キメラが立ち上がっている。


 何故か太ったカモシカファット・セロウと呼ばれている男は余裕そうだが……


「あっ……」
「終わりましたねっ!パパ!」


 いや、そんな、語尾に☆が付きそうなほどウキウキと言わなくても……


「それにしても、何がしたかったんだろうな……」


 男は、ゴンが喰らいつく瞬間、思いっきり地面に横になっていた。お陰で、横っ腹をゴンに見せる形になり、そのまま……


「パパ、恐らく、上原さんと同じ事が出来ると思ったのではないかと……」
「そうか……」


 その後、ゴンは男を捕食してはいたが、飼育員の男には手を出していなかった。


「パパ、”ゴン”に何か指示を出しますか?」
「……え?指示?」


 まさか、キメラに指示を出せるとは……出したとしても、言う事を聞くのかな?


「はい。キメラはある程度人間の言葉を理解できるようですし、マムは話も出来ます!」
「そ、そうか……特に指示はないから”自由”にして良いけど……」


 流石、マムクオリティだ。


「分かりました!”自由”にするように指示しますね、パパ!」
「う、うん……」


 元気が良い。


 ……モニターを見ていると、ある一瞬キメラが固まった後、仰向けになった。


 マムはキメラゴンに、何と言ったのだろう……


 少しして、仰向けになっていたキメラゴンが起き上がり、画面上から出て行った。


「……マム?」
「はい、パパ!」


キメラゴンには、なんて?」
「はい! ”ゴン”には、『海で力を蓄えている事。海ではある程度”自由”にして良いよ!』って言っておきました、パパ!」


 ……?


「海?」
「はい、パパ! キメラはエラでも呼吸が出来る、”両生類”なのです!」


 ……そうなんだ。


 まあ、もう出て行っちゃった後みたいだし、どうする事も出来ないだろう。


 それに、外に出たキメラ達が人間を捕食するのは困るが、モニターの中の様子を見るに、その心配も必要ないだろう。


「……寝ようかな……あ、研究所のデータは消しておいてくれ……マム……」


 思考が働かなくなって来た。


 そう云えば、マムがモニターにアバターの姿を見せてなかった事を思い出す。


 ……あ、マムの事をサナに紹介してなかった。


 サナは、何となく分かってそうだけど、改めて紹介しておく必要があるだろう。


 マムはアバターの事を気に入っているだろうに、俺の許可が無かったことで、その姿を見せなかったのだろうか……


 マムへのプレゼントをさらに追加しておこう。


「パパ、ヒーリングミュージック流しますね!」


 マムの声を微かに聞きながら、流れて来た自然の雨音や、川の音、木々の音を聞きながら、ソファの上で落ちて行った。









 その頃、ロウの上官だった男は、”100億超の支出”と”キメラの脱走”に頭を悩ませていたが、その傍らにある指示を出す事を忘れていなかった。


「おい!この国の政府に、襲撃された事と、陸将が殺害された事を連絡しろ!」


 そして、こう続けた。


「犯人は、”神崎仁カンザキジン”と云う男で、指名手配を要請する!」


 こうして”神崎仁”は、”大使館襲撃及び陸将殺害”の容疑で指名手配される事となった。


 しかし、その際に提出した顔等の映像データは、ことごとく破損していた。


 その為、陸将を失った通達を受けた国の上層部は、二つの派に分かれる事となった。


 ”凶悪犯潜伏派”と”某国陰謀派”である。









 眠りから覚めた後、大きなニュースとなっているとも知らず、渦中にある男は深い眠りの中にいた。その眠りも、直ぐに起こされる事となるのだが……



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