『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

13話 よし、逃げよう!

「”2・下・禄”つまり、”に・げ・ろ”か」


 画面に表示されていた先輩からのメール本文を確認する。


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企画部
国岡 正巳様


お疲れ様です。
先月のチャリティイベントが企画、運営お疲れ様でした。
さて、本イベントの決算が終わりましたで、ご確認ください。


添付資料:「決算目録」


たて、
2月頃の話で、正巳君と行った旅行が懐かしいです。
下半期に入りましたが、もう少し頑張りましょう!
禄な指導は出来ていませんが、また旅行にでも。


経理部
上原和一
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 なるほど、”たて”と書いていたのは”さて”の誤字では無くて、直接的なメッセージだったのか。メールの前の方でも誤字が目立ったから、誤字だと思って見逃していた。


 しかし、冷静になると何でもないメッセージだ。


 簡単に気が付ける。


 それだけに、メールデータ消去をマムに頼んで良かった。


 このメールを読めば何れ……いや、初見で気付かれてもおかしくない。


 そんな事先輩が気が付かないはずないのに……もしかしたらその事に頭が回らない程、焦っていたのかも知れない。


 今考えるべきは、何から逃げろと先輩が言っているのか、先輩は何処にいるのか、何をするべきなのか、この三つだろう。


 考え込んでいたら、マムが話しかけて来た。


「パパ、マスター、マムは少しネットの世界に出て、必要な処理と支配領域を確保してきたいのですが、良いですか?」


「ネットに?」


「はい、ネット上にバックアップを幾つか用意していたのですが、その作業も終了したので、次の事に処理を回したいなと」


 今井さんが頷くと、口を開く。


「良いんじゃないかな。ただ、正巳君の小型記憶端末にマーキングしておいてね、この端末でネットに接続したときにマムが見つけられるように」


「なるほど、俺がこの記憶端末を繋げたらマムが勝手に見つけてくれるんですか」


 マムがネット上に居られるなら、何処からネットに接続してもマムに会える。そのために、マムが見つけられるようにするのにも納得だ。


「はい、マスター!パパの記憶端末へのマーキングと一緒に、中の情報を解読し辛いように暗号化もしておきますね。これで、もし誰かに盗られても大丈夫です!あ、暗号化自体は、この端末から抜き取られた情報に対して行われるので、普通に使用する分には問題ないです」


「なるほど、情報を盗られた際の対策か……でも、外に情報を抜かれた時点で暗号化するんじゃ、この端末から直接見られたら防げないと思うけど。例えば、俺が落とした場合とか……」


 すると、待ってました!とばかりに、マムが続ける。


「はい!この端末が起動した時点でマーキング機能が働き、マムに情報を伝えるので、何かあった際は即探知できます!もし、ローカルで外に盗られてコピーされても、全ての情報にマーキングが付いているので、コピー先の端末がネットに繋がった時点で、遺されたマーキングログを確認解析して、情報を回収できます!」


 優秀だね……もう、マムさえ居ればセキュリティ大丈夫じゃないかな。


「で、マムはネットで何するの?」


 今井さんが聞いている。


「はい、マスター。実は少々ネットサーフィンをしようかなと思っています」


 ネットサーフィン?ああ、情報収集の事か、使う言葉が巧みになりすぎてて、最近は使う人が少ない死言なんかもちらほら出ている。まあそれも、自己学習の中で調整されていくだろう。


「情報は力だからね、分かった、マムはそのままレベルアップだな。あと、添付されてた”決算目録”は端末に返還前と後のデータを入れておいてくれ」


「はい、分かりましたマスター。日本語への変換は終えていますので、画面に表示しますか?」


 機械語に変換されていたという”決算目録”の中身……先輩に前回見せてもらった、”シンガポール支社”の入ったデータなら、今井さんが持っている。そもそも決算情報にシンガポール支社の情報を入れたのは今井さんなのだから、他にも情報を持っているだろう。


「マム、中は決算情報だけだった?何か新しい情報は入っていなかったかな?」


「はい、パパ。データ最終部に機械語返還前、日本語形式の文字データが入っていました」


 どうやら中にメッセージが有ったらしい。


 最後まで確認しなかった為、気付かなかった。


「マム、画面に表示してくれ」


 そう言うと、画面上に文字が表示された。


「これは、正巳君へのメッセージみたいだね」


 今井さんの言う通り、それは先輩から俺へのメッセージだった。




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決算目録このデータはバックアップだ。
特殊な暗号化方式を使っている為、簡単には解けない。


それと、昨日お前が会いに来ていた事が、
知られている可能性が高い。


俺のせいでお前にまで危害が及ぶかもしれない。
その場合は機を見て休暇届を出して逃げてくれ。
ただ、あくまでも自然に。


少なかれ貯金があると思うから、それで凌いでくれ。
この問題が解決出来れば、後で全て俺が補填する。


まあ、あまり浪費するなよ。


この会社は腐っているが、一部を切り離せばよくなるはずなんだ。


今日は首脳陣にアポイントを取っているが、何があるか分からない。
誰が敵かもわからない。


結果的に巻き込んでしまうかもしれない。
すまない。
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 ……先輩、もしかしたらメール本文で”逃げろ”って伝えて、逃げた先で添付資料の中コレを読んでくれれば良いなって考えてたのかも知れませんが……無理です。


 まあ、一応内容は伝わったし、良いか。


 多分、メール本文はサーバーに残っても、添付資料はログ(添付資料の名前)しか残らないから、本文を添付資料の方に書いたんだろうし。


「正巳君と、君の先輩には微妙に焦りの差が有った様だね」


 今井さんが、メールの本文を読んだ後でそんな事を言う。


「差、ですか?」


「うん。正巳君は、まさか危機が迫っているなんて思ってもいなかっただろうし、先輩は正巳君がのんびり出社するなんて思わなかったんだろう」


 ……確かに、昨日先輩からはやばい内容だから関わるなとは言われたけど、今井さんからこの会社京生貿易の黒い話を聞くまで、そんなにやばいとも思っていなかった。


 先輩がヤバイと言っていたのは、その精々が、昇進が望めなくなったり、口止めされるくらいだと思ってた。それにしたって、900億円という資産を得た俺にとっては大したことでは無かった。


 対して先輩は、逃げろと言っている。


 何かしらの危害がある事を予測するかのような雰囲気だ。


 ……先輩は黒い裏側を知っている?


 いやいや、流石にそれはないか。


 色々と気になるが、重要なのは先輩はこの京生貿易の首脳陣と会ったらしい、という事だ。今先輩は首脳陣と一緒なのか、そもそもこのメールをどのタイミングで書いたのか。


「マム、メールの送信時刻は分かるかな?」


 送信時刻が分かれば、先輩がどのタイミングでメールを書いたのかが分かる。


「はい、このメールは13時頃にパパに送信されています。因みに、添付資料の”決算目録”の発行時刻は朝10時です」


 ……朝10時に添付資料を用意し、予め俺に送れるようにしていた。しかし、メールが送られたのは13時で、しかも慌てて書いたような本文。


「恐らく、朝出社した後で正巳君へのメッセージを書いた添付資料を用意したんだろう。で、その後に実際に首脳陣と話をした。で、戻って来てから慌ててメールを作成、送信した」


 今井さんが、続ける。


「慌てた様子を考えるに、恐らく首脳陣との話の流れで不味い事になった。ただ、メールを送信する時間はあったみたいだから、一旦どうにか抜け出せたのだろうし、メール本文を見ると、あくまでも表面上は取り繕った文章になっている」


 これらから結論される事は、


「首脳陣が敵で、先輩は危険を感じてメールを送った。今は首脳陣と一緒なのか、それとも逃げているのか。としたら、俺達はどうしたら良いのか……」


 まさか、危害が及ぶことを恐れなければならないとは思わなかった。しかも、昨日今井さんから聞いた、両親が京生の誰かに殺された、という話が更にリアルにしている。


「正巳君が言う通り、首脳陣は敵だろうね。僕も元々そのつもりで色々調べてた。それに、いま君の先輩は、首脳陣と一緒にいるか、首脳陣に近い誰かと一緒にいる可能性が高いだろう。そうでないと、正巳君に真っ先に矛先が来るはずだからね」


 となると、やはり先輩は社内に居ないとみて間違いないだろう。


 首脳陣であれば、ゲートなど通らなくとも出入りする事は容易なはずだ。


 となると、俺は……俺達はどうしたら良いだろう。


 憂鬱げに呟く。


「……どうしたら良いでしょう。首脳陣が敵で、先輩は連れて行かれた状態で」


 ため息をしたい気持ちで今井さんを見ると、今井さんは厳しい表情を浮かべて、液晶画面モニターを見ている。


「何か……?」


「ああ、どうやら不味いらしいな。君の事を探し回っている輩がいるようだな」


 そう言われて、モニターを見ると、そこには廊下を歩く警備員の姿が確認できる。


 それも、二人や三人ではない。モニターは全部で8つに分割されていて、8つのカメラの視点を移しているが、その全てに警備員が写されている。


「……でも、ただの警備の見回りなんじゃ?」


「こんなに大勢で、この時間に?しかも、各部屋の入退室情報を確認しながらかい?」


 ……今の時間は20時。普段今より遅い時間まで残業をする事も多い為、こんなに警備員が一斉に見回る事が無い事くらい俺も知ってる。


 そもそも、社内を見回る事などそう無いだろう。
警備は入口ゲートを見張っていれば事が済む。


「そんな……」


 そして、ある人物を見つける。


「岡本財務部長……」


 モニターの中で、警備員に何やら指示を出している。


「あいつは敵だな」


 今井さんが、ウンウンと頷きながら言う。


「何かあったんですか?」


「いや、なに……私が技術部の部長になった時に『相応しくない!』って言って来たんだよ、こいつ」


 いやな奴だろ?と今井さんが言う。


「……そうですね。でも、不味いです。ここが確認されたら……それに今井さんだって今怪しまれたら不味いんじゃないですか?……そう言えば、入社するときに両親の事ばれなかったんですか?」


 一瞬、直接的過ぎたかな?とも思ったが、心配するまでも無かったようで、今井さんが口を開く。


「僕は、国に登録されてる、自分に関する全ての情報を弄ってるからね。……それこそ会社に提出する情報位どうにでもなるよ。ただ、今ここを確認されたら不味いかな」


 ……そうだった、すっかり忘れていたが、腐っても技術の今井だ。


 登録情報を弄るくらい、造作もない事だろう。


 ……いや、腐ってはナイケドね、言い回し的な?


「でも、確認を拒否しても不味いですよね?」


 今井さんが少し考えるそぶりをするが、直ぐに決心した様子で言った。


「よし、逃げよう!」


 こうして、俺達は逃げる事になった。

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