『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

4話 探り合い

 通称、”カフェ”と呼ばれるフロアに先輩と入っていく。


 上原和一せんぱい(うえはら かず)は、俺が新卒で入社した時の教育係で、厳しく社会人としての基礎を叩き込まれた。それ以来、”先輩”と呼んでいる。


「あそこ、空いてますね」


 中庭が見渡せる窓際の席が空いていたので、そちらに向かう。


 このフロアは打合せをする際や息抜きをする際、資料作成をする際なんかに使う事が出来る。打合せに使えるようにフロアの一部は、個室になっていて、話している内容が漏れないような配慮もされている。


「正巳、個室が空いてるからそっちを使おう」


 何やら難しい顔をしながら、”個室”として壁で仕切られた席を指す。


「……分かりました」


 当初の予定では、話の中で”聞かれて困る話”のタイミングで個室に移動しようと考えていたが、どうやら最初から本題を話すつもりらしい……もしかすると”最初”から”最後”まで、聞かれて困る話なのかも知れないが。


 個室の前まで来ると、先輩が社員証をドアの横の機械にかざす。


 社員証にはICチップが埋め込まれており、出退勤管理から部署フロアのドアの開閉、貴重品ロッカーの管理までの全てを社員証一つで行える。


 各部署のフロアに入る為には、入る為の権限が無いとカギが開かないようになっている。権限は社員証のICチップに付与されているので、社員証を外で落としたりすると上司から大目玉を喰らう。


「一応2時間は申請しておいた」
「ありがとうございます」


 部屋は最大8名で打合せが出来るようになっていて、それなりに大きい。ただ、実際に8名で使用すると中々窮屈なので実際は4名、多くても6名で使用する事が殆どだ。


「先輩は何飲みますか?」


 壁に備え付けられている冷蔵ケースを開ける。


「俺はブラックの珈琲の無糖のやつで」
「相変わらずですね」


 無糖ブラックとカフェオレの缶を手に取り、ケースを閉める。


「はい、無糖ブラックです」


 よく冷えている缶を渡す。


「おう、サンキュ」


 対面に座りながら一口すする。


「ふぅ……」


 相当キテる・・・ようだ。


「それで、確認したい事だったな?」
「はい、イベントの会計関連で……」


 先輩の顔色を見る。


 何らかの取引や打合せ、情報を引き出したい時などは、予め幾つかのキーワードを用意しておく。そして、対面した際に小出しにして、その反応によってより情報を引き出していくのだ。今回は”イベントの会計”がその一つ。


「……ふっ、良い空気がつくれる様になったな」
「先輩に鍛えられましたから」


 新人研修、アレはきつかった。


 研修が終わった後営業に配属されて丸3年、いくつかの部署で働いて来たが、社会人経験4年と半年の中で新人研修が一番きつかった。


「もう4年は経つか……」


 少し懐かしむ様な表情を浮かべるが、それもすぐに引き締まる。


「さて、イベントの会計関連だったな、お前は何処まで掴んでいる?」


 ……掴んでいる?


 確実に何か・・あるみたいだ。


「正しい情報データを」


 間違ってはいない。


 これはある意味カマかけだ。


 俺が独自に統計分析を行い、寄付先から予想金額より”少なかった”と連絡があった。何一つ実際のデータではない。確かに、統計分析を行った際のデータは過去の実際のデータを使った。しかし、そこから算出する予想数値はあくまでも”目安”である。


 俺の分析が正しいとも限らない。自信はあるが。


 よって、正しい情報データという言い方をした。


 なので、これはカマかけなのだ。


「正しい、か。ウチの部署の誰からか情報でも貰ったか?」
「情報ですか?」


 どうやら、かかった様だ。


「まあいい。とにかく、あまり調べ回らない方が良い」
「不都合なことが?」


 ”仕事は徹底的にやれ”と耳にタコが出来るほど言っていた人とは思えない。


「不都合……良い結果にならない事は確かだ」


 真っすぐに澄んだ瞳だ。


「分かりました。ただ、寄付先からの問合せには何と答えたら良いでしょうか」
「寄付先から?」


 純粋に疑問を感じているようだ。


「ええ、想定していたよりも寄付額が少なかったという連絡があって……」


 先輩が訝し気な顔をする。


「想定?例年と同じ水準で寄付されると思うが」
「同じ水準と言うと、実際の金額はいくら位になりますか?」


 鈴屋さんの運営する団体に俺が算出して伝えた金額は、1億8千万円前後だ。


「どの団体への寄付額だ?」


 先輩が手元の情報端末を操作する。


「NPO団体”にちじょう”、代表は鈴屋一郎です」


 情報端末の液晶を何度かタップしていたが、確認できたのか顔を上げる。


「”にちじょう”への寄付額は、例年1億3千~4千万だな。今年も例年通りだ」


 俺が今年の収益額を元に算出した金額よりも、4~5千万円程少ない事になる。


 俺が算出する際に調べたのは、例年の各団体への寄付額とイベント全体の収益額による各団体ごとへの寄付額の分配率も含む。


「先輩、寄付先の団体で今年増えた団体はありましたか?」


 寄付先の団体が増えていたのであれば、各団体への寄付金額が下がるのは必然だ。その場合、新たな寄付先が増えていたという事を知らなかった俺に非がある。


 ……そんな事はあり得ないのだが。


 何しろ、寄付先への連絡は全て俺が担当していた。


 案の定……


「いや、今年新たに加わった寄付先は無いな」
「……そうですよね」


「それはともかく、さっき言っていた”想定していた”ってどういう意味だ?」
「それは、俺が、今年各団体に寄付されるであろう金額に関して計算していたと言う事です。統計分析によって算出した金額を予め、寄付先の団体に伝えていました」


 何とも言えない表情をしている。


「何でそんな事を?」
「先方からの要望がありましたので、その要望に最大限答えた結果です」


 渋い表情を浮かべるが、結局納得したようだ。


「そういえば、統計分析学を専攻してたんだったな」
「はい」


 研修時に何度か話したことがあったので、覚えていたのだろう。


「そうか……お前は違ったんだな」


 何処か申し訳ないような、ホッとしたような顔をしている。


「違った、ですか?」
「ああ、取り敢えずこれを確認してくれるか?」


 そう言って手元の情報端末をこちらに向けてくる。

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