異世界娘。育ててます?

Diggy-miya

GOLD RUSH


リナス王国――――



異世界地図において東方に位置する、 『東大陸』 に存在している王国。

『リナス王国』 はその 『東大陸』 で唯一の国家であり、実質的には一部を除いて東大陸全土を治めていると言っていい。



伊吹達が居る 『ハーフリングの里』 はその 『東大陸』 の中でも北東の辺境地帯にある村なのだとシグから聞くことが出来た。
そこから南下していくと一番近い街である 『交易街ベアツ』 に辿り着ける。

目的地は明確になったが、どう移動するべきか伊吹は悩んだ。
シャロニカの魔法に頼ればあっという間に到着できるだろうが、再びあの 『反動』 が襲ってくるだろう。

どんな効果がどの程度で襲ってくるのか? 何度か 『反動』 を経験した伊吹にとっては、何も知らない状態の方が気楽だったと思わせる程にあれをまた味わう気にはなれなかった。

それにカスミに余計な心配を掛けさせたくないというのも 『魔法』 を選択しにくくしている原因の1つでもあった。
結果、他に移動手段があるのであれば、 『反動』 の来ない方法を選択しようと伊吹は考えていた。






シグ達を質問攻めにしたお茶会は幕を閉じ、伊吹達は今ジャーテニンズ兄弟案内の元、ハーフリングの里の中を散策している最中だった。

先頭をユードが歩き、その後ろに弟のオリゼとカスミが続いている。
ふとカスミの足元を見やると、そこには元気を取り戻したヒマワリの姿があった。
いつものように太く長い銀色の尻尾をふさふさと揺らしながらカスミの傍を歩いている。昨日のダメージは感じられない。
そんな一行の最後尾を歩いているのが伊吹とシャロニカだ。


目下伊吹達が目指しているのは村にあるという 『換金屋』 だった。
この換金屋のシステムはシンプルで、何でも物を持ち込めばその価値に見合った対価を払って貰えるというものだ。

この世界での通貨を一切持ち合わせていない無一文の伊吹にとっては、先立つ物が何よりも必要で、兎にも角にもまずは 『お金』 を調達しなければ次の目的地 『交易街ベアツ』 へ進む事は叶わないのだ。


そして伊吹の頭の中では、この換金屋においてそこそこのお金を調達できるという算段が立っていたのだ。



 「――――ここが換金屋っす!」


ジャーテニンズ家を出発してからどれ位経っただろうか。伊吹はふと気づくとすでに換金屋の前まで辿り着いていた。
物思いに耽り過ぎたせいか、せっかくユードが案内してくれた内容はほとんど覚えていなかった。

店は半露店のような作りになっていて、中に入らずとも外側から店主と会話をする事ができる作りになっている。
そんな換金屋の店先で跳ね回る二つの影はオリゼとカスミだ。


 「ここはなにやさんなのー?」


 「ここはねーおかねやさんだよー!」


 「おかねやさんー? なにそれー?」

 
 「なんでももってくると、おかねくれるんだよ! カスミもなにかこうかんしてみたら?」


ハーフリングの男の子オリゼと、カスミが仲睦まじく楽しそうにお喋りをしている。
その姿はまるでデートをしている小さなカップルのようだ。


 「……ぐぬぬっ……いつの間に……」


そんな2人を見て、伊吹は今初めて湧き上がる感情を覚えていた。

それが 『嫉妬』 であると本人に自覚はまだ無い。




 「うーん……じゃーこれはどーかなー?」


頬を膨らませながら少しの間悩んだカスミがどこからか取り出したのは小さなクリスタルの欠片だった。
それは洞窟で見た物と同じだと伊吹はすぐに気が付いた。


 「どれどれ……じゃぁちょっと見せて貰うよ」


カスミからクリスタルの欠片を受け取った換金屋の主人がそれをまじまじと鑑定し始めた。
そんな換金屋の主人は年老いたハーフリングで、シグよりもずっと年上に見える。


 「ドキドキ……! わくわく……!」


元から付けていた眼鏡の上からさらに拡大が効きそうなレンズを取り付け、クリスタルを覗き込む店主。
その一挙手一投足を見逃すまいとカスミがジッとその挙動を見つめている。



 「…………これは…………むぅ……何と素晴らしい……」


感嘆の溜息を1つ吐いた店主がクリスタルの欠片をそっと机の上に置いてからカスミの方へ向き直った。



 「お嬢ちゃん、このクリスタルの欠片一体どこで手に入れたんじゃ?」


 「これはねーキラキラなどうくつにいっぱいあったからもってきたんだよー!」


 「……ふむ、洞窟とな……なるほど。ではこれはその洞窟から直接採掘してきた物か……」


そう呟いた店主は、皮の袋から金貨を1枚取り出しカスミに手渡した。


 「その小さな欠片1つでもそれだけの価値がある……素晴らしい品質のクリスタルじゃ」


 「わーい! ありがとおじーちゃん!」


笑顔で店主にお礼を言ったカスミは誇らしげに金貨を空に向かって突き上げた。


 「おかねゲットだぜ~!」


 「イェーイ! やったねカスミー!」


 「いえぇ~い! やったよオリゼー!」


カスミとオリゼが喜びを分かち合うように手を取り合ってはしゃいでいる姿はなんとも微笑ましい。
そんな2人を見て和む一方、伊吹はクリスタルの欠片がすんなりと換金された事に驚きつつも安堵していた。

伊吹の頭の中では 『あっちの世界』 の何かと通貨を交換できればと考えていたのだが、クリスタルにその価値があるのであれば話は別だ。


 「……すみません、俺も換金したいんですがいいですか?」


 「どうぞ。何を換金するかね?」


 「ちょっと待って下さいね……なぁカスミー! こっちのキラキラちょっと交換しても大丈夫か?」


背中のバックパックを地面へ降ろして、クリスタルを取り出しながらカスミにそう尋ねた。


 「んー? キラキラ―? うん! それはいぶきにあげたおみやげだからおかねにしてもいいよ!」


にっこりと微笑んで答えてくれたカスミを見て伊吹はホッとしていた。
それは背に腹は代えられない状況とはいえ、カスミから貰ったクリスタルを換金する事に抵抗を感じていた為だ。


 「ありがとなカスミ! 家に飾る用のは残しておくから」


 「うん! いちばんキレイなやつね!」


 「オッケー。わかったよ!」


伊吹はバックパックに入っていた大量のクリスタルを選別しながら取り出して、店主の前へと並べ始めた。


 「……これと、これ……これもいいか。この小さいのはまとめてっと……」


みるみるうちに店先がクリスタルで埋まっていく様を見て、店主はもちろんユードも驚愕の表情を浮かべている。


 「ちょ……! イブキさん! こんな大量のクリスタル……しかもこれは……まさか……」


並べたクリスタルの中でも一番太く、原形を留めていた物を手に取りながらユードが身を震わせている。


 「ん? それ、どうかしたのかユード」


 「……こっ、これは……このクリスタルは……! イブキさん……このクリスタルはちょっとしまっといて貰えるっすか?」


 「別にいいけど。どうかしたのか?」


 「……後で話すっす……すみません商談の途中に邪魔しちゃって……」


申し訳なさそうにそう言った後に、ユードは何かを考え込むように1人でブツブツ呟きだした。



 「……? おかしな奴だね~どうしちまったんだいアイツは?」


するとそこへ少しの間姿が見えなかったシャロニカが現れて、怪訝そうな顔で挙動不審なユードを眺めている。


 「さぁな……? また後で話を聞くとしよう。まずはこっちが先だ」


バックパックに入っていた3分の2程のクリスタルを店主の前へと並べてその鑑定が終わるの待つ伊吹。
店主はそのクリスタルの数に戸惑いつつも、好奇の表情を浮かべながら黙々と作業を進めている。


カスミが先程手渡したクリスタルの欠片は大人の親指位の大きさで、金貨一枚だった。



そして今鑑定が進んでいるクリスタルの量は、その数百倍以上だ――――




――――――――

――――

――



 「――――それじゃあ行ってくるから後はよろしく頼むよシャロニカ」


 「おう、しっかりまったりくつろいでるから任せておきな」


 「……本当に任せて大丈夫かな……心配だよなーやっぱり……」


 「大丈夫だって。こんな平和な村で何も起こりやしないよ。ほら、さっさと行きな! ディナーが遅くなるのは勘弁だよ」



革製のソファーに優雅に寝転がったシャロニカが、伊吹を部屋から追い出すように手をひらひらとさせている。
そんな金髪金眼の女神の奥に広がる部屋では楽しそうに遊んでいるカスミとオリゼの姿が見てとれた。


 「――――じゃ、行きましょイブキさん。遅くなると店も閉まっちまうっすよ?」


 「……行こうか」


先に部屋を出ていたユードの声を聞いて渋々それに従う伊吹。そしてそのまま階段を下りていくと、そこに賑やかな雰囲気に包まれた酒場が姿を現した。

伊吹達が居るのはハーフリングの里に一軒だけ存在する宿屋兼酒場だった。
まだ陽も高いというのにハーフリングの酒場は大賑わいだ。まさにお祭り好き種族の本領発揮といった所か。



 「――――でな? ありゃー絶対そうだと思うんだよなぁ」


 「――――例の 『主』 ってぇやつかぁ~? ガッハッハ! 寝ぼけてたんじゃねえのかよぉ!」


 「――――まさか! ありゃ絶対そうだ! それに他に何人も見たって言ってたぜ?」


酒場は喧噪にまみれている。
どのハーフリングも陽気に酒を飲み、共に席に着く仲間と会話を楽しんでいる。

そんな異世界の雰囲気を楽しみながら酒場を通り抜けて伊吹は宿屋の外へ出た。


 「…………」


ふと後ろを振り返ると酒場の出口で立ち止ったままのユードの姿があった。


 「……おーいユード! 行かないのか?」


 「――――! あ、あぁ、行くっす!」


伊吹の声に慌てたようにユードが駆けて来た。


 「何かあったのか?」


 「いやぁ……ちょっと気になる話が聞こえてきたもんで……」


 「どんな話なんだ?」


 「よくある噂話っすよ。里の誰々が~どうのこうの~みたいな! 他愛のない与太話っす!」


 「ふーん。そうかぁ。やっぱ酒場ってのはセオリー通り噂話が集まり易いんだな」


ファンタジーゲームなどでは酒場に行って話を聞くことでストーリーが進んだり、仲間を集めたり出来たのを思い出した伊吹。
異世界でも似たような感覚なのだろうか、とそんな事を考えていた。


 「さて、じゃぁまずはどこから回ればいいかなユード」


 「そっすねまずは 『ランビューン』 から行きましょうか」


 「 『ランビューン』 って?」


 「 『ベアツ』 までの移動手段っすね! そうゆう名前の野獣が居るんすけど、その子達にキャビンを引いてって貰うんすよ」


 「へぇ~なるほど……馬車みたいな物なのかなぁ」


 「まぁ行ってみれば分かるっすよ! イブキさん!」


 「そうだな。よし、じゃぁ行ってみよう。 と、それから……」


先導して案内を始めようとしていたユードを伊吹が呼び止めた。


 「さん付けはなんか変な感じだから呼び捨てでいいよユード」


 「――――そ、そっすかー? ……へへ、じゃぁイブキの兄貴って呼ばせて貰うっすよ!」


照れ笑いを浮かべながら鼻を指でこすっているユードがそう答えた。
 

 「……なんか語呂悪い気がするんだけど……まぁいっか」


兄貴と呼ばれた事なんて人生の中であっただろうか? 妹からは名前で呼ばれていたし、他に思い当たるふしも無い。
だからだろうか?急に可愛い後輩が出来たようで少し嬉しい気分の伊吹だった。


 「……そういえばユード。さっきの換金屋での話って、何だったんだ?」


伊吹は換金屋でクリスタルを出していた時のユードの反応が気になってそんな事を尋ねた。


 「あ、そういえばその話が途中でしたね……これはすまないっす兄貴」


 「いや、まさかあんな結果になるとは思わなくてテンション上がりすぎてた俺も悪かったな。あはは……」


 「誰だってああなるっすよ! 仕方ないっす」

 
 「そうだよな……」


換金屋での出来事を思い出し、2人して思い出し笑いを浮かべている様は傍から見れば怪しく見られそうだ。
そんな状態がしばらく続いてから、ようやく思い出したかのようにユードが話し始めた。


 「……兄貴が持ってたクリスタルの中で一番大きなのがあったと思うんすけど、あれだけ他のと少し違うの気付いたっすか?」


 「……うーん、いや特に意識してなかったかな。何が違っていたんだ?」


 「もっと詳しく見てみないと断言できないんすけど、多分あれは…… 『クリスタルドラゴンの卵』 だと思うんす」


そう言ってユードは真剣な眼差しを伊吹に向けてきた。


 「――――! 本当かっ? あのドラゴンの卵……!?」


 「もしかして兄貴が洞窟で襲われたドラゴンって……」


 「あぁそうだ……そのクリスタルドラゴンに殺されかけたんだよ……」


そう呟きながら伊吹は洞窟での事を思い返していた。
鮮烈に蘇る死のプレッシャーが伊吹の胸をきつく締め上げる。過ぎ去った今でもあの恐怖はまったく色褪せては居ないのだ。


 「……そうっすか……それは大変でしたね……でもちょっとだけ羨ましいっす。クリスタルドラゴンなんて希少種は滅多にお目に掛かれないので、いつか自分も出会ってみたいっす!」


伊吹の体験談に前半は同情の色を浮かべていたユードだったが、言葉終りには目を煌めかせながら未来を語る姿に変貌していた。


 「あんな凶悪な奴に出会いたいのか……変な奴だなぁ」


あの幻想的な洞窟は自分達が最初に現れた場所で、どこかでまた訪れたいと思っていた。
だがクリスタルドラゴンに再び会いたいかと言われれば、二度とごめんだ。

そんな風に考えている伊吹は、ユードの次の言葉に耳を疑うしかなかった。



 「――――だからその……出来ればでいいんすけど…… 『クリスタルドラゴンの卵』 をオイラに譲って貰えないっすか兄貴!」


 「譲ったとして、それどうするの?」


 「……いや、その……卵を孵そうかと……」


 「……マジか……」


 「……うぃっす……」


 「……」


2人の間に沈黙が流れた。気付けばいつの間にかその足も止まってしまっている。


 「一応聞くけど、何で……? 珍しいドラゴンだから? まぁそりゃそうか……うーんでもなぁ……」


伊吹はユードにクリスタルを譲る事に関しては何の抵抗もなかった。
むしろ命の恩人であり、家族ぐるみで良くしてくれたお礼に出来る事なら何でもしたいと思っている。
ただそれでもやはり、伊吹が直面したあの恐怖からか、そんな危険生物の卵を渡してしまっていいのだろうかと危惧していた。
 

 「……いや、やっぱり無しで! よく考えたらあのクリスタル普通に売ったらもの凄い価値になるっすから、オイラが譲ってもらうなんておこがましいっすね! 忘れてください兄貴!」


 「え? いや、別に譲るのは構わないんだけど――――」


 「――――あ、ほら兄貴! 『ランビューン』 の店あそこっすよ! さぁ急ぎましょう!」

 
 「あ、おいユード!」


伊吹の話を最後まで聞かずにユードは目的の店へと駆け出していってしまった。
譲る事を躊躇った事で図々しく感じていると思わせてしまったか、はたまたやはり自分には荷が重いと気が変わったのか。
その心情を推し量る事は出来なかったが、この件を心に留めておく事に決めた伊吹であった。





ところで、伊吹達がここに至った経緯を時間を少し遡って説明しておかなければならないだろう。




――――――

――――

――



換金屋で目的を果たした伊吹達がまず向かったのは村で唯一の宿屋。
そこの部屋を当面の生活拠点とする事に決めた伊吹一行は、ここでようやく一安心する事が出来た。

次に必要なのは 『交易街ベアツ』 に向かう為の準備で、これには結構な手間がかかる事が予想された。



伊吹が考える必要な物は――――


①移動手段の確保
②衣服類・アイテム類
③水・食糧


①についてはユードが教えてくれたように、 『ランビューン』 と呼ばれる乗り物を確保する方向だ。
まさに伊吹が想像したように馬車によく似た作りで、違いはキャビンを引くのが馬ではなく、 『ランビューン』 と呼ばれる野獣であるという点だけだ。

この野獣 『ランビューン』 は大きな鳥に似た獣で、ダチョウに近い見た目をしている。
移動手段としては、ハーフリングの里だけでなく、東大陸全体でよく見られるポピュラーな部類なのだそうだ。



②は最も重要な項目だと伊吹は考えていた。
まず第一に自分とカスミの服装は日本の冬仕様の物しか無いという事と、それぞれ一着しか持ち合わせが無いという事だ。
ちなみにシャロニカの服については一切考えられていなかったのは、自分で何とか出来ると考えた為だろうか。

クリスタルの洞窟内部はあまり気にならなかったが、外に出てから感じるこの気候は 『あっちの世界』 だと春や、秋のような陽気だ。
その為、もう少し涼やかな装いの服を調達しておきたいと考えている伊吹であったが、よくよく考えるとここは 『ハーフリングの里』 なので、衣服もハーフリング仕様の物しか無さそうという事であった。

仕方ないので衣服類の調達は 『ベアツ』 まで繰り越すとして、アイテム類に重点を置くことにした。


③は言うまでも無く、必須項目。




このような感じで必要な物を洗い出した伊吹は、さっそく村へ繰り出して調達を始めようと行動を開始した。


まず伊吹がしたのは班分けで、これは単純明快だった。

留守番チームと、調達担当チーム。


案内役のユードは必須だし、自分が居なければ買い物もままならない為、調達担当チームは即決した。
そして自ずと留守番チームは残りのメンバーになるが、子供だけ置いておくのも忍びないので仕方なくシャロニカを残す事とした。
しっかり者のヒマワリが居るのでなんとかなるだろうと伊吹は考えていたのだ。


そんなこんなで伊吹とユードペアが村を巡って必要な物を集め終わったのは、空が暗くなり始めた頃だった。



――――――

――――

――



 「――――ただいまー」


 「――――おかえりいぶきー!!」


一日中歩き回って疲れきった伊吹が部屋の扉を開けると、見慣れた顔が出迎えてくれた。
それはいつもと同じ風景。家に帰って玄関を開けると飛び出してくる白くて小さい花。

その笑顔を見ていると、ここが異世界である事を忘れてしまう。

しかしそんなささやかな幸せはすぐに、騒がしい女神の声で幻と消え去ってしまった。



 「遅いぞイブキ! 先にディナーへ行こうかと思っていた所だ」


 「……シャロニカ……お前いつからそんな食事が好きになったんだ?」


 「昨日からだ! さぁ! 下へ急ぐぞイブキ! さぁ早く!」


 「……昨日からって……へいへい……」



伊吹の正面に腕を組んで仁王立ちしているシャロニカの顔は、食事に向かいたくてうずうずしているのが手に取るように分かる。
普通にしていれば彫刻のような美貌をもつ女神も、今は餌をお預け状態の犬のように見える。



 「じゃあイブキの兄貴、シャロニカの姉御! オイラはここで失礼するっす!」


 「ええーかえりたくないよー! にいちゃーん! やーだーよー!!」


 「仕方ないさオリゼ。そろそろ帰らないと母ちゃんに叱られるぞ?」


 「……うう……」


今にも泣きだしそうな顔をしているオリゼの頭をポンポンと叩いてあやすユードを見て伊吹が声を掛ける。


 「また明日カスミと遊んでくれるか? オリゼ」


するとその言葉を聞いたオリゼの目が一気に輝きだした。


 「……うん! まかせてよ! ニシシ!」

 
 「またあしたねーオリゼー!」


 「うん! またねーカスミー!」


手を振るカスミに応えるように力一杯手を振り返しながらオリゼとユードは部屋を後にした。


 「……あ、そうだユード!」


咄嗟に言い忘れた事を思い出した伊吹がユードを呼び止めた。


 「どうしたっすか? イブキの兄貴」


 「ジーテさんとシグさんに改めてお礼に伺うって伝えておいて貰えるか?」


 「わかったっす! また来るのをきっと楽しみにしてるっすよ!」


 「ありがとう。よろしくな! じゃぁまた明日」


 「また明日っす! おやすみなさい!」


宿を出ていくユードとオリゼを見送った後、シャロニカとカスミの姿を探す伊吹だったが、部屋には誰の姿も無かった。


 「……あれ? どこ行った?」


慌てて部屋を出て階段から酒場の方を見下ろすと、そこに2人とヒマワリの姿を見つけた。



 「――――おーい店主! とりあえずこのメニューに書いてあるやつ全部頼む!」


 「たのむー!」


 「ニャニャー」


テーブルに着くなり、すぐにそんな注文を大声でしているうちの女子チーム。
そんな彼女達を見て、周りで飲んでいるハーフリングの中年達が騒ぎ始めた。

 
 「いいねー姉ちゃん! 豪快だぁ!」

 「ヒュー! べっぴんさんなのに大飯喰らいたぁたまらんねぇ! いいぞー!」

 「ウェーイ! 俺達にも恵んでくれー!」


 「――――ふふん! いいわ! 今日はこのシャロニカ様の驕りよ! 好きなだけ飲み食いするといいわ! オーホッホッホ!」



自分達に注目が集まっているのに気付いたシャロニカは機嫌を良くしたのか、ふんぞり返ってそんな勝手な事を酒場中に響き渡る声で叫んだのだった。

そしてそれをきっかけに酒場は宴状態へと変わり、伊吹は唖然として見ているしか出来なかった。



 「……何をしてくれてんだあの女神は……」



ざっと酒場にいるハーフリングの数20人。

それだけの人数を驕ると考えただけでも普通なら頭が痛い。

しかし今の伊吹はまったく気にしていなかった。





なぜなら今の伊吹の総資産は……





金貨1000枚を超えているのだから――――――




――――――異世界において、七種伊吹、小金持ち!









一方、夜が更けていくハーフリングの里を森から静かに見つめる大きな影が1つあった。

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