誰よりもきれいな色になれ

みずかなで

夢は揺れる-3

 やはりというかそんなに現実は甘くなくて。
 外で絵を描き始めて数日経った。私の絵は黒から進化はまったくしていなくて、公園で遊んでいた子供達が寄ってくることがあったが、私の絵を見ては気味悪がられ、避けられる。
 淡い希望なのは分かっていたけど、それがここでも否定されるとは思っていなかった。
 お昼頃から公園に出向いて父が迎えに来るまで描く。だから私は精一杯目の前の緑を表現しようとするが、やはりゴッホの絵か私の黒の絵しか描けない。毎日迎えに来る父は、その結果を分かっていたかのように嘲笑する。
 城から外に飛び出しても、何も変わらないまま誰かのために描く。
 世界全体が、私を殺す。
 世界全体が、私を捕らえる。
 世界全体が、囚われの城だった。

 だから今日も何もない、何も得ることができないと思っていた。信じ続ければ……なんてそんな甘い考えはあまりしなかった。
 父が迎えに来るであろう時間まで絵を描いていた。日が暮れ、月が天高く地上を照らす。地上の緑は少し落ち着いた輝きを放つ。ライトをつけ、キャンバスを照らした。照らされた絵からは輝きはなかった。
 ザッザッ、と足音がする。私はその音の方を向いた。するとある意味見たことない人だった。私に近づいてくる人は当然いて、意地汚い笑みを浮かべながら私と接してきたのだが。
 でもその人は、普通の人のように見えた。何もない、私を見る目が違う。迷い込んだ虫のようにふよふよと彷徨っている。
 私は興味が湧いた。
 絵以外の関心が出てきた。
「どうしたの、旅人さん」
 だから思わず言葉が出てきてしまった。座ったまま、私に近づいてきた彼に言葉をかける。すると私の姿に驚き、目を見開いたまま少しだけ目を逸らした。私を何だと思ったのだろうか。
「いや、ただ光に誘われただけかな。なんだか、不思議な感じがして」
 なにそれ、虫みたい。
「こんな時間に、絵を描いてるんだ?」
「うん」
 思った以上に素直な感想が返ってきたからその返答にうん、と頷くしかなかった。
「ねぇ、あなたは」
 聞いてどうするんだろう。私は彼に聞いてみたい。私に対する興味はどんなものなんだろうか、と。もちろん怖いのはある。彼が近づいてきた理由が嘘で、私を父たちのように利用するために私の元にきたのかもしれない。
「あなたは、絵が好きだから近づいてきたの?」
 息を呑んだ。名前も知らない彼は、父のように私の何かを奪う存在なのか。
 でも彼の言葉はそんなものじゃなかった。
 絵に興味がなくて、ただ本当にこのキャンバスを照らすライトに誘われたみたいで。だから「珍しいね」と言った。
 淡々と会話をしていく中で彼は本当に絵が興味ないみたいなことを言っていた。だから私は誰よりも信頼できる人だと思った。話してみたい、興味が出てきた。
 閉ざされた自分の世界が広がっていく気がした。
 彼は、私の知っている誰かより自分の絵を、彼なりの言葉で肯定してくれた。それが何よりも嬉しくて涙が出そうだった。
 私の今見ている景色を、否定してほしい。父がちょうど迎えに来てしまったから別れてしまったけど、また会いたい。……会える気がする。
 名前を聞いた。すると少し驚いた少年は恐る恐る口を開き、自身の名前を口にする。
 彼の名前は、佐伯大雅。そして、彼の言葉に返答するように私も答える。
「私の名前はね、フィンセント・ファン・ゴッホ。今はそう呼ばれているの」
 インパクトを残さないと、佐伯くんは私のことを二度と探しにきてくれないかもしれない。それだけは嫌だった。
 だから、一瞬だけ私は○○○○という自分の名前を捨てよう。今の名前が印象に残らないわけないのだから、疑問に思って絶対に彼は私を探しにきてくれる。
 妙な確信だ。でも、もしかしたら本当に会えるかもしれない。
 自らの言葉を信じ続ければ、言霊は実現する。
 祈りを捧げて、その日が来るまで自分の絵を探し、描き続ける。

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