縁の下の能力持ち英雄譚
0047.強襲
「随分と活躍したようじゃねえか」
「……おかげさまで」
もう情報が回っていたか。思ったよりも早い。ギルドもボンクラではないと言うことか。
「どうも戦場で俺らの仕事をーー、魔石を横からかっさらってくれたそうじゃねえか」
「特に名前は書いてなかったけどな」
「はっ! 態度もデカくなったじゃねえか」
ベルグが剣を抜く。ここでやるつもりか? 少し外を歩くだけのつもりだったので刀を持っていなかった。
「丸腰の相手に恥ずかしくないのか?」
「手段は選ばねぇ。相手の隙を突くのは定石だろ?」
言う通りではあるがこいつに言われると無性に腹が立つ。
「痛い目を見たくなければ魔石を寄越しやがれ。ついでに剣の分もまとめてなっ!」
返事をする前にベルグが剣を振る。痛い目を見させる気満々だ。
だが、遅い。黒大狼と比べると天と地の差だ。太刀筋を見切ってあっさりと躱す。
「ちっ、ここ数日で何があったかは知らねぇが、ガセじゃねぇってことか」
忌々しそうに吐き捨てる。
「ちなみに魔石はもう国に渡してある。報酬はまだ貰っていない。金が狙いなら不毛な戦いだぞ?」
「うるせぇ! 俺らにもメンツってもんがあるんだよ」
金が無いからと引き下がってはくれないか。まあ確かにぽっと出の一般人が名声を受けるのは面白くないかもしれないが。
これからも似たようなことが増えるかもしれないと思うと辟易する。有名税みたいなものか。
「かかれっ!」
「なっ…」
そんな事を考えていたところ突然のベルグの合図で物陰から別の男が襲いかかってきた。咄嗟に避けようとするが、予想外の速さに躱しきることができず、太刀が肩を掠める。
「ちっ……」
思わず舌打ちした。黒大狼との戦いで負傷した傷口が開き地面に赤い血が滴り落ちた。
「ひゃーはっはっはっ!」
暗闇から出てきた男は愉快そうに笑みをこぼす。
目が合って背筋に寒気が走った。何だこいつは? こいつもギルドの一員か? 今の一撃は間違いなく俺を殺す気だった。流石に殺人は罪になるだろう。手柄を取られたぐらいでそこまでするか普通?
異端、異質、という言葉が一番相応しいだろうか。不気味さはベルグの比ではない。こいつはヤバイと本能が告げている。
既に調べられている可能性はあるが、できればリッカ達を巻き込みたくはない。
こうなれば仕方ない。回れ右をして街の外へと向かうことにする。予定を変更して今から森を目指す。
「あっ、このっ…待ちやがれっ!」
そう言われて待つやつはいないだろうに。
夜の帳が降りる中、静かな街を駆け抜けた。
逃げながら後ろを覗くと二人ともついてきているのが見えた。どうやら興味はリッカではなく俺のようだな。ありがたい。
しばらく走るとやがて街の入り口が見えはじめる。ここまでくれば誰にも迷惑はかからないだろう。
そのまま街を出て、少し離れたところでようやく速度を落とした。
「ふん。追いかけっこは終わりか。自分から人気のないところに逃げてくれるとはな」
息が上がっているベルグとは対象的にもうひとりの男は息を乱していない。間違いなくベルグより格上だろう。そんな相手に対して武器がないのは少し厳しい。ここは短期決戦でいくしかない。
「ふぅ…………シッ!」
ゆっくり呼吸を吐いた瞬間、一足飛びにベルグにとびかかった。
「なっ!?」
緩急をつけた動きに驚いて遅れたベルグの力のない反撃を躱し、懐に入る。
そう言えばベルグには一撃貰っていたな。
「借りは返しておくぜ」
渾身の右ストレートをベルグの頰にねじ込んだ。
頭を揺さぶられたベルグはそのまま気を失った。一発ケー・オーだ。
もうひとりの男はそんな隙を突いてくることもなくニヤついていた。どうやらベルグを守ろうとする気は初めからなかったようだ。
「お前もギルドの人間か? なぜベルグに協力している?」
どうもお金が目当てには思えない。それよりも快楽殺人者だと言われたほうがしっくりくる。
「…………」
聞いても無駄か。
「っ!?」
突然、男が攻撃を仕掛けてきた。まるでさっき自分がベルグにしたように。
男の太刀が横っ腹を掠めた。ギリギリだった。死と紙一重だったかもしれない。
「ふっ……ざけんな!」
体勢を崩されたが何とか踏ん張り、蹴りをお見舞いした。
「効い……ちゃいないか。流石に武器がないのは分が悪すぎ……っ!?」
今日一番の驚きだった。
反撃で少し体勢を崩した男の目が煌々と紅く輝いていたのだった。
忘れもしない。あいつとーー自分を突き落とした奴と同じ瞳。あいつ本人ではなく風貌は異なるが全くの無関係のはずもない。
斬られた腹を手で抑えて止血しながら考える。
男から色々情報を得たいところだが、身体も装備も万全ではない以上、本格的に戦うのは悪手。ここは逃亡を選ぶしかない。
再び襲いかかろうとくる男に対して静かに言葉を発する。
「曲がれ」
ゴキンッ!
男の足がイメージしたようにあらぬ方向へと曲がった。同時に鈍痛が頭に響く。
「ぐあぁぁぁぁぁ!」
男が悲鳴を上げた。痛覚はあるのだろうか。気になるところだがゆっくりしている暇はない。そのまま森の方へと駆け出した。
森に入る直前に後ろを振り返るが、男はまだ地面にうずくまっており追っては来ていなかった。
森の中へ入ってもしばらくは走り続けた。
以前休憩したあたりでようやく一旦立ち止まるった。辺りは静まりかえり、自分の呼吸だけが聞こえていた。どうやら完全に逃げ切れたようだ。
あいつは誰だ? なぜ俺を襲った? 元の世界のあいつとどんな関係がある?
疑問は尽きない。だが、おそらくこれは偶然ではない。今後また遭遇するであろう確信に近い予感がした。
にしても……リッカに何も言わずに来てしまったなぁ……。何て言うだろうか。また勝手な行動をしたことで叱られるだろうか。やれやれ。ため息をつきながら白大狼と出会った方へと向かうのだった。
数日後、ベルグがギルドの行方不明リストに入ったことを知ったのは、もっと後になってからだった。
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