縁の下の能力持ち英雄譚
0046.胸中
「なるほど。それでお披露目会はいつするのかしら?」
「ないですよ、そんなもの。遠慮させて頂きました。大々的に発表してすぐに不在というのも印象は良くないでしょうし」
「あら、もったいない」
「まあ、英断だと思うよ」
リッカの母は機嫌良さそうに笑い、クルトは同情しながら肯定してくれる。
食事会がお開きになった後、城の滞在を勧められたが、慎んでお断りしリッカの家に戻ってきていた。クルトが加わり四人に揃った居間は賑やかだ。食事会の内容について自分が転移者であることを除いて説明し終えたところだった。
「黒大狼の来襲による被害の把握、突如として現れた謎の人物の調査。今頃ギルドの面々は混乱しているだろうね」
すっかり好青年となったクルトは既に他人事である。過去に所属していたギルドには全く未練がないようだ。あるはずもはないか。
「面倒はごめんだな」
ギルドには助けられたと思っている者もいれば、仕事を奪われたと思っている者もいるだろう。そんな中、英雄として祭り上げられると自分がその張本人だと自己紹介しているようなものだ。ギルドとの要らぬ衝突はまだ避けたい。
「ベルグに遭遇しなかったのは幸いだった。まあ、さっぱり忘れられている可能性もあるけど」
唯一顔割れしていたギルドの幹部は二度目の来襲のときには見かけなかった。もっとも以前会った時には強そうには見えなかっただろうし最初から英雄と結び付けられる心配はないかもしれないが。
「いずれにせよ、自分は明日にでもこの国を発とうと思います」
「ずいぶんと急ね」
お礼がしたりないわ、とリッカの母が残念がる。
大々的ではないにせよ、いずれ名前は広まる事になるはずだ。できれば名前と顔が一致しないうちに出て行きたい。じゃあなんで英雄になったんだと言われるかもしれないが、王からの依頼なのだから仕方ない。パワハラと自業自得が半々くらいか。
「白狼に一度会いに行き、そのまま次の国を目指します」
本当はもう少し身体を回復させたいところだが、白狼のところで身体を休めるという手もある。
リッカは……
「……」
リッカの母とクルトに説明している間、ほとんど会話に加わることがなかった。明日ブレイズ王国を発つと言ったときも反応は薄い。おそらく今後のことについて考えているのだろう。次の旅はきっと遠い。下手すると長くブレイズ王国に戻ることもできないかもしれない。ゆっくり考える時間がなくなったことについては申し訳ないと思うが、決めてもらわなければならない。一晩しかないが明日まで考えてもらうことにしよう。
「では、すみませんが、明日もありますので今日は先に休ませていただきます」
そう言って席を外そうしたときにクルトと目が合い、頷いてくれた。後は任せよう。
リッカの母にも頭を下げて部屋を後にした。
「ーーどうするんだい? リッカ」
ヤマトが部屋を出て行った後、どちらに促すでもなく兄が口を開いた。
「……迷ってる」
「それはきっと少し違うわね」
母の言葉に顔を上げる。
「リッカは行きたいと思ってる。でもヤマトさんについていけなくなることを恐れている、ちがう?」
思わず目を見開いた。見透かされている。流石母親と言うべきか。
「やっぱりね……。確かにヤマトさんは凄いわ。ここ二週間ほどで見違えた。正直、初めは英雄になるなんて想像もつかなかったもの」
それはそうだろう。実際に出会ってすぐのヤマトはごく普通の一般人だった。劇的な成長は白大狼と会ってから、そして戦いの中でだった。
母は優しく諭すように続けた。
「でも、それはリッカも同じ。昔よくクルトに剣術を教えるようにせがんでいたのは知っていたけど、まさかリッカがあそこまで戦えるなんて驚いたわ」
そんなこともあった。あの頃はただ兄についていきたい、同じ道を歩みたいというだけだった。
「僕が教えたのはほんの基本だけさ。判断力、スピード、そして二刀流。どれも想像以上だった。彼の特異な能力が目立ち過ぎているだけでリッカの成長も凄まじいと思う。センスならきっと僕よりも上だろう」
二刀流なんてやれと言われても出来る気がしないよ、と兄が肩をすくめて微笑む。長く慕い、尊敬していた兄から褒められることは素直に嬉しい。
「聞いたよ。リッカ。僕の腕を治す方法を探そうとしてくれているんだって。リッカの気持ちは凄く嬉しかった。ほんと、兄冥利に尽きるよ」
兄は少し照れくさそうに言う。
「でも、僕はもう大丈夫。リッカがそこまで背負うことはない。今はまだブランクがあるけど、僕はまた僕の道を探し出す。だからリッカはリッカの望む道を進めばいい」
「あたしの……望む道」
母の言う通り、進みたい道は決まっていた。ただ色々なことが起こりすぎて、そしてヤマトが別の世界の人間だということを聞いて心が乱されていた。でも、それでもやっぱりヤマトの進んでいく道を一番近くで見ていたいと思う自分がいる。
「いくらヤマトさんがすごくても、一人ではどうしようもないことは必ずある。人間は支え合って助け合うものよ」
そして家族は暖かく背中を押してくれる。
ふぅ、一晩経ったら恥ずかしい言葉のバーゲンセールに赤面しそう。
「ありがとう。ちょっと親不孝ものになるかも」
そう答えると母と兄は満足そうに頷いた。
「ふぅーー」
夜の冷えた空気で頭が冴える。
部屋から出た後、寝る前に考えをまとめようとそのまま外に出てきていた。
あの後、話はどうまとまっただろうか。リッカが共にくるか、ここに残るか、五分五分かな。森へと入り、白大狼との特訓をするリッカは活き活きとして楽しそうだった。充実してそうだった。一方でリッカは常識があって空気が読めてしまう。年齢を考えてもしばらくは家族とゆっくり過ごすのもいいと思うだろう。今すぐ急いで旅立たなくても機会はきっとまたある。もっと鍛えて、しっかりと準備を整えてからでも遅くはない。
「まっ、ちょっと寂しい気はするが……」
「くふふ。それならこの俺が相手してやろう」
「っ!?」
突如、暗闇から現れたのは不気味な笑みを浮かべるベルグだった。
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