縁の下の能力持ち英雄譚

瀬戸星都

0038.決戦


 近くで見ると一段と大きい。そして漂う禍々しい雰囲気。化物や怪物と言ったほうがしっくりくる。
 黒大狼はこちらを一瞥したがすぐには襲ってくる気配はなかった。取るに足らないと思われたのか、まずは様子を見ることから始めるのか、その慎重さがかえって怖さを増長している。知性がある相手は厄介なこと極まりない。

 しかしそれはそれで助かったのも事実だった。すぐに戦闘になったら間違いなくこちらが不利だ。まずはこの状況を正確に把握したい。

 黒大狼を警戒しながら横歩きでゆっくりと白大狼の方へと移動をはじめる。ちらっと白大狼の方を見やると身体が上下しているのが確認できた。

 よかった。まだ生きている。


 目線は黒大狼に向けたまま注意を切らさずに、白大狼と会話できるほどまで近づいた。

「ようやく追いついたか」

 匂いで気づいていたのだろうか。白大狼は身体を動かさずにそのまま声を発した。

「ああ。遭遇した黒狼たちはみんな正気に戻したぞ」

「それは上々。お主を別行動にした甲斐があったというものだ」

「状況は?」

「芳しくない。魔物化による肉体強化が想定以上だ。同胞達も参戦してくれたがまるで攻撃が通らぬ」

 周囲には街の入口で戦っていた白狼たちが地面に伏していた。生死を確認する余裕はないが少なくとも立ち上がっているものはいない。

「私の一撃ですらダメージを与えるのは至難」

「控えめに言っても万事休すじゃないか」

 遠距離での魔物解除の可能性を考えるがかなり厳しそうだ。あの巨体と凶暴性、直接核に触れないと頭痛どころでは済まないだろう。だが直接核に触れるのはそれはそれで至難のわざだ。

「一つ光明があるにはあった」

 語尾は気になったが、さすが白大狼さん。頼りになる。

「唯一通じた攻撃がある。あの人間たちの能力による攻撃だ」

 頼りになるのはミラ達だった。

「赤髪の少女の炎の矢、そして金髪の少女の氷の剣。彼女らの攻撃は黒大狼も間違いなく危険視していたようだ。しかし先に倒れたのは彼女らの方だった。恐らく限界以上の能力を行使したのであろう」

 能力の代償か。

 少し離れたミラ達の様子を窺う。

 二人とも息はある。が、ミラの方はかなり呼吸が荒そうに見える。一方でフィーナの右手は……氷か? 一瞬目を疑ったが右手が氷漬けになっている。フィーナの能力については知る機会がなかったが恐らく氷の剣を使った代償なのだろう。壊死する可能性も考えるとかなり大きな代償だ。だから極力使用を控えていたのかもしれない。

 そうこう考えているうちにそろそろタイムリミットが迫ってきた。一向に動かないこちらに黒大狼が先手を打ってきそうな気配だ。


「一つ案がある」


 そんな中、閃いたことがあった。

「説明している時間は無さそうだ……少し時間を稼げるか?」

「……わかった。やってみよう」

「あたしも戦うよ」

 白大狼は何も言わずにのってくれた。側に居たリッカも同じだった。無条件に信頼してくれていることが有り難くもあり嬉しくもあるが今は感慨に耽っている場合ではない。

「……無茶はするなよ。作戦は命をすごく大事に、だ」

 そう言うと一人と一匹を置いてミラとフィーナのもとに駆け出した。


「さて、少年はどうするつもりかな」

 そう言いながら白大狼がゆっくりと立ち上がる。

「前に能力でミラ王女を回復させたのは見たことあるけど」

 リッカも二本の小刀を構えた。

「フフ……相変わらず興味深い。では私らも役目を果たそうか。……二回戦だ」

 そう言うと白大狼は強く大地を蹴った。



「ミラ、フィーナ! しっかりしろ」

 二人に駆け寄ったところで、後方でも戦闘が開始されたようだ。一刻も早く参戦したいところだが白大狼の話によると普通の攻撃では歯が立たないらしい。

「ヤマ……ト?」

 熱にうなされて朦朧としたミラが自分を捉えるが意識レベルは低い。夢と混同しているようだ。

「ヤマト……さん」

「フィーナ!」

 そばに倒れていたフィーナは少し会話できそうだが顔が青ざめていた。

「すみません。ここまで能力を使ったのは初めてで……それでも黒大狼には及びませんでした」

 力の差を痛感し心を折られてしまったのだろうか。自嘲するかのように小さく笑った。

「私の手はもうダメかもしれません。ミラ王女の炎でも致命傷を与えることはできませんでしたし、城には私達以上に戦えるものもいません」

 ブレイズ王国の最高戦力でも敵わなかった。それは一種の敗北宣言のようなものだった。

「ヤマトさん、どうかミラ王女を連れて逃げて頂けないでしょうか」

 ……逃亡か。この世界で血縁がどれほど重要かはわからないがそういう発想も理解はできる。

 熱にうなされているミラをお姫様抱っこする形で抱き上げた。

 時にはそんな選択も必要かもしれない。ミラも変に物分りが良さそうだから逃げて一人になっても無理やり自分を納得させて再興を目指すだろう。そして彼女ならきっとそれをやり遂げるだろう。それは想像するだけでも辛く寂しく長い道のりだが。

「どうかお願いします」

 懇願するフィーナだったがもう答えは決まっていた。

「そうは問屋がおろしてやれないんだ」

 そんな結末はつまらない。

 こんな嘘みたいなファンタジーな世界なんだ。どうせならとことん都合がいいように突き進みたい。それが自分にとっての正解だ。

 そう重要なのは想像力。


 ミラを抱きかかえたままフィーナの横に腰を下ろすと、右手はミラの額にそして左の手をフィーナの氷漬けになった右手に添えた。


 ーー左手の熱を体内に。

 ーー体内の熱を右手に。

 ーー右手の冷気を体内に。

 ーー体内の冷気を左手に。


 ちょうど自分を通して熱と冷気が循環する様を想像した。

 そして何度も何度も体内を循環する様を思い浮かべ、想像を確固たるものにする。

 そしてそれはやがて淡い光となって三人を包み込んだ。


 ほらね。何とかなった。


「……奇跡…か?」

 光が消えて最初に声をあげたのはフィーナだった。顔色が戻り、本来の瞳の輝きが戻っていた。圧倒的な力の差、自分の手が使い物にならなくなるかもしれない恐怖、ミラ王女への想い、綯い交ぜになっていた様々な感情から解放されたようだ。

「え、えっと……」

 次いで聴こえた声は自分の胸あたりからだった。

「これはどういう状況かしら」

 目が冷めたら男性の腕の中だった。服は着ているものの、なかなか衝撃的な経験かもしれない。

 そこには別の意味で再び熱を持ったミラの顔があった。

「介抱してただけだから不敬罪はなしで」

 そう言ってミラを起こして自身で立てることを確認すると、どこか惚けている二人にさらに追い打ちをかける。


「実はもう一つ策があるんだ。早速だが協力してもらうぞ」


 回復した二人に向けてにやりと笑った。


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