縁の下の能力持ち英雄譚
0033.雄叫び
白い大狼のもと鍛錬を始めて十日ほどの月日が経とうとしていた。基本的には朝から夜まで狼達との闘いに明け暮れた。次第に白い大狼だけでなくリッカが初めにやっていたであろう複数戦を想定した特訓もこなした。
持参していた食料はほとんど尽きていたが、休憩がてらに森の中を探索し調達できるほどにこの生活に馴染んでいた。初めは食べられるか分からなかった果実や植物も白狼達にかかれば一瞬で選別され、それを見て徐々に危険と安全の境界がわかるまでになった。サバイバル能力も少しは上がったように思う。
案外慣れてしまうものだな。
人間の適応能力は思ったより高いのかもしれない。今や森での生活は快適とまではいかなくともそう悪くないものになっていた。もちろんどれも狼達の協力無くしては有り得なかったのは間違いないが。
「ヤマト」
「よお、リッカ。なんか久しぶりだな」
ちょうど昼食どきにリッカに会った。実際、リッカと落ち着いて話すのは久しぶりだった。リッカを見かけたときは疲れ果てて寝ていることが多く、逆もまたあって微妙にすれ違っていたのだ。
しかし少し見ない間に雰囲気が変わった気がする。元から年の割に大人びてはいたが幼さが一段と消え存在感が増した気がする。大げさだろうか?
少し惚けてしまった気がしたがそれはお互い様だったのかもしれない。リッカもしばらく黙っていたがひとつ咳払いをするとリッカの方から会話を切り出した。
「少し締まったんじゃないか?」
「そうかもな」
激しい運動にヘルシーな食事。無駄な肉が落ちないはずはない。
「筋力も多少はついたかな」
初日こそ酷い筋肉痛に襲われたが、直近はかなりマシになっていた。おそらく余計な力が抜けてきたのだろう。
「リッカも少し変わったな」
「そうか?」
そうだとも。そもそも言葉遣いから少しずつ変わってきた気がする。単に激昂することがないだけかもしれないがトゲが無くなってきて穏やかな雰囲気を醸し出している。こうしていつのまにか淑女らしくなっていくものなのかもしれないなぁ。元の世界で子どもがいたわけでもなく父親の気持ちをよく知ってるわけでもないが、子どもの成長ってこんな感じなのかなぁ、と思考がオジさん臭くなってきたところで会話に戻ってくる。
「修行の調子はどうだ?」
「ん、悪くないな」
白狼からの又聞きでも順調だとは聞いていたが、どんな修行をしているのか直接見てはいなかった。
リッカはどれほど強くなったのだろうか。そして自分はどこまで強くなれたのだろうか。少し腕試してみたい気もする。
「揃っているな」
どこからともなく白狼が現れた。そう言えばいつ寝てるんだろう。自分の相手とリッカの相手を代わる代わるこなしている。白狼の強さは身をもって知っているから、白狼の実力からすれば自分たちの相手など大したことないのかもしれない。でもそれはそれで同等以上のあの黒狼の強さはかつてない危険ということでもある。
「お主たちの力量も上がってきた。そろそろ連携を……と思案していたところだが」
白狼は自分たちの体調を伺うかのような視線を送ってきた。正直言って状態はかなりいい。生活にも慣れ、戦い方も分かってきた。今なら訓練したぶんだけ強くなれるような気さえする。
「事情が変わった。遂に奴らが動き出したようだ」
遂にきたか。むしろ遅すぎるぐらいかもしれない。もちろん自分たちにとってはありがたいことであったが。
「おそらく此度で本格的にブレイズ王国を攻め落とすつもりであろう。もう少し鍛えたいところであったが……仕方あるまい」
いつのまにか白い大狼の後ろから同胞たちが集まってきていた。森に来たとき以来だろうか。白狼達が勢揃いだ。彼らの美しい白い毛並みが緑に映える。
「かつて我々は無力であった」
周囲が静かになっていき白い大狼の声だけが響いた。
「同胞達の目を覚まさせることもできず、手をこまねくことしか出来なかった」
過去を想起しているのだろうか。仲間たちに起こったことを悲しんでいるような、不甲斐ない自分に苛立ちを感じているような様々な想いが言葉に乗っているように感じた。周囲の白狼達も黙って聞き入るのみだった。
もちろんリッカも自分も余計な言葉を発すべきときではないと空気を読んでいた。
「しかしそれも今日までのこと」
一転、白い大狼はわずかな笑みをみせた。
「時はきた! 彼らの力を持ってすれば必ずや我らの目的を達することができる!」
凄まじい迫力は熱量となって白狼達に伝わっていく。
「かつての犠牲を無駄にするな! 此度の闘いに我らの全てを尽くす!」
もちろん自分たちも例外ではなかった。体に響いて今にも暴れだしたい欲求が出てくる。これが士気というのもなのか。
「今こそ同胞達を取り戻す! 征くぞ!」
ゥゥゥワオォーーーーン!!
ゾワっとした。鳥肌は総立ちだ。
それどころか自分が無意識に刀を高く天に突き上げていたことに気づいて驚いた。
刀を下ろすと少し手が震えていた。生まれて初めての武者震いだった。
白い大狼の遠吠えはやがて白狼達全体の雄叫びとなって森を超えブレイズ王国にまで響いた。
止まない雄叫びのなか白い大狼はゆっくりと近くまできた。
「フフ。存分に期待しておるぞ」
いつもなら買いかぶり過ぎだと否定するところだった。
しかしこの溢れんばかりの熱気のなか少し見栄を張ってしまう自分を誰が責められるだろうか。
「……任せとけ」
すぐそばに居たリッカは微笑ましそうな顔でこちらを見ていた。
ちょっとあおくささが出てしまっただろうか。まるで幼い無邪気な少年を見るかのような目だ。なんか照れる。見ないで。子供扱いしないで!
それはさておき、珍しくやる気に火がついたんだ。十日分の恩はきっちり返してやろうではないか。
何が何でも何とかする。そう決心した瞬間だった。
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