縁の下の能力持ち英雄譚
0030.白狼達の事情
誘導されるがままに巨大な白狼と対面していた。
「うまく伝言できたようで何よりだ。こやつらはまだ満足に話せぬからな」
「喋った……」
リッカがつぶやく。むしろ流暢ですらあった。ある程度話せることは予想していたがここまで人間らしく話せるものなのか。驚きというよりも感心が先にきた。
「私はこの森の狼を統べるもの。此度はウチの幼きものが世話なったようだ。礼を言う」
「単なる気まぐれですよ。こちらこそ昨日は黒狼との戦いで助かりました」
「それこそ我々のすべきことをしたまで、だ」
白狼が口角を上げる。知的で理性的。狼達を率いてきたというのも納得のいく貫禄だった。
「俺を呼んだのは礼を言うためですか?」
「それもある、が、それだけではない。……調和の力を授かりしものよ」
「っ!……ご存知なのですね」
「フフ。大きく取り乱さないのだな。調和を司るものに認められただけはある」
「認められた……?」
「世には様々な力を司るものがいると聞くが、特に調和の力に限っては人格者でなければその力を得ることはできないと聞く。ここ最近はずっとそのような者は現れなかったが……」
そんなに大層なものだったとは思わなかった。むしろ力は要らないと言い張った覚えはあるが結果としてそれがよかったのだろうか。
「調和の力……これを見れば期待もしたくなるというものだ」
白狼が顎で指す方を見ると、怪我をした狼がよろよろと一歩前に出た。
「あ、もしかして昨日の!」
リッカが気づいて声を上げた。
生き証人ならぬ生き証狼というわけか。
「もう気づいているかもしれないがあの魔物と化した狼たちは元々は我が同胞なのだ。あの体格のいい黒狼とて例外ではない」
あのボスも元はただの狼だったのか。
「あやつは次期後継者でもあったのだ。まだ落ち着きが足りない部分はあるがいずれ同胞達を率いていくと思っていた」
白狼は当時を思い出すように語る。
「しかし数年前に突然凶暴化して群れから離れたのだ。白かった毛並みも全てあのように黒に染まってしまった」
「魔物化……ですか」
「きっかけは分からぬが、な。もはや亡き者にするのもやむなしと判断したが肉体的も強靭になっているようでそれを成すのは容易ではなかった。それにあの黒狼だけではなく多くの同胞が我を失い始めた。もはや今はまともなものの方が少ない」
そう言って整列している白い狼達をみる。ここに並んでいるだけということなのだろう。
「ここにいる同胞達は精鋭ではあるがあやつらの数の前では圧されておるのが現状よ」
もう言いたいことは何となく察していた。
「ヤマトが魔物化から元に戻したのはまだ一回だけだぞ」
代わりに言葉を発したのはリッカだった。白狼はリッカの反応に愉快そうに応える。
「聡い子のようだ。それに仲間を想う優しさも持ち合わせている。無理な願いだと言うのは百も承知。だが私たちも他に術はない。この数年ただ無力を感じていただけなのだ。わずかな可能性だとしても頼りたい」
白狼はこちらを真っ直ぐに見た。
「どうかそなたの調和の力で我が同胞達を正気に戻してはくれないか」
自分より遥かに大きく長く生きてきたであろう狼が自分のような一人間に頭を下げる様は見方を変えればプライドを捨てたようにも見えるかもしれない。他の狼達から失望を得る可能性もあった。しかしそれだけに心打たれるものがあった。人並みの正義感しか持ってないつもりだが助けたいと思ってしまう。だがあの黒狼と戦うという選択は命を賭すということでもある。逃げることも守ることというリッカの母の言葉が頭をよぎった。
でもここは逃げない。
出した結論は立ち向かう、ということだった。初めから逃げるだけではいつまで経っても成長しない。白狼やミラ達と繋がりがある現状は挑戦するには悪くない条件のはずだ。
「……リッカ、すまない。やっぱり手を貸してやりたいと思うんだが」
「うん、知ってた。あたしは単に白狼に保証はないよって釘刺しただけ。あたしはヤマトについていくよ」
まだ長くない付き合いで自分を理解してくれているリッカの反応は素直に嬉しかった。おそらくリッカ自身でも考えたうえで意志表示してくれているのだろう。
「……いい女に育っていくなあ」
俺が育てたわけじゃないけれど。
「感謝する、人の子らよ。もちろん我々も死力を尽くして共に戦おう」
白狼が立ち上がった。会話が理解できたのか巨大な白狼の雰囲気から感じ取ったのかはわからないが、他の狼たちの士気も上がってきたように感じた。心地よい高揚感がある。
「そうと決まればまず何から始めればいい? 何か作戦を立てるか?」
眼前の白狼は準備体操をするかのように身体や首を一通り動かすと不敵な笑みを浮かべて答えた。
「フフ。まずはお主らを徹底的に鍛えることから始めるぞ」
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