縁の下の能力持ち英雄譚
0027.使い途
頬を温かな感触が襲った。
何事かと目を開けると眼前には柔らかな毛並みをした足があった。そのまま視線をずらすとチビ狼が自分の頬を舐めていた。
「なんだお前か……」
チビ狼でなくてリッカだったら大問題だとも思いつつ身体を起こす。ここは……リッカの部屋だ。そうか。あのまま寝てしまったんだな。
部屋のベッドにはリッカが布団の上で身体を丸めて眠っていた。小動物のような可愛さがあるがちょっと服のはだけ具合がよろしくない。下着が見えかかっているではないか。いや、別に動揺してはいない。至って冷静だ。冷静なはずだがこの場面でラッキー、あわよくばもっと……と思ってしまうのは男の性なのだろうか。しかしこれからは一緒にいる言わば相棒である。こんなところで理性を失ってはいけない。
至って紳士的に近くの布団をかぶせてやるとリッカの部屋を出て階段を降り、そのまま玄関を出た。外の新鮮な空気が肺に入る。ついでに先程の煩悩も消散していく。昨日の戦闘が嘘のような穏やかな晴天だった。
「あら、起きたのね」
不意に声をかけられた。そこには洗濯物を干すリッカの母の姿があった。
「お早うございます」
「おはよう」
リッカの母は作業を続けながら答えた。リッカの部屋に一晩中いたのはまずかったかなと一瞬よぎったが特に気にしていないようだ。というより、そもそも自分に部屋を割り当てられた記憶がなかった。俺の居場所はどこだろう。
「そう言えばヤマトさんに昨日の報奨金が届けられたわよ。代わりに受け取って居間においてあるわ」
自分の世界に入りそうになったところで声をかけられた。自分の所在が掴まれていたのか、それともリッカに持ってきたのか少し不気味ではあったが先立つ物は必要だ。ひとまずおいておこう。
「ありがとうございます。確認してみます」
もう一度深呼吸しておいしい空気を吸うと家の中に戻り居間に向かった。リッカの母も作業が終わったのかほどなくして居間に入ってきて朝食の準備をはじめた。どうやら自分の分もあるようだ。かたじけない。
「何か手伝いましょうか?」
「じゃあ料理を運んで貰えるかしら」
イエス・マム。人並みの生活感が懐かしい。食事の準備を手伝っていたらリッカも起きてきた。目を擦りながらで眠そうだ。
「いただきます」
朝食が準備されたところで三人揃って食べ始める。リッカの兄は……やっぱり出てこないんだな。一回も会っていない。リッカと旅を共にする以上、一度くらいは会っておきたいところだ。
「ヤマト、あれは?」
リッカが布袋を指差す。
「昨日の報酬らしいわよ。今朝、王国兵士が持ってきたわ」
代わりに母親が答えた。
「そうか。ヤマト、お金の管理は任せるから」
「いいのか? わかった」
ヤマトはそう言って袋を手に取り、中を確認した。思ったよりも……あれ、多過ぎない?
袋の中には三千ゼムが入っていた。均等に分けてもリッカに使ったお金以上だ。
中に紙が一枚入っていた。
ーー白い狼達のきっかけを作ったとして特別報酬を上乗せしといたわ。あなたに渡した千二百ゼムの分は差し引いていないから、もし王国を出るのなら直接返しにきなさい ミラ
手紙を読むとヤマトは黙ってリッカに渡した。リッカは訝しげに受け取ったが中を見て驚いていた。まさか一回の討伐で貸しを返せるとは思ってなかっただろう。
ひとまず装備を整えるのが先決だろうか。服や防具も欲しいしカバンや食料も必要になるだろう。ミラもそれを見越して報酬から差し引かなかったのかもしれない。ミラならそれぐらい先を読んでいても不思議ではない。食事を続けながらリッカに相談する。
「森に行く前にこのお金で旅の準備をしよう。武器はあるから防具や道具、食料を買い込もう」
「賛成。店ならいくつか心当たりがある」
「よし、じゃあご飯が終わったら出かけよう」
リッカが頷く。
「母親の前で堂々とデートの約束なんてやるわね」
「ゴホッ」
リッカがむせたので飲み物を差し出してやる。この母親はどうしても茶化したいようだ。こういうのは反応するとかえって喜ばしてしまうだけ。努めて冷静に返すことにした。
「今日から森の探索に入ります。あてはあってないようなものですが、旅の練習としても丁度いいと思っています」
「そう。森に行くのね」
真面目な空気が伝わったようだ。理解はしてもリッカの行き先が気にならないはずはない。
「気をつけなさい。寝ていてリッカの服がはだけていても直してやれないわ。ヤマトさんが一緒に寝てくれるなら安心だとは思うけど」
ブホッ……
さきほどの事を思い出して吹き出してしまった。ここでもってくるのか。リッカに差し出された水を飲んだ。ありがとうリッカ。これからいいコンビになるかもしれないな。
気を取り直して食事を終わらせるとリッカと二人で買い物へと出掛けた。
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