縁の下の能力持ち英雄譚
0013.単独行動終了
「ん? なんだお前は」
物騒な声の持ち主は自分よりはるかに体格がいい。むき出しの二の腕は筋肉で膨れ上がりいくつか見える古傷がベテランの冒険者のように見受けられる。問題はこの少年(?)がなぜ追われているかということと、自分を挟んで対峙しているということである。
「助けて!お兄ちゃん」
何言ってくれちゃってんのだろうか。この少年(?)は。
「ん? 兄貴だと?」
「いや、通りすがりの無関係な旅人なんだが……」
物騒な声の持ち主はこちらを睨みつけてきた。
「ふん、どっちでも構いやしねえ」
かまってちゃんではないけれどここは構って欲しい。なぜなら俺の身が危険だからだ。だがここで粘って機嫌を損ねるのもうまくないし、聞く耳を持ちそうにない。とりあえず話をごまかすことにしよう。
「状況がつかめないんだが、何をやったんだコイツ」
「そいつが俺の剣を盗みやがったんだ」
「それはよくないな。怒るのも当然だ」
大げさに頷いてみる。こういうのは相手を否定しないのが大事である。
「ほら、ちゃんと出して謝ろうな?」
できるだけ優しく諭すように少年(?)に話しかける。
「ふざけるなっ! あれは元々ウチにあったもんだっ! お前らが先に持っていったんだろうが!」
なるほど。どうやら無闇に盗んだようではないようだ。
「話が見えないんだが……」
次は、物騒な声の持ち主の方を見やる。なんで仲介役みたいになってるんだろう。
「ハッ! 剣なんて使ってなんぼだろうが。強いものに使われる方が剣も喜ぶってもんだ。俺らは魔物と戦ってやってるんだから一般人が協力するのは当然だろうが」
何となくどちらが悪者かはわかってきた気がする。しかし、あくまで元の世界の倫理観での話だ。
「そいつの名はベルグ。ギルドメンバーだ」
少年(?)が、その物騒な声の主――ベルグに聴こえないぐらいの小声で話しかけてきた。助けてお兄ちゃんなんて頼んできた声とは別物だ。
「一般人がギルドメンバーに協力するのは普通なのか?」
ベルグに背を向ける形で少年(?)の方に振り返って小声で返す。ベルグからは諭しているように見えているはずだ。
「あん?お前はどこから来た旅人だ? ギルドの悪行が蔓延ってんのはどこの国も同じじゃないのか? あいつらは魔物と戦っているって大義名分で一般人から何でも巻き上げるし、どこでも好き勝手やり放題だ」
ギリッと歯を食いしばった。
少年(?)の雰囲気が変わり過ぎているのはおいといて、状況はようやく掴めてきた。さっき露店の店主がギルドに行くといって苦い顔をしたのはこれが理由か。
この世界のギルドは腐っている。
人並な正義感しかないが、どちらの味方をしたいかと言えばずいぶんとやさぐれている少年(?)の方だ。
「その剣はそんなに大切なものだったのか」
あの大男から盗むほどだ。
「そうだ」
少年(?)は頷いた。
ふぅ。仕方ない。
「俺が合図したら走るぞ、道がわからないから先行してくれ」
少年(?)は少し目を見開いたが、返事を待たずにベルグの方へ向き直る。
「ええと、ギルドの方ですよね」
少年(?)との話が一段落したように見せかける。我ながら白々しい。
「すみません。どうやら盗んだのはその剣が大切なものだったからのようです。そこでどうでしょう。幾らかお金を支払いますから、その剣を譲っていただけないでしょうか」
そう言ってお金の入った袋を持ち上げる。
ベルグが一瞬ニヤリと笑みを浮かべる。わかりやすくて助かる。
「ふん。なかなか話はわかるようだが、なぜ通りすがりのお前がそこまで肩入れする」
どうやら言葉とは違って通りすがりと認識されていたようだ。嬉しくないことに思ったよりも冷静かもしれない。
特に回答せずにいたら、なぜかベルグが少年(?)の方を見て勝手に勘違いをはじめた。
「そうか。もの好きだな」
なんで納得された?
「とりあえず、二千ゼムだ」
ベルグが金を要求してきた。
……足りん。 まあいいか。
「それでは、これで……」
そう言いながら袋に手を入れながらベルグに近づく。
手渡せるほど近づいたとき、思いっきり袋の中身を真上に放り投げた。
「行けっ!」
合図とともに少年(?)と駆け出す。ちゃんと反応してくれたようだ。
辺りに硬貨が散らばり、紙幣はヒラヒラと宙を舞う。
ベルグは一瞬迷った。金か誇りか。
迷った末に、すぐに捕まえてから金を拾えばいいと思ったのか追いかけようしてきた。
しかし、最初に踏み出す一歩を見逃さなかった。
「くっ!」
ベルグの踏み出した脚を動かした。あぁ、頭痛い。
「なっ!」
ベルグは態勢を崩してその場で転がった。
よし、これで時間を稼げる。お金があるからそう離れたくないはずだ。
少年(?)の後を追ってその場を離脱した。
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