縁の下の能力持ち英雄譚

瀬戸星都

0007.道中にて

 
 三人は神殿を後にした。


 横並びで歩く。


「ところで貴方、名前はどうするの」


 どうしようか。ミラにフィーナ、日本ではなく異国情緒漂う名前だ。自分も同じような系統にしたほうが変に思われないか。それともあえて日本人らしさをだすか。


 自分以外にも日本人が転移してきている可能性を考えないでもない。日本語らしさを残すほうが思わぬ出会いを期待できるだろうか。そう思って最初に閃いた名前にした。


「そうだな。何かないと不便だろうから、とりあえずヤマトにしようと思う」


 大和魂。大和撫子。ヤマトと聞いて連想する言葉は多いはずだ。


「ヤマト、ね。珍しいけど悪くない響きね」


 ミラは覚えるように復唱する。


「そういえば名前で思い出したが、最初にフィーナを紹介するときに少しかしこまっていたような気がしたけど」


 確か、この御方は、とか言っていた。


「…記憶力は悪くないわね。さる高貴な方、とだけ言っておきましょうか」


 満足そうに答えるミラ。


「普通にしていただいて結構ですよ」


 本当に王女だったりして。フィーナの方は言葉遣いが崩れず、この話し方が地のようだ。でも王女が二人だけでこんな森までくるだろうか。お忍びにしても危険である。だが深く追求しないのも円滑にコミュニケーションのためには必要なことだと思う。


「わかった。改めてよろしく。フィーナ、ミラ。俺のこともヤマトと呼んでくれ」


 フィーナとミラは頷く。


「ところで帰り道はわかるのか」


「ええ、勘よ」


 ミラ、それはわかるとはいわない。


「大丈夫。こちらです」


 俺の微妙な表情を汲み取ったのか。ミラと違ってフィーナは確信をもって行き先を指し示す。仮にフィーナのほうが身分が高く、ミラが付き人だったとすると役割は完全に逆な気がするが言わぬが花というものだ。


「ここまで来るのにどれくらいかかったんだ」


「そうね、丸一日ってとこかしら」


「丸一日か」


 結構あるな。喉の渇きはさっきの神殿の周りを流れていた水で潤ったが空腹はごまかせない。かと言って足手まといと思わるのは避けたい。


「どうぞ」


 そう悩んでいるとフィーナがパンを差し出した。


 エスパーなの?


「俺の心の声は漏れてないよね」


「ええ。ですが顔にかいてありましたので」


 そんなに悲壮感をだしていただろうか。


「ありがとう、助かる」


 そう言ってパンを受け取ってかじりついた。日持ちさせるためか少し固い。精神的にも疲労していたのか若干の塩気がひどく心地よい刺激である。空腹というスパイスもプラスされている。このまま餌付けされてもいい。


「この恩はきっと返すよ」


 ミラの対人スキルの高さが際立ってフィーナには少し冷たい印象すら感じていたヤマトだったが、ヤマトに対する警戒心が強かっただけで、冷静で落ち着きがあり優しくて察しがいいことがわかった。ついでに美人でスタイル抜群。パーフェクトヒューマンなのかな。


「あの神殿で、魔物に対抗する力を手に入れたい、って言っていたけどそんなに危機的な状況なのか」


「ヤマトは本当に何も覚えていないのね」


 ミラは芝居がかったように首を左右に振りながら両手を持ち上げる。やれやれと言わんばかりである。


「なんだか初めから何も知らないみたいだわ。時間でも超えてきたのかしら」


 鋭い。


「ここ数年で世界は一気に変わったわ。各地で魔物が現れ始めて村や街を荒らしたり人々を襲い始めたの。世間では魔王の封印が解けたって言われているわ。魔王だなんておとぎ話だし、そもそも本当に封印されているのか誰も見たことはないのにね。それでもそんな噂を信じてしまうくらいの状況だってことよ」


「おとぎ話か」


 神殿のアイツからは魔王という単語が頻発していたけどね。


「各国は力を手に入れるために躍起になっているわ。それが悪い方向に向いている」


「悪い方向?」


「はじめは魔物を退治するために力を欲していた。けれど力を手にしたある国が近隣の国を侵略しはじめたの」


 ミラの説明にフィーナも沈痛の表情である。


 なるほど。魔物の対応で疲弊しているところを狙っているわけか。


「もうどっちが魔物かわからないな、一応、聞いておくが二人が力を欲する理由は他国の侵略じゃないよな」


「ふざけないで。民を守るために決まっているじゃない」


 ミラは少し怒ったように答える。


 よかった。思ったとおりの二人で安心した。


「でも攻めてくる他国に対して最低限の自衛はする必要があるわ。同時に私達の国は今は魔物の侵攻に苦戦しているの」


「魔物か」


「ええ。群れで攻めてくる賢い狼たちよ」


 あいつらか… 少し前に森でみかけた狼たちを思い出していた。



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