縁の下の能力持ち英雄譚
0006.俺の名は。
なんてこった。今の今まで気づかなかった。自分の名前だけが靄がかかったように思い出せない。
俺の名は……
タキ、ではなかったと思うんだ。多分だけど。あぁ、そんなことは覚えているのに肝心の自分の名前が思い出せないなんてもどかしい。これでは俺の名を言ってみろとも煽れない。いや、煽るつもりは毛頭ないけれど。
「まいったなぁ」
「?」
訳が分からずミラが小首を傾げる。
子犬のような愛らしさは天性のものだ。保護欲をかきたてられなくもない。
それにしても記憶喪失の属性を持つなんて思わなかった。自分の名前だけではあるけれど。だが、よく考えるとこの世界については何も知らないからそもそも記憶喪失みたいなものとも言えるかもしれない。
いうなれば完全なる異分子。排除されることはないと思うが正直に全てを話して信じてもらえるかどうかもわからない。とりあえず開き直ってごまかしてみることにした。
「俺の名は、ナノルホ・ド・ノモノジャナーイだ」
一瞬、静かになった。
あっ、ジト目になった。
コロコロ表情が変わって愉快で飽きない。なかなか男心をくすぐってくれる。ペットにでもしたいくらいだ。いや、危ない意味じゃなくてね。
なんて言っている場合ではなさそうだ。明らかに不審がられている。というよりも、はぐらかされたことを怒っているようにもみえる、というか間違いない。もう素直に白状するしかないか。サイコキネシスなんか使えたんだから何かしらの魔法がある世界のはずだ。
「悪かった。正直に言う。信じられないかもしれないが、気づいたらこの近くの村に放り出されていたんだ。その拍子に記憶が曖昧になって自分の名前すら思い出せないんだ」
そう言うと二人は目を一瞬見張って視線を交わす。目で会話しているようだ。ヤバイやつだなんて思われてなければいいんだけど。しかし、ミラは慌てずに口を開いた。
「なるほど、それでナノルホさんは、」
「すまん、それは忘れてくれ」
自分で言っておきながら無様である。
「それで貴方はなぜこんな所にいるのかしら?」
「その近くの村はもぬけの殻になっていて誰もいなかったんだ。飢え死にするわけにもいかないからこの森に水や食料を探しにきたんだ」
「誰も……? あぁ、この辺りなら最初にやられた村かしら」
後半はひとり言だったのか、よく聴こえないくらいの声量だった。
「森にも深入りするつもりはなかったんだが、入ってしばらくすると歩いてきた道に狼のような生き物を見かけて、こっちに逃げ込んできたら水の音が聴こえたんだ」
「それでこの地に辿り着いたということね。ふぅん。筋は通っているわね」
ミラの方は警戒が薄れてきたからだろうか、少しずつフランクになってきた感がある。こっちが地のようだ。一方、フィーナの方はまだ怪しんでいるようだ。ここはなんとか無害を主張したい。
「さきほどこの部屋から光が漏れてきたように見えましたが、あれは何だったのでしょうか」
口を開いたのはフィーナだった。
どうしよう、どこまで正直に答えるべきか。
「俺もよくわからない。あの中央の台座にもたれかかって石像を見ていたら、突然光ったような気はしたんだが一瞬すぎてよくわからなかった」
情報が少ないだけで凡そ嘘ではない。声が聞こえた、なんて言ってまた不審がられるのは勘弁だ。
「二人はどうしてここへ?」
さりげなく情報収集する。
「んー。まぁ、よくある話よ。魔物に対抗するための力を探しに来たの」
ミラが答えた。どうやらもう貴族然とした言葉遣いはやめたようだ。
「古い文献をあてにしてね。でもまさか本当に神のつくりしものがあるとは思わなかったわ。こんな僻地にあるなんて神々の悪戯ってところかしら」
言い得て妙だが、アイツ自身は神ではないと言っていたな。神の使いってところか。
そう言えばいきなり力を欲するかと問われたな。ここはそういう場所だったってことか。
「中央の台座に触れて石像を……」
そう言いながら、フィーナが実践するが何も起きない。どうやらアイツの声も聴こえていないようだ。
「ダメみたいね。何か条件があるのか……」
ミラはそうブツブツ言いながらフィーナに加わって部屋を調査し始めたが、その後はしばらくしても何も起こらず、仕方なく諦めたようだった。
「錯覚だったとは思えないんだけど」
少し悔しそうな様子である。こんな森の奥まで調べに来て成果がゼロだったらそれは悔しくもなるか。少し同情して声のことを話しそうになったが、今更言うのも時すでに遅しである。
「まぁ目的は達せられなかったけど、こんなところで人に会うっていうのも神の思し召しかしら」
そう言ってミラは自分を見たあと、フィーナと視線を合わす。何やら確認をしているような視線である。フィーナは一旦目を伏せ、異論はないといった様子である。
「そういうわけで貴方、とりあえず近くの街まで一緒にどう? 記憶がなくて困っているんじゃない?」
「ありがとう。助かる」
俺は考えるまでもなく即答したのだった。
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