五導の賢者

アイクルーク

激戦の開戦

 
 雲が立ち込める灰色の空の下、俺は空を飛んでいた。
 眼下に広がるは百をも超える魔人の軍勢、そして最強の勇者の後ろ姿。
 たった十メートルやそこいらの高さからの落下なんて、本来なら数秒なはずだが今は妙に長く感じられる。


 あー、俺は生きるために力を得たつもりだったのに‥‥何をやっているんだか。


 ふと脳裏にラノンの顔が浮かぶ。


 でもまぁ、ここで死ぬわけにはいかないか。


 加速していた落下速度を風で打ち消すと地面へと降り立つ。
 一息ついて前を向くとすでに皇は前へ前へと走り出しており、俺を置いていこうとするような勢いだった。


「速いな、あいつ」


 乱戦になった後に突入するのは避けたかったので俺は全速力で皇の後を追う。
 この高さから見ると魔人の軍勢は果てしないもののように見え、胸の内の絶望感を仰ぐ。
 このペースなら数十秒後に衝突か。


「なぁ、皇」


 戦いの前に一つだけ訊いておきたいことがあった。


「なんだ。簡潔に言え」


「魔王がいたら、どうする気だ?」


 そうなると百五十の魔人に加え魔王をも相手取らなければいけない。


「その時は全力を尽くして俺が戦う。周りの魔人はお前が食い止めろ」


 相変わらず無茶しか言わねえな。


 一周回って笑えてきた俺は着実に近づいている魔人達を見て頭を切り替える。


「さてと、何で攻めるかな」


 皇も同じことを考えていたようで走りながら詠唱を開始しており、その高まっている魔力が感じられた。
 戦力差で圧倒的に劣る俺たちが勝っているものはなにか?
 そう、それは個の強さだ。
 自分で言うのもあれだが俺と皇の力はどの魔人をも凌駕している。
 なら、はなっから大技を連発して乱戦に持ち込む。
 それが俺たちに残された活路。
 俺は激しく発光するエクスカリバーを持つ皇に併走する。


「皇、開幕の一発は俺が打つ。動きを止まったところをお前がやれ」


 俺は鞘に納まったままのクインテットの柄を掴むと、雷を流しながらその刀身を肩に乗せる。
 皇は一瞬だけ横目で俺の顔を見るが、すぐに魔人の軍勢へと戻す。


「わかった。極力俺から離れないように戦え」


「あぁ」


 当たり前だ。
 一人になればそれだけ相手にしなきゃならない数が必然的に増える。
 魔人による全方位からの攻撃なんて対処できる気がしない。


「かの者の叫びは強風となり大地に轟音となり響き渡る。時に死を司る破壊の神と呼ばれ、時には生命を育む豊穣の神と呼ばれた。かつて数え切れる神を苦しめたその一撃は、全てを吹き飛ばす風となる」


 詠唱が終わった時にはすでに魔人達との距離は百メートルを切っており、あちらも闇の魔力を使っているのがわかった。
 この魔法の攻撃範囲は広い。
 だからこそギリギリまで引きつける。
 そんなことを考えていると正面から無数の闇の魔法が飛んできた。
 ザッと見ただけでも五十くらいはありそうだ。


 飛蓮


 俺は大きく真横に跳んで魔法をやり過ごすと、そのままノンストップで走り出し左手を前に出す。


暴爆風ルドラ


 直後に聞こえるのが爆音、俺の手から放たれた風が正面の魔人達を吹き飛ばす音だ。
 その信じられないほどの風圧に負けた前方の魔人達は抵抗する余地もなく空を舞う。


 さすが魔人、一部の奴らは今の風圧にも耐えてやがる。


 だがその魔人達もさすがに踏み留まるので精一杯でまともに動けていない。


 ま、俺は相手の動きを止めれば十分。


「神々の裁き(ディバインジャッジメント)」


 直視できないほどの光を放つエクスカリバーは蓄えられた魔力をレーザーのように放出しながら振るわれ、瞬く間に魔人達を切り裂いていく。
 強風に煽られ抵抗できなかったこともあり、その攻撃を喰らった魔人は優に二十を超えている。
 だがその圧巻の攻撃も相当燃費が悪いようで、たった一振りで蓄えられていた全魔力を使い切ったようだ。


「この組み合わせ、強いな」


 適当に使ってみただけだが、なかなかの戦果を挙げている。
 大量の魔人を仕留めたことに加え、予想外に魔人達は混乱していた。


 案外、いけるかもな。


 俺は肩に乗せていたクインテットを左手で持つと、右手で柄を掴み居合いの形をとる。


 飛蓮、飛蓮


 一度目の飛蓮で現段階の最前線の魔人に接近すると二度目の飛蓮でその真上に跳ぶ。


「魔刀術」


 鞘に蓄えていた雷を天へと放つ。
 直後、お返しと言わんばかりに鉛色の雲から一筋の雷がクインテットに落ちる。


天の雷あまのいかづち


 クインテットより放たれる一撃は魔人達の集団を直撃し、一度に五体を葬ることに成功する。


「よしっ」


 心の中でガッツポーズをしながら着地する俺だったが、厳しいのはここからだった。
 落下の衝撃で僅かに硬直する俺を瞬く間に武器を持った四体の三位級魔人が囲む。


 こいつらっ‥‥
 すぐに飛蓮で抜け出そうとするが包囲網は厳しく、隙間を見つけることができない。


「チィ」


 息の合った一斉攻撃を上に跳ぶことで避ける。


 空蓮


 宙でワンステップ入れると俺を囲んでいた魔人の内の一体の背後をとる。


「風魔烈斬」


 ‥‥逃したか。


 完全に殺す気で放った一撃だったが、ギリギリで反応されてしまい背中を深く切り裂く程度まで避けられる。
 二の太刀をあびせようとしたところで背後から闇の魔力が感じられ、反転するとすぐさま魔法の詠唱に入った。


氷晶盾フロストクリスタル


 俺が使ったのは氷の盾を作り出す上級魔法。
 最上級の障壁魔法には強度で劣るが、発動速度ならこれが群を抜いている。
 迫っていた三発の闇の砲弾が盾にぶつかると、粉々に砕け散ってしまう。
 やっぱり闇の魔法はいりょ‥‥っ!!


 飛蓮


 一息をつく暇もなく真横から振るわれた剣を飛蓮で躱すが、今度は別の魔人が目の前に飛び出してくる。
 俺は迫りくる斬撃をクインテットで受け止めると、つばぜり合いに持ち込む。
 だがそれは悪手だった。
 俺が腹に蹴りを入れその魔人を後退させる頃には、周囲を十を超える魔人に囲まれていた。


「やばっ」


 俺を囲む魔人達はすでに詠唱を終えており、同時に闇の砲弾を放つ。
 魔法‥‥いや、間に合わない。


 身体強化・土アースブレイブ


 俺は咄嗟に土の魔力を全身にめぐらせ防御力を高める。
 その程度で上級魔法レベルの攻撃を防げるはずもなく、身体中に意識が飛びそうになるほどの衝撃が走った。


「ぐあっ‥‥」


 体を引き裂かれるような痛みは俺にその場で膝をつかせた。
 全方位から迫ってくる魔人の足音。


 まずい、このままじゃ‥‥死ぬ。


 飛蓮


 俺は反射的に身体強化・雷サンダーブレイブで体の枷を極限まで外すと、地面を蹴り飛ばしその場から離れる。


「はぁ、はぁ、はぁ‥‥危なかった」


 何も見ずの飛蓮だったが、どうやら運良く魔人の間を抜けることができたようだ。
 魔人達は俺の速度についてこれず、その場から動いていない。


 まずいな‥‥このペースじゃ、すぐに力尽きる。


 だが悲しいことにそれがわかっていてもペース配分をする余裕はない。


 詠唱無しは燃費が悪いが‥‥


隆天地裂グラウンドバンプ


 まずは地面を隆起させ俺を囲んでいた魔人達との間に壁を作る。
 俺に接近してくる魔人が‥‥四体。


撃雷衝ショックボルト撃雷衝ショックボルトっ!!」


 その内の二体を雷で怯ませると飛蓮で残る二体の内の一体の目の前まで跳ぶ。
 自分にも理解しきれない速度で動いた俺は向かってくる魔人の真正面に足をつく。


「くっ、紅蓮炎刃」


 刀身に集約させた炎が魔人の脇腹を焼き切る。
 肉が焼けるような、そんな匂いが鼻につく。
 次の狙いを定めようと見渡すと再び俺を囲もうと魔人達が動いているのがわかる。


 またか。
 そう思い逃げようとした次の瞬間、上空から数え切れないほどの光の矢が降り注ぐ。
 その一本一本が上級魔法に値する魔力を有しており、直撃すれば痛いどころの話じゃない。


「くっそ、もっと考えて撃てよ」


 瞬時に安全圏を判断した俺は体をうねらせ、全てをの矢を避ける。
 僅かに読み違えていたようで光の矢は俺の肩に掠った。
 身の安全を確保した俺が周囲を警戒していると、飛んできた皇が目の前に着地してくる。


「まったく、離れるなと言っただろ。そんなのも覚えていられないのか?」


「‥‥忘れてた」


 生き延びることに精一杯でそんなことは頭からすっかり消え去っていた。
 身体強化・雷サンダーブレイブは体に負荷をかけ過ぎる。
 このままじゃ、すぐに力尽きて動けなくなっちまう。
 抵抗を感じつつも身体強化・雷サンダーブレイブを解くと、これまでの負荷が一気に押し寄せてきた。


「まぁいい。まだ魔力は残っているな?」


 俺は歯を食いしばり激痛を堪える。


「あぁ。しばらくはなんとかなりそうだ」


 普通の戦闘では考えられないようなペースだが、さすがに五属性分あるとなるとそう簡単に底をついたりはしない。


「なら蓮は賢者らしく魔法を使え。魔人どもは俺が相手をする」


 俺たちが話している間に魔人達は完全に包囲しており、逃げる余地など全く残っていなかった。
 状況は絶望的。
 だが、なぜだろう。
 妙に気が高ぶってきた。


「いいぜ、飛びっきりの使ってやるよ」


 俺はクインテットを地面に突き刺すと右手に風の魔力を、左手に火の魔力を集中させる。
 全方位からとてつもない魔力を感じたかと思うと周囲が真っ暗に染まっていく。
 数の利を活かして飽和攻撃でくるか。


神の聖域ヘブンズロウ


 皇が右手を天へと掲げるとそこを起点とし、透き通ったドームを展開する。
 それは外よりも光を多く反射し、美しく輝いている。


「聖域は全ての闇を無へと返す」


 ドームの中に闇の魔力が入るなり、まるで崩れゆく炭のように消え去っていく。


「すげえ‥‥」


 圧巻の一言だった。
 皇の魔法一つで数十もの闇の魔法を無効化する様は、とてもじゃないが現実とは思えない光景。
 やがて魔法による遠距離攻撃を諦めた魔人達が続々とドームの中に押し寄せてくる。
 どうやら闇の魔力を無力化することはできても魔人自身をどうこうすることはできないようだ。


「俺の心配をしている暇があるなら早く詠唱を終わらせろ」


 皇はエクスカリバーに魔力を込めながら敵が近づいてくるのを待っている。


「もう終わる」


 皇は魔力が蓄えられたエクスカリバーを大きく振り被る。


「屈め」


 俺が皇の言葉に反応して即座に頭を下げると、頭の真上で構えられていたエクスカリバーが勢いよく振るわれる。


「斬光・極」


 無駄のない動きの回転斬り。
 その剣先からはレーザーと遜色ないほどの光が放たれ、それは全方位の魔人達を一度に斬りかかる。
 だがさすがに魔人もこれでやられることはなく、各々が武器や魔法で光を防いでいた。


「やれ」


 皇がエクスカリバーを振り切った状態で命令してくる。


「わかってるよ」


 まずは、一つ目。
 俺は右手で渦巻くような気流を作り出すと、それを周囲へと一気に広げていく。
 最初は風が強い程度。
 だが、数秒後には油断すれば飛ばされてしまうほどの竜巻となる。


天流巻エアロヴォルテックス


 だがこれだけじゃ、ただ相手を撹乱するだけ。
 竜巻の中心に居座る俺は左手に蓄えていた魔力を地面へとぶつける。


終焉の炎インフェルノゾーン


 炎は俺を中心とし瞬く間に広がっていくと、やがて竜巻に巻き込まれ始めた。
 竜巻の力によって絶え間なく外から供給される空気、それは炎の勢いを無限に増強させる。
 次第に炎は風に乗って空を舞い、どうにか踏み止まっていた魔人達を燃やし始める。
 そして、炎に飲まれた竜巻は天へと伸びる一柱の赤き塔を作り出す。


 火災旋風


 皇の無言の防壁に守られていた俺は竜巻の中心から上空で魔人達が焼かれる光景を眺めていた。
 体からゴッソリと魔力が抜けたことにより、激しい目眩が俺を襲う。


「もう限界か?」


 俺が地面にうずくまっていると皇が顔を見ずにそう言ってくる。
 最上級魔法の中でも、この二つは個々でさえ上位に入るもの。
 俺の消耗は半端なものじゃなかった。


「まだ‥‥やれる」


 俺は身体強化・水アクアブレイブで傷ついた体を癒し始める。
 今の魔法でおそらく三十体ちかい魔人を巻き込むことができた。
 その全てを殺すのは無理そうだが、それなりのダメージは与えているはず。


「何体倒した?」


 皇の唐突な質問に答えようとさっきまでの戦いを思い出すが、どうにも鮮明に覚えていない。
 まぁ、倒した魔人を数えてる暇なんてなかったからな。


「多分、十くらいだ。皇は?」


「初撃を除けば二十三体。どうやら魔人は蓮より俺に戦力を集中させているようだ」


 何気なく皇を見返すと、服のあっちこっちに剣で刺されたような穴などがある。
 光属性は治癒魔法が得意。
 おそらく怪我を覚悟で戦ったんだろう。


「で、どうする?   そろそろ魔法も解けるぞ」


 周囲を覆い尽くしていた炎の火力が弱まり、外の光景が見え始めた。


「奴らは一度使った魔法にはある程度対応してくる。悪いがもう蓮を守りながら時間を稼げるような都合のいい魔法はない」


 魔人はもともと人間。
 魔物と違い知能がある以上、同じ魔法を使い続けるのは避けたほうがいい。


「つまり、自分の身は自分で守れと?」


 さっきまでの攻防を考えるとかなりきつそうだ。
 いくら身体能力で勝っているとはいえ、やはりあの数を対応するのは無理がある。
 炎の渦が上空から消え始め、それがゆっくりと地上に下がっていく。


「そうだ。ここまで来たんだ。自分の命くらい自分で管理しろ」


 お前が連れてきたんだろ。
 そう言いかけるが、それを呑み込んで立ち上がる。


「あぁ」


 俺は地面に刺さっていたクインテットを引き抜くと皇とは反対を向いて構える。
 実際には背中を合わせない、なんとも歪な背中合わせだ。


「だが‥‥」


 皇はそう言うと王都のある方向に顔を向ける。
 俺はそれに釣られるように目線を向けると、そこには希望の光が見えた。


「少しは楽になる」


 耳をすませば無数の足音が重なり合い作り出される地響きが聞こえてくる。
 そう、ついに人数の揃った兵士達が増援にやってきたのた。


「ようやくか」


 ザッと見ても千は軽く超えている。
 このまま魔人達に袋叩きにあうのは避けられそうだ。


「構えろ」


 ついに魔法が切れ、竜巻の周りを囲んでいた魔人達が押し寄せてくる。
 増援はまだこっちに向かっている途中なので、今は耐えるしかない。
 だが、待てば助けが来るとわかっていると、自然とやる気が湧いてくる。


 身体強化・土アースブレイブ


 場所を固定しながらの戦いなら回避よりも防御を優先している身体強化・土アースブレイブが向いている。


黙示録の業火メギドフレイム


 まずは正面から向かってくる魔人達に牽制として炎を放つ。
 さすがにくるとわかっている魔法に当たることはなく、左右に分かれ難なく避けられる。
 右に六、左に九。
 どうやら魔法による遠距離戦は完全に捨てたようで全員が武器を持ち接近してくる。


 さすがにまともにやり合うのは無理か。


「なら‥‥」


 俺はクインテットに魔力を込めると息を大きく吸って振り上げる。


 まともにやり合わなきゃいい、それだけだ。


「魔刀術、地割れ」


 割れた大地が浮き上がり、魔人達の視界から俺の姿を隠す。
 別に倒す必要がないのなら打つ手がないわけじゃない。


 部分強化・腕


 俺は体に張り巡らせていた魔力を全て右腕へと集中させる。
 身体強化・土アースブレイブは飛蓮と組み合わせることができず、先代の使い手が思い至った技。
 負担はかなり大きいがそれに見合う効果はある。
 俺を隠していた岩を砕き魔人達が姿を見せる。


「斬空・乱」


 俺はその場から動かずに右腕だけを振るい剣撃を繰り出す。
 それを必死に受けている魔人達だがこれ以上接近できないことを悟ったのか、少しずつ後退していく。


 逃げるか‥‥そう長くは続けられないが、援軍が来るくらいまでなら。


 俺は剣撃の結界を止めると、牽制するように周りの魔人達に剣先を向ける。


「どうたした?   来いよ」


 だが俺の安い挑発に乗る奴はおらず、硬直状態に陥った。
 足を踏み入れれば即、切られる。
 あっちもそれがわかっているのだろう。
 長引くな、俺がそう思った矢先のことだった。
 後ろから何か大きなものが転がってくる音がした。


 俺の後ろにいる奴といえば‥‥


「皇、なにや‥‥っ!?」


 決して前方への注意を緩めることなく数歩後ずさると、俺の足元には目を閉じ倒れている皇がいた。


 殺られたっ!?
 何があったかはわからない。
 だが背後を守るものがいなくなった以上、全方位から襲われるのは必至。
 正面にいた魔人を含め、周りの魔人が一斉に飛びかかってくる。


「なんでやられてんだよっ、皇っ!!」


 俺はそう叫びながらもクインテットと右腕にありったけの土の魔力をぶちこむ。


 俺の腕‥‥もってくれよ。


「地割れ・乱っ!!」


 一撃一撃に魔人を打ち倒すほどの力を込めた斬撃。
 俺はそれを四方八方あらゆる方向に放つ。
 腕を止めれば殺られる、接近されても殺られる。
 極限まで研ぎ澄まされた俺は全ての魔人の動きを見極め、踏み込まれる前に打ち倒す。
 だが高威力の技はそれだけ負担が大きく、それを放ち続けることは体に多大な負荷をかけていた。


 ゴキッ


 背後から迫っていた魔人を剣ごと吹き飛ばした際に俺の右腕から鈍い音が聞こえてくる。
 その音を聞けば俺の腕の骨が折れたことは一瞬でわかった。


「ぐっ‥‥」


 不意打ちの激痛に思わず俺はクインテットを手からこぼれ落としてしまう。
 ここで武器を手放せば‥‥
 自らの死が見えた俺は痛みを超え、落ちゆくクインテットを左手で掴む。


「くっ‥‥そ」


 周りにいる魔人達は間合いの外ギリギリで武器を構えている。
 右腕は完全に使いものにならなそうだ。


 身体強化・雷サンダーブレイブ


 左腕までも使えなくなることを避け、かつ痛みを抑えるために体を巡らせる魔力を変える。


「おい、皇。起きろ」


 これ以上かばいながら戦うのは無理だ。
 一刻も早く起きてもらわなきゃ困る。
 その願いが通じたのか皇は唸り声を上げなからもゆっくりと瞼を開く。


「ちっ‥‥」


 皇はおもむろに舌打ちをすると近くに転がっていたエクスカリバーを拾い立ち上がる。


「大丈夫か?」


 正直、片腕でこいつらの相手をするのは無理だ。
 皇に任せるしか方法がない。


「問題ない」


 皇は周囲にいる魔人に気を払いながらも俺の右腕に視線を向ける。


「どうやらかなり無茶をしたようだな」


「お前のせいだよ」


 俺は慣れない左手で握るクインテットを構え直していると、皇が魔人達と交戦を始めた兵士達の方を指差す。


「あそこまで突っ切る。いけるな?」


 兵士達はすでに乱戦状態へと持ち込んでおり、多くの兵士が武器を振るっていた。
 ここから兵士達に合流するまでに魔人が‥‥十数体、きついな。


「道はお前が切り開けよ?」


「当たり前だ」


 そう言うと皇の体からかつてないほどの光が発される。


 本気の身体強化ブレイブってか。
 まぁ、今まで使わなかったってことはそれなりにリスクがあるんだろうな。


白霧影ホワイトフロスト


 俺は霧を辺りに発生させることで周りにいた魔人達の気を一瞬だけ俺たちから逸らす。
 その間に皇は兵士達のいる方へと飛び出していくと、軽々とエクスカリバーで進路にいた魔人達を弾き飛ばしていく。


 身体強化・雷サンダーブレイブ


 そして俺は皇が作った道をひたすらに駆ける。
 周りにいる魔人は一瞬で過ぎ去った皇の警戒をしており、俺に襲いかかってくることはなかった。
 そんな危険だらけの道にも終わりが見え、正面には横に並んで大盾を構える兵士達が並んでいる。
 俺の前にいた皇はそのまま速度を緩めることなく走り続けると、盾にぶつかる直前で地面を蹴り上へと跳ぶ。
 俺もそれに習い、ギリギリまで走ったところで上へ跳んで兵士達が守る内側へと入る。


「はぁ‥‥疲れた」


 完全に安全、とまでは言えないが長らく続いていた緊張の糸が切れた俺は、その場で膝を折ると深い溜息を吐く。
 少しでも気を抜いたら死ぬ、そんな状況での戦闘はかなり精神を削る。


 この世界に来てからここまで長時間の実践は初めて‥‥
 いやまだ終わってない、か。


「あとどのくらい魔力は残っている?」


 いつの間にか身体強化ブレイブを解いていた皇が兵士達と戦う魔人を見据えながら訊いてきた。
 まだ戦争中だと気合いを入れ直した俺は身体強化・水アクアブレイブで体の治療を始める。


「土、風の魔力はほとんど空だ。水も今の治療で大半を使うと考えると、まともに使えそうなのは火と雷だけだ」


 その火と雷も半分近くは消耗しているがな。
 それを聞いた皇は目を閉じて何かを考え始める。








 叫び声が行き交う戦場の中、不意に王都から聞こえてくる爆音が響き渡る。
 それは大気を大きく揺らし、その場にいた者の気を奪う。


「なん‥‥だ?」


 顔を上げて王都の方を見ると街の左側、東問の辺りから黒い煙が上がっている。
 黒い‥‥煙?
 爆弾も想像したがこの世界にそんな優れたものは存在しない。


「やはりか」


 動揺の声があっちこっちから聞こえてくる中、俺の前にいた男だけは一人頷いている。


「どういうことだ?」


 何が起こっているのかだいたい想像はつくが確認のために訊く。


「伏兵だ。ここにいる魔人の数が少なすぎるとは思ったが、やはりこうなったか」


 東から突如として攻めてきた敵、王都に残っている兵達はそれを防ぐために大量の魔石を使用したのだろう。
 だが気になるのは皇の発言。


「お前、正確な魔人の数を知っているのか?」


 それがわかっていれば人間側はかなりのアドバンテージを得ることなる。


「昔、一度バエル‥‥魔王の姿を見たんだが、見た限りその強さは今までのよりもかなり上だった」


 バエル‥‥?
 今まで‥‥?


「そういうわけでおそらく王都にはかなりの魔人が侵入しているはずだ。蓮、お前は戻ってそいつらを始末しろ」


 皇はエクスカリバーを持ち上げるとそれを肩に乗せて王都と反対を向く。
 侵入、その皇の一言が王城にいるはずのラノンを思い起こさせた。


「わかっ‥‥」


 俺はすぐにその場を発とうとしたが、足に力を入れたところでピタッと動きを止める。
 俺がここを抜ける。
 それはそれだけここの戦力が少なくなるということだ。


「邪魔だ、早くいけ」


 そんな俺の迷いを晴らすためか皇は素っ気なくそう言った。


「‥‥悪いな」


 俺はそれだけ言うとクインテットを手に王都への道を駆け始める。









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