五導の賢者

アイクルーク

デート2

 
「皇、遅かったな」


 俺は周囲の視線を集めながら歩いてくる皇に声をかける。
 ラノンとソフィアさんもベンチから立ち上がると、魔法を解き黒髪へと戻った皇を見て目を見開く。


「わざわざ武器を取りに戻ったのですか?」


 ソフィアさんは皇の行動の意図がわかるはずもなく、不思議そうに首を傾げていた。
 ラノンも驚いてはいたようだが、なぜかその問いかけの視線は俺に向けられている。


「念のためにな」


 足を止めた皇の目が俺に向けられる。


 あぁ、やっぱり言い出すのは俺なのか‥‥


「ラノン、せっかくだからここから先は皇達とは別れて、二人で回らないか?」


「え?   あ‥‥はい」


 ラノンは最初こそ戸惑った表情を見せたがすぐに頬を赤く染めながら小さく頷く。


「じゃあ‥‥」


 俺はソフィアさんが持っていたコップを一瞬で奪い取る。


「これは返しておくから、そっちはそっちで楽しめ」


「ありがとうございます」


 ラノンからもコップを受け取るとそれを重ねて持つ。


「おい、蓮。これをどうするつもりだ?」


 今の俺は左手にクインテット、右手にコップを持っており、皇からバスケットを受け取る余裕がない。


「それなら私が持ちますよ」


 ラノンが俺の前にサッと出ると皇からサッカーボール大のバスケットを受け取る。


「悪いな」


「いえ、気にしないでください。さぁ、行きましょう」


 軽やかな足取りで歩き始めるラノン。
 俺は皇を一瞥してからラノンの後を追った。






 空になったコップを返却した俺はラノンを連れて街の北部へと向かっていた。
 皇と別れるなり早歩きになった俺に戸惑いながらもラノンは必死についてくる。


「レンさん‥‥どうしてそんなに急ぐのですか?」


 今、俺とラノンがいるのは人通りがほとんどない路地裏。
 俺は足を止めると後ろにいたラノンに顔を合わせる。


「ラノン、説明している暇はないから簡潔に訊くぞ。俺は今から皇からの頼みごとをこなさなきゃならない。正直言ってあんまりデートっぽくはならないが、それでもついてくるか?」


 ラノンには申し訳ないがあくまで今日のデートの主役は皇とソフィアさん。


「はい、もちろんです。レンさんがいれば私にとってはデートと同じようなものです」


 少しも悩むことなく笑顔でそう言うラノン。
 その笑顔に心臓がドキッとなるのが自分でもわかった。


「そうか‥‥ならちょっと大変だけど我慢してくれよ」


 俺は一気に数メートルほど離れていたラノンとの距離を詰める。


「えっ‥‥と、はい。わかりま──」


 了承の言葉を全て言い終わる前に俺はラノンの肩に右手を乗せる。
 その俺の意図の読めない行動にラノンは若干戸惑っているようで、こちらを見ながら固まっていた。


「バスケットはちゃんと持っておけ」


 俺は左手でラノンの足をすくい上げるように持ち上げると肩に置いていた手は腰へとスライドさせてバランスを取る。
 俗に言うお姫様抱っこだ。


「きゃっ‥‥え?   レン、さん?」


 突然の浮遊感にラノンは最初こそ驚いたが間近にある俺の顔を見てすぐに赤面する。


「行くぞ、身体強化・風ウィンドブレイブ


 足に風をまとった俺はラノンを抱えて真上に跳び上がる。


「ひゃ‥‥」


 俺の胸元でラノンが小さな悲鳴をあげる。
 さすがに一跳びで屋根の上まで届くことはできなかったので真っ先に目に入った家のベランダに一度着地すると、もう一度大きく飛び上がり今度こそ屋根の上へと登った。


「えっと‥‥レンさん。何をするつもりですか?」


 ラノンは恐る恐る下を見ながらそう尋ねてくる。


「時間が無いから走りながらでいいな?」


 俺は視線をラノンから外すと真っ直ぐ前を見ると、赤いレンガの三角屋根が果てしなく広がっていた。


「‥‥わかりました」


 その言葉を合図に勢いよくレンガを蹴ると、ラノンを抱えたまま屋根の上を駆け始めた。
 矢の如く駆け続けていると、妙に冷たい風を全身で感じる。
 さすがに人一人分増えるとなると速度も相当落ちているな。
 とはいっても、全力疾走をするラノンを抜き去る程度の速さはあるだろう。


「その‥‥これから何をするのか、話してくれますか?」


 俺は家と家との二メートルほどの谷を軽く飛び越す。


「あぁ‥‥わかった」


 ラノンもまだ少し怖いのか俺の首に回してきた腕に込められる力が強まった。


「まずそもそも今日のデートは皇からの頼みですることになったんだ」


「頼み、ですか?」


「そうだ。王都に帰還した日、俺と皇で訓練所に行っただろ?   あの時あいつに頼まれたんだ。今日のデートを手伝ってくれ、ってな」


 止まることなく駆け続けていると、次の屋根までは十メートル近くもある大きな通りに差し掛かる。


 ‥‥まともに跳び越すのは無理か。


 そう判断した俺は脚にかける力を増やし、さらに加速する。


「えっ‥‥ちょっと、レンさん!?」


 危険を感じ取ったのか胸の中でラノンが叫び声を発しながら目を瞑る。
 勢いに乗った俺は屋根の上から勢いよく飛び出す。
 だが次の屋根まではあまりに遠く、途中で落下が始まってしまう。


 空蓮


 そこで俺は空中で飛蓮を使い、落ちかけていた体を再び上へと浮かび上がらせる。
 無事着地すると一瞬の硬直の後にまたランニングを再開した。


「あれ‥‥?   跳び越せたのですか?」


「もちろんだ」


 跳び越す時に下にいた人々からの視線を集めていた気がするが‥‥問題ないだろ。


「そう、ですか」


 ラノンは信じられなさそうにすっかり小さくなった通りを見ている。


「それで、レンさんはどうしてスメラギさんに手伝うことにしたのですか?」


 わかりきっていることをラノンはあえて俺に訊く。


 きっと自分のせいだと言って欲しいのだろう。


「‥‥わかるだろ?」


 コロシアムでほぼ勝ちが確定したところからの棄権。
 あれがなければラノンがここにいることはまずなかった。


「すみません」


「別にラノンが謝ることじゃない。俺が好きでやったことだ」


 もうそろそろ目的地の街壁に到達するというところでとある障害が視界に映る。
 それは街が栄えるに当たって最も重要なもの、川だ。
 横幅はさっき飛び越した通りの倍近くある。
 空蓮で跳び越すにはいささか無理がある距離だ。


「あの、レンさん。このまま進みますと、川がありますけど」


 迂回して橋を渡ろうとしない動きに気づいたラノンが俺と川を交互に見ながらそう進言する。


 別に迂回するくらいの時間はあるだろうが、万が一にでも遅れたら‥‥


 皇は完璧主義。
 ゆえにデートにおいて失敗など絶対に許さないだろう。
 橋はかなり遠くまで行く必要がある。
 ここで時間を無駄にするわけにはいかない。
 ため息を吐いたラノンは一線を通り越したかのように不安な顔から一変して笑顔へと変わる。


「レンさんならあれくらい、どうにでもできますよね?」


「当たり前だろ」


 俺は途切れた屋根から飛び降りると、着地と同時に膝を上手く使って衝撃を殺す。


「いちいち不安になっていたら‥‥レンさんとデートなんてできませんね」


 ラノンはそう言って無邪気な笑顔を俺に向けてきた。
 俺は小石で舗装された道の上で一気に加速する。


「こんなデートはこれっきりで十分だ。今度は普通にデートをしよう」


「はい」


 ラノンははっきりと、ゆっくりとした口調と共に頷く。
 俺は川に足を踏み入れるギリギリの所で前へ跳ぶ。


身体強化・水アクアブレイブ


 水蓮


 俺が水面に足をつけると一瞬の間に水面が凍りつき即席の足場となる。
 そこを飛蓮を使い、さらに前へと跳ぶ。


 水蓮


「レンさん、凄いです!!」


 興奮した様子のラノンは口を大きく開けて辺りを見渡していた。
 俺が通り抜けた水面にはまるでハスが咲いてるかのように氷が浮かんでいる。


 水蓮


 実に楽しそうなラノンなのだが、俺はそれに返事をするような余裕がなく、集中して水面を駆けていた。


 水蓮


 よし、次で届く。
 そう判断した俺は最後の踏み込みに力を込める。


 水蓮


 今までより高めに跳んだ俺は僅かな滞空時間の後、硬い地面に着地する。


「ふぅ‥‥」


 想像より疲れた。
 まぁラノンがいるからいつもよりきついのは当然なんだが、ここまでとは。


 身体強化ブレイブの副作用で全身に痛みが走る。


「大丈夫ですか?」


 立ったまま休んでいた俺の顔を少しだけ不安そうにラノンが覗き込んでくる。


「どうにかな」


 虚勢を張る余裕すらなく、ラノンを下ろしてからゆっくりと呼吸を整えた。


「水面を駆け抜ける気分はどうだった?」


 俺を不安そうに眺めていたラノンに笑顔が戻る。


「凄く気持ちよかったです。屋根の上にいた時もそうでしたけど、まるで自分が鳥になったみたいで‥‥」


 光景を思い浮かべているのかラノンは目を閉じている。
 そういや俺も水蓮の修行をした時はかなり楽しかった記憶があるな。
 それは辛い修行がほとんどの師匠との修行において、それはかなり珍しい。


「次は、何をするのですか?」


 ラノンは俺が急いでいたことを理解しているのか、急かすように訊いてきた。










「ここいら辺でいいかな」


 多少疲労の回復した俺は目の前に立ち塞がる街壁に手を当てる。
 高さは十メートルほど、二階建ての家よりも少し大きいくらいの壁は、四角の灰色のレンガが積み重ねられてできていた。


「何をですか?」


 俺は街壁に手をつけると水の魔力を集中させる。


氷霜柱フリーズンコラム


 レンガを通して魔力は街壁の三メートルほどの高さのところに横向きに氷柱を発生させる。


 形は‥‥まぁ、これでいいか。


 氷柱は人が乗っても壊れないよう短く、かつ太くなるようにする。


「えっ‥‥と?」


 ラノンは俺の行動を不思議そうに眺めている。


 三──いや、二つで‥‥‥‥やっぱり三つにするか。


氷霜柱フリーズンコラム氷霜柱フリーズンコラム


 俺はさらに魔力を込めると氷柱を壁の中間に一つと、さらにその上三メートルほどのところに三つ目を作り出す。
 街壁に連なった三つの氷柱は斜めに並んでおり、見方によればそれは階段にも見えた。


 まぁ、三メート以上ジャンプできなきゃ上ることができないから、使えるのは俺か皇くらい。
 よじ登れる奴はいるかもしれないがわざわざそんなこと馬鹿はいないだろう。


「レンさん、これは何でしょうか?」


「皇がこの街から出て行く時に使う階段だ」


「えっ‥‥?」


 俺は驚いているラノンに両腕を伸ばす。
 その形はさっきまでしていたお姫様抱っこの形だ。


「詳しくは上で話す。まずは乗ってくれ」


「はい」


 ラノンは恥ずかしそうに俺から顔を背けながらも、歩み寄って体を横に向けてくれる。
 俺はそれを優しく持ち上げると体に風の魔力を張り巡らせた。
 地面を強く踏みしめ跳び上がった俺は一つ目の氷柱に足をつけると、二の足で次の氷柱へと跳ぶ。


 距離間隔的には問題ないな。
 皇の身体能力は俺以上、俺にできるのなら皇もできるのが道理だ。


 そうこうしている間に俺は最後の氷柱を越え、街壁の上へと降り立つ。


「街壁の上って‥‥こうなっていたのですね」


 街壁の上を一人で歩くラノンは王城から見えるのとは違った街の景色をまじまじと見つめている。
 街壁の上は車が通れるほどの横幅があり、平坦なので足場も安定している。
 街一部を見渡せることもあり、意外と快適な場所となっていた。
 俺もここに登ったのは二度目。
 一度目は師匠と共にこの街から逃げる時のことだ。
 俺はラノンを尻目に街とは反対側の縁に立つと、さっきと同じ要領で氷の階段を作っておく。


「ここで皇が来るまで待つ必要があるから、それまであそこで待機だ」


 俺がそう言って指差したのは街壁の上に石を積み重ねて作られた小さな建物。
 そこは見張り小屋として使われており、街壁の上には一定の間隔で見つけることができる。
 見張り小屋に気づいたラノンは俺の顔と交互に見比べていた。


「ですが、あれって‥‥」


 王女であるラノンが不用意に街から抜け出していいわけがない。
 おそらくラノンは今、見張りの兵士に見つかれば、そう思われて捕まってしまうとでも思っているのだろう。
 だが皇の計画にそんな抜かりはない。


「大丈夫だ。皇が話を付けてある」


 俺の思っていた以上に皇の権力は強い、兵士達は俺たちを見逃すことにあっさりと頷いた。


「そう、ですか」


 ラノンは複雑な顔をするものの、すぐに俺の後を追って見張り小屋の中へと足を踏み入れる。






 見張り小屋の中には大きなテーブルが一つと武器が立てかけてある木製の棚、そして街の外側にある二つの窓には望遠鏡が設置されている。


「お疲れ様です」


「お疲れ様です」


 小屋の中に俺が入ってきたことに気がついた二人の兵士は深々と頭を下げた。
 賢者と王女、二人の重鎮を前に緊張しているように見える。


「あぁ、邪魔して悪いな」


 この二人は王女になにかあったとしても責任を問われることはない、はず。
 俺を含めた関係者全員の責任は皇が持ってくれるらしい。


「失礼します」


 見張り小屋に入るのにも律儀に挨拶をしてから入ったラノンは中にいた兵士を見つけると軽く礼をする。
 その姿を見た二人はその場で跪き、床に着かんばかりの勢いで頭を下げた。


 俺と全然態度違うな。
 まぁ、俺は今までいなかったようなもんだからしょうがないか。


「それでは自分達は外にいますので、何かあれば声をかけてください」


 そう言って二人の兵は俺たちが入ってきた扉から外へと出て行く。
 俺は兵士達が慌てて立ち上がり引き出されたままになったイスに腰を下ろすと、もう片方のイスを引いてラノンにも座るよう促す。


「ありがとうございます‥‥それで、これからどうするつもりですか?」


 俺は窓から見える緑豊かな外の景色を眺めていたのだが、ラノンはそんなものには全く気にも留めず俺へと問いかけてくる。


「ここに皇達が到着するのを待ってからその後を追う」


 身体強化・風ウィンドブレイブを使い疲弊した体を癒すために身体強化・水アクアブレイブで水を全身にまとわせておく。


「スメラギさんはどこへ行こうとしているのです?」


「生命の湖」


 俺はぶっきらぼうにそう言うと窓から見えるはずもない生命の湖を探す。


 生命の湖、それは王都の郊外にある大森林の中に湖で王都に住む者でそれを知らない者はいない。
 そこには幻想的な風景が広がっているらしいのだが、意外にも行ったことある者は少ない。
 理由は単純で、そこまで行ける者が少ないことだ。
 王都の外には普通に魔物が闊歩しているし、森に入れば不意打ちで襲われることも十分に考えられる。
 よって貴族が護衛を雇って出向くか、それなりの腕のハンターが楽しむためだけに行くか、湖に行く大半がこのどちらかだ。


 まぁ、ハンターの間じゃ最高の告白場所って言われてるらしいけど。


 言葉を発さないラノンを不思議に思った俺が何気なく視線向けてみると口を押さえながら目を輝かせていた。


「レンさん、それは私達も行くのですよね!?」


 ラノンはイスから身を乗り出し肉薄してくる。
 俺も一瞬動揺するが、すぐに平静を取り戻す。


「あぁ、一応な」


「やったぁ‥‥ずっと行きたかったんです。ありがとうございます、レンさん」


 予想をはるかに上回って喜ぶラノン。
 それは今にも飛び上がるほどの勢いだった。
 ラノンに喜んでもらえることは俺にとっても良いことなのだが、それと同時にその場所を考えたのが皇であるという微妙な心境であった。






 見張り小屋の扉が叩かれる音が聞こえてくる。
 数秒するとさっきの兵士のうちの一人が強張った動きで小屋の中へと入ってくる。


「勇者様が通りになられました」


 兵士はピシッと姿勢を正して報告する。


 もうか。
 思ったよりも早かったな。


「よし、ラノン。行くぞ」


「はい!!」








 見張り小屋から出た俺は街壁の縁に立ち、皇達を探す。
 どうやらまだ歩き始めたばかりのようで二人並んで大森林へと歩いているのが見えた。


「えっ‥‥これは何ですか?」


 ラノンが隣で困惑の声を出す。
 驚くのも無理はない。
 その視線の先には大森林へと続く大きな道ができていたのだ。
 舗装された幅十メートルほどの道。
 その両脇を高さ三メートルほどの土壁がそびえており、それは外から魔物が来ることを阻んでいた。


「あれは、いつ作られたのでしょう?」


 ラノンが知らないのも無理はない。
 なぜなら‥‥


「完成したのは昨日だ」


 俺が一人で作ったからだ。


「‥‥もしかして、あれもレンさんが?」


「あぁ、十日かけて作った」


 皇は計画を話している途中、デート中に魔物がこないようにしろと言い出した。
 俺が思いついたのは壁を作るか堀を作るかくらいだったが、デートの最中に魔物が見えるのは問題外だと堀は一蹴された。
 よって最上級魔法である隆天地裂グラウンドバンプを使い壁を作る他に案も無く、俺はこの十日間毎日コツコツと土壁を作っていた。


 もう二度とやりたくない作業だ。


「その‥‥私はデートというものをレンさんから聞いた話でしか知らないのですが、デートとはそこまでやるものなのですか?」


 ラノンの疑問は至極まっとうなものだった。
 皇は一回のデートのために一つの道を作るのはどう考えたって異常だ。
 はっきり言って頭がおかしい。


 まぁ、多分だがあの土壁も雨風に晒されたらすぐに崩れるだろうがな。


「いや、デート一回のためにここまでやったことのある奴は、元の世界を探してもそうそう見つからないだろうよ」


 ここまでできるのも勇者や賢者としての力による数少ない特権の一つなのかもな。


「そうですよね‥‥」


 ラノンはどこか安心したのような、そんな反応をする。


「でもどうしてそこまでできるのでしょう?   いくらレンさんの力を借りているとはいっても、やり過ぎじゃないでしょうか?」


 それは俺も思った。
 そしてそれを皇に訊いた俺へと返ってきた答えは少しだけ納得のいくものだった。


「一回一回のデートに全力を尽くすのが男としての義務、なんだとよ」


 皇らしいといえば皇らしい、堂に入った完璧主義だ。


「それは‥‥凄いですね」


 チラッとラノンが俺の顔を伺ってくる。


 今、俺のことを考えたな。


「今度は二人でちゃんとデートをするから、今は皇達を追うぞ」


「はい、わかりました」


 俺は笑いながら頷くラノンを抱え、皇の後を追った。










 大森林、それは王都から北に数百メートル歩いたところにある巨大な森。
 十メートルを超える大木がそのほとんどを占めており、森の中は昼であろうと葉に遮られほとんど光が届くことはない。
 そんな薄暗い道を歩く者が二人。
 皇とソフィアさんだ。
 二人は楽しそうに何かを話しながらゆっくりした足取りで生命の湖へと向かっている。
 そして、その上‥‥大木から突き出される枝を足場にして下の様子を伺っている俺とラノン。


「レンさん?   どうかしました?」


「いや、少し疲れただけだ」


 今の俺がするのは皇達の護衛。
 この大森林はそれほど強い魔物はまず出ないが、低級の魔物が出ることはザラにある。
 デートを邪魔されないように上から魔物を察知し、始末するのが今の俺の仕事だ。
 周りを見ても特に魔物がいる気配はない。
 最後に下を見ると皇達はだいぶ前に進んでおり、今俺がとまっている木からは離れてしまっていた。


「少し移動するぞ」


「はい」


 ラノンは俺の体に回している手で軽く俺を抱き寄せた。
 その時俺はふと思った。


 なんか、ラノン‥‥お姫様だっこに慣れたな。


 最初に比べ抱えている俺も楽になったし、互いに恥も完全に無くなっている。


 身体強化・風ウィンドブレイブ


 風をまとい推進力を得た俺は枝から枝へと飛び移り皇達の真上のポジションを取る。


「ふぅ‥‥」


 身体強化・風ウィンドブレイブを解除すると枝に膝をつけ呼吸を整える。


「レンさん、大丈夫です?」


 皇達に近い位置にいるのでラノンは声量をかなり抑えている。
 胸元にいたラノンはどこからともなく出したハンカチで俺の額の汗を拭ってくれた。


「悪い、助かる」


 ラノンは俺のその言葉を聞いて笑みを浮かべる。


「それにしてもずい‥‥きた」


 俺の視線の先、左二十メートルほど先に一匹のワーウルフが姿を現す。
 匂いを辿っているのか皇達の姿は認識してはいないようだが、それは確実に近づいていた。
 俺は視線の先で魔物を必死探しているラノンを木の上に下ろすと、ワーウルフへ右手を突き出し距離間を測る。


「あ、いました。随分と遠いようですが‥‥どうするつもりですか?」


「ここから狙い撃つ」


 悟られずに魔物は排除しろ、って言われてる以上下手に音を立てることはできない。


 やるからには一撃で、だ。


「それは魔法を使って、でしょうか?」


 ラノンは遠くにいるワーウルフを見ながら訊いてくる。
 一般的に魔法は派手で高威力、広範囲なので偵察等ではまず用いられない。


「あぁ、それもラノンも使える魔法でな」




 魔法における階級を決める基準は最低限の発動ができる難易度。
 つまり同じ魔法を使うのにも最高魔導師が使うのと見習い魔導師か使うのではまるで威力が違う。
 その差は使用する魔力の大小もあるが、それより大きいのが効率。
 反復して魔法を使うと次第にその手順にも慣れるので、出が早く威力の高い魔法となる。


 まぁ、要するにどんな魔法でも使い方次第で威力は上がるってことだ。


 俺は右手でワーウルフを捉えると、氷の魔力を集中させる。
 魔法を使う際の魔力を感じ取ったラノンは黙って俺の動きを見ていた。


氷の矢アイスアロー


 手の中で作り出した氷の矢は本物の矢と遜色ない速度で放たれる。
 それは瞬く間にワーウルフの下まで届くと、その頭を射抜く。


「ふぅ‥‥」


 集中状態を解いた俺は全身から一気に力を抜く。


 魔法を使った狙撃はどうにも精神が疲れる。
 これが群れだったりしたら接近するしかなかったな。


氷の矢アイスアローって‥‥あんなに速く飛ばせるものでしたか?」


 ラノンが不思議に思うのも当然。
 下級魔法をここまで極めようとする人はこの世界においてかなり少ない。
 限界のある下級魔法よりも上級、最上級の方が強いと考えていたのだろう。


「あぁ、練習次第で誰にでもできるようになる」


 師匠の修行の中で上級魔法の次にやらされたのがこれ。
 下級魔法の練度を上げることだった。


「そうなのですか‥‥では、今度私に教えてくれますか?」


「別にいいけど‥‥結構きついぞ?」


 上級魔法が魔力を使って放つとするならば高威力の下級魔法は精神力を使って放つようなもの。
 あまり勧めたいものではないが、本人が望むなら問題ないか。


「レンさん」


 名前を呼ばれたので顔を見ると、ラノンは顔を真横へと向けていた。
 何を見て‥‥


「あ、やばっ」


 気がつけば皇達は近くにおらず、はるか先を歩いていた。


「レンさんって意外と抜けているところありますよね」


 俺の顔を見たラノンはあどけなく笑う。


「‥‥早く追うぞ。掴まれ」


 俺は顔を背けながら腕を伸ばす。


「はい」


 そう答えたラノンは勢いよく俺の腕の中に飛び込んでくる。










 皇達を追うこと数十分、四度目の魔物を倒し終え、皇達との距離を詰めようと思ったその時、一つの違和感を覚える。
 木々が密集する大森林において、皇達の先には一切木が生えていない。
 それが表すことは一つ。


「終わった」


 帰り道は皇がソフィアさんを抱えていくらしいので、俺の仕事はここで終わり。


「あそこが生命の湖ですか!?」


 安堵の息を吐く俺の胸元で興奮したラノンは歓喜している。
 ここからだと木が邪魔になってよくは見えないがうっすらとその全貌は見えた。


「レンさん、早く行きましょう!!」


 俺の体を揺さぶり進むよう促す。
 ここまで浮かれているラノンは珍しいな。


「わかったから揺らすな。しっかりと掴むっていろよ」


「はい!!」


 このまま真っ直ぐと行ったら皇達と鉢合わせてしまうので、木と木の間を飛び回りながら生命の湖の周りを迂回する。
 その間終始ラノンは僅かに見える生命の湖に夢中でいてもたってもいられなさそうだった。
 皇達とは丁度反対側に回り込んだところで俺は地面へと降り立つと、腕の中で暴れるラノンを地面へと下ろす。


「わぁ〜、凄い‥‥綺麗です」


 一面に広がる真っ青な絨毯、それは湖を思わせるような澄んだ水色。
 絨毯によく目を凝らしてみるとそこに見えるのは小さな青い花、それが何千何万と密集することで地面を青く染め上げている。
 そしてその真ん中にぽっかりと空いた孤島、そこにそびえ立つのはこの大森林で見たどれよりも高い大樹。
 全体で見るとそれはまるで湖に浮かぶ孤島と、そこから伸びる巨大な樹だった。
 ラノンはうっとりとした表情で生命の湖を眺めている。
 ここが最高のデートスポットだってのも‥‥納得だ。
 この世界に来てから感動する幻想的な風景に何度も出会ったが、これはその中で最も美しい。


「レンさん、あの木まで行きましょう!!」


 ラノンは俺の手を引き、湖の中へと引きずり入れようとする。


「それは無理だ。今は皇とソフィアさんがいる」


「あっ‥‥」


 二人のことなどすっかり忘れていたラノン。
 俺はラノンからバスケットを奪い取ると近くの木によしかかるように座る。


「待とう、あいつらがいなくなるまで」


 ラノンは不満そうな顔をすると、未練たらしく大木の方を見る。


「‥‥はい、わかりました」


 ラノンは俺と肩がつくほどの距離に腰を下ろす。


「別に二人でならいくらでも待てるだろ?」


 ちょっと恥ずかしいことを言った自覚があり、俺は僅かに熱をもった顔をラノンから背ける。


「それも‥‥そうですね」


 声に明るさが戻ったラノンは甘えるように俺の肩に自分の頭を乗せてきた。


「昼食はあいつらがいなくなってからあそこで食べるか?」


 俺は正直なところさっきから空腹感を感じていたのだが、ラノンとしては孤島で食べたいのだろう。


「レンさん、お腹が空いたのですか?」


 だがそんな俺のやせ我慢を容易に見破られ、逆に心配される。


「‥‥あぁ」


 普段なら強がっていたところだが、疲労と緩んだ心が合わさって俺から本音を引き出す。
 それを聞いたラノンは何も言わずにバスケットから中身を取り出していく。


 いいのか?


 そう訊こうと思ったのだがどうせわかりきった答えが返ってくるだけ。
 俺は黙ってラノンから厚切りに竜肉の挟まったパンを受け取ると視線を花畑に漂わせながらそれを口へと運ぶ。














「綺麗ですね」




 手元のパンがなくなり、眠るような感覚で花畑を眺めていると、ふと隣からそんな声が聞こえてくる。




「あぁ、綺麗だ」

















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