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五導の賢者

アイクルーク

デート

 
 俺は珍しく小洒落たグレーのジャケットを羽織り、上質な椅子に腰かけ舞台を見ていた。
 現在、俺はラノン、皇、ソフィアさんと王都にある最大級の劇場、テアートロンに来ている。
 劇場には数百人もの人が役者たちの一挙一動を静観しており、その中でも俺たちは上階にある特別席で演劇を見ていた。


 そろそろ、フィナーレか。


 そう察しのついた俺は演劇に集中しているラノンの顔を盗み見る。


 こういうのにはあんまり興味なかったが、悪くないな。


 内心でそんなことを考えながらも俺は視線をステージに戻す。










「それでは見てくださり、ありがとうございました!!」


 舞台で繰り広げられていた物語のラストシーンも終わり、役者達が一同に並びお辞儀をする。
 それを皮切りに劇場全体が拍手で包まれ、騒然とした雰囲気になった。


「面白かったですね」


 ラノンが控え気味に拍手を贈りながら、俺に聞こえるよう顔を近づけて話す。
 物語の内容はこの世界で過去にあった出来事を元にしたと言われる恋愛ものだった。
 元の世界と比べるとセットなどの稚拙さが目立ったりもするが、魔法というあっちには無い要素が舞台を盛り上げていた。


「あぁ、なかなか面白かった」


 間近に迫っていたラノンの顔をまじまじと見つめていると、それに気づいたラノンと目が合う。


「なにを見ているんですか?」


 優しく笑いながら少しだけ首を傾げるラノン。


「いや‥‥なんでもない」


 目を逸らすと舞台の上にいた役者へと意識を向ける。


 一人一人の演技も迫力があってよかったな。
 こんな世界でもちゃんとした演劇が‥‥いや、こんな世界だからこそ娯楽が充実してるのかな。


 するとラノンが倒れるように体重をかけてきて、そのまま俺の腕に抱きついてきた。


「今日は‥‥デート、なんですよね?」


 甘えるような、そんな声を出しながら上目遣いで俺を見つめてくる。
 そう‥‥今、俺たちはデートをしている。


 なぜこんなことになったのかというと、俺達が王都に帰還した日‥‥つまり十日前、皇からの一つの頼みごとが要因となっている。


『ソフィアとのデートを手伝ってくれ』


 最初は意味もわからなかったが、詳しい話を聞いているとその意味も理解することができ、色々考えた末に承諾した。
 とは言え、当日にやることはそこまで多くないのでせっかくということでラノンも一緒に来たわけだ。


 まぁ、今の内にラノンと遊んでおくのは‥‥正解、か。






 劇場を出た俺たちは特に目的地もなく、人が行き交う繁華街のど真ん中を歩いていた。


 俺とラノンの前を歩く皇は黒シャツに黒いジャケットと、全身を黒く統一した格好をしている。
 ただ勇者として顔が割れているのでいつも持ち歩いている大剣を持たず、髪の色も光の魔法で今は金髪に変えていた。


 なんでも光の波長を弄るのだとか。
 いくら勇者でも剣無しで髪の色が違ったらばれないものなんだな。


「姉さん、楽しそうです」


 ソフィアさんは滅多に城の外に出ることないそうで、皇と共に立ち並ぶ店を回っていた。


 ラノンはといえば旅の間に色々なものを見たこともあり、特に浮き足立つようなことはなさそうだ。


「少し時間がありそうだし、適当に店でも回るか?」


 幸いにも店は腐るほどある。
 まず退屈することはないだろう。


「何の時間ですか?」


「あー、気にすんな」


 どうせ後でわかる。
 太陽は北に昇っており、雲一つない青空で輝いていた。


「そうですか。少しお腹が空いたのでどこかで食事でも‥‥どうですか?」


「‥‥食事は予約を入れてある」


 俺は少し詰まりながら返答する。
 ラノンは不思議そうな顔をしながらも何も聞かずに歩き続けた。


 なんかちょうどいい店でもないかな‥‥


 そう思い店の名前を一つ一つ確認していると、妙に気になる店の名前があった。




   ─機巧屋セルゲオ─




 それは紫のテントの上に付けられた看板に記されており、見るからに怪しさが滲み出ていた。


 まぁ、せっかくだから行ってみるか。


「ラノン、あの店に行ってみないか?」


 俺がそう言って指を指すとラノンはなんともいえない反応をする。


「えっと‥‥いいですけど、あれはなんのお店でしょうか?」


 機巧というこの世界では聞きなれない単語。
 思い当たるのは機械だがそんなものがここにあるはずがない。


「まぁ‥‥行けばわかる」


 そんな行き当たりばったりな思考で俺はラノンとテントの入り口をくぐり抜けた。






 中は思った以上に狭く、店主であろう妖しげな爺さんに俺とラノンの三人がいるだけで息苦しく感じてしまうほどだった。
 爺さんの前には薄汚れた布が引かれており、その上には多種多様な道具が並べられている。


 これは‥‥機械?


「いらっしゃい」


 特にやる気のない接客態度だったが、爺さんは妙に鋭い眼光を放っていた。


「ここは何を売っているのでしょうか?」


 ラノンは異様な雰囲気に気づいてないようで体を屈めて商品を眺めている。


「珍しい客だね。ここにあるのは機巧さ」


「機巧とは、なんなのですか?」


 ラノンは並べられていた扇子のような棒状の何かを手に取って眺め出す。


「機巧ってのはな、簡単に言っちまえば便利な道具のことよ。大したことはできないが多少は役には立つぜ」


 機械、というよりかはからくりとかの方が近いかな。
 ざっと見た感じだがあくまで動力源は手動っぽい。


 俺もその場でしゃがみこむと並べられている商品に目を通す。


「これはどう使えばいいのですか?」


 ラノンはそう言いながら手に持っているものを眺めている。


 よく見てみれば扇子のようなものっていうか、扇子そのものだな。


 俺はラノンの持っていた扇子を掠め取ると、勢いよく振って扇子を開かせる。


「ほら、こうやるんだ」


 開いた扇子でラノンを扇ぐと綺麗な銀髪がサラサラと風でなびいた。


「きゃっ‥‥」


 突然の突風にラノンが悲鳴をあげる。


 あれ‥‥?


「ほぉ、よく使い方を知っていたのか」


 俺が扇ぐのを止めるとラノンは嬉々とした表情を見せる。


「面白いですね。でも、レンさんはどうして使い方を知っていたのですか?」


 俺は閉じた扇子をラノンに渡す。


「あー、昔いた場所にこれと似たものがあってな」


 さすがにここで元の世界とは言えず、ぼかした言い方をする。
 ラノンはすぐに理解したようで何度か頷く。


「なぁ、爺さん。これ、なんか特殊な素材でも使っているのか?」


 重くしっかりとした木が軸となり、鮮やかな紅い羽が付けられているだけのいたってシンプルな構造。
 だがさっき俺が起こした風は込めた力から考えても明らかに過剰なもの。
 爺さんが歯をむき出しにしてニヤッと笑う。


「おう、よくわかったな。希少な素材を使っている分、無駄な力を使わずに風が起こせるってわけよ」


 素材の力、か。
 さすがはファンタジー、ってか。
 まぁ、だかこれだと使い道も微妙だな。


「あれ?   上手く、開きません」


 扇子を開けずに苦戦していたラノンに手を添えて、軽い手助けをする。


「思い切ってもっと勢いよく‥‥あぁ、そうそう」


「あ、開きました!!」


 扇子を開くことのできたラノンは楽しそうに俺に向かって扇いでくる。
 心地よい、というよりかは強過ぎる風が俺にぶつかってきた。


「爺さん、他になにか使えそうな物はないか?」


 せっかくだからラノンにプレゼントしてみるか。
 ラノンは衣食住に何不自由することなく生きているので今までプレゼントする物がいまいち思い浮かばなかった。


 だが、ここでなら‥‥


「そうだの‥‥これなんかどうじゃ?」


 爺さんが指差したのは荒く削られた両手サイズの木の箱。
 その箱にはパッと見た感じ開けられそうなところはなく、横から金色のゼンマイのネジのようなものが飛び出していた。


「これは‥‥なんですか?」


「そいつはな、音箱ってもんだ。試しにそのネジを何度か回してみな」


 俺とラノンは勧められるがままに音箱を手に持つとそのネジを指でつまんで数回だけ回す。


 カチカチカチ


 いかにも機械な音が聞こえた次の瞬間、かん高い透き通るような音がテント内を木霊する。


「これは‥‥?」


 オルゴール?   と思わず言いそうになるがどうにか口の中で押し留める。
 音箱からは綺麗な音色が流れ続け、落ち着いた雰囲気の曲を奏でている。


「凄い‥‥とても、綺麗です」


 音楽に聴き惚れるラノン。
 この世界では音楽はかなりマイナーな部類に分類されており、おいそれと聴く機会はない
 それは庶民だけでなく、王族にも当てはまるのはラノンの様子を見れば一目瞭然。


 オルゴール、ね。
 まぁ、ラノンも気に入ってるみたいだしこれでいいか。


 俺は隣にいるラノンと顔を見合わせてから、手元の音箱に視線を戻す。


「レンさん‥‥?」


「爺さん、これはいくらだ」


「それは銀貨十枚じゃ」


 高っ!!


 とも思ったが、これだけの精度をもつものだ。
 そこまでぼったくりというわけでもないか。
 俺は腰袋から硬貨を取り出し、その中から銀貨を選んでいると、その隣でラノンが手提げのカバンから財布を取り出していた。
 手の中にあった十数枚の硬貨の中から銀貨十枚を素早く抜き取ると、差し出されていた爺さんの手へと落とす。


「まいどー」


 ワンテンポ遅れて財布から銀貨を取り出したラノンがすでに爺さんの手にある四枚の銀貨に気がつく。


 まぁ、ラノンなら払おうとするのには想像がついていた。


「えっ‥‥と?」


 俺は困ったように視線を送ってくるラノンの頭を二度だけ軽く触れる。


「言っただろ。デートってのは男が全部支払うもんだって」


 さすがにデート中のプレゼントを自分の金で買わせるわけにもいかない。


 幸いなことに今は金に困ってないしな。


 ラノンは不満そうな顔になるが、それでも嬉しさが勝ったのか自然と頰が緩んでいた。


「ありがとうございます」


「あぁ、当然だ」


 俺達は爺さんに礼を言うと店を後にする。










 繁華街から少し外れた場所にあるベンチがいくつか並べられている広場、買い物を終えた俺たち四人は一息吐くためにここまで来ていた。
 ラノンとソフィアさんの手には果実水の入った木のコップが握られており、二人で並んでベンチに座っている。
 皇とソフィアさんの荷物を見る限り、特に移動の邪魔になりそうな物は買っていないようだ。


「テンマとアキゾラさんは座らないのですか?」


 ソフィアさんのその言葉で俺と皇の目が合う。


 やっぱり、やるのか。
 まぁ、ここまできてやらないとか言い出したらそれはそれでムカつくか。


「俺は少し用がある。少しの間、ここで待っていてくれるか?」


 皇の言葉にソフィアさんは首を傾げるが、特に考えることもなく返事をする。


「ええ、わかりました」


 即答、か。


 ソフィアさんの皇への信頼の強さが少しだけ垣間見えた気がした。
 そんなことを考えていると皇は俺に軽く目配りをしてから短く、


「蓮、ソフィアを頼む」


 とだけ言った。


「了解」


 打ち合わせ通りの内容に俺は返答すると、皇はソフィアさんに見送られながら広場を後にした。
 皇がいなくなり三人の会話がピタッと止まる。


 今の時間は俺が好きなようにしていいんだよな。
 特にこの時間については打ち合わせしてないし。


 ソフィアさんに視線を向ける。


 ‥‥かといって、特に話したいことがあるわけでもないんだよな。


 適当な会話でもしようかと思い始めたところで真剣な顔をしたソフィアさんが口を開く。


「あの‥‥アキゾラさん」


 さっきまでの明るい声とは明らかに違う、落ち着いて‥‥どこか悲しそうな声。
 隣にいたラノンもその違いに気づいたのか不安気な顔で姉の様子を伺っている。


「なんだ?」


 別に今までがふざけていたわけではないが、俺は声のトーンを一段階落とす。


「一つ、頼みごとをしてもよろしいですか?」


「‥‥内容次第だ」


 王族のお願いなど気軽に答えられるものではない。
 ソフィアさんは膝に乗せるようにして持っている空のコップへと視線を落とす。


「そうですね。まずは、内容を話さないといけませんでした」


 ソフィアさんは一度深呼吸をすると顔を上げて俺と視線を交える。


「テンマは今までたった一人で何度も魔王の脅威を退けてきました。それはとても凄いことで、この国の王女として感謝するべき‥‥いえ、感謝しなければならないことなのでしょう」


 ソフィアさんは唇を噛み締め、涙をこらえようとしている。


「ですが‥‥無茶をして、傷ついて、それでも何事もなかったかのように振る舞うテンマを見ていると、ただのソフィアとして‥‥悲しいんです」


 愛する人を思っての行動が、愛する人を余計に傷つけてしまう。 
 それは多分‥‥俺とラノンにも言えることなのだろう。


「願わくばテンマには戦って欲しくない、そんなことすら考えてしまうんです」


 愛と義務感に板挟みにされる苦痛。
 それは戦いで傷つくことよりも辛いことかもしれない。


「姉さん‥‥」


 ソフィアさんの思いに共感を覚えたのかラノンは優しく肩に手を回す。


「わかっています。これがただの私のわがままだってことは、わかっているんです。でも、それでも‥‥テンマには生きていて欲しいんです」


 ソフィアさんは目元の涙を拭うと引き締まった顔に戻る。


「だからどうか、テンマのことを助けてあげてください。今までテンマは一人で戦っていましたが、アキゾラさんなら‥‥一緒に戦うことができるはずです」


 これはソフィアさんの切なる願いなのだろう。
 本当は王国なんかよりもよっぽど大切な願いなのだろう。
 ラノンが俺の無事を祈ることと同じような願いなのだろう。
 だからこそ‥‥


「約束はできない」


 俺にはこの願いを聞くことはできない。


「そう‥‥ですか」


 ソフィアさんの声のトーンは下がり、おもむろに肩を落とす。
 隣にいたラノンは驚愕の表情で俺を見てくる。


「理由を、訊いてもよろしいですか?」


 視線を下に向けたまま囁くような声でそう訊いてくる。


「‥‥俺にはすでに一つ約束がある。ソフィアさんの約束を背負うことは、その約束に背くことになるかもしれない。だから、約束はできない」


 皇がピンチに陥った時、俺が助けに行くとすれば当然危険も伴う。
 場合によっては死を覚悟しなければならないかもしれない。
 でもそうしたら‥‥ラノンとの約束が守れなくなる。


「そうですか」


 今度のソフィアさんの返事はさっきのような悲しみはなく、ラノンと俺を見比べて優しく頷いていた。


「まぁ約束こそしないが、できる限りはやってみる」


 安心させるようにいつも声に戻すと、元気づけるようにそう言った。
 その時、視界に皇の姿が映る。


「皇が来たぞ。顔、戻しておけ」


 皇の背中には慣れしたん親しんだ大剣があり、その手には二つのフタ付きの木のカゴを持っている。
 ソフィアさんは改めて目元を拭くと瞬く間に笑顔を取り戻す。


 ラノンは微妙な顔をしているが、まぁ‥‥皇はそこまで気にしないだろう。


 気持ちを切り替えた俺は皇へと顔を向け、これからのことへと意識を切り替えた。







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