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五導の賢者

アイクルーク

凱旋



 ベルーガを発ち約一ヶ月、休むことなく馬車で進み続けた甲斐もあり遂に王都の門前近くまで来ていた。
 この一ヶ月間、幾度となく魔物に襲われることがあったが、はっきり言って皇と俺、それにグレイスらの敵ではなかった。


「久し振りですね」


 ラノンが外から入ってくる少しだけ冷たい風に吹かれながらも、高々と立ち塞がる街壁に視線を向けている。


「うん、そうだね〜。もう馬車に乗らなくていいってだけ幸せだよ」


 そう言いながら体を伸ばすリア。


「俺は‥‥三年ぶり、か」


 逃げ出した日から正体がバレることを恐れ王都にだけは決して戻ることはなかった。
 ラノンが少し沈んだ表情を見せたので慌てて話題を切り替える。


「王都の街を回るのは初めてだから、ラノン、案内してくれるか?」


 幽閉状態の時に一度は行ってみたいと思っていたが、決して行くことができなかった。
 自由の身となった今なら気兼ねなく回ることができる。


「はい、もちろんです」


 ラノンは嬉しそうに微笑みながら首を縦に振る。


「ラノンは王族なのですからそう簡単には外出できませんよ」


 アドネスは視線も合わせずただ窓の外の街壁を眺めている。
 ベルーガを出発してからアドネスはこんな風に淡白な時が多く、度々空気を凍らせることがあった。


「まぁまぁ、ラノンは顔が知られていないからなんとかなるって」


 そんな時必ずフォローを入れるのがリア。


「王都の名所ってなんだ?」


 ふと疑問に思う。
 人口が最も多く、栄えている街だということはわかるがベルーガのコロシアムのように飛び抜けた知名度を持つ名所は知らない。


「王都の名所、ですか?   そうですね‥‥」


 ラノンもすぐには思い浮かばないのか考え込む。


 名所があるかどうかはともかく、ラノンが街へ出れるようにしなきゃな。
 王と直接交渉するのが一番か‥‥


「劇場‥‥劇場は、どうですか?」


「劇場?   劇場って、芝居とかやるのか?」


 これまで旅の語り部などは見たが、芝居をやっている人は見たことがなかった。


「はい、そうですね。ほとんど毎日公演を開いているらしいです」


「へぇー、そうなのか」


 それって結構大変な気がする。


 まぁ、いらない心配か。


 そう思っていると馬車が止まり、街門が開かれる鈍い音が大地を通して響き渡る。


「窓を塞いでください」


 アドネスがそう命令するとすぐさまグレイスとリアが木の板を取り出し、それを窓枠にはめる。
 これは市民からの視線を防ぐため。
 まだ顔の知られていない俺とラノンは不用意に顔を晒すことを避けるためこんな処置をしている。
 前を走る馬車が街門をくぐり抜けたかと思うと盛大な歓声が聞こえてくる。
 それはコロシアムでの聞いたものに勝らずとも劣らない。


「凄いな。皇の人気ってここまであったのか」


 そう、これは勇者の凱旋を祝っての声援。


 俺たちの乗る馬車はおそらくおまけ程度にしか見られていないだろう。


 だがその歓声により外の様子を見ることはできなくても相当の人がいることがわかった。


「そりゃ〜、そうよ。どっかの誰かさんと違って一人でいくつもの街を救っているだもん」


 嫌味ったらしい、でも不快にはならないリアの言葉。


「あいにく俺には力がなかったからな」


 あったとしても皇のように戦えるかは別だが。


「この三年間、スメラギさんは多くの人を救いましたから、その分市民からの支持を得られているのでしょう」


 そう語るラノンは微笑んでおり、それが妙に俺の心の中に留まった。
 それがたとえ真実だとしても受け入れ難いものもある。


「‥‥そうか」


 俺はラノンから視線を外すと短くそう返した。


「あれ‥‥妬いてる?   ねぇ、もしかしてレン、今スメラギに嫉妬した?」


 邪気のある笑みを浮かべたリアが茶化してくる。


「うるせえな」


 恥ずかしくなった俺はリアの頭を上から押さえつけ黙らせると探るようにラノンの方を見る。


「っ‥‥」
  
 ラノンは顔を赤くしたままうつむいており、チラチラと視線をこっちに向けていた。
 さらなる恥ずかしさがこみ上げてきた俺は、逃げるように顔を閉じられた窓の方に向ける。
 結局、王城に着くまでの間妙な気まずさのせいで馬車の中で会話が生じることはなかった。










 王城に着いた俺たちはどこにも立ち寄ることなく王の間へと向かっていた。
 どこか懐かしい王城の石造りの通路を歩きながら、俺は今一度辺りを見渡す。
 案内の兵士を先頭に皇とその部下二人、その後ろに俺とラノンが続き、最後尾にラノンの護衛三人が歩いている。
 さすがにこのままの格好で王と会うことになるとは誰も思っていなかったようで、その旨を聞いた際にはかなり驚いていた。
 唯一、皇だけは特に取り乱す様子もなく、平然と兵士の話を聞いていた。


 だがまぁ、ろくな支度もさせず呼び出すあたり‥‥ベルーガからの共同戦線が破綻したことに怒ってると考えるのが妥当か。


 詳しい事情を知らないとはいえ、はたからすればラノンが婚約から逃げたように見える。


 怒っているのも当然か。


 下を向きながら考えていると、前を歩く皇の足が一際大きな扉の前で止まる。


「この先で王がお待ちだ」


 先頭を歩いていた二人の兵士は左右に分かれ、扉の取っ手に手をかける。
 王か‥‥
 召喚されて以来ほとんど会うことがなかったのであまり記憶に残っていない。
 鮮明に覚えているのは最初に会った時と最後に会った時。


 最後に会った時は虫けらを見るような目で見られたな。


 隣から唾を飲み込む音がする。
 ラノンは緊張した面持ちで扉が開くのを待っている。


 ギィィ


 鈍い音を発しながら開かれる鉄の扉。
 扉が完全に開かれると皇は躊躇うことなく王の間へと足を踏み入れる。
 俺は震えているラノンの手を掴むと皇の後に続いて王の間へと入っていく。






 左右対称に並ぶ大理石の柱、繊細な絵画が描かれた天井とそこから吊るされるガラス細工のシャンデリア。
 扉から真っ直ぐと王の座るイスまで続くレッドカーペットの傍には槍を持った騎士達が列をなしている。
 その数‥‥およそ二十。
 堂々とした態度で皇は部屋の中央まで歩くと膝を床につけ、その場で頭を下げる。
 皇に続くように俺とラノンもその後ろまで歩き、立ち膝になった。


「さて‥‥まずは勇者よ。此度の遠征、誠にご苦労であった」


 全員が揃うと王がイスに肘をかけたまま話し始める。


「ありがたき幸せ」


 形式的なやりとりであることは一目でわかる。
 やる気のない皇の声がそれを強調していた。


「次に‥‥ラノン。なぜベルーガとの縁談が破綻となったのか‥‥説明してもらおうか」


 重々しい王の言葉。
 さすが一国の王というだけあり言葉の重みが違う。
 隣で頭を下げているラノンは小刻みに震えながら顔を上げる。


 実の父親に‥‥そこまで怯えるのか。


「はい。えっと‥‥私達はベルーガへの道中にて隣にいます賢者と出会い──」


「なぜ破綻となったのか、と訊いているのだ」


 今回の出来事を俺との出会いから説明しようとするラノンだったが、王がそれを一喝する。


「すみませんでした」


 身を縮こまらせたラノンが深く頭を下げる。
 ラノンは小さい頃から魔法の訓練ばかりでまともに父親と関わらなかったらしい。
 もはやこれは親子というよりかは主従関係の方が近いな。
 何を言えばいいのかわからなくなったラノンは口をつぐんでしまい、助けを求めるかのように視線をこちらに向けてくる。
 ‥‥しょうがない、か。


「俺が、奪いました」


 俺はその場に立ち上がると王に面と向かって宣言する。
 その無礼な行動に周りの騎士達はどよめき、槍を向けるまではしないでも身構えていた。
 途中で武器類は没収され、手元にクインテットはない。


「お前は三年前に死んだ賢者だな。なぜこんな所にいる」


 三年前と同じ、見下すような視線。


「この国のために死ぬ気はなかったので」


 あのままここに残っていれば確実に賢者として使い潰されていたであろう。


「それに弱い賢者なら死んだほうがいいのでしょう?」


 下手に魔人に負けて士気を下げるよりも、死んで英雄として扱ったほうが戦力的には得をするだろう。
 まぁ、そんな意図は欠片もなかったが。


「だからといって逃げていい理由にはなるまい」


「別に逃げたことについてとやかく言うつもりはありません。ただ‥‥」


 俺は両目を閉じると魔力を乗せた殺気を飛ばす。


「別に俺が国に従わなきゃならない理由なんかないだろ?」


 殺気に当てられた騎士達は次々と床に膝をつけるが、王はほとんど動じることがなかった。


 やっぱり、精神力が異常に高い。
 そこいらの騎士より高いって‥‥どういうことだよ。


 内心苦笑しながらもそれを顔には出さないよう心がける。


「理由ならある。お前が賢者だからだ」


 王は平然とした顔でそう告げる。
 ちっ‥‥これだから──


「それは違うと思います!!」


 歯をくいしばる俺の隣でラノンがそう叫ぶ。
 滅多に見れない怒った時のラノン。


「お前は黙っていろ」


 王は冷徹な視線をラノンへと向ける。
 それは俺の使う威圧に近いもので、言葉を発するのも辛いはずだ。
 ラノンはそれを受けながらも手を握りしめ、王から目を逸らさなかった。


「黙りません。レンさんは私達の勝手な事情で戦わされようとしているんです。賢者だからとかそんなことは関係ありません。きちんと、誠意を持って‥‥頼むべきです」


 ラノンの必死の嘆願を聞いた王は唸りながら考え込むように目を瞑る。
 自分の思いが伝わった思ったのかラノンは少しだけ安堵の笑みを浮かべていた。
 やがて王はゆっくりと目を開き、その美しい蒼の双眼を覗かせる。


「どうやらお前達二人が恋仲であるというのは本当らしいな」


 事前に連絡が来ていたのか?
 ベルーガが伝書鳳を出していたと考えれば、それも納得がいく。
 だとすれば今までのやり取りは茶番、か。


「まぁ、よい。戦力が手に入るのならばベルーガの兵だろうが、賢者だろうが構わん。問題はどちらの方が強いか、だ」


 皇はベルーガの方が上だと言っていた。
 王がどう決断するか‥‥


 俺は額から一筋の汗が流れ落ちるのを感じる。


「ベルーガの城を単騎で落としたというのも、勇者と競り合うほどの戦いをしたというのも聞いている」


「どちらも優劣を決定付けるほどの戦果ではないが、それなりの強さがあることは認めよう。今はお前を戦力と見なし、ラノンを与えてやる。相応の成果を出せ」


 完全に俺やラノンを見下した言い方。


「‥‥わかりました」


 王の言い方が癇に障ったが、ここで逆らってもいいことなど一つもない。
 脳内に浮かび上がってくる反論の言葉を黙って呑み込むと、その場で深々と頭を下げる。


「用がないのなら下がれ」


 王は隣にいた臣下から何か書類を受け取るとそれに目を通し始める。


「それでは、失礼しました」


 最後にもう一度頭を下げると、今度はグレイス達を先頭にして兵士達によって開かれた扉から王の間を後にする。










「あー、疲れた」


 王の間を後にして通路を歩く俺たちは肩から力が抜けていた。
 それを特に顕著に表していたのがリアで体を伸ばしながら声を漏らしている。
 ラノンもどこか疲れた様子で笑っており、グレイスはいつものように無言でその後ろを追っていた。


「思っていたよりも否定的な態度だったな」


 てっきりもっと快く受け入れてくると思っていたが、やはりベルーガの戦力は俺の思っているより重要だったようだ。


「そうですね‥‥私が言い返してしまったのが悪かったのでしょうか」


 ラノンがやや落ち込んだ様子でそう言う。


「それは違うな。王はかなり慎重派、未知の強さの蓮に警戒していただけだ」


 皇は一切視線を向けることなく淡々とそう告げる。


 なるほど、そう言うことだったのか。


 別れ道に差し掛かり俺たちの足が止まる。
 特に目的地を決めていたわけではないので誰も先に進めずにいた。


「もう護衛の任務も終わっていますので、僕はここで失礼します。今まで、お疲れ様でした」


 アドネスはそう言うと二つに別れた道の左側を歩き始めた。


 そういえばアドネスはラノンの部下じゃなかったな。


「あ‥‥」


 ラノンが何かを言おうとしたのか手を伸ばすが突然のことすぎて固まっている。


「お疲れさん」


 ラノンにお構いなしに歩き続けるアドネスに簡単な別れの言葉を言っておく。
 もう二度と会えなくなるわけじゃないし、この程度で問題ないだろ。


「じゃあね」


「‥‥‥‥」


「アドネス」


 ラノンの声にアドネスは足を止めると、いつも通りの笑顔を見せる。


「これまで守ってくれて、ありがとうございました」


 深々と頭を下げるラノン。


「任務ですから。それでは」


 アドネスはそれを笑いながら受け流すと、ラノンに背を向けて再び歩き始める。


「なんか淡白だね」


 リアがアドネスの背中を見つめながらボソッと呟く。


「あいつは旅を任務と割り切って動いていたからな。任務が終わった今となっては俺たちに興味がないんじゃないか」


 アドネスはラノンが危険に晒されると判断すると何よりもラノンの安全を優先しようとしていた。
 それは案外、正義感に任せてがむしゃらに動くよりも難しいことかもしれない。


「俺も用があるからここからは一人で行く」


 端の方にいた皇が一段落着いたのを見計らってそう告げる。
 この一ヶ月間、俺と皇の交流はかなり多かったがその他とはあまり積極的に関わろうとはしていなかった。
 ラノンだけはその性格もありそれなりに打ち解けることができていたが、それもどこかぎこちなさを感じさせるものだ。


「そうか‥‥じゃあな」


「お疲れ様でした」


 皇は手だけ俺とラノンの言葉に応えるとアドネスとは逆へと去っていく。
 その場に残されたのは俺、ラノン、リア、グレイス。


「どうするの?」


「ひとまずは私の部屋に戻ろうと思いますが‥‥」


 ラノンの視線が俺に向けられる。
 そう、この城には俺の部屋と呼べるものが存在しない。
 三年前は別棟の一室を借りていたが、さすがにもう荷物も処分されているだろう。
 どうするかな‥‥
 困った俺はずっと見つめてくるラノンと視線を交じ合わせる。


「私の部屋に‥‥来ますか?」


 遠慮気味にそう尋ねくるラノン。
 その緩んだ口元を見る限り、拒絶というよりは恥ずかしがっているだけに見えた。
 どうせこのままいてもすることがないからな。


「入ってもいいのか?」


 なんと言うか、正直女子の部屋に入るのには少しばかり抵抗があった。
 抵抗、と言うよりかは気恥ずかしさだろうか。


「はい」


 だがそんな俺の気も知れず嬉しそうに頷くラノン。


「まぁ、行くあてもないから行ってみるか」


 俺はしょうがなくいくかのように振る舞いながら、ラノンの誘いを受ける。


「あれ〜、また照れた?   ねえ、今照れたよね?」


 図星を突かれ顔を背ける俺。
 そんな俺を茶化すリアと傍で笑っているラノン、そしてそれに一切関心を示さないグレイスは長く続く通路を歩き始める。









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