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五導の賢者

アイクルーク

覚悟

 
 窓を閉め切り暗くなった宿屋の一室、テーブルの上に並べられた道具を一つ一つ確認しながら腰袋に詰め込んでいく。
 少しだけ膨れ上がった腰袋を端に置くと、今度は昨日購入したばかりの第一関節まで全て覆えるミスリル製の手甲を着ける。
 あまり慣れていない防具だが、厳しい戦いがあるとわかっている以上、着けていて損をすることはまずないだろう。
 そして左足にはナイフケースに収まったヒヒイロカネのボウイナイフを括り付けておく。
 これで‥‥充分だ。
 俺は腰袋を付け、その上から紺の外套を羽織ると、最後に壁に立てかけられたクインテットを手に取る。


「さて‥‥行くか」


 装備を整えた俺は空っぽになった部屋を一人後にする。










 コロシアムへの道を歩いていると周りに違和感を覚える。
 この人の流れ‥‥
 行き交う人の数がここ三日間に比べ圧倒的に多く、それに加えその流れが俺と同じ方向‥‥コロシアムへと向かっているのがわかった。


「なぁなぁ、今日の試合、どっちが勝つと思う?」


 隣にいたハンター風の男二人が和気藹々とした様子で話している。
 聞くつもりはなかったが一度意識してしまった以上、その大きな声に自然と耳を傾けてしまう。


「そりゃあお前、勇者に決まってんだろ。今までどれだけの功績を挙げてると思ってだよ」


「まぁ、やっぱりそうか。だが、賢者は五属性全て使えるらしいぜ。それに三年間も行方を眩ませてたんだ。相当強くなっているはずだぜ」


「バッカだな、お前。歴代最強の勇者だぜ?   負けるわけがないだろ。それにほら。その賢者だって召喚されて早々に姿をくらますような奴だ、実力も大したことねえさ」


「そ、そうか?」


「そうだよ」


 ただの世間話ではあったが、当の本人である俺は妙な気分になる。
 それにしても、ここまで人が集まるとはな。
 この街にいる全員が向かっているような勢いだ。
 まぁ娯楽の少ないこの世界で今日みたいな大イベントを見に行かない奴はそうそういないか。
 ふと、右隣を歩いていた若い女から視線を向けられているのがわかった。
 その女は近くにいた父親であろう男に耳打ちをしながらこちらを見てくる。
 おそらく俺が賢者ではないのかと勘付いたのだろう。
 城に乗り込んだ俺は一部の人には顔が割れてしまっているため、昨日までは注意を払って行動していた。
 だが、今はもうどうでもいい。
 さすがに絡まれるは面倒なので少し足取りを早め、前にいる人を次々と抜き去っていく。










 目の前にそびえ立つ巨大な建物、コロシアム。
 それは東京ドームくらいの大きさがあり、その全てが切り出された石で作られている。
 その形は古代ローマのコロッセオに酷似していたが、ただ一つ、建物の年季が違っていた。
 収容人数も万を軽く超えているらしく、俺が今いる観客用の入り口には長蛇の列ができている。
 俺はそんな行列から抜け出すと、周囲からの視線を浴びながらも裏にある戦士用の入り口へと向かう。


「おい‥‥あいつ、まさか?」


「ねぇ‥‥あの黒髪の人さぁ──」


 やはりと言うべきかかなりの注目を集めてしまっている。
 俺が構わずに足を進めていると、群衆の中から知った顔が一人俺の前へと飛び出してきた。


「ようやく見つけたよ、レン」


 三日ぶりに見るその顔はいつものような笑顔ではなく、しかめっ面だった。


「リア、どうしたんだ?」


 リアは構わずに歩き続ける俺の隣に並ぶと、顔を覗き込みながら話しかけてくる。


「どうしたって、本気で言ってるの!?   どこ行ったのか探したんだからね?」


 王子との決闘成立後、逃げるように城を去った俺は宿屋に戻ると寝ているリアを置いてすぐに別の宿屋へと移った。
 理由は単純、リアを含むラノン達から連絡を断つため。
 ラノンは俺を‥‥止めようとするから。


「なぁ、リア。もし俺が勝ったら、どうなると思う?」


「どうなる、って‥‥」


 リアは下を向いて考え始める。
 この戦いで俺が想像できなかったこと、それは俺が勝った時のことだ。
 王国はラノンを引き渡した以上その後の事態はベルーガの責任だとも言えるが、契約違反だと王国への助力を蹴ることも可能だろう。
 そこだけがどうなるかわからなかった。


「多分、ベルーガは非を認めないと思うな。この国って自分に利益がない時はとことこん関わらないから、ラノンが得られないならまず兵を出さないと思うよ」


 リアの言うラノンを物みたいに扱う言い方‥‥やっぱり王家の血筋が狙いなんだろうな。
 王が道を行く者達プレイフォーピースは魔人との戦いにおいて強力な戦力となる。
 しかも、それが後々まで続くとなると得ることのできるアドバンテージは計り知れない。


「そうか。やっぱり‥‥そうなるのか」


「そうなるのか、じゃないよ!?   レンが勝ったとして、その時ラノンの立場はどうなるのよ?」


 俺は問い詰めるようなリアの質問に間髪入れずに答える。


「仕事を全うできなかった第二王女、そんなところだろう。それに自分のせいで兵達が犠牲になるのはラノンにとっても辛いことだろうな」


 ラノンは誰かが傷つくことを極端に嫌がっている。
 例えそれが自分を犠牲にすることだとしても、誰かを助ける、そういう奴だ。


「わかってるならもう止めてよ!!   ラノン、自分のためにレンが傷つくことも、凄く嫌がってるよ?」


 リアは俺の腕を掴んでその足を止める。
 やっぱり‥‥ラノンは優しいな。
 俺はそんなラノンに惚れたんだから。


「だとしても‥‥俺に止まる気はない」


 ラノンが俺の傷つくことを嫌がるように、俺もまたラノンが傷つくことが嫌なんだ。


「っう!!」


 リアの俺を掴む手の力が強まる。


「俺は三日前にベルーガの城を落とした。もしベルーガが兵を送るのを止めるようなことになったら、代わりに俺が戦いに参加する。それで文句ないだろ?」


 戦力的問題がこれで解決する以上、ラノンが責められることはまずないだろう。


「えっ‥‥?」


 その言葉を聞いたリアは目を見開きながらもゆっくりと俺の腕から手を離す。
 魔王との決戦から帰ってきた賢者はほとんどいない。
 リア達には全てを話したので、おそらく俺のこの言葉の意味も理解しているだろう。
 正直参加なんかしたくはないが、今はそれ以外にラノンと一緒にいる方法がない。


「それに俺が勇者あいつを倒したとしたら、それは俺がベルーガこんなとこよりも使えることの最大の証明となる」


 俺はリアを置いて数歩だけ歩くと一度立ち止まってから振り返る。


「リア、ラノンに俺からの伝言を伝えてくれないか?」


「あ‥‥うん」


 まだ思考が正常ではないリアは空返事をする。


「俺が勝ったら会おう、だ」


「え、それだけ?」


 少しだけ正気に戻ったリアが呆気を取られた顔になる。


「それだけだ」


 俺はリアに背を向けると、すぐ近くにある戦士用の入り口へと歩いていく。


「頼んだぞ」


 そう言って俺は歓声の聴こえてくるコロシアムに足を踏み入れた。







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