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五導の賢者

アイクルーク

続くもの



 ラノンが大杖を掲げるとその先から蓄えられていた魔力が空へと放たれる。
 師匠も未知の魔法はさすがに警戒したのかクインテットを構えたながら様子を伺っていた。
 そして、ラノンの魔力が次第に上空で集約され百にも及ぶ小さな氷粒が形成され始める。


「はぁ‥‥はぁ‥‥」


 古代魔法エンシェントマジックを使うラノンは魔力の使い過ぎから辛そうな表情を浮かべており、額からは汗を流していた。
 そんな魔力が減っていくラノンとは対照的に氷粒はゆっくりと、そして着実に大きくなっていき、やがて一つ一つが剣へと姿を変えていく。
 宙に浮かぶ百の剣はラノンの振り下ろした大杖に呼応して動き出す。


「チィ‥‥」


 師匠も危機感を感じたのか大きく後退するが、それよりも早く氷剣が押し寄せる。
 その数は師匠といえども受け止められるものではなく、全力の飛蓮で攻撃範囲から逃れていた。


「レン‥‥さん‥‥」


 俺の後ろでは役目も果たしたラノンが息絶え絶えな様子でこちらを見ている。
 それを横目で見ていた俺は安心させるために迷いのない声を出す。


「大丈夫だ。あとは、俺がやる」


 そう言うと地面に突き刺さった氷剣の合間を縫って呼吸を整えていた師匠の下へと歩き出す。


「は‥‥随分と長いこと詠唱していやがると思ったら、こんなもんかよ」


 悪態をつきながらもクインテットを構える師匠。
 ここから先は小細工も何もない。
 ただ、俺が師匠を殺すだけだ。
 俺は手近に刺さっていた氷剣を両手でそれぞれ抜くと一気に駆け始めた。


「おいおい、そんな氷の塊で何ができるってんだ?」


 飛蓮で距離を詰めてきた師匠が振り下ろしてきたクインテットを俺は二本の氷剣を交差させることで受け止める。
 魔刀と氷剣がぶつかり合い甲高い音が辺りに鳴り響く。
 互いにかなり力を込めているがその両者の力は拮抗して威力を打ち消し合う。


「これが‥‥ただの氷剣だと思うか?」


 俺は力任せに押し返すと僅かによろめいた師匠に向かって両手の剣を投擲する。
 師匠は即座に片方を叩き落とすともう片方は体を横にずらして避けようとした。
 回避行動の後、師匠はピタリと動きを止める。


「‥‥なるほどな。随分と切れ味のいい氷だ」


 師匠は俺が投げた氷剣を回避しきれず、僅かにだが肩に切り傷ができていた。


 王が道を行く者達プレイフォーピース
 王家の血を継ぐ氷の魔導師のみが使えるという古代魔法エンシェントマジック
 人間側の魔人との戦いにおける切り札の一つで百の剣を作り出し兵士達に与えるというもの。
 その剣は使い手の魔力を吸収し、闇をも切り裂く力を与えている。
 本来なら軍勢の補助として使うのらしいのだが、今回は俺一人のために使ってもらった。


 俺は新たな氷剣を抜くと師匠との間合いを計りながら攻める機会を窺う。


「ま〜、大層な魔法だ。さすがは王家の力、ってか」


 師匠は大きく息を吐くと真剣な眼差しになり、クインテットを俺へと向けてくる。


「だがな‥‥いくら武器があっても俺は倒せねえぜ?」


 次の瞬間、師匠が俺の視界から消える。
 っく!!
 反射的に真横に構えた氷剣が間一髪のところで師匠のクインテットを受け止めた。
 だがその勢いまでは受けきることができず、そのまま体ごと飛ばされてしまう。
 俺は受け身をとり次の攻撃に備えるが師匠は予想に反して動きを止めた。


「よく反応したじゃねえか。だが、それがいつまでももたねえことぐらい、わかってんだろ?」


 あくまで余裕を見せつける師匠。
 やっぱり‥‥強いな。
 俺は自分の口角が僅かに上がっているのがわかった。


「確かに‥‥このままじゃ勝てないだろうな」


 そう‥‥このまま、だったら。
 体を起こすと氷剣を構えたまま全身に魔力を張り巡らせる。


「わかってんじゃねえか」


「だからこそ‥‥俺は今、あんたを越える」


「はっ、言うじゃねえか」


 師匠は嬉しそうにニヤッと笑う。
 それを目の端で捉えながら俺は全身から雷の魔力を一気に解放する。


身体強化・雷サンダーブレイブ


 体に流れる電流は肉体の限界を超えてその力を発揮させる。
 俺が今までの攻防で使っていた魔刀術の根本とも言える技だ。
 だが、今俺の全身にまとっている雷の量は普段とは桁違い。
 おそらくこれは普段の身体強化・雷サンダーブレイブの何倍もの負荷がかかるだろう。
 代わりに、俺は師匠と同等の身体能力を得る。


「俺は‥‥教えたぜ?」


 師匠はおもむろにため息を吐きながら左手で顔を覆う。
 指の合間から覗かせるその瞳は魔人特有の赤に染まっていた。
 一瞬の間に師匠は飛蓮で俺の真後ろに回り込むと一切迷うなくクインテットを振るう。


「過ぎた力は使うもんじゃねえ」


 鋭く、力強い一閃だった。
 だが、俺はそれを飛蓮で避ける。
 着地した後に師匠へと目を向けて見ると、クインテットを振り切った状態で硬直していた。


「おいおい‥‥どういうことだ?」


 師匠は乾いた笑みを浮かべながらフェイントを入れながらも飛蓮で向かってくる。
 右‥‥左‥‥そこでフェイントからの‥‥左だ。
 俺は右側から飛びかかってきた師匠のクインテットを両手持ちの氷剣で受け止めると、鍔迫り合いになりながら師匠の見開いた目と視線を混じ合わせる。


「やっぱり‥‥見えてやがんな?   どんな魔法を使ったんだ?」


 魔法、ね。
 口元の緩んだ俺は師匠の腹に蹴りを入れると逃げる隙を与えないように氷剣で追撃を仕掛ける。


「チィ‥‥」


 師匠は不満そうな顔で氷剣をさばきながらも俺の隙を伺っている。


「簡単なことだ。今までは強化しなかった部分を強化している、それだけのことだ」


「強化しなかった部分‥‥だ?」


 俺が行ったのは体感時間の強化。
 一秒を感じる長さは人ぞれぞれ。
 それは脳内にて処理される情報処理速度が関係していると言われている。
 身体強化・雷サンダーブレイブはあくまで肉体の限界を引き出す技であって決してその他の部分を強化することはない。


「そう‥‥俺は今、脳のリミッドを外している」


 元の世界にあるスポーツでいうならゾーンに近い状態。
 今の俺にはさっきまでは目で捉えることすらできなかった師匠の姿がはっきりと見えている。
 俺の振るった氷剣が闇の魔力の影響で砕け散ったため、すぐに後退して地面から氷剣を引き抜く。


「おいおい‥‥冗談だろ?   お前、死ぬ気か?」


 師匠は焦りの表情を浮かべながら僅かに首を傾けて俺の方を見てくる。


 飛蓮


「チッ‥‥」


 考えごとをしていてワンテンポ遅れた師匠は慌ててクインテットを構える。


 旋


 俺はそこから一気に背後へと回り込むと躊躇いなく切りかかった。
 反応が遅れながらもどうにか回避行動をとった師匠は氷剣を避けきれずその肩口を切り裂かれる。
 よし‥‥今の状態なら、負けてない。


「くっ‥‥雷閃」


 鋭い斬撃が牽制するかのように目の前で振るわれ、俺は反射的に動きを止める。
 態勢を立て直した師匠はクインテットを俺に向けながら距離を置き始めた。
 ‥‥さすが、だな。
 隙が全くない。


「お前‥‥自分がどれだけ危険なことをやっているのかわかってるのか?」


 俺の前にいる師匠は魔人としての顔ではなく、師としての顔になっていた。
 身体強化・雷サンダーブレイブを使えば多かれ少なかれ使用した部位は破壊される。
 それが筋肉や骨ならば死ぬことはないだろう。
 だが、仮に脳が大きく破壊されたとしたら俺は確実に死ぬ。
 それが軽度だったとしてもなんらかの後遺症は残る可能性は十分にある。
 俺は両手で持っていた氷剣から片手を放すともう一本氷剣を抜く。


「覚悟の上だ」


「ったく、馬鹿野朗が」


 飛蓮


 俺と師匠は同時にその場から動き始めた。
 俺は左側へ跳んだが師匠はその逆。
 師匠との距離こそ離れたものの互いに速度は常軌を逸している。
 少しでも気を抜けば一瞬で詰められるだろう。
 ここはじっくりと様子をみたいところではあるが‥‥


 飛蓮


 今の俺に長期戦を続けている余裕はない。
 俺は一気に師匠の目の前に飛び出すと左手に持った氷剣でその首めがけて突きを放つ。
 師匠はそれを体を横に倒して避けると崩れた体勢からクインテットを振ってくる。


「雷閃」


 どうにか黒い斬撃を右手の氷剣で受けるが次の瞬間には砕け散ってしまう。
 俺は短くなった氷剣を投げ捨てるともう片方の氷剣を両手で持つ。


「上出来だ」


 師匠は一瞬で態勢を戻すと素早く攻撃に転じてくる。
 クインテットを氷剣を押すようにぶつけてきたかと思うとそのままクインテットごと氷剣を上へと振り上げさせた。
 すぐに氷剣を振るうことができないが、それは師匠も同じ。
 そう思った次の瞬間、師匠が俺の体を蹴り飛ばした。


「っく!!」


 空中に打ち上げられながらも俺は半ば反射的に手に持っていた氷剣を師匠に向かって投げつけた。
 氷剣は回避する暇も与えずに師匠の腰へと刺さる。
 浅いな‥‥
 地面に着地した俺は呼吸を整えながらも一本の氷剣を手に取った。
 やっぱり身体能力的には大差ないが、クインテットの有無が大きいな。
 何を考えているのか師匠も腰に刺さった氷剣を抜くとクインテットを構えたまま静止している。
 打ち合いに持ち込まれるインファイトは不利。
 俺は両脚に力を入れると地面をしっかりと踏みしめる。


 飛蓮


 手数任せのヒットアンドアウェイでいく。
 飛蓮でフェイントを入れながらも師匠に向かっていくが、俺の動き出しに合わせるように師匠も飛蓮で動き出す。
 超高速の戦い。
 おそらくラノン達には動きが全く見えていないだろう。
 脚を止めれば瞬く間に殺られる。
 それは直感的にわかった。


「くっ!!」


 俺は師匠に正面から向かっていくが、師匠は横に跳ぶことで攻撃から逃れようとしている。


「逃がすかっ」


 飛蓮で進行方向を無理矢理変えた俺はそのまま師匠に切りかかる。


「しつけえな、雷閃」


 飛蓮


 師匠の攻撃に反応した俺は直前で九十度方向転換すると師匠がクインテットを振り切ったタイミングに合わせて再び距離を詰める。


「チィ‥‥」


 俺の振るった氷剣が師匠の脚を数センチほど切り裂くが師匠は顔を歪めながらも冷静に後退する。


 まだま──


 追撃をしようとする俺に突如として激しい偏頭痛が襲ってくる。
 そのあまりの痛みに動きを止めるだけではなく、その場に膝をついてしまう。
 ‥‥これが、脳への負担か。


「ったく、言わんこっちゃねえ。まぁ、そんな力を使わなきゃ戦えなかった自分の弱さを呪うんだな」


 気づけば俺の前に立っている師匠がクインテットを振り上げている。


「っう‥‥」


「あばよ」


 別れの言葉と共に振り下ろされたクインテット。


 ここだっ!!


 俺はそれが自身に届くより速く左手でその刀身を掴んだ。
 剥き出しの刃を握る俺の左手からは真っ赤な血が滲んでくる。


「まだ動け‥‥っ!?」


 クインテットにさらに力を入れようとする師匠だったが、俺は右手に持っていた氷剣でクインテットを握る師匠の両腕めがけて薙ぎはらう。
 クインテットを引いて逃れようとする師匠だったが、俺が掴んでいるため上手くいかず、咄嗟の判断でクインテットを手放し後退する。
 空振る氷剣。
 だがその代わりに俺の手にはクインテットが戻ってきていた。


「それが狙いだったってのか?」


 師匠は少し嬉しそうな顔をしながらも腰に差してあった刀に手をかける。
 俺は氷剣を手放すと使い慣れたクインテットを右手で構えた。


「あぁ‥‥そうだ。そして‥‥」


 俺はゆっくりと立ち上がり師匠が最初に投げ捨てたクインテットの鞘を左手で拾い上げると、その中にクインテットを納めていく。


「こいつで俺があんたより強いことを証明してやるよ」


 師匠も俺の言いたいことはわかったようで腰に差してあった刀を鞘ごと抜くと片手で鞘を持ち、片手で柄を握る。
 互いが刀に雷を蓄積させる僅かな間。
 これが俺と師匠との最後の時間だろう。


「お前、ついこの間俺に負けたのを忘れたか?」


 俺の躊躇いが顕著となって現れたあの時。
 だが‥‥


「今はもう、迷わない」


「はっ、それを証明してみやがれ」


 さっきからたまに見せる嬉しそうな顔。
 それが師である喜びからきていることが今になってよくわかる。


「あぁ」


 だから、ここで俺は師匠を超える。


「‥‥何か、何か言い残すことはないか?」


「あっ?」


 クインテットには刻々と雷が溜められている。


「最期に、言い残すことはないのか?」


 師匠は何かを考え込んでからニヤッと笑う。


「ねえな。ただ強いて言うなら、俺の墓には酒を備えることぐらいか」


「‥‥そうか」


 そのくらい、言われなくてもしていただろう。


「だがな、お前じゃ俺には勝てないぜ?」


 自分の技に自信を持っている師匠。


「そうだろうな。いかづちを作ったのはあんただ。俺よりも熟知していることに間違いはない」


 この間はいかづちの同タイミングのぶつかり合いで俺は負けた。
 これが現実。
 一日二日で変わることのない明確な実力差だ。


「わかってんじゃねえか。今の俺には前みたいな隙はねえぜ」


 クインテットに雷が溜まりきった。
 それは師匠も同じようで態勢を落としていつでも攻撃できる態勢になっている。


「あんたは‥‥師匠はいかづちに終の型と名付けたな。それは多分、自分が作る最後の技って意味だろ?」


「それがどうしたってんだ」


「‥‥あんたの技は、終わらない」


 飛蓮


 俺は真っ直ぐと向かっていく。
 師匠はそれをその場から動かずに受けようとしているのか黙って待ち構えている。
 俺は互いの間合いが交わる前に全脚力を使い、薄暮へと跳び上がった。
 強化された肉体は俺の体を軽々と浮かばせ、宿屋の屋根と同じくらいまで押し上げる。


「逃がすかよ」


 そんな回避のできなくなった俺に攻撃を仕掛けるためか、師匠が下から一直線に向かってくる。
 俺はそんな師匠に見向きもせずに雲が立ち込める暗い空を見上げた。


「魔刀術・永の型」


 俺が天に向かって勢いよくクインテットを引き抜くと、溜まっていた雷が真っ直ぐ雲の中へと伸びていく。
 そして天に突き上げられたクインテットをそのまま返すと、下から向かってくる師匠に視線を移す。
 師匠も俺の行動に目を見開いているが自身の動きを鈍らせるようなことはない。


「魔刀術・終の型」


 真っ暗だった曇った空から激しい光と共に雷が落ちてくる。
 その全てをクインテットで受け止めた俺は圧倒的な雷をまとったクインテットを振り下ろす。


天の雷あまのいかづちっ!!」


いかづち!!」




 厚い雲に空が覆われた夕暮れのこと、小さな村の中心にて二つの雷が交差した。






















 長く感じられた落下の後、俺は膝を曲げて勢いを殺しながら着地した。
 俺の後ろからは事切れた師匠が地面に叩きつけられた音が聞こえてくる。


「俺の‥‥勝ちだ」


 クインテットを鞘に納めると静かにそう呟いた。







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