五導の賢者

アイクルーク

追想・弱き賢者



 三年前、俺は召喚の儀にてこの世界に呼び寄せられた。
 俺は初めこそ訳がわからなかったが、話を聞いているうちに自分の宿命やこれからの人生を理解したつもりになっていた。
 次第に自分の特殊な状態にも気づき、内心では漫画やライトノベルみたいでワクワクしている自分も確かにいた。
 世界初、唯一の多属性魔導師。
 色々な思いが俺の中にはあった。
 だが、その夢に満ちた思いは一つの事実によって難なく打ち砕かれた。
 その事実とは‥‥俺の魔力量。
 本来、賢者とは召喚されたばかりで賢者の魂が体に定着していない段階でも世界のトップクラスの魔力を持つらしい。
 いずれは最上級魔法を際限なく使えるほどの魔力をその身に宿すとか。
 だが、俺は違った。
 召喚から二ヶ月が経っても一属性あたり下位の魔導師と同程度で、使える魔法も中級が限界。
 はっきり言ってしまえば一介の魔導師と変わらないほどの強さだった。
 最初こそ期待のこもった目を向けていた貴族達も次第に汚いものを見るような目になり、中には無視する者すらいた。
 それは俺の世話を任された貴族も例外ではなく、日々俺への扱いは悪くなっていった。






 貸切になっている魔法訓練場の中心で俺は必死に魔力を杖に集中させていた。
 周りには呆れ顔をしている魔導師の姿が見える。


「────遠雷スナイプ・オブ・ショック!!」


 伝いながらも懸命に集めた魔力を一気に放出させるつもりだったがどうやら魔力不足のようで、細い雷が掌から放たれるだけだった。
 それを見ていた指導の魔導師はさらに落胆したのか、深いため息を吐く。
 なんで出ないのかな‥‥
 どうにも異世界人の俺には魔力というものに親しみがなく、いまいち使いこなすことができない。
 今の不完全な魔法ですら俺はかなりの魔力を浪費した。


「まったく、賢者様がこの様子では先が思いやられますな」


 俺を任されている貴族は例のごとく悪態を吐く。
 豚のように肥え太った体で、身分が下の者は徹底的に見下し、上の者には媚びを売る。
 そんなクズを具現化したような人物だった。
 どうやら最近はこのまま俺が強くならないままだと自分が責任を取らされるのではないか、と危惧しているようだ。
 傲慢な貴族の態度に俺の中でなんとも言い表せない靄が溜まっていく。








 相変わらず上級魔法に失敗している俺の下に指導の魔導師が歩いてくる。
 地面に両手をついて息を整えていた俺は態勢を直そうとするが、魔力不足のせいか上手く力が入らない。


「今日はこのくらいにしましょうか。どうやら‥‥もう魔力切れのようですしね」


 魔導師は「もう」の部分だけやたらと強調して話す。
 この魔導師もまた、自分が責任を取らされることを恐れているのだろう。


「わかりました。えっ‥‥と、ご指導ありがとうございました」


 あまり慣れていない堅い口調で淡々と述べる。
 呆れ目で見られ続けた俺はいつからか周りを気にすることを止めた。
 俺は手に持っていた大杖を近くに置くと、イスに座ってこちらを見ていた貴族の下まで走り、その目の前で地面に片膝をつく。
 この二ヶ月間、貴族が見栄と自尊心の塊であることは理解した。
 ゆえにこれ以上怒らせないためにも俺は下手に出続けなければならない。


「わざわざ見にいらしてくださり、感謝しています」


 その言葉と共に俺は頭を下げる。


「ふん。そう思うのなら少しでも成果を出せ。弱い賢者になど価値がないことを心しておけ」


 そう言うとイスからのそりと立ち上がり、護衛を連れてその場を去っていった。
 これで終わりか‥‥
 俺は置いてあった五本の大杖を拾うと魔導師に深く頭を下げてから魔法訓練場を後にした。






 木製の扉が閉まり、長い通路に一人っきりになった俺は深いため息を吐きながら扉に寄りかかる。
 ひたすら訓練の日々。
 せっかく異世界に来たというのに街に出たことすらできず、延々と幽閉状態が続いている。
 貴族達の話から推測する限り、弱い賢者であることがバレるのは色々と問題があるようで、俺は普段人が来ない北棟が俺の生活圏内だ。
 それが功を奏したらしく俺の存在を知っている者はこの城にすらほとんどいない。


「‥‥部屋に戻るか」


 重たい体に力を入れて、石造りの通路を歩き始める。
 冷たく続く通路を歩いていると風通しのために開けられている窓からオレンジかかった日差しが差し込んできていた。
 時間的には五時くらい‥‥夕食までにはまだ時間があるな。
 夕食といっても部屋に運ばれてくる食事を一人で食べるだけだが。
 ‥‥そうだな、時間もあるし調べ物の続きをやっておくか。
 俺はこの幽閉生活の中で暇な時間は全て読書に使っている。
 これまで色々調べたが今回は歴代の賢者について調べている。
 だが不思議なことに、これに関しては多くの文献があるがどの本にも話の最後は書かれていない。
 ここまで欠けているとなにかの作為を感じるな。
 隠さなきゃいけないなにかがあるのか?
 俺が思考にふけながら歩いていると正面から歩いてくる一人の男の存在に気がつく。
 少し癖のかかった長めの黒髪に茶の混ざったような黒い瞳。


「‥‥なんか用か。皇」


 皇 天馬。
 俺と同じくこの世界に召喚された男で、最弱の賢者の俺とは対照的に最強の勇者としての喝采を浴びている。
 元の世界ではさぞかしモテたであろう整った顔立ちに、どんなことでも完璧にこなすその才能。
 俺の持っていない全てを持っている男だ。


「魔法は使えるようになったか?」


 相変わらずの圧倒的な上から目線。
 皇の背中には勇者たる装備である聖剣エクスカリバーを背負っている。
 この世界でのエクスカリバーは意外なことに大剣に類するもので、正直俺としてはあまり勇者らしい武器とは言えなかった。


「いや。中級を使うので精一杯だ」


 皇は俺から目を背けると何を考えているのか遠い目になる。


「そうか。なら蓮。お前は賢者になることを諦めろ。魔王は俺が一人で倒す」


 皇の言葉の意味が最初はわからなかった。


「‥‥本気で言ってるのか?」


 皇は冗談を言うようなタイプの男ではない。
 それに鋭い眼光がその覚悟を悟らさせた。


「はっきり言ってやるよ。足手まといは邪魔だ」


 皇のその言葉が俺の怒りの琴線に触れた。


「俺だって好きでここに来たわけじゃねぇんだよ。戦いなんかしたくねえよ!!」


 溜まりに溜まったストレスを皇にぶつける。
 悪いのが皇じゃないことなんか鼻っから知っている。
 でも、俺との境遇の差を考えるとどうしても抑えきれないものがあった。
 皇は興味なさげに俺から視線を外すとスッと横を通り抜けた。


「なら逃げればいい。覚悟が無いのなら‥‥去れ」


 皇は冷たくそう言い放つとそのまま魔法訓練場の方へと歩いていく。
 残された俺は消えていく皇の背中を見ながら、八つ当たりで壁を殴りつける。
 拳が激しく痛むが今はそれすら気にならない。
 抑えきれない想いを胸に俺は与えられた部屋への道を歩いた。






 部屋に戻った俺は深いため息を吐きながらベッドに仰向けにダイブした。
 色々と思うところはあるが、今はもう考えたくない。
 そうは思っていてもついつい意識している自分もいた。
 ‥‥本でも読もう。
 気を紛らわせるために俺はベッドから降りると、本を置いていたテーブルの前まで行く。


「‥‥なんだ、これ?」


 綺麗とまでは言わないがそれなりに並べてあった本の山の中に全くと覚えのない本が置いてあった。
 かなり古い本のようで黒の表紙はボロボロで日焼けすらしていた。
 俺は少し迷うながらも手に取ると、一ページをめくる。


『英雄の記録』


 本の最初にははっきりとした字体でそう書かれていた。
 英雄‥‥思い当たるものはいくつかあるが、この世界の中で最初に思い浮かぶのは‥‥


 勇者と賢者


 俺はこの本に求めている情報が書かれていると確信し、読み進めた。
 夕食も摂らずに読み続けた俺は遂に最後のページを開く。
 そこには多様な字体で簡潔にこう書いてあった。






 最終戦における犠牲者




 1
 全賢者
 六万の兵士
 勇者


 2
(火、風の賢者)
 雷、土の賢者
 十万の兵士
 勇者


 3
(火の賢者)
 風、水、土の賢者
 雷の賢者
 五万の兵士


 4
 全滅(兵士十六万)


 5
 全賢者
 七万の兵士
 勇者


 6
(風、雷、土の賢者)
 火、水の賢者
 勇者
 十一万の兵士


 7














 これを見た俺は言葉を出ずにその場に突っ立っていた。
 おそらくこれは‥‥歴代の戦死者の記録。
 いくつか不明な点もあるがこれだけはわかる。
 魔王との戦いで生き残った賢者は‥‥一人もいない。
 ここに唯一名前が載ってないのが三代目の勇者。
 四代目に至っては全滅‥‥
 俺は本をテーブルの上に投げ置くと、一人で乾いた笑みを浮かべる。


「俺って‥‥死ぬために頑張ってるかよ」


 それが事実。
 このクソみたいな生活もいつか自由になれると信じて我慢してたのに‥‥そんな仕打ちがあるか?
 俺はおぼつかない足取りでイスに腰をかける。
 今すぐにでもここから逃げ出したい。
 でも‥‥俺にはそんな力すらない。
 どうすることもできない自分の無力さに涙が溢れてくる。


「‥‥ちくしょう」










 俺は暗く狭い地下道を僅かな蝋燭の火を頼りに歩いていた。
 現在、王都は魔王軍からの攻撃を受けており戦場と化している。
 あらゆるところから魔物が入り込み、各地で暴れまわっているらしい。
 狙いはまだ力を使いこなせていない勇者すめらぎ賢者おれだろうか。
 俺は世話役の貴族の判断により、地下の抜け道を使い城から脱出している。
 相手に気づかれないようにと、最小限の護衛として騎士三人に魔導師一人が同行していた。


「ここです」


 先頭を進んでいた騎士が足を止めて上を見上げる。
 目の前に垂れ下がっている梯子がぶら下がっており、真上にあった木の蓋からかけられていた。
 騎士は迷うことなくその梯子を上っていくと、木の蓋を開けて外へと消えていく。
 少し経つと騎士からオーケーのサインが出され、地下に残っていた俺たちも梯子を上った。
 上に出るとそこはどこかの家のようで、周りには埃のかぶった簡素な家具が並べられている。
 ここは、どこだ?
 安全な場所というもんだからてっきり王都の外に出るものだと思っていたが‥‥
 部屋の中に窓はなく、ここが郊外の小屋なのか王都の家なのか判別がつかなかった。


「賢者様、こちらに来てください」


 ここの指揮を務めている騎士が俺に手招きをする。
 俺はそれに誘われて入り口の前であろう扉の前まで行った。


「なんですか?」


 俺一人だけ呼ぶという行為に違和感を感じた。
 他の三人は先ほど通った地下への入り口の周りに残っている。


「実はですね‥‥」


 騎士の言葉尻を濁した話し方。
 俺が聞こえやすいようにと顔を近づけるとその首元を片手で掴まれる。


「すいません」


「えっ‥‥?」


 騎士は外への扉を勢いよく開けると、物のように俺を小屋の外へと放り投げた。
 思考の追いついていない俺は流れのままに地面に転がされると、その間に扉を閉められる。


「どういう‥‥っ!?」


 体を起こしながら周りを見渡すと、そこは正に戦場という感じで魔物達が闊歩していた。
 俺は慌てて小屋の扉を開けようと思いっきり引っ張るが、かんぬきが掛けられたのかビクともしない。


「おい!!   早く開けろ!!」


 何度も何度も冷たい鉄の扉を叩くが返事はない。
 迂闊にも俺が扉を叩き発された音は周りにいた魔物達からの注目を集めた。
 しまった。
 城の外に初めて出ることもあり、少し冷静さに欠いていた。
 俺は扉に背中を預けると万が一のために持ってきていた大杖を構える。


「ちくしょう‥‥が!!」


 焦りで周りをしきりに気にしていると、俺が寄りかっていた扉の向こう側から力がかかっているのがわかった。


「本当にすいません。これも‥‥命令なので」


 扉越しに聞こえてくる騎士の申し訳なさそうな言葉。
 俺は初めての実践に震える体を無理矢理に鎮めながら訊く。


「なんで‥‥なんで俺が死ななきゃなんないんだ?」


「‥‥使えない賢者を生み出したことの責任を恐れているのかと思います」


 どこまで‥‥外道なんだ。
 いつも俺を見下していた貴族の顔を思い出すと、大杖を握る手に必要以上に力が入る。


「こんなことを言うのも変ですが、生きてください」


「っく‥‥」


 俺は覚悟を決めるとただ生き延びるために走り出す。






 その後、俺は想像をはるかに上回る魔物の数に死の淵まで立たされる。


 そして‥‥そこで俺は師匠と出会った。







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