五導の賢者

アイクルーク

答えなき問題

 買い出しを終えた俺とリアはラノン達と合流するために宿屋のある方へと来ていた。
 買い物に手間取っていたこともあり、すでに辺りは真っ暗。


「はぁ、荷物重いな〜」


 買った物が詰まったかばんを背負ったリアがおもむろにため息を吐く。
 俺はそれを横目でながらも無視して歩き続ける。
 リアのペースに合わせながらもしばらく歩いていると前方に一際大きな建物が見えた。
 敷地でいえば辺りにある民家十軒分以上、もしかしたら二十軒分くらいまであるかもしれない。


「おい、リア。見えたぞ」


「本当っ!!」


 そう言うと俺の後ろにいたリアが歓喜を上げる。
 かくいう俺も体を休められることに安心を感じていた。
 しかしあの宿‥‥いや、この村全体が和風な感じがするな。
 見ただけで木だとわかる剥き出しの木造建築は、昔の日本の家のようにも見えた。
 と、俺が宿屋に見入っていると正面から誰かが歩いてくる。
 暗くて姿はよく見えないが、道の邪魔にならないように端の方へと寄った。


「レン。遅かったですね」


 正面にいた誰かは聞き覚えのある声で俺の名前を呼ぶ。


「アドネス、か?」


「えぇ」


 光源が月明かりのみなので声以外にはアドネスと判断できる要素がない。
 ゆっくりと歩み寄ってから顔を確認すると、そこにいたのはアドネスだった。


「なんでこんなとこにいるんだ?」


 警戒を解いた俺はその場に立ち止まって、首を傾げる。


「少し遅かったので様子を見に来たのですよ」


 アドネスの目が俺の後ろにいたリアへと向けられる。


「まぁ、歩きながら話しましょうか」


 アドネスはそう言うと体の向きを百八十度回転させて来た道を戻り出す。
 アドネスは俺が気づくよりだいぶ前から見えていた‥‥
 俺は前を歩くアドネスの背中を凝視しながらも、その後をついていく。


「で、遅かったですけど何かあったのですか?」


「いや、リアが想像以上に使えなかっただけだ」


「えっ、酷いよ〜」


 事実、買い物をしたのは俺だけ。
 リアは荷物持ち以外に何もしていない。


「そうでしょうね。それも織り込み済みです」


 リアを馬鹿にしているアドネスの声はどこか楽しげだった。
 今は暗闇で見えないが、おそらくアドネスは笑みを浮かべているのだろう。


「で、買ってきた物だが干し肉と麦玉を合わせて四日分に、グアンナの油脂三日分だ。問題ないだろ?」


 麦玉は粟や稗、大豆などの穀物を混ぜたものを炊いてから丸く握り乾燥させた物。
 麦玉を持てば荷物が少なく済むことからよく旅のお供にされている。
 グアンナは低級の牛の魔物で肉や毛皮などにはほとんど価値がないがその脂肪だけは別で、焚き物として長時間使用することができる。
 バスケットボール程の大きさがあれば七時間以上燃え続けることが可能だ。


「食料がやや多めですね」


「この先魔人が待ち受けているとしたら迂回する可能性もあるだろ。だったら多少余分に持っといても損はない」


 アドネスはこれからのルートでも思い出しているのか返事を返してこない。


「‥‥そうですね。この先ならば迂回できるところもいくつかあるでしょう。ですが、これ以上遅れるのは‥‥」


 アドネスはそのまま語尾を濁す。
 言えない理由があるのか。
 そうこう話しているうちに目的の宿へと着く。
 改めて見てみるとその大きさを実感することができる。
 この宿は三階建てで、正面から見えた窓からは全て明かりが漏れていたことから部屋にあまり余裕がないことがわかった。


「部屋はもう取ってあります。入りましょう」


 アドネスは足を止めずに木の扉を開けて宿屋の中へと入っていく。
 少し遅れて俺とリアもその後に続いた。






 宿屋の中もきちんと手入れが行き届いており、見える範囲に汚れなどはなかった。
 入り口のすぐ先には木造りのカウンターが設置されており、その中には俺より少し年上くらいの男がいた。


「あ、アドネスさん。そちらの二人は?」


 男は帳簿なのか紙と筆を持ってこちらを見てくる。


「この人達は相部屋ですので、気にしないでください」


「あー、そうですか。すみません」


 男は軽く礼をするとそのまま奥へと引っ込んでしまう。
 今、相部屋って言ったか?


「さぁ、一度部屋に戻りましょう」


 アドネスは俺が答える間もなく入り口のすぐ隣にあった階段を登っていく。
 どこか焦っているようにも見えたが、深くは考えずそのまま一段目に足をかけた。
 アドネスは二階で廊下に出ると、すぐ目の前にあった部屋の扉をノックする。
 廊下をパッと見た感じワンフロア辺り十部屋くらいだろうか。
 俺の後ろをついてきていたリアが階段を登り終えたところで部屋の扉が勢いよく開かれる。


「グレイス、何か問題はありませんでしたか?」


「ねぇよ」


 一瞬で俺たち三人の無事を確認したグレイスはそのまま部屋の奥へと戻っていく。


「さぁ、入りましょうか」


 アドネスは俺を一瞥するとすぐに部屋の中へと入ってしまう。
 もしかして俺の部屋って‥‥
 しぶしぶ扉を抜けるとそれなりに高価であろう家具が並べられたリビングのような場所に出る。
 小洒落たソファーにテーブル、いくつか用意されていた木彫りのイス。
 部屋の端には大きな窓があり、なかなか開放的な空間だった。
 ソファーに腰掛けていたラノンは俺を見て、紅茶が入ったティーカップをテーブルの上へと置く。


「なぁ、アドネス。俺の部屋は?」


 もう半ば察しはついているが一応訊いてみる。


「あー、そのことですか。勝手ながら同室にしたのですが‥‥」


 アドネスは言いにくそうに俺から目線を逸らす。


「私が提案しました」


 そう言うとラノンは立ち上がって俺の方に体を向ける。


「この部屋以外は満室でしたのでご一緒に、と思ったのですが迷惑ですか?」


 ご一緒に‥‥って、そんなに軽くていいのかよ。
 不用意に男女が同じ部屋の中で寝るのはな‥‥
 野宿の時を言ってしまえばそれまでだが、屋根のあるところで夫婦以外の男女が同じ部屋で寝ることは基本的にはない。


「迷惑、ではないが‥‥」


 俺は言葉に詰まる。


「では、何か問題がありますか?」


 ラノンは首を傾げて、さも当たり前のことを言うように振る舞う。
 そんなラノンの様子を見ていたら、逆に気にしている俺が恥ずかしくなってきた。


「ラノンは‥‥いいのか?」


 一応の確認は取っておく。
 何かをしようというわけではないが一応だ。


「はい‥‥レンさんなら、何の問題もありません」


 ラノンはそう言って優しく笑いかけてきた。
 信頼されていることは素直に嬉しいが、妙な照れ臭さを感じる。


「もう遅いことだし、さっさと飯を食って休もうぜ」


 俺は荷物をその場に置く。
 この宿に入った時に食堂と掲げられた看板が見えた。
 まだやっているかはわからないが食堂かあるはず。


「そうですね。私もお腹が減りました」


「あ、そうでした。レンとリアに言い忘れていたことが──」










 俺は真っ暗な夜空に一つ浮かぶ月を眺めながらお湯に浸かった。


「はぁ〜」


 久々の風呂に自然と力が抜けていく。
 まるで身体中に溜まっていた疲労がお湯に溶けていくかのようだ。
 湯船の中にあったほどよい大きさの岩に腰をかける。
 アドネスから聞いた話だとこの宿には天然の温泉があり、宿泊者なら誰でも利用していいらしい。
 湯船の広さとしてはだいたい七畳くらいだろうか。
 もちろんのことシャワーなどの設備はなく湯船があるだけ。
 端にある石畳のスペースはおそらく石鹸で体を洗う所なのだろうが、そもそもの石鹸を持ってきていないので、俺にできるのはこうしてお湯に浸かることのみ。


「僕も久し振りに入りましたよ。たまにはいいものですね」


「あぁ」


 今この場にいるのは俺とアドネスのみ。
 グレイスは女湯に入ったラノンが無防備にならないように外にいるらしい。
 随分と働き者だな。


「お前らと旅を始めてからは‥‥忙しかったからな」


 バレないように魔人を始末したり、山賊に襲われたり、街が襲撃されていたり‥‥
 たまに息抜きくらいしてもバチは当たらないだろう。


「アーバンで魔人を倒したの‥‥やっぱりレンでしたね」


「あぁ」


 あの時は、アドネスに見られたと思って焦ったな。
 今じゃ、正体を明かしたってのに。
 少し前の必死だった自分を思い出し、思わず苦笑いする。
 会話の続かない俺たちの間に微妙な空気が生じた。
 俺は冷えてきた首に手ですくったお湯をかけて温める。


「もし、もしもの話です。今後、レンが勝てないと思ったら、その時はラノンを抱えて逃げてください」


 アドネスはしんみりとした様子で言う。
 ラノンを一番に考えるアドネスらしい発言。


「‥‥その時になったら、考えるさ」


 俺は自分の命もラノンも大切だが、リアやアドネス、それにグレイスが死ぬのも極力避けたい。
 所詮は俺のわがままだだけどな。


「アドネスはさ、俺が賢者だと知って‥‥どう思った?」


 ラノン、リア、グレイスの考えていることはなんとなくはわかる。
 だけど、アドネスだけは思考が全く読むことができない。


「どう‥‥ですか。まぁ、最初に感じたのは驚きもありましたが納得でしょうか。あの時にレンから感じられた違和感が見事に解消されましたね」


 アドネスの言っているのは俺の価値観だろう。
 罪悪感によって歪んだ、俺の価値観。


「それだけか?」


「そうですね‥‥強いて言うなら今は憤り覚えてます」


 アドネスは言葉とは裏腹に、静かでゆったりとした口調で続ける。


「それだけの強さを持ちながら賢者であることを隠した。アーツさんの言うように、いったい何人が余計に死んだのでしょうか」


 感情の希薄な声。


「だけどそれは──」


 俺が反射で反論しようとするとアドネスが手を突き出し静止してくる。


「えぇ、わかってますよ、貴方のその異質な力を見れば。おそらく僕には考えられないほど努力したのでしょう」


 おそらくリアもグレイスも、そしてラノンもが俺の使う属性の身体強化ブレイブに異様さを感じている。


「ですが、それとこれとは話が全く別です。力ある者は弱き者を守らなければならない、それが私の持論。どんな力であれ、貴方は圧倒的な力を持つ。そのことに変わりはありません」


 アドネスは湯船の中で立ち上がると俺に背を向けて脱衣所の扉前まで歩く。


「少し、逆上せました。先に上がってます」


 アドネスはそれだけ言って木製の扉を潜っていった。
 俺は誰もいなくなった湯船の真ん中にぼんやりと浮かぶ。
 ラノンは力を自分のために使えと言った。
 アドネスは力を他人のために使えと言った。
 きっと‥‥これは人によって違う答えが出るのだろう。


「でもさ‥‥だったら俺はどうすればいいんだ?」


 答える者が誰もいない夜空の下、俺は月に向かってそう問いかけた。







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