五導の賢者

アイクルーク

魔人殺し



 南の森で俺は四メートル以上ある大型の魔物と対峙していた。
 タートリア、人型の魔物で両手両足に付いている鉄より硬い甲羅が特徴だ。
 泥をかぶった様な茶色い体色がその体を木と同化させ、見失わせていた。
 感知範囲を最大まで広げて近くに誰もいないことを確認すると、クインテットに風の魔力を込める。


「斬空!!」


 斬ることに特化させた斬撃がタートリアの体を真っ二つにする。
 崩れ落ちるタートリアを尻目に俺はクインテットを鞘に納めた。
 これで十体目か。
 じきに日も暮れるし、そろそろ街に戻るかな。
 俺はタートリアの討伐部位である右手の甲羅を取ると他の魔物の討伐部位が入った腰袋へと放り込む。
 今受けている依頼はBランクのものだけだが、この森にはAランクやSランクの魔物も多くいる。
 その場合は討伐部位を取っておき、後日渡せば依頼達成になるはずだ。
 思いっきり背伸びをして体を伸ばすと、街の方へと足を向ける。


 ガサッ


 俺が一歩を踏み出そうとした直後、感知範囲内に何かが侵入してきた。
 数は‥‥三体。
 この感じ‥‥タートリア?
 依頼書に載っていたタートリアの数は一体だった、が現実には余計に三体いる。
 まぁ、魔物の襲撃直後で正確な依頼が出せないのも無理はないか。
 ただこれが俺以外なら、死んでたな。
 改めて来てよかった、と実感できる。
 日暮れまで時間がないし、一気に蹴りをつけるか。
 クインテットを抜刀すると、タートリアが俺の真正面から三体同時に襲いかかってきた。










 タートリア三体のコンビネーションに想像以上に苦しめられた俺は切り捨てた自体を見下ろす。


「‥‥はぁ」


 真っ赤に燃え上がるような空を見上げる。
 さすがに疲れた。
 今から帰ったとしても、確実に暗くなってるだろうな。
 俺は近くの樹に寄りかかって座り込む。
 それならいっそ、ここで一泊野宿するのも悪くないか。
 気温も低くないし‥‥いや、駄目だ。
 この辺りは魔物が多すぎる。
 寝起きにSランクの魔物と戦うのは勘弁だ。


「‥‥帰るか」


 深いため息を吐くと怠い体に鞭を打って、デジャラへ向かって歩き出す。










 俺はギルドへ依頼達成の報告に向かっていると、視界の端に人混みが入った。
 なんだ?
 人混みは路地裏へと続いている。
 何かが売られているわけでもなそうだ。
 十以上いる集団は何かを中心にして円になっていた。
 人混みの中心が気になり俺の足が止まる。
 少しだけ、見ていくか。
 体をを九十度回転させると、人混みの外側から様子を伺う。
 だが、人が邪魔で何も見えない。


「何があるんだ?」


 近くにいた若い男に尋ねてみる。
 男は俺の顔をまじまじと見てからその口を開く。


「あんたは、外から来たのか?」


「?  あぁ」


「そうか。なら、見た方が早い」


 男はそう言ってスッと横にずれる。
 遮っていた男がいなくなり見えた先には、二つの死体があった。
 ただの死体ならば特に珍しいものでもない。
 肝心なのはその異様さだ。
 死んでいるのは二〜三十歳くらいの男が二人。
 片方には左胸、心臓の位置に刃物で貫いたような刺し傷があり、その表情からも貫かれた激痛が伝わってくるほどだった。
 もう一人は身体中に破裂したような痕が見られる。
 内部から破壊された様なその傷はどのように攻撃されたかすらわからない。
 風魔法‥‥いや、水か?
 俺の使える魔法の中には人を内部から破裂させるようなものはない。
 だとすると‥‥魔武器が妥当な線か。
 人間に作ることのできない魔武器は絶対数が圧倒的に少ない。
 これほどの攻撃ができる魔武器の所有者なら、それなりに知られているはず。
 俺の中で答えが出ないまま思考が行き詰まる。
 このまま考えていても埒が明かないと判断した俺は、人混みから少し離れた位置にいた先ほどの男の下へと行く。


「あれは、誰がやったんだ?」


「さぁね。この街に潜んでいる殺人鬼、とでも言うのか」


「殺人鬼?」


 この世界でももちろん殺人はタブーだ。
 だがそれは現代日本とは違い、ザックリとしたもので確立された刑があるわけではない。
 街中で殺人を犯した場合には兵によって捕らえられて拘束される。
 その後の処分についてはそこを収める貴族が決めているのが一般的だ。
 処分の重さは貴族によってピンキリ。




「いつからだったか、多分一年位前からあれみたいな二人一組の死体が街中に転がるようになったんだよ。必ず一人は心臓を貫かれて、一人は身体が破裂していた」


「殺された人達に共通点とかはないのか?」


「ないな。強いて言うならほとんどが貧乏人。まぁ、言ってしまえば死んでも困る人はいない奴らだ」


 今話している男は服装からしてもとてもじゃないが貧乏な様には見えない。
 だから、自分は襲われない自信があるのか。
 それにしても何が目的でこんなことをしてるんだ?
 ‥‥何かの、実験か?


「あんたは身なりからしても多分、大丈夫だ。それに、ハンターなんだろ?」


「まぁ、な」


 負ける気はしないが、目的が不透明すぎる。
 だけど、ここで考えていてもしょうがないか。


「もう、この街から逃げたほうがいいかもな。あんたもタイミングを見てこの街から逃げたほうがいいぜ。次、魔物が来たらこの街は終わりだ」


 男は最後のそう言い残して路地の奥へと消えて行った。
 やっぱり、街全体が諦めムードって感じだ。


「気に入らねえな」


 俺は絶命した二人の男に背を向けて歩き出す。










 報告のためギルドに戻って来ると、昼に来た時より明らかに人の数が減っていた。


「ギルドって夜に賑わうのが普通なんだがな」


 まともに依頼を受けているハンターがいないからだろう。
 依頼を受けなければ金が入らない。
 金が入らなければ酒も飲めない。
 簡単な理屈だ。
 昼に来た時にもいた奴がいるのか、時折こちらを見てからコソコソと何かを話している。
 向けられる好奇心の視線には一切構わず、カウンターまで行く。


「どういった御用でしょうか?」


 依頼を受ける時と同じ若い女が笑顔で俺の対応をする。
 大方、依頼のキャンセルだとでも思っているんだろうな。


「依頼達成の報告だ」


 一瞬だけ、女の顔から笑顔が消えた。


「‥‥どの依頼でしょうか?」


 十数件依頼を受けたがその全てを達成したわけではない。
 代わりに依頼でない魔物を何体も倒したが。
 そのせいでどれを達成したのか把握しきれていない。


「悪いが少し、時間をくれ」


「?  わかりました」


 女は少しだけ不思議そうな顔をしたがすぐに営業スマイルで誤魔化す。
 俺は腰袋の中から倒してきた魔物の討伐部位全てを取り出し、カウンターに並べていく。


 エシカの氷角、ライハトの尾羽、シザーハントの主殻、ハリモグラの芯針、カマキリュウの大鎌、ドレリアスの剛爪、そしてタートリアの手甲


 その数、計十五体。
 その内の十二体は依頼の魔物だったはず。
 この中で一番ランクが高いのはSランクのカマキリュウか。
 女は驚愕の表情で並べられた部位を一つ一つ本物であることを確認していく。
 その顔に先ほどまでの営業スマイルは一切なくなっている。


「し、少々お待ちくださいっ!!」


 女は慌てて奥へと走り去って行く。
 あ、これ多分、偉い奴呼ばれるな。
 どうするか‥‥このまま逃げてもいいけどそうしたらギルドが使えなくなるし、何より報酬を受け取れないのは癪だ。
 背後から複数の気配を感じる。
 先ほどまで座っていたハンター達が俺の後ろからカウンターに並べられた討伐部位を眺めていた。


「まじ、か」


「あれって、カマキリュウのじゃ‥‥」


「他も全部、Bランク以上。あんた、何者だ?」


 興味津々なハンター達の眼差しが俺に向く。
 Bランク以上のハンターですら全体の十パーセント前後しかいない。
 そんな中、個人でSランク依頼を達成できる者は必定的に尊敬の対象となる。
 こういうの、あまり好きじゃないだよ‥‥


「ただの旅のハンターだ」


 俺はこのハンター達にどう対応しようかと考えていると奥から受付の女が戻って来る。
 その後に続いて一人の男が三つ編みにした赤茶色の髪をなびかせながら入ってきた。
 目が線になるほど目を細めて笑っている。
 その見た目からは誰からにも好かれる様な好青年に見えた。


「初めまして。僕はここのギルド長のアーツ。よろしくね」


 アーツはスッと右手を俺に差し出してくる。
 若い、な。
 まだ三十にもなってなさそうだ。


「あぁ、よろしく」


 俺がその手を取ろうと右手を伸ばすと、アーツはいきなり俺の腕を掴み、かなりの力で引っ張ってきた。
 予想外の不意打ちに対応が遅れ、僅かに体制を崩す。
 ‥‥血の匂い?
 その時、アーツの左手に握られた短剣が俺に向けられているのが見えた。


「っく!!」


 歯を食いしばり、逆にアーツの腕を掴み返して無理矢理引き寄せると、アーツの鳩尾に膝を入れる。
 咄嗟に腹筋を固めたようで、やや固い感触を感じた。
 アーツは二歩、三歩と後ずさると膝を床につけて態勢を崩す。


「痛っ‥‥さすが、だね。どうやらSランクの魔物を倒したって言うのも、嘘じゃなさそうだ」


「俺を、試していたのか?」


 漫画やラノベとかではよく見る展開だったが、この世界に来てからそういった展開はほとんどなかった。


「ごめんごめん。さすがに実力を確かめずにいるのは不安だったからさ。それにしてもいい蹴りしてるね〜。僕も少しは接近戦できるんだけど、ほとんど反応できなかったよ」


 少し‥‥か。
 あの腹筋、かなり鍛えられている。


「それで?  わざわざ試してまで俺に何の用だ?」


「うーん、率直に言った方がよさそうだね。でも、その前に名前、聞かせてくれる?」


 Sランクハンターともなればその名前だけで通じる場合もある。


「‥‥フォールだ」


 ここで本名を使うと身元が王国に気付かれる可能性もある。
 下手に名を上げると厄介なので、こういった場合は基本的に偽名を使い捨ててきた。


「フォール、フォール。うん、いい名前だ」


「で、用件はなんだ?」


「知っていると思うけど、この街の周りには高ランクの魔物がうじゃうじゃいる。そこでフォールの実力を買って頼みがあるんだ。僕たちと一緒に──」


「断る」


 俺の一声でアーツの口がピタッと止まる。
 内容を全部聞いたわけじゃないがあそこまで聞けば容易に想像がつく。


「どうしてか、教えてくれる?」


「簡単な理由だ。俺は一人で戦いたい。ただ、それだけだ」


 人の目があると本気を出せない上に、足手まといまでできる。
 断然、一人の方がいい。


「うーん、それならこれからも依頼は受けてくれるってことだよね?」


 アーツの視線が大量の高ランク依頼に向く。
 俺に消化しろってことか。
 無茶振りだな。
 軽く五十はありそうだ。


「まぁできる限り、な」


 その返事を聞くとアーツは満足そうに何度か頷く。


「じゃあ、頑張ってね。僕は仕事があるからこれで失礼するよ。フォール、また会おうね」


「あぁ」


 アーツはギルドの奥へと戻っていった。
 アーツがいなくなるや否やギルド内がざわつき始める。
 俺は受付の女の肩を軽く叩く。


「アーツは何者だ?」


 あいつの体からは強い血の匂いがした。
 魔物襲撃の時、戦ったメンバーの内の一人なんだろうが、体内の魔力が枯渇しかけていた。
 裏を返せば魔法が使えるか、よほど魔武器を連発したかのどっちかだ。
 どちらにしてもただ者ではない。


「何者‥‥ですか?  地位的に言えばSランクのハンターです。その若さながら実力が買われ、ここのギルド長になりました。魔人殺しのアーツ、でわかります?」


 魔人殺し‥‥?
 魔人を殺せる程の実力の持ち主か。
 この街が壊滅しなかったのも、アーツのお陰かもな。


「あぁ、ありがとう。なんとなくは伝わった」


「それは良かったです。それと報酬なんですが少しの間だけ待っていただけませんか?  全額お支払いするほどの余裕が今ギルドにはないので‥‥」


 確かに全部合わせたら結構な額になるな。
 幸いにも今は金に困ってないし、問題ないか。


「構わない。いつまでに用意できそうだ?」


「そう、ですね‥‥街の方も急にそんな大金を払えるかどうか」


 明日からの依頼もこの調子で払われなかったら‥‥
 思わず口からため息が漏れる。
 それを見た女が慌てて頭を深く下げた。


「本当に申し訳ございません」


 この女からしたら、自分のせいで俺がいなくなったら大変だからな。


「あともう一つだけお願いが‥‥」


「なんだ?」


「今回の依頼でフォール様はAランクに上がるのですが明日までメダルを──」


「あぁ、いいよ。他になにかある?」


 もう聞き飽きた定型文を途中で遮って答える。
 ランクが上がる際には必ずあるハンター証メダルの更新だ。
 明日になれば新しいメダルが用意されているだろう。


「いえ、お伝えるすことはこれで全てです。ありがとうございました」


 女は再び九十度のお辞儀をする。
 さて、と。
 適当に宿をとって休むか。
 俺はギルドの出入り口へと向かう。
 その途中、やはりと言うべきか他のハンター達からの強い視線を感じる。
 扉の前に立った所で一度振り返り、高ランクの依頼書を見直す。
 まぁ、明日からこなし続ければそのうち終わるだろう。
 明日へ向けての気概を高めてから俺はギルドを後にする。





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