五導の賢者

アイクルーク

対人



 アーバンを発ってから四日目、魔人がいなくなったことにより西の道が使えるようになったので遠回りをせずに済んだ。
 次の目的地はデジャラって言う街だ。
 なんでも魔法や科学などの研究が盛んな街だとか。
 この世界にも科学が存在するがそのレベルは日本とは桁違いに低く、魔法の仕組みを明らかにするためにあると言っても過言ではない。
 途中、この道が使えるようになったことを聞きつけたであろう、大きな荷馬車に乗った商人と何度もすれ違った。
 今は岩山を歩いており、いつも通りグレイスが先頭で魔物を警戒している。


「なぁ、この辺りって魔物っているのか?」


 今日は朝から一度も魔物に遭遇しておらず、もうすぐ正午になる。
 さすがに少なすぎて不気味だ。


「少ないらしいですけど、一応はいるはずです。一度も会わない、ということはないと思うんですけど‥‥」


 魔物がいない原因はラノンにもわからないようだ。
 アーバンからここまでラノンとアドネスとは何度も話したが、いつもと変わった様子はなかった。


「ここまで少ないと不気味だよね〜」


 そう言っているリアだが周囲に注意を払っている様子はない。
 グレイスの察知能力は俺より普通に高いからな。
 あいつに任せて──
 突然グレイスが足を止める。
 いつもだったら声を出すのだが、今は自信がないのか、黙って周りを警戒していた。


「グレイス?  どうかしましたか?」


 アドネスはすでに剣を抜き、盾を構えてラノンの横に立っていた。
 そこまで警戒するほどか?
 俺には特になんの気配も感じられない。


「あぁ。この感じ‥‥人だな。隠れて様子を伺ってやがる」


 ここは商人が通る道。
 隠れて様子を伺っているなるのなら、普通に考えて山賊だな。


「グレイス、敵の数は」


 アドネスとグレイスは完全に戦闘モードに切り替わってる。
 ラノンとリアも戸惑う様子をなく杖を手に持っていた。


 カラッ


 僅かだが、後ろから石が何かにぶつかるような音が聞こえた。
 ようやく感知できたけど、これ、囲まれてるな。


「細かくはわかんねぇけど、正面に三十以上はいやがる。後ろにもその半分くらいはいるぜ」


 五十人以上、そこいら辺にいるような山賊じゃないな。
 それなりに名のある山賊か。
 気を引き締めたほうが良さそうだ。
 考えのまとまったアドネスがいつものように的確な指示を飛ばす。


「グレイスとリアはラノンを連れて離脱してください。僕とレンはここに残って注意を引きます」


 ん?
 今、俺の名前も入ってたか?
 今まで、アドネスが戦闘時に俺を頼るようなことは一度もしなかった。
 アドネスに視線を送ると笑顔で返してくる。
 くっそ‥‥あん時の約束か。
 グレイスとリアがラノンを連れて来た道を戻り始める。
 ラノンが一瞬だけ立ち止まってこちらを見た。


「気をつけてくださいね」


 それだけ言って、一気に山を駆け下り始める。
 逃げられそうなことに気づいたのか後ろに隠れていた山賊達が一気に飛び出してきて、ラノン達に向かって行く。


「まずはあれを殺りますよ」


 そう言ってアドネスはラノン達に向かっている集団に横から飛び込んで行った。
 やるしかないか。
 軽くため息を吐くと、アドネスに襲われなかったもう一つの集団へと向かって行く。


 全部で‥‥七人か。
 まずは不意打ちで半分にする。
 山賊達は牽制として魔法を放つラノン達にばかり意識が向いており、俺が近づいていることに気づいていない。
 あと五歩で刀の間合いに入るところで、山賊の一人が俺の存在に気づいた。


「なっ!!」


 慌てて盾を構えるがそんなものは関係ない。
 雷の魔力を右手に集中させる。


縛雷バインド・スパーク


「ぐっ‥‥あぁ」


 初級魔法と言えども人に向けて使うには十分な威力。
 体が動かなくなった山賊との距離を一気に詰めると、無防備なその顎にアッパーを打ち込む。
 さすがに魔法を使ったので俺の存在が残る六人にバレている。
 不意打ち失敗、か。
 へこたれている暇などなく、一瞬のうちにそれぞれの武器を確認する。
 剣と弓が二人ずつにあとは槍と、あれは手甲か?  
 まぁ、素手みたいなもんだな。


「気をつけろ!!  こいつは魔法を使うぞ!!」


 槍を持ったひげ面の男が叫ぶ。
 あいつがここのまとめ役か。
 だが、その前には剣が二人と手甲が守っている。
 まずは弓からだな。
 多対一において飛び道具を使う相手は真っ先に無力化するの常套手段。
 俺は少し離れた位置で弓を引き絞っている二人に向かって走り出す。
 だが狙いはすでに定められており、俺が走り出すや否や矢を放ってくるが、それを態勢を落とし回避する。


「囲めぇぇ!!」


 その一瞬の間にひげ面を除く近接三人が俺を囲んだ。
 こいつら、相当慣れてやがる。
 ペースを取られるのはまずそうだ。
 右手を開いた状態で掲げる。


「雷域」


 指先から激しい雷が生じ、周りにいた山賊三人を同時に攻撃する。
 雷を食らった三人は武器を手放し、その場に這いつくばった。
 この魔法は縛雷バインド・スパークとは違って直接ダメージを与える。
 こいつら程度ならしばらくは立てないだろう。


「な、一撃で!?」


 俺はクインテットを地面に置くと、代わりに山賊が持っていた剣を二本拾う。
 それなりに手入れが行き届いた鉄の剣、長年使っているのか柄はボロボロだ。


「おらっ!!」


 俺は両手に持った剣を弓の二人に投げ、それぞれが脇に刺さり、苦悶の声をあげて倒れる。
 これであと一人。
 そう思い視線を向けて見ると、ひげ面の男は槍を構えながら、少し離れた位置で俺の様子を伺っていた。
 地面に置いたクインテットを掴むと一歩ずつ、ひげ面に歩み寄っていく。


「ガキがっ‥‥調子に乗ってじゃねぇよ!!」


 叫びながら槍を振り下ろしてくる。
 刀と槍じゃ間合いがまるで違う。
 初手は譲るのが懸命だ。
 俺は横にずれることで振り下ろしを避けると、槍が使えないほどひげ面に肉薄する。


「どうした、終わりか?」


 クインテットの底で思いっきり腹を叩きつける。
 手ごたえあり。
 ひげ面は手から槍を落とし、その場で両膝をついた。
 呆気ないな。
 一息つくと、体から自然と力が抜ける。


「はっ、やっぱガキだな」


 ひげ面は不気味な笑みを浮かべると、腰に差してあったナイフを抜き切りかかってくる。


「なっ!!」


 体を逸らすことでナイフを躱し、空いた脚でひげ面の腹に蹴りを打ち込む。


「ぐっ」


 ひげ面は少し後ろによろめくだけで、すぐにナイフを構える。
 全力で蹴ったはずだが、あまり効いない。
 蹴った時のあの硬い感触、おそらく服の中に鎧を着てるな。


「おいどうしたガキ?  こんな軽い蹴りじゃ、猫も倒せないぜ」


 馬鹿にするような話し方。
 煽ってきてるな。
 挑発には乗らずさっさと魔法で‥‥


 キンッ


 俺が魔法を使うことを意識した瞬間、ひげ面は距離を詰めてナイフを喉元に突き立ててきた。
 多少反応が遅れたが、どうにか左手に持った鞘でナイフを受け流す。


「くそっ、無駄に抵抗しやがって」


 ほぼゼロ距離だったので顎を狙った膝蹴りは難なく命中し、ひげ面の意識を奪った。


「ふぅ‥‥これでどうにかなったか」


 多少時間はかかったがこちら側の山賊は片付いた‥‥ラノン達は!?
 慌てて辺りを見渡す。
 見える範囲内にラノン達の姿はない。
 逃げ切ったか。
 これで俺の仕事は果たしたな。
 山の上から何十人もの山賊がこちらへと歩いてくる。
 後は、俺が生き延びればいいだけだ。


「レンも終わりましたか」


 後ろから声をかけられ、顔だけを後ろに向けた。
 身につけているものが血塗れになりながらも、アドネスはいつも通りの笑顔でいる。


「‥‥アドネス」


「僕の方は全員きっちりと殺しましたよ。そっちはまだトドメを刺してないんですか?」


 アドネスは倒れている山賊を見てそう言う。


「殺したのか?」


 ピュッ


 俺とアドネスの間を一本の矢が通り過ぎる。


「どうやら話している暇もないようですね。撒くのも大変そうですし、片付けちゃいましょうか」


 片付ける‥‥全員殺す気か。
 そうこう考えている間にさらに一本、矢が飛んでくる。
 やるしかないか。


「わかった。で、どうする?  まともにやったらきつくないか?」


 この山賊たちは一人一人のレベルがそれなりにある。
 それがあの数となると苦戦は必至だろ。


「そうですね。まずは、正面から突っ切って、リーダーを倒しますか」


 相手の後ろの方にリーダーのような大男が見える。
 頭を叩けば多少の混乱はするだろう。


「了解。アドネスが先行してくれ。俺が後に続く」


「もちろんです」


 俺たちが向かって行くや、飛んでくる矢の数は何倍にも増える。
 アドネスは盾と鎧を使って難なく防いでいるが、俺は防具を身につけていないのでその後ろに隠れさせてもらう。
 さすがに全部を躱していたら体力がもちそうにない。






 矢の雨をアドネスが受け続けること一分ほど。
 ようやく矢が尽き始めたのか矢が飛んでこなくなった。


「レン」


 俺だってアドネスの後ろに隠れている間、何もしてなかったわけじゃない。
 その時間を生かして中級魔法の詠唱を済ませ、威力を高めておいた。


「わかってる、双雷撃クロスサンダー


 双雷撃クロスサンダーは放つ途中、両腕を横に動かすことで広範囲攻撃にもなる。
 最前線にいた弓矢を持った十人ほどは今の一撃で地に伏せた。
 驚いている山賊を畳み掛けるようにして、アドネスが真ん中に切り込んでいく。
 盾で攻撃しようとしている者を薙ぎ払いながら、剣で隙のある者を一突きする。
 その動作の一つ一つが全くためらいなく、洗礼されたものだった。
 あいつ、かなり対人戦の訓練を受けてるな。
 技術的にも、精神的にも。


「おらぁ!!」


 アドネスの戦いに見入っていると横から斧が振り下ろされる。


「遅いな」


 刃が俺に届くより速く、俺は相手の腹を蹴り飛ばす。
 俺ものんびりしてられないか。
 俺は鞘に収まったままのクインテットの柄を握ると、接近してきた山賊の爪を弾く。


「なっ!?」


 驚愕の声を上げながら、爪を弾かれた相手は大きく仰け反る。
 俺はその頭部に容赦なくクインテットを叩きつけた。
 クインテットは鞘に収まった状態でもその能力が失われることはない。
 剥き出しの状態と違って、見た目に変化がないので相手からしたら何が起こったかすらわからない。
 まぁ、実際に使えるのは土くらいだけどな。


「なんだ!?」


「こいつ見た目以上に力ありあやがる!!」


 若干逃げ腰ながらも、山賊達が多方面から攻撃してくる。
 正面からの切りかかってきた剣をクインテットで叩き落とし、左から迫ってくる槍は手を添えることで逸らす。
 今度は後ろにいた山賊にクインテットを振るが、ナイフで受け止められる。
 至近距離で縛雷バインド・スパークを放ち動きが止まっている隙に、山賊の手からナイフを弾き飛ばす。
 後ろから殺気を感じる。


「くっ、そ」


 ほぼ反射で体を左に動かすと、その真横をレイピアが通り抜けた。


「おらっ!!」


 レイピアの持ち主の鳩尾に拳を入れて黙らせる。
 山賊達は一旦俺の間合いの外に出て、様子を見ていた。
 やれないこともないけど、体力の消耗が激しいすぎる。
 しかもこんだけやっても大して倒せてないって、きつすぎだろ。
 魔力は温存しておきたいけど、これはさすがに使ったほうがいいな。
 この距離で使える範囲魔法なら雷域がベストだ。
 だけど雷域はクインテットの所有者に伝わる魔法で、所有者が作ったオリジナル魔法。
 範囲も広く、威力も中級クラスはあって使いやすいが、魔力消費が上級魔法並み。
 連発したい魔法ではない。


「ふん!!」


「くっ」


 後ろにいた山賊の斬撃をクインテットで受け止め、鍔迫り合いになる。
 迷ってる暇はなさそうだ。
 左手を天へと掲げる。


「雷域」


 左手から放たれた雷がその場にいた山賊達を襲った。
 俺はその混乱に乗じて、一目散にその場から離脱する。
 さすがに全員は仕留められなかったが、半分くらいは倒せたな。
 ふと前方を見るとアドネスが十を超える山賊を相手に一人で張り合っていた。
 剣と盾を器用に操りながら山賊の攻撃を防いでいるが、さすがに数が多すぎるのか攻撃に転じれていない。
 俺はアドネスの近くにいた山賊に縛雷バインド・スパークを放つと、その鳩尾に突きを入れる。


「大丈夫か?」


 振り下ろされる棍をクインテットで弾き返しながらアドネスの横に並ぶ。


「レン、助かりました。ここは僕が抑えときますので、リーダーを頼みます」


 奥の方に見えるハルバードを持った男。
 あれがリーダーか。
 だが、その前にはかなりの山賊がいる。


「後ろかも何人か来てるが、いいのか?」


 俺が倒しきれなかった山賊がすぐに合流してくるだろう。
 そうなれば、アドネスもさすがにやばいんじゃないか。


「僕は任務中なのでまだ死ねませんから。さぁ、早く行ってください」


 アドネスは相変わらず笑っている。


「そうかよ。じゃあ、行かせてもらうぜ」


 アドネスが目の前の山賊達に突っ込んでいく。
 俺は周りにいた山賊達の中で一番近くにいた者に狙いを定めると、縛雷バインド・スパークでその動きを止める。


「よっ、と」


 俺は動けなくなった山賊の体を踏み台にすることで立ち塞がっていた山賊達の頭上を通り抜ける。
 膝を柔らかく使い着地すると、即座に山賊のリーダーに向かって駆け出す。
 後ろから幾つもの悲鳴が聞こえてくるのは、俺に意識が向いた山賊をアドネスが仕留めたのだろう。


 目の前には百九十センチ以上ある巨漢がハルバードを担いでいる。
 見ただけでわかる。
 こいつはかなりの実力者だ。
 俺は走りながらクインテットを鞘から抜いた。





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