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五導の賢者

アイクルーク

自己満足

 俺は魔人に死体を魔法で火葬後、肩の傷を治してからアーバンへの道を戻り始めた。
 相変わらず雨は降っているが降り始めよりはマシになっている。
 まぁ、ここまで濡れちまったら関係ないか。


 俺は振り返り、さっきまで戦っていた岩場を見る。
 上級魔法を連発したことにより、大岩が砕けていたり、地面に穴が空いていたりして周りに比べて不自然な光景だ。
 この道を通る人は気付くだろうか?
 いや、いちいち気にするほどの光景でもないな。
 それに俺が戦っていたことはバレないし、問題ないだろう。






 それから十分程歩き、アーバンの一部が見え始める。
 その間、通る者が死んでいるこの道を通る人は一人もおらず、誰ともすれ違うことがなかった。
 まだ朝だから、ってのもあるかもな。
 時刻にしてまだ七時過ぎ。
 そろそろラノン達も起きているだろうか。
 書き置きを残しておいたから問題はないと思うが、さっさと戻るかな。
 俺はアーバンへと向かう足取りを一層早めた。


「こんな所で何をしているんですか?」


 いきなり岩陰から声をかけられる。
 ここ最近何度も聞いている声、はっきりとした口調で男にしては高い声。


「‥‥アドネス、か?」


 俺がそう呟くと岩陰からずぶ濡れになったアドネスが出てくる。
 だが、アドネスはいつとは違い鎧を着ておらず、武装は腰に差した剣のみだ。
 なんでここアドネスがいる?
 ラノン達には気付かれないようにしたはずだ。


「もう一度訊きます。ここで何をしていたのですか?」


 アドネスは爽やかな笑顔を向けてくる。
 だが、その雰囲気はどこかいつもと違う不気味さを感じた。
 まずい。
 さっきの戦い、見られたか?
 手に持ったクインテットに力がこもる。


「その質問、そっくりそのまま返す」


 こいつが不用意にラノンの側を離れるとは思えない。
 となると、俺の後を付けてきた?
 魔人との戦いで俺は雷以外の魔法を多用した。
 それが見られていたとしたら‥‥


「質問に質問で返しますか。じゃあ、僕も質問で返します。なんで、そこまで警戒しているんですか?」


 見られてたとしたら、いまさらどうしょうもないか。


「そりゃあ、こんな所で待ち伏せされてたら誰だって警戒くらいするだろ」


 下手すりゃ俺を殺りに来た可能性すらある。
 まぁ、ないとは思うが。
 俺の言葉を聞いたアドネスは少し考えてから腰の剣を抜く。
 マジか、ここで戦うつもりかよ。
 俺は反射的に抜刀し、剣先をアドネスへと向けた。
 この世界では武器を相手に向けることは宣戦布告を表している。
 つまり相手に武器を向けられたら、そいつを殺しても問題ない。
 だが、アドネスは手に持った剣を俺の足元に投げてきた。
 装飾が施された剣は宙で一回転して俺の足元の土に刺さる。


「これで、問題ないですか?」


 武装解除することで敵対心がないことを示す気か。
 鎧も着けていないし、本当に戦意は無さそうだな。
 そう判断した俺はクインテットを鞘へと納める。


「あぁ、それで何の用だ?」


 問題は魔人との戦いを見られていたか、どうか。
 これだけだ。
 見られてさえいなければ、ここにいた理由くらいどうとでもなる。


「レンは部屋に書き置きを残しましたね?  それを読んでここに来ました」


 俺は確かに部屋に書き置きを残した。
 テーブルの上の目立つ所に、少し出かける、とだけ書いた羊皮紙を置いてきた。
 けど‥‥


「お前、荷物の中に隠しておいた方も読んだのか?」


 俺が万が一、魔人に殺られた時のために、魔人と戦いに行く旨を書いた手紙を荷物の中に隠しておいた。
 さすがに連れの俺が行方不明になればラノン達も俺の荷物を調べるだろう。
 その時に気付くよう隠しておいたんだけどな。


「もちろんです。それで来ましたから。それにしても魔人を倒すなんて凄いですね」


「お前、見てたのか?」


「さぁ、どうでしょう?」


 アドネスの思わせぶりな言い方。
 あいつの考えていることが全く読めない。


「で?  俺をどうする気だ?」


 普通に考えて、見ていたのなら王国に報告するだろうな。
 そうなったら俺は‥‥


「他言する気はありません。ただ、その力をラノンを守るために使ってくれませんか?」


 賢者の力を、一個人のために?


「それだけか?」


「えぇ。魔人を無傷で倒したレンの力ならば、ラノンを守る上で十分な戦力になります。どうですか?」


 無傷?


「なぁ、一つ聞いてもいいか?」


 俺は魔人との戦いで肩にかすり傷を受けたが、アドネスは無傷と言った。
 つまり‥‥


「はい、なんでしょうか?」


 質問はなんでもいい。
 アドネスが俺が賢者だとわかっているかを判別する質問。


「俺はラノンに婚約できるのか?」


 少し変な質問だが、これの返事次第でアドネスが俺と魔人との戦いを見ていたかどうかがわかる。


「それは無理でしょうね。レンがいくら強いと言っても身分が違いますから」


 これで確定だ。
 アドネスはさっきの戦いを見ていない。
 勇者と賢者は国から特別階級を与えられる。
 その権威は大貴族よりも高いものだ。


「そうか、それは残念だ」


「質問には答えました。レンの答えは?」


 ラノンを守るか否か。


「まぁ、旅していく上でできる限りならな。それでいいだろ?」


「えぇ、もちろんです。あ、それともう一つ。これをどうぞ」


 アドネスはそう言って手の平サイズの小さな袋を投げてきた。
 キャッチする際にチャリ、となったので中身は硬貨だろう。
 しかし、なんの金だ?


「これは?」


「ラノンを守ってくれたお礼です」


 街の中で戦った時のことか。


「ありがたく受け取っとく」


 貰って困るものでなければ貰っておくのが正解だ。


「僕とレンは今日はまだ会っていない。それでいいですね?」


 アドネスは俺の力がなんなのかは理解していないが、それを利用する気なのだろう。
 まぁ、構わないけど。


「あぁ」


 俺はそれだけ言うとアドネスの横を通りすぎる。










 俺がアーバンに戻った頃には雨が上がっており、街の中にも活気が出始めていた。
 この世界には傘というものがないため、雨に濡れるのは当然で、ずぶ濡れの俺を気にする人はいない。
 かなりの量が降ったので道端に水たまりがあった。


 宿に戻って、着替えるか。
 肌にくっつく服が鬱陶しいので、宿に戻ることにした。
 そう言えばアドネスから貰った金、幾らくらいあるんだ?
 なんとなく気になったので小袋の中を確認する。


「小金貨が一枚に、銀貨三枚、か」


 結構な額だな。
 日本円にしたら六十五万円。
 この間のオーク討伐との報酬と合わせたら、しばらくは金に困ることはないな。
 特に寄り道もせずに宿に向かっていたのだが、不意に酒屋が視界に入る。
 木造りの建物の入り口に五十くらいのおばさんが立っていた。
 この世界では寿命が短いので五十歳でも十分に老人だ。
 酒、か。
 師匠といた頃はよく飲んでた。
 まぁ、俺は全然好きじゃないのに無理やり飲まされてただけだが。
 そう思いながらもおばさんに近づいて行く。


「いらっしゃい、どんなお酒が希望だい?」


 大きく、ハキハキとした口調で話し出す。
 元気のいいおばさんだな。


「そうだな‥‥強い酒を頼む」


「強い酒かい?  それなら蒸留酒とかでいいかい?」


 蒸留酒、確かウィスキーとかウォッカとかアルコールが強いやつか。
 そこまで詳しいわけじゃないし、それでいいな。


「種類は任せる。あと安い革袋水筒に詰めくれるか?」


「あいよ」


 おばさんは手際よく樽に入った酒を革袋に詰めると俺に渡してくる。


「ブランカって酒で、革袋代込みで銅貨三枚だよ」


「これで頼む」


 そう言って俺は銀貨を一枚渡す。
 まぁ、結構迷惑な行為だろうな。
 日本で言ったら駄菓子を買うのに千円札を使うようなもんだ。
 だが、おばさんは嫌そうな顔をせずにお釣りを渡してくる。
 銅貨七枚に小銀貨九枚。
 間違っていないことを確認した俺は宿屋への道を歩き出す。






 部屋に戻るとすぐに濡れた服を脱ぎ捨て、壁にかけて干しておく。
 代わりの服を着てから、布と酒と刀を持って宿屋の屋根上へと登る。
 ここいらでは雪が降らないので三角屋根ではなく平屋根が主流だ。
 この宿も瓦でできた平屋根で、朝降った雨でまだ僅かに濡れていた。


 俺はそんなことをまったく気にせず腰を下ろすと、買ったばっかの酒を口に含む。
 口の中いっぱいに酒の辛さと苦味が広がる。
 一応飲めるが、アルコールの強い酒には美味しさを感じられない。
 師匠いわく、蒸留酒の辛さと苦味以外を味わえるようになって初めて一人前‥‥だったか。


「一人前、か」


 魔人一体殺したくらいでこんなに引きずってる俺はまだまだ、ってことか。
 そう言えば誰かが言ってたな。


「恐れなくなることが何よりも恐ろしい」


 ふと思い出したので口に出してみた。
 殺すことに何も感じなくなった時、その人は人でなくなる。
 そんな意味だったか。
 罪悪感を感じること自体は悪いことじゃないのかもな。
 まぁ、こんなところで一人で考えていても永遠に答えなんかでないか。


「そうだ、クインテットの手入れをするんだった」


 自分の横に置いてあった鞘を掴むと柄を引き、透き通ったその刀身を露わにする。
 だが、その剣先には僅かに魔人の血が付いていた。
 クインテットは金属ではないので錆びることはないが使う度に綺麗にすることが習慣となっている。
 綺麗にすると言っても水をかけて拭くだけだけど。
 と、思いながら革袋に手を伸ばすも中身が酒であることを思い出す。


「やっべ、水持ってくるの忘れてた」


 さすがに酒を使うのは不味いしな。
 部屋に戻るのは面倒だし、こっそり水魔法でも使っちまうか?


「あ、レンさん。私が水を出しましょうか?」


「ん?」


 突然後ろからほんわりとした声が聞こえてくる。
 案の定、振り向いて見ると首を傾げているラノンがいた。


「どうかしましたか?」


 周囲に気を配るの忘れてた‥‥
 どこまで気が抜けてるんだ、俺は。
 てか、どこから聞かれてたんだ?


「いつからそこにいた?」


 最初っからいたなら独り言も聞かれてる。
 ‥‥軽く引かれそうだ。


「レンさんが部屋から出て行くところをついていったので、ずっといました」


 マジ、か。
 俺はラノンに背を向けて手に持ったクインテットを眺める。


「そうか」


 聞かれて困ることを言っていたわけじゃないし、いいか。
 脇に置いておいた酒を一口飲む。
 すると、俺の横にラノンが並んで座ってくる。
 そして、目を瞑り掌から小さな水球を出す。


「レンさん、昨日は本当にありがとうございました」


「あぁ」


 ラノンは水球をゆっくりと俺の目の前まで移動させた。
 俺はその中にクインテットの刀身を通して軽く湿らせる。


「どうしてレンさんは、私を庇ったのですか?」


 ラノンは潤んだ瞳を向けてくる。


「気分だ」


 この答えはあながち間違いではない。
 俺が本気を出せば三位級の魔人くらいどうってことはない。
 他の人と違って戦うのに大それた覚悟は不要だ。


「‥‥嘘、ですね?」


 ラノンは横から俺の顔を覗き込んでいる。


「レンさんがオークの群れから子供達を助けたことは聞きました。ほとんど見返りはなかったはずです。今回だって私のために自分の命を危険にさらしました。それが、気分なはずがありません」


 そこまで危険な目には合っていないんだがな。
 まぁ、ラノンにわかるはずはないか。
 でもまぁ、なんだろうな‥‥少しだけ愚痴りたくなった。
 俺はラノンの顔が見えないように空を見上げる。
 灰色の空の隙間からは僅かに日差しが差し込んでいた。


「俺さ、本当はやらなきゃいけないことがあったんだよ‥‥いや、違うな。あるんだよ、だな」


「だけど、俺はそれを全部投げ出して逃げたんだ。でも、そのことに関しては一切後悔はしていない。逃げ出さなきゃ、俺が死んでた」


「けど、そのせいで何人もの‥‥いや、何十、何百もの人が死んだ。俺はそのことに負い目を感じているだろうな。そのせめてもの罪滅ぼしとして、人助けをしてるんだ。要するに、俺は自己満足のためだけにラノンを庇った。ただ、それだけだ」


 しばらくの間、沈黙が続く。
 その間に酒を飲み干すが一向に酔える気配はない。
 俺は何をつまらないことを話しているんだか。


「悪い、変なこと話したな。酒をもうなくなったし、俺はもう部屋に戻るわ。さっきの水魔法、ありがとな」


 何かを言いたそうにしているラノンを置いて、俺は自分の部屋へと戻る。











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