五導の賢者

アイクルーク

人殺し

 魔人が全身に纏っている闇、あれは触れるだけでダメージを受けるはず。
 まずは、遠距離から戦った方が──


「うぉぉお!!」


 怒りに我を忘れた魔人が俺に飛びかかってくる。
 魔人の全体重が乗った蹴りを土色に染まったクインテットでどうにか弾きかえす。
 クインテットは属性に応じて異なる効果を示す魔武器。


「くそっ!!」


 着地した魔人は何度も殴りかかってくるが俺は再びクインテットを使いそれを捌ききる。
 クインテットに土の魔力を流した場合、圧倒的は剣圧‥‥つまり一撃の重さが増す。
 本来であれば人間の俺が魔人の拳を受け止められるはずなどないが、クインテットの能力のおかげで接近戦をすることができた。


「人間風情が‥‥」


 殴打による攻撃を諦めたのか、魔人は飛び退くと小さな声で何かを呟いている。
 詠唱、か。
 魔法を使う際に口に出して詠唱文を読むことで、魔法の効果が上がる。
 また、口に出した方が魔法の難易度も下がるため、まだ使いこなせない魔法を使う際にもよく用いれている。
 あいつは確か、中級魔法くらいまでなら瞬発的に使えていた。
 となると上級魔法、もしくは最上級魔法か。
 最上級魔法は魔導士の中でも滅多に使える者はいない。
 だが、魔人となると‥‥


黒弾砲ダーク・バースト


 魔人から放たれた体を覆い尽くす程の黒球が猛スピードでこちらに向かってくる。
 俺は左手を地面につけると、地面に魔力を流し込む。


多岩壁ストーンウォール


 周りにあった幾つかの岩が俺の前に集まり、岩の壁を作った。
 黒球は岩にぶつかると積み重なっていた岩を全て吹き飛ばし消え去った。
 その際に生じた土煙が俺の視界を遮る。
 魔人の姿が見えない。
 だけど、それはあっちも同じか?
 まぁ‥‥いいや。


突風ガスト


 風魔法で気流を生み出し、舞っていた土煙をはらすが、辺りを見渡しても魔人の姿が見当たらない。
 不意打ちを狙っているのか?
 あの魔人は全身に闇の魔力を纏っている。
 ゆえに多少の魔力感知能力があれば隠れている場所は容易にわかった。
 魔人の魔力が高まっているな。
 岩陰から魔法を放つつもりか。


「想像より耐久力が高いな。どうやって倒すか‥‥」


 上級魔法を直撃しても動き回れるところを見ると並みの攻撃じゃ、効かないよな。
 少し、趣向を変えてみるか。
 俺はクインテットを両手で握ると、魔人の隠れている岩に向かって走り出す。
 クインテットには風の魔力を流し、その刀身を翡翠色に変える。


「魔刀術」


 走りながら刀を右脇に取り、その刀身を腰より下げる。
 魔人の隠れる岩は高さ二メートル程。
 普通の斬撃で斬れるようなものではない。
 俺は岩が間合いに入った瞬間、躊躇いなく刀を振るう。


「斬空!!」


 クインテットが岩に触れる一瞬だけ、クインテットに込める魔力の量を爆発的に上昇させる。
 巨大な太刀と化したクインテットまるではゼリーを切るかのように岩を両断した。
 真っ二つに分かれた岩の間からは一歩下がることで斬撃を回避した魔人の姿が見える。


「チィ、躱されたか」


 両断した岩の周りを迂回し、魔人に追撃を仕掛けるために接近する。
 しかし、魔人も限界を感じているのかこちらに体を向けたまま逃げ始めた。
 魔人は後ろを向きながら逃げているにも関わらず、俺との距離が詰まる様子は一向にない。
 後ろに跳ぶことによって移動しているのか。
 これが、人間と魔人の身体能力差か。
 だったら‥‥
 クインテットを握る右手には火の魔力を、左手には雷の魔力を集中させる。


撃雷衝ショックボルトっ!!」


 俺の手から放たれた雷は瞬く間に魔人の下まで迫る。
 魔人は咄嗟に手を交差させガードするが、雷が防げるわけもなく体の自由を奪われた。
 俺は動けなくなった魔人に向かって走りながら、クインテットに火の魔力を流す。
 紅色に染まった刀身、だがさらに火の魔力を込め続けた。
 クインテットに火の魔力を流した場合、本来なら触れた物を燃やす刀となるが、うまく調整すると刀身が常に燃え盛る刀となる。


「炎刃」


 実際の大きさよりも炎により大きくなったクインテットを硬直している魔人へと叩き込む。
 刀にまとっていた炎は全て魔人に燃え移り、その体を焼き尽くす。
 俺は一歩引いたところで魔人の様子を伺う。
 魔人は身体中から火が出ており、倒れるのは時間の問題に思えた。
 やったか‥‥いや?  防いでるな。
 魔人は咄嗟に全身に闇を纏うことで炎によるダメージを防いでいた。


「はぁ、はぁ、はぁ‥‥」


 だが、魔人の呼吸はかなり荒い。
 魔力切れか。
 確かにこの短時間でかなりの魔法を使っていた。
 それに今のでかなり魔力を持っていかれたはず。
 そろそろ切れてもいい頃だ。
 魔人を残り少ないであろう魔力を手にまとい、構えている。
 俺も魔力を無駄遣いはしたくない。
 そろそろ、決めるか。


「どうした?  かなり疲れてるようだが」


 魔人に最初のような余裕はもうない。
 俺の言葉には耳を貸さず、常に俺の隙を狙い構えている。
 あの闇は俺の炎をほとんど防ぎきっていたが、物理攻撃は吸収しきれていなかった。
 なら押し切る、か。
 土色に染まるクインテット。


「っう!!  縛雷バインド・スパーク炎球ファイアボール氷針アイスニードル


 一呼吸で三つの魔法を一気に使う。
 まずは、手数で隙を探る。
 魔人は飛んできた下級魔法を全て両手の闇で防ぐと、後退しながら詠唱を始め出す。
 ‥‥させるかっ!!
 俺は左手を前に出し、反射的に魔法を使う。


撃雷衝ショックボルト


 魔人は放たれた雷を間一髪のところで受け止めるが、その際に詠唱を中断する。
 魔力もかなり消耗してるし、ここで決めるか。
 右手のクインテットを握りしめると、動きを止める魔人に向かって行く。
 魔人も覚悟を決めたのか一歩前に踏み込む。
 接近戦が不利なのは知ってる、


「魔王様のために、ここで貴様を殺す」


 魔人の目が血走り、全身から異様なオーラを放つ。
 だけど‥‥ここで引くわけにはいかないっ!!
 俺は体内にある土の魔力を一気に活性化させた。


「魔刀術」


 両手で握るクインテットの色が次第に濃くなっていく。
 魔人は俺の刀の色を見ると、腰を下げて守りの姿勢をとる。
 俺の一撃を止めた上でカウンターを狙う気か。
 俺の全体重に移動速度が加わったクインテットを思いっきり振り抜く。


「加重剣っ!!」


 この刀を受けた相手が感じる重さは本来の重さの約十倍。
 高速で放たれた超重量の一撃を魔人は両手で受けようとする。
 さっきの重さと同じくらいとタカをくくっていたのだろう。
 だが、そんなに軽い一撃ではない。
 刀は魔人の両手に触れるが、まるで何も無いかのように突き進み続ける。


 ゴリゴリ、バキッ


 魔人の腕の骨を砕く音が聞こえてくる。
 クインテットはそれでも減速することなく、魔人の胸部まで達した。


 バキバキバキっ


「ぐっ、あぁ‥‥」


 魔人の体の骨でさえもが簡単に折れていく。
 そして、刀を振り切る勢いで魔人は遠くまで飛ぶ。
 地面に這いつくばった魔人はピクリとも動かない。


 死んだ‥‥のか?


 殺した実感が一切湧いてこない。
 魔人を人だと考えるのならば、俺は初めての人殺しをしたことになる。
 妙な罪悪感が俺の中で生じた。


「クッ」


 今まで人を殺すような機会はほとんど無く、俺自身が人を殺したことはなかった。
 まだ元の世界での常識が残っているのだろうか。
 いや、違うな。
 俺は人を殺したら、なんだか戻れなくなりそうな気がしているんだろう。
 万が一に備え、クインテットに風の魔力を込めると倒れている魔人の真横に立つ。
 全身の筋肉には一切力が入っておらず、ダランとしている。
 ‥‥生きてる?


縛雷バインド・スパーク


「グッ」


 死んだフリをしていた魔人に軽く電気を流すと、大きく痙攣をしてからその両目を開く。
 俺はその首にクインテットを添える。
 今は風の魔力が流れている状態。
 つまり、俺はいつでもこいつの首を切り落とせるってことだ。


「お前、元は人間だったんだろ?  その時の記憶はあるのか?」


 なぜこんなことを訊くのか?
 自分でもよくわからない。
 ただ、単純に聞いてみたかった。
 魔王に操られる人の気持ちを。


「記憶?  それが、どうした」


 相変わらず響くような低い声に鋭い目つき。
 だが、最初のような威厳はもう感じられない。
 そうか‥‥記憶は残っているのか。


「それでも、なんで魔王についていくんだ?」


 人間側に戻ってきた魔人は誰一人としていない。
 それほどまでに強い洗脳なのか?
 それとも圧倒的な恐怖で縛られているのか?
 もう、人には戻れないのか?


「なぜ‥‥だと?」


 魔人は目を瞑ると少しのだけ間を置く。


「そんなこと考えたこともないな。死ね、賢者!!」


 魔人は右手に一瞬で闇の球体を生み出すと、俺の体めがけて飛ばしてくる。


「クッ‥‥」


 体を逸らして躱そうとするが、避けきれず肩にかすってしまう。
 魔人を見ると次の一発を用意している。
 次は、避けきれないっ!!


「畜生が!!」


 手に持った刀を思いっきり振り切る。
 魔物を切った時と同じような感触を感じ、その後、何かが地面に落ちる音が聞こえた。


「くそっ‥‥」


 目の前には動かなくなった魔人の死体。
 足元に広がるのは、血が染み込んで赤くなった地面。
 俺の手には魔人を殺した感触がはっきりと残っている。
 魔物とはどこか違う、忘れられそうにない感覚。








 殺るしかなかったんだ。




 あそこで殺らなければ、死んでいたのは俺だ。




 それに、魔人は人とは違う。




 後悔することなんか‥‥一つもない。










 ポツポツ、ポツ、ポツ




 刀を握る手の甲に冷たさを感じる。
 目を向けると一粒の水が付いていた。
 雨‥‥か?
 天を見上げると灰色の雲から雨粒が落ちてくる。
 雨の勢いはみるみるうちに強まり、瞬く間に俺を濡らす。


 いつかは殺らなきゃいけないことだとは、わかってた。
 魔人も魔物と同じ要領で殺せると思ってた。
 でもどうしても、人だと考えてしまう自分がいる、


「やっぱり、現代人には辛いな。この世界は」


 初めて魔物を殺した時もこんな気持ちになった。
 だが、毎日のように戦い続けていく内に俺は殺す感覚に慣れていった。
 おそらく、魔人も殺し続ければ、慣れるだろう。


 これからもラノンといれば、きっと魔人と戦うこともある。
 そして俺は、魔人を殺すことを躊躇わないようになるんだろう。


 俺は鉛色の空を見上げて息を吐く。



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