五導の賢者

アイクルーク

プレゼント

 宿屋に戻った後、修行に費やしている間にラノン達が戻って来ていた。
 大商人達とは問題なく話せたらしいが、ラノンはやや疲れているようで、今は部屋で休んでいる。
 アドネスに西の道のことを話すと、しばらくの間は様子を見るとのこと。
 やることがなくなった俺は街を必需品を買いながら回り、適当な店で食事を摂る。
 暗くなってきたので宿に戻ると、今度は自室の床に座わり魔法の鍛錬を始めた。


 魔力の扱いは繊細だ。
 詠唱を口にする場合は一単語間違うだけで失敗することも多い。
 もちろんそれは無言詠唱でも同じで、決して集中力は切らせない。
 俺はその集中の修行の一環として瞑想をする。
 とりあえずは座った状態で体の魔力を操作して指先に集めた。
 一度、魔力を体全体に戻してから再び指先に魔力を集中させる。
 これをひたすら繰り返す。


 俺が今、やっているのは魔力の移動スピードの強化。
 これは魔法を使う際の発動速度を上げることにつながる。
 例えば、縛雷バインド・スパークを使う時は基本的に手から放出している。
 この時に一度、手に魔力を集めてから縛雷バインド・スパークを使う。
 その動作を早くすることで詠唱時間を短くしているのだ。
 ちなみにほとんどの魔法が手か杖から放たれるため、他の部位での練習はしない。






 俺が修行を始めてから十五分程が経った時、部屋のドアがノックされる。
 今は八時半くらいか‥‥こんな時間に、誰だ?
 考えられるのはアドネスかリアくらいだが‥‥
 色々考えながら立ち上がると、近くに立てかけてあったクインテットを手に取る。


「どうぞ」


 この部屋には鍵など付いていない。
 別にこの世界に無いわけではないが、非常に複雑なため一つ作るのに莫大な費用がかかる。
 よって、貴族の家などにしか付けられない。


「‥‥失礼します」


 ややゆっくりとしている優しい声。
 ラノンが扉を開けて、部屋の中に入ってくる。


「ラノンか。どうかした?」


 俺はラノンだとわかった瞬間に刀をベッドの上に投げる。


「少し、レンさんにお願いしたいことがあるんですけど」


 ラノンは部屋の入り口に立ったまま話し始める。
 俺に頼み?
 すぐに頭を働かせてみるがまったく予想がつかない。


「まぁ‥‥とりあえず入って」


 貴族を立ったままにさせておくのは、さすがに失礼だろ。
 近くにあった木の椅子を掴むとラノンの前に置く。


「いえ、立ったままで大丈夫です」


 ラノンは両手を前に出して断ってきた。
 俺は自分の座る椅子を取ろうとしていたがラノンが立つのならば、俺が座るわけにもいかないのでそのままラノンの方へと体を向ける。


「それでどんなお願いだ?  ある程度のことなら協力するけど」


 大概のことなら手伝おうとは思うが、オッケーを出すかどうかは内容にもよるか。
 まぁ、ラノンならそんなに無茶は言わないと思うけど。


「実は少し、外出をしたいんですけど、一緒に来てくれますか?」


 ラノンは貴族だから外出時に護衛を連れて行くのは普通だ。
 だけど‥‥


「それならあの三人の内の誰かを連れて行けばいいんじゃないか?」


 わざわざ俺に頼む理由がわからない。
 別に断る理由もないんだが、どうもそこが腑に落ちない。
 ラノンは困ったように目を俺から逸らす。


「この街は色々な物が売っているそうですので、皆んなにプレゼントを、と思ったのですが‥‥」


 そこまで聞いて俺はようやく納得する。
 要するにラノンはここまで守ってくれた護衛達にサプライズプレゼントをしたいと。
 それで護衛三人ではなく、俺に頼んだのか。
 自らの部下にまでここまでの感謝の気持ちを持っているとか、優しすぎるだろ‥‥
 ラノンは恥ずかしそうに下を向いている。


「なるほどね。俺は別に構わないけど、ラノンはいいのか?」


 ラノンは何を言っているのか伝わっていないようで首を傾げている。


「俺のこと、そんなに信用していいのか?」


 俺はラノン達に身元すら明かしていない。
 そんな奴と二人でどこか行くなんてかなり危険だ。
 まぁ、特に何もするつもりはないけど。


「そのことでしたら、大丈夫です。レンさんが私を攫おうとしているのならブレッジからここまでの間に、何度も機会はありました。それにレンさんはブレッジの人のために戦った‥‥優しい人ですから」


 ラノンは笑顔でそう言ってくる。
 確かにここに来るまでにラノンを誘拐する機会は幾度となくあった。
 二人っきりにはならなかったが俺、ラノン、リアなどの三人の時は何回かあったし、正直言えば一人くらいなら不意打ちで十分殺れる。
 そこも考慮しての判断か‥‥


「じゃあ、さっさと行こうか。あんまりゆっくりしてたらあの三人に見つかっちゃう」


「はい」


 ラノンの嬉しそうな返事。
 あの三人にはよっぽど感謝してるんだろうな。
 俺はベッドの上からはクインテットを、テーブルの上からは最低限の物が入った腰袋を取ると、ラノンと共に部屋を出る。






 宿から出ると街の中心部に向かって歩きながら、ラノンの話を聞いていた。


「それで、何を買うんだ?」


 プレゼント、と一口に言っても色々ある。
 まぁ、そこは俺が口出しするところではないか。
 俺の横を歩いているラノンは眉をしかめている。


「グレイスとリアはもともと一緒にいたので大体は決まっているんですが‥‥アドネスは今回の旅で始めて知り合ったので、まだ何をあげたら喜ぶかわからないんです」


 ラノンの言ったことは俺にとってかなり意外だった。
 俺はてっきりあの三人ともラノンの部下だと思っていたのだが‥‥どうやらアドネスだけは違うらしい。
 今、考えればラノンとアドネスが話しているのはあまり見なかったな。
 ラノンとグレイスは意外と話しているんだが。


「リアのは想像がつくんだが、グレイスには何を送るつもりだ?  あいつが喜びそうな物って言われても思いつかないが」


 まぁ、俺が送るなら‥‥槍の整備用の油とか、か?


「グレイスにはもう決まっています。グレイスはもともと貧しかったので今も古びた財布を使っているんです。それで、新しい財布をあげようと思います。どうですか?」


 ラノンはプレゼントなど自分で選んだことがないのだろう。
 不安そうに訊いてくる。
 財布は、まぁ、無難な贈り物だよな。
 この世界の財布は言わばきんちゃく袋みたいなものである。
 札のようなお金がないので日本のよう長財布である必要がないのだ。


「いんじゃないか?  実用性もあっていいと思うぞ」
  
 俺の肯定を聞いたラノンの顔が明るくなる。
 俺が今、使ってる財布も安物だ。
 そろそろ買い替えてもいい頃かな‥‥


「そうですか。じゃあ、グレイスには財布を買いますね。後はアドネスへプレゼントはどうしたらいいと思います?」


 アドネス、か‥‥難しいな。
 グレイス以上にイメージがつかない。
 俺の答えを期待しているのかラノンがこちらの様子を伺っている。
 やばい、何も思いつかない‥‥
 次第に焦り始める俺。


「まずは他の二人のを買ってからにしよう。店を回っていればそのうち思いつくだろ」


「そうですね」


 俺達はアドネスへのプレゼントを後回しにして、まずは他二人のプレゼントを買いに行った。










 高級な物を扱っている店が立ち並ぶ通りでグレイスの財布を買うと、リアのアクセサリーを買うためにアクセサリーショップにいた。
 ラノンはネックレスとブレスレットの二つで悩み、女店員と話している。
 その会話を適当に聞きながらカウンターの後ろに並んでいる商品を見ていた。




 純金の指輪・・・・金貨一枚、銀貨二枚


 ルビーのネックレス・・・・銀貨四枚




 結構高いけど‥‥俺にも買えるくらいの値段、か。
 もっと高いもんだと思ってたんだけどな。


「レンさん。どっちがいいと思いますか?」


 ぼーっとしていると不意にラノンから名前を呼ばれる。
 顔を向けて見るとラノンの手元には青色の宝石がはめられたネックレスと、真っ赤な宝石が幾つも散りばめられたブレスレットがあった。
 この手の類のことを俺に訊かれても困るんだけど‥‥
 そうは思いつつも真剣に考え始めた。


「うーん、赤いほうがリアに合いそうな気がするかな〜」


 リアは赤眼赤髪だからなんとなく赤のイメージがある。
 だからなんとなく赤いブレスレットにしたけど‥‥


「そうですね。じゃあ、こっちのブレスレットでお願いします」


 ラノンはそう言って店員に銀貨を六枚渡す。
 日本円換算では三十万。
 決して安くはない額だ。
 俺は店員がブレスレットを包装している間にラノンに訊いてみる。


「そんなあっさり決めていいのか?」


 なんかこれでリアが喜ばなかったら俺が辛い。


「大丈夫です。リアはアクセサリーならなんでも喜びますから。あとはレンさんのセンス信じます」


 ラノンの無邪気な笑み。
 包装を終えた店員が袋に入ったブレスレットをラノンに渡す。


「ありがとうございます」


 丁寧に店員に礼をしてから店を後にする。
 店を出た後、まだアドネスへのプレゼントを買っていないこともあり、向かう方向が決まらない。


「何がいいでしょうか」


 結局、決まらなかったプレゼント。
 歩きながらも考えていたが何一つ、思いつかない。


「まじで思いつかないな」


 その場で二人で顔を見合わせると、ため息を吐く。
 しかし、いつまでもここで考えていても思いつくものでもない。


「とりあえず‥‥歩きながら探すか」


「そう、ですね」


 俺とラノンは当てもなく歩き始める。
 街の中心部だが、こんな時間だからか行き交う人もあまりいない上に閉じている店も多く、人気はかなり少ない。
 そんな中、俺とラノンは必死に頭を悩ませていた。
 本当に思いつかない。
 いっそのことグレイスと同じでいいんじゃね?


「財布は駄目か?」


 まぁ、貰って困るものではないし、もうこれでいいだろう。


「財布、ですか。アドネスは新品みたいな財布を持っているので‥‥」


 それは駄目だな。
 だとすると他に何か‥‥
 不意に、刺すような敵意のある視線を感じる。
 これは‥‥殺気!!


「くそっ!!」


 俺は視線を感じた方からラノンをかばうように立つと、鞘に納まったままのクインテットで自分の体を守った。
 ラノンは何が起きているかもわからずに身を硬くしている。
 クインテットに衝撃が走ったかと思った次の瞬間、俺はラノンを巻き込んで五メートル近く飛ばされた。
 ラノンが下敷きになったため俺にはほとんどダメージがなく、すぐに立ち上がり攻撃の主を視認する。


「まじ‥‥か」


 俺の視界の先には‥‥魔人がいた。





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