五導の賢者
道中2
一日目の進行度は予定していたよりも若干遅く、陽が落ちるギリギリまで移動を続けていた。
そのおかげでどうにか森を抜けるとことができ、俺達は広い草原に出る。
見渡す限りに草原が広がり、あっちこっちに岩や樹の姿を確認できた。
すでに辺りは暗く、どこに魔物が潜んでいるかわからない。
なので、警戒がしやすいようにと丘の上で野営をすることになる。
すぐ近くには川があり野営の環境としては優良。
ただ、今まで一人だった俺からしてみるとこんな開けた所で野営をするのは久しぶりだ。
いつもだったら洞窟の中とか樹の上とかだからなぁ〜
野営の準備を分担することになり、俺は焚き火を任させた。
まず、森から適当に拾ってきた枯れ木を山のように積み重ね、テントの準備をしていたリアに頼んで火をつけてもらう。
本来なら火打ち石を使ったりするところだが、炎の魔導士がいる場合は簡単に済ませることができる。
すぐに手持ち無沙汰になってしまったので、適当に枯れ木を焚き火の中に投げ込むながら辺りを見渡す。
ラノンとリアはテントを張ってるな‥‥大きさから見て、二人分くらいか?
まぁ、ラノンが一人で使うのが妥当だがあの性格だ、リアと一緒に使っているんだろう。
グレイスとアドネスは辺りを見回りに行っており、この場にはいなかった。
野営地の近くにいる魔物を先に片付けておくのは割と常識だ。
俺が一人の時は面倒だからやらないけどな。
もう一度、ラノン達の方に目を向けるがまだ時間がかかりそうだ。
刀の手入れでもしておくか‥‥
地面に置いてあったクインテットを鞘から抜くと荷物袋の中から革袋水筒を取り出す。
革袋水筒はこの世界で最もメジャーな水の容器で、魔物の皮で作られた袋にコルクのような蓋が付いているだけである。
ちなみに材料として使われる魔物の皮の種類で値段が変わったりする。
俺のはアジュレと言う狐のような魔物の皮で銀貨一枚くらいだったか。
蓋を外すと中に入っている水をクインテットの刀身に直にかける。
ついでに一口水を飲んでから蓋を閉じると、新たに取り出した綺麗な布で濡れた刀身を拭く。
普通の刀ならば水気を取ったり、油を塗ったりする作業があるがクインテットは金属ではないため必要ない。
その上、異常なほど硬いため一切刃こぼれせず、研ぐ必要もなかった。
本当に、便利な刀だよ。
綺麗になったクインテットの刀身を月明かりで透かしながら眺めていると隣にラノンが座ってくる。
「綺麗な剣ですよね。なんていう剣なんですか?」
ラノンとの距離は人一人分だったが、興味ありげにクインテットを見ていた。
なんせ金属以外でできている刀剣なんてそうそうない。
下手したらこの刀以外にはないかもしれない。
「これか?  これはクインテット、って刀だ。師匠からの貰い物だ。ほら」
俺はクインテットを手の中で半回転させると、刃を自分に向けたままラノンに差し出す。
「ありがとうございます」
刀を受け取ったラノンはまじまじと透き通った刀身を見つめる。
「綺麗な剣ですね」
様々な角度からクインテットを観察して楽しんでいる。
「剣じゃなくて刀だ。あー、刀を知らないか?」
刀はかなりマイナーな武器の一種でその存在を知っている人は少ない。
その理由としては、ある一部の地域でしか作られていないことや、刀自体の値段の高さなどが挙げられる。
剣は耐久性を持たせるために厚みを持たせており、押し切るような斬撃や剣先での突きがメインとなる。
それに対して刀は刃が薄く僅かに反りがあることで、切ることに特化させている。
「確か、ジパングに伝わっている武器に似たようなのがあったような気がします」
ラノンは正解かどうかを求める視線を向けてきた。
さすがは貴族、ってとこだな。
こんなマイナー武器まで知ってるとはかなり博識だ。
「正解。これは片刃の武器で切ることに重点を置いている。‥‥そうだ、それに魔力を込めてみな」
クインテットが持つ、最大の能力。
「‥‥?  わかりました」
首を傾げながらもラノンはクインテットに魔力を込める。
魔武器を使う際、決まった属性の魔力を込めなければならない。
ほとんどの魔武器は無属性で魔法を使えない人が使っている。
当然、俺の持つ魔武器をラノンに扱えるはずがない。
「えっ‥‥」
だが、ラノンの魔力はクインテットに流れ込み、刀身を青く染める。
やや白みのかかった空色で水晶を彷彿とさせた。
「きれい‥‥」
ラノンは青く輝く刀身を月明かりに照らして、美術品のような刀身を鑑賞する。
まぁ、感動するわな。
俺も最初に見た時はずっと眺めてたからな。
魔武器は戦いに使うもの、魔法を使えない人が使うもの、これはそう言う固定概念を打ち壊すようなものだ。
まぁ、武器なんだが。
「どうして、私にも使えるんですか?  レンさんも使っていましたよね?」
ラノンはふと、こちらに顔を向けて訊いてくる。
違う属性の魔導士が同じ魔武器を使う。
普通ならありえないことだ。
まぁ、この刀、普通じゃないんだよ。
「クインテットの別名は五導の刀。五属性全ての魔力で扱うことのできる魔武器だ」
そう、この刀は火、水、雷、風、土の全ての魔力に反応する。
そして、それぞれの魔力に応じて違う効果を持つ。
火の魔力を込めれば切ったものを燃やす刀となり、水の魔力を込めれば切ったものを凍らせる刀となり、雷の魔力を込めれば触れるものを感電させる刀となり、風の魔力を込めれば鉄をも切り裂く刀となり、土の魔力を込めれば圧倒的な剣圧を持つ刀となる。
「すごい‥‥です」
ラノンはあまり言葉を返してこなかった。
多分、予想を超えるもので驚いているのかな。
魔力を武器に付与させることができるのは、おそらくこの刀だけだろう。
これを超える魔武器って言ったら‥‥勇者の持つ、聖剣くらいか。
ぼんやりと、そんなことを考えていたらラノンがクインテットを差し出してきた。
「あの、わざわざ貸してくれて、ありがとうございました。すごい、きれいで感動しました」
目を輝かしたラノンがすぐ近くまで迫ってくる。
俺とラノンの距離は三十センチにも満たないだろう。
っう‥‥近い。
「あ、あぁ。一緒に旅しているんだからこれくらいなら全然、構わないよ」
若干、困惑しながらもクインテットを受け取り、鞘に納める。
興奮しているのかラノンはそのままの位置に居座った。
「レン。ちょっと、なーにラノンといい感じになっているのよ」
そこにテントを張り終えたリアがやって来て、焚き火を中心とした反対側に座り込む。
ラノンもリアの発言を聞いて慌てて、俺から離れていく。
‥‥なんか悔しい。
妙な不快感を感じながらも平静を装い、近くにまとめてある枯れ木を一掴み、焚き火へと投げる。
「すいません、レンさん。少し‥‥近すぎました」
申し訳なさそうな顔でラノンに謝られる。
「うーん、別に謝ることではないだろ。俺はラノンが隣にいても全然構わないよ」
俺は言ってから後悔する。
うん‥‥少し、調子に乗り過ぎた。
「そう‥‥ですか?」
やや上目遣い気味にこちらを見てくる。
その想像を絶する可愛さに、俺は思わず言葉が出なくなってしまう。
と、暇そうにしていたリアが不意に口を開く。
「そうだ。レンって、いつも杖を使わないで魔法使ってるの?  さっき、杖なしで魔法使ってたよね」
あぁ、そのことか。
別に隠すようなことでもないんだけど。
「まぁ、そうだな。杖持ってたら目立つし、接近戦に向かないしな」
昔は杖を持たないことを不便に感じてはいたが、最近では持たない方が自然だからな。
「でも、それって‥‥使える魔法全てを杖がなくても使えるように訓練したんですか?」
首を傾けたラノンが不思議そうに訊いてくる。
一般的に魔法を覚える際は杖を持った状態で使えるように練習して魔法を覚える。
大概はそこで終わりだが、魔法を覚えた後に杖を持たないで練習する場合もある。
杖がないだけで全く別の感覚になり、魔法を覚えるのと同じくらいの時間がかかってしまう。
わかりやすく言えば、箸を右手で使えるようにしてからわざわざ左手でも練習するようなもんだ。
普通の人はそんなことせず、別の魔法の練習に移る。
「あぁ。一回覚えちまったらかなり楽だし、俺には守ってくれる仲間もいないからな」
魔導士は戦闘時に一人だと極端に弱い。
杖を持って戦闘するとなると剣など持てないし、詠唱している間に距離を詰められて殺られる。
守ってくれる人がいて初めて成り立つスタイルだ。
しかも、魔導士は魔法の練習をばかりしているから筋肉が足りなくてまともに剣も扱えない。
「なに?  パーティーに入ったこともないの?」
ハンターにとって高火力の魔導士は魅力的な仲間、魔導士だと知られればスカウトが殺到するだろう。
「まぁ、助っ人としてなら何度かあるな」
魔導士であることは隠しながらだったがな。
「あのー、助っ人ってなんですか?」
どうやらラノンはハンターの仕組みについてそこまで詳しいわけではなく、申し訳なさそうな顔で訊いてくる。
「まぁ、簡単に言っちゃえば一時的なパーティーメンバーだな。多少の決まりはあるけど、他のパーティーと一緒に依頼を受けられるようになるんだ」
具体的にはパーティーランクの一つ下、Aランクのパーティーなら個人でのBランク以下のハンターが助っ人になれる。
だが、助っ人を呼ぶ場合は戦力不足によることがほとんどなので、大概は上限のランクのハンターが呼ばれている。
助っ人になるには色々な制約があるが、人数が多いことはそれだけ生存率の増加につながるのでソロのハンターには嬉しい制度だ。
ただし、互いに初めての相手だから連携はあまり良くない。
「そんな仕組みがあったんですね。私もまだまだ、勉強不足です」
ラノンはその場でうなだれてしまう。
助っ人の制度はハンターの中でも頻繁に使われるようなものではない。
正直言ってしまえば、よく理解していないハンターもいるだろう。
そんなどうでもいいことを知らないだけでは、普通は落ち込まない。
「助っ人は滅多に使われるようなものじゃないから、知らなくても問題ないだろ。そもそも、ハンターでもないのにそんなことを覚える必要あるか?」
俺は他に比べて長い枯れ木を掴むと、少し力を入れて折ってから焚き火に投げ込む。
顔を上げたラノンからは真剣さが漂っている。
「そんなことはありません。民のことを知るのは‥‥貴族の義務です」
なんだ?  今、会話の中に不自然に間があった気が‥‥
「民のことを知らないで一方的に政治を行っていても誰もついてきてはくれません。だから私は、もっと色々なことを知りたいんです」
あー、うん。
正しいことを言っては、いるんだろうなぁ。
俺はなんとなく空を見上げる。
空には雲は少なく、星がまばらに輝いていた。
一つ一つの星は懸命に輝いているが、闇が大半を占めているので夜の空の色は黒、と言われるだろう。
「なぁ、ラノン」
「なんですか?」
王都にいる貴族どもは民から税金を巻き上げるしかできない無能どもだ。
頭はそれなりに切れるのかもしれないが、民のことなど一切考えていない。
それに比べてラノンは素晴らしい目標を持っている。
だけど‥‥
「お前の言っていることは理想論だ」
そんな幻想なんて無意味だ。
「えっ?」
冷たく言い放った俺の言葉に驚きを隠せずにいるラノン。
「俺はラノンがどれほどの規模の貴族かなんて知らない。でもな、王都の貴族どもの前でいくらお前が喚こうとも誰も耳を傾けないだろうよ。あいつらは自分のことしか考えられねぇ、屑どもだ」
俺の言葉に僅かにだが、殺気がこもった。
それに反応してかリアが静かに小杖を抜く。
今、俺の言ったことは国への不敬罪にあたるだろうか。
まぁ、こんなこと貴族どもの前で言ったら処刑もんだ。
ラノンは今の言葉が堪えたのか、言葉を詰まらせている。
下手したらここで戦闘になるかもな‥‥
万が一を考え、地面に置いてあったクインテットを手に持つ。
やがて、ラノンは考えがまとまったのか何かを言おうとする。
「確かに──」
と、ラノンが話そうとした時、後ろからグレイスとアドネスが歩いてくる。
二人の服には行く前にはなかった返り血があることから、なんらかの戦闘があったことがわかる。
「すいませんね、少し手間取りました。途中で魔物の群れに出会ってしまいまして‥‥何か、ありましたか?」
アドネスはその場の異変に気付いたのかラノンに問いかける。
後ろにいたグレイスも槍をしっかりと握っていた。
微妙な間がその場を包み込む。
「いいえ。レンさんから、少しハンターについて教わっていただけです」
ラノンはアドネスにそう言った。
‥‥罰する気は、なさそうだな。
戦闘がないと判断した俺は、クインテットを静かに地面に置く。
ラノンはグレイスとアドネスが焚き火の周りに座ろうとするのに気づくとすぐにこちら側へと詰めてきた。
すぐ隣にいるラノンは俺の顔を覗き込んできたので、わざとらしく目を合わせると、そっと笑いかけてきた。
その悪意のない笑顔は、荒んでいた俺の心を温める。
「さて、夜の見張り番を決めましょうか」
俺とは反対に座ったアドネスが、今後のことについて話し始める。
そのおかげでどうにか森を抜けるとことができ、俺達は広い草原に出る。
見渡す限りに草原が広がり、あっちこっちに岩や樹の姿を確認できた。
すでに辺りは暗く、どこに魔物が潜んでいるかわからない。
なので、警戒がしやすいようにと丘の上で野営をすることになる。
すぐ近くには川があり野営の環境としては優良。
ただ、今まで一人だった俺からしてみるとこんな開けた所で野営をするのは久しぶりだ。
いつもだったら洞窟の中とか樹の上とかだからなぁ〜
野営の準備を分担することになり、俺は焚き火を任させた。
まず、森から適当に拾ってきた枯れ木を山のように積み重ね、テントの準備をしていたリアに頼んで火をつけてもらう。
本来なら火打ち石を使ったりするところだが、炎の魔導士がいる場合は簡単に済ませることができる。
すぐに手持ち無沙汰になってしまったので、適当に枯れ木を焚き火の中に投げ込むながら辺りを見渡す。
ラノンとリアはテントを張ってるな‥‥大きさから見て、二人分くらいか?
まぁ、ラノンが一人で使うのが妥当だがあの性格だ、リアと一緒に使っているんだろう。
グレイスとアドネスは辺りを見回りに行っており、この場にはいなかった。
野営地の近くにいる魔物を先に片付けておくのは割と常識だ。
俺が一人の時は面倒だからやらないけどな。
もう一度、ラノン達の方に目を向けるがまだ時間がかかりそうだ。
刀の手入れでもしておくか‥‥
地面に置いてあったクインテットを鞘から抜くと荷物袋の中から革袋水筒を取り出す。
革袋水筒はこの世界で最もメジャーな水の容器で、魔物の皮で作られた袋にコルクのような蓋が付いているだけである。
ちなみに材料として使われる魔物の皮の種類で値段が変わったりする。
俺のはアジュレと言う狐のような魔物の皮で銀貨一枚くらいだったか。
蓋を外すと中に入っている水をクインテットの刀身に直にかける。
ついでに一口水を飲んでから蓋を閉じると、新たに取り出した綺麗な布で濡れた刀身を拭く。
普通の刀ならば水気を取ったり、油を塗ったりする作業があるがクインテットは金属ではないため必要ない。
その上、異常なほど硬いため一切刃こぼれせず、研ぐ必要もなかった。
本当に、便利な刀だよ。
綺麗になったクインテットの刀身を月明かりで透かしながら眺めていると隣にラノンが座ってくる。
「綺麗な剣ですよね。なんていう剣なんですか?」
ラノンとの距離は人一人分だったが、興味ありげにクインテットを見ていた。
なんせ金属以外でできている刀剣なんてそうそうない。
下手したらこの刀以外にはないかもしれない。
「これか?  これはクインテット、って刀だ。師匠からの貰い物だ。ほら」
俺はクインテットを手の中で半回転させると、刃を自分に向けたままラノンに差し出す。
「ありがとうございます」
刀を受け取ったラノンはまじまじと透き通った刀身を見つめる。
「綺麗な剣ですね」
様々な角度からクインテットを観察して楽しんでいる。
「剣じゃなくて刀だ。あー、刀を知らないか?」
刀はかなりマイナーな武器の一種でその存在を知っている人は少ない。
その理由としては、ある一部の地域でしか作られていないことや、刀自体の値段の高さなどが挙げられる。
剣は耐久性を持たせるために厚みを持たせており、押し切るような斬撃や剣先での突きがメインとなる。
それに対して刀は刃が薄く僅かに反りがあることで、切ることに特化させている。
「確か、ジパングに伝わっている武器に似たようなのがあったような気がします」
ラノンは正解かどうかを求める視線を向けてきた。
さすがは貴族、ってとこだな。
こんなマイナー武器まで知ってるとはかなり博識だ。
「正解。これは片刃の武器で切ることに重点を置いている。‥‥そうだ、それに魔力を込めてみな」
クインテットが持つ、最大の能力。
「‥‥?  わかりました」
首を傾げながらもラノンはクインテットに魔力を込める。
魔武器を使う際、決まった属性の魔力を込めなければならない。
ほとんどの魔武器は無属性で魔法を使えない人が使っている。
当然、俺の持つ魔武器をラノンに扱えるはずがない。
「えっ‥‥」
だが、ラノンの魔力はクインテットに流れ込み、刀身を青く染める。
やや白みのかかった空色で水晶を彷彿とさせた。
「きれい‥‥」
ラノンは青く輝く刀身を月明かりに照らして、美術品のような刀身を鑑賞する。
まぁ、感動するわな。
俺も最初に見た時はずっと眺めてたからな。
魔武器は戦いに使うもの、魔法を使えない人が使うもの、これはそう言う固定概念を打ち壊すようなものだ。
まぁ、武器なんだが。
「どうして、私にも使えるんですか?  レンさんも使っていましたよね?」
ラノンはふと、こちらに顔を向けて訊いてくる。
違う属性の魔導士が同じ魔武器を使う。
普通ならありえないことだ。
まぁ、この刀、普通じゃないんだよ。
「クインテットの別名は五導の刀。五属性全ての魔力で扱うことのできる魔武器だ」
そう、この刀は火、水、雷、風、土の全ての魔力に反応する。
そして、それぞれの魔力に応じて違う効果を持つ。
火の魔力を込めれば切ったものを燃やす刀となり、水の魔力を込めれば切ったものを凍らせる刀となり、雷の魔力を込めれば触れるものを感電させる刀となり、風の魔力を込めれば鉄をも切り裂く刀となり、土の魔力を込めれば圧倒的な剣圧を持つ刀となる。
「すごい‥‥です」
ラノンはあまり言葉を返してこなかった。
多分、予想を超えるもので驚いているのかな。
魔力を武器に付与させることができるのは、おそらくこの刀だけだろう。
これを超える魔武器って言ったら‥‥勇者の持つ、聖剣くらいか。
ぼんやりと、そんなことを考えていたらラノンがクインテットを差し出してきた。
「あの、わざわざ貸してくれて、ありがとうございました。すごい、きれいで感動しました」
目を輝かしたラノンがすぐ近くまで迫ってくる。
俺とラノンの距離は三十センチにも満たないだろう。
っう‥‥近い。
「あ、あぁ。一緒に旅しているんだからこれくらいなら全然、構わないよ」
若干、困惑しながらもクインテットを受け取り、鞘に納める。
興奮しているのかラノンはそのままの位置に居座った。
「レン。ちょっと、なーにラノンといい感じになっているのよ」
そこにテントを張り終えたリアがやって来て、焚き火を中心とした反対側に座り込む。
ラノンもリアの発言を聞いて慌てて、俺から離れていく。
‥‥なんか悔しい。
妙な不快感を感じながらも平静を装い、近くにまとめてある枯れ木を一掴み、焚き火へと投げる。
「すいません、レンさん。少し‥‥近すぎました」
申し訳なさそうな顔でラノンに謝られる。
「うーん、別に謝ることではないだろ。俺はラノンが隣にいても全然構わないよ」
俺は言ってから後悔する。
うん‥‥少し、調子に乗り過ぎた。
「そう‥‥ですか?」
やや上目遣い気味にこちらを見てくる。
その想像を絶する可愛さに、俺は思わず言葉が出なくなってしまう。
と、暇そうにしていたリアが不意に口を開く。
「そうだ。レンって、いつも杖を使わないで魔法使ってるの?  さっき、杖なしで魔法使ってたよね」
あぁ、そのことか。
別に隠すようなことでもないんだけど。
「まぁ、そうだな。杖持ってたら目立つし、接近戦に向かないしな」
昔は杖を持たないことを不便に感じてはいたが、最近では持たない方が自然だからな。
「でも、それって‥‥使える魔法全てを杖がなくても使えるように訓練したんですか?」
首を傾けたラノンが不思議そうに訊いてくる。
一般的に魔法を覚える際は杖を持った状態で使えるように練習して魔法を覚える。
大概はそこで終わりだが、魔法を覚えた後に杖を持たないで練習する場合もある。
杖がないだけで全く別の感覚になり、魔法を覚えるのと同じくらいの時間がかかってしまう。
わかりやすく言えば、箸を右手で使えるようにしてからわざわざ左手でも練習するようなもんだ。
普通の人はそんなことせず、別の魔法の練習に移る。
「あぁ。一回覚えちまったらかなり楽だし、俺には守ってくれる仲間もいないからな」
魔導士は戦闘時に一人だと極端に弱い。
杖を持って戦闘するとなると剣など持てないし、詠唱している間に距離を詰められて殺られる。
守ってくれる人がいて初めて成り立つスタイルだ。
しかも、魔導士は魔法の練習をばかりしているから筋肉が足りなくてまともに剣も扱えない。
「なに?  パーティーに入ったこともないの?」
ハンターにとって高火力の魔導士は魅力的な仲間、魔導士だと知られればスカウトが殺到するだろう。
「まぁ、助っ人としてなら何度かあるな」
魔導士であることは隠しながらだったがな。
「あのー、助っ人ってなんですか?」
どうやらラノンはハンターの仕組みについてそこまで詳しいわけではなく、申し訳なさそうな顔で訊いてくる。
「まぁ、簡単に言っちゃえば一時的なパーティーメンバーだな。多少の決まりはあるけど、他のパーティーと一緒に依頼を受けられるようになるんだ」
具体的にはパーティーランクの一つ下、Aランクのパーティーなら個人でのBランク以下のハンターが助っ人になれる。
だが、助っ人を呼ぶ場合は戦力不足によることがほとんどなので、大概は上限のランクのハンターが呼ばれている。
助っ人になるには色々な制約があるが、人数が多いことはそれだけ生存率の増加につながるのでソロのハンターには嬉しい制度だ。
ただし、互いに初めての相手だから連携はあまり良くない。
「そんな仕組みがあったんですね。私もまだまだ、勉強不足です」
ラノンはその場でうなだれてしまう。
助っ人の制度はハンターの中でも頻繁に使われるようなものではない。
正直言ってしまえば、よく理解していないハンターもいるだろう。
そんなどうでもいいことを知らないだけでは、普通は落ち込まない。
「助っ人は滅多に使われるようなものじゃないから、知らなくても問題ないだろ。そもそも、ハンターでもないのにそんなことを覚える必要あるか?」
俺は他に比べて長い枯れ木を掴むと、少し力を入れて折ってから焚き火に投げ込む。
顔を上げたラノンからは真剣さが漂っている。
「そんなことはありません。民のことを知るのは‥‥貴族の義務です」
なんだ?  今、会話の中に不自然に間があった気が‥‥
「民のことを知らないで一方的に政治を行っていても誰もついてきてはくれません。だから私は、もっと色々なことを知りたいんです」
あー、うん。
正しいことを言っては、いるんだろうなぁ。
俺はなんとなく空を見上げる。
空には雲は少なく、星がまばらに輝いていた。
一つ一つの星は懸命に輝いているが、闇が大半を占めているので夜の空の色は黒、と言われるだろう。
「なぁ、ラノン」
「なんですか?」
王都にいる貴族どもは民から税金を巻き上げるしかできない無能どもだ。
頭はそれなりに切れるのかもしれないが、民のことなど一切考えていない。
それに比べてラノンは素晴らしい目標を持っている。
だけど‥‥
「お前の言っていることは理想論だ」
そんな幻想なんて無意味だ。
「えっ?」
冷たく言い放った俺の言葉に驚きを隠せずにいるラノン。
「俺はラノンがどれほどの規模の貴族かなんて知らない。でもな、王都の貴族どもの前でいくらお前が喚こうとも誰も耳を傾けないだろうよ。あいつらは自分のことしか考えられねぇ、屑どもだ」
俺の言葉に僅かにだが、殺気がこもった。
それに反応してかリアが静かに小杖を抜く。
今、俺の言ったことは国への不敬罪にあたるだろうか。
まぁ、こんなこと貴族どもの前で言ったら処刑もんだ。
ラノンは今の言葉が堪えたのか、言葉を詰まらせている。
下手したらここで戦闘になるかもな‥‥
万が一を考え、地面に置いてあったクインテットを手に持つ。
やがて、ラノンは考えがまとまったのか何かを言おうとする。
「確かに──」
と、ラノンが話そうとした時、後ろからグレイスとアドネスが歩いてくる。
二人の服には行く前にはなかった返り血があることから、なんらかの戦闘があったことがわかる。
「すいませんね、少し手間取りました。途中で魔物の群れに出会ってしまいまして‥‥何か、ありましたか?」
アドネスはその場の異変に気付いたのかラノンに問いかける。
後ろにいたグレイスも槍をしっかりと握っていた。
微妙な間がその場を包み込む。
「いいえ。レンさんから、少しハンターについて教わっていただけです」
ラノンはアドネスにそう言った。
‥‥罰する気は、なさそうだな。
戦闘がないと判断した俺は、クインテットを静かに地面に置く。
ラノンはグレイスとアドネスが焚き火の周りに座ろうとするのに気づくとすぐにこちら側へと詰めてきた。
すぐ隣にいるラノンは俺の顔を覗き込んできたので、わざとらしく目を合わせると、そっと笑いかけてきた。
その悪意のない笑顔は、荒んでいた俺の心を温める。
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