Messiah

嘉禄(かろく)

The second sea



─目を開くと、そこにあったのは白だった。
白、というのも何故知っているのか分からない。
ただ、脳が『これは白だ』と言っていたからそうなのだろうと思っただけ。
すると、白を誰かが遮った。


「目覚めたか、伊織」


…伊織?
何だかは分からない、でも聞き覚えのある懐かしい響きに頭が混乱する。


「わからないか、伊織はお前の名前だ。俺が勝手につけてそう呼んでる。」


伊織。
この人によって与えられた名前。
その情報はすぐに脳にインプットされた。


「起きられるか、伊織?
呼吸は出来るか?」


そう問われても、起き方など知らない。
起きる、というのは体を起こすことだと分かってはいるけど…。

それを察したのか、目の前の恐らく男性が起こしてくれた。
力の入れ方や起き方の解説つきで。


「呼吸は出来てるみたいだな、呼吸器外すぞ。」


口を覆っていたマスクが外れ、初めて呼吸器からではない空気を吸った。
どこか特殊な匂いがした。


「匂うか?多分薬品の匂いだろ。」


…この人は、何を考えているのか全て手に取るように分かるみたいだ。
改めてその人をまじまじと見つめると、その人は苦笑した。


「…そういや、まだ僕が名乗ってなかったな。
僕は衛藤昴、お前の作り主だ」


…作り主?どういうことだろう?
その言葉はインプットはされている、けれどこの状況に当てはまる意味が分からなかった。


「…いつかわかる。
さ、目覚めたなら忙しくなるぞ。
ほらまずこれ着ろ」


昴が透明な箱から引き上げる。
濡れた体を拭くと、真っ白な服を渡された。
けれど着方がわからない。
それを手に迷っていると、また昴が教えながら着せてくれた。
それは新たな情報として脳にインプットされる。


「んじゃ着いてこい、歩き方は僕の真似をしろ。
会話の仕方に体の動かし方、学んでもらうことが山積みだ…それから、お前には人並み以上の力を付けろと言われてる。上手くいけば、だけどな。」


言葉の意味は相変わらず分からなかった。
けれど、何かをされることだけは理解した。


─私は知らなかった。
   いや、忘れていた。
   記憶を取り戻す、今の今まで。
   信じていた。
   昴さんは私の理解者だと。
   …貴方は伊織と衛の作り主。

  どうしてこんな大事なことを忘れていたか?
  決まっている、その時の記憶を消されたから。
  実験は失敗、私は失敗作と呼ばれた。他ならぬ依頼者、一嶋晴海によって。
  
 二度と忘れない。
 貴方たちが私に…草薙伊織に与えた苦痛、絶望を。
 同じ目に合わせるつもりはない、貴方たちと同じ底辺には落ちるつもりはないから。


「…俺は所詮使い捨ての人形のはずだった。
けれど捨てられなかった、なら捨てなかったこと…後悔させてやる。
あの時捨てておけば良かった、と…作らなければ良かったと思わせてやる」


もう従順だった草薙伊織は世界のどこにもいない。

俺は、草薙伊織は…一嶋晴海と衛藤昴の闇となる─


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