NIGHTMARE in Church

嘉禄(かろく)

NIGHTMARE─Itsuki─

─これは、加々美いつきの悪夢である─


俺がチャーチを卒業し、涼と別の任務につくことが増え早数年。
俺は心身共に疲弊していた。

時に灼熱の砂漠、時に極寒の凍土に肌を焼かれ刺され…その中で敵を倒して、血の匂い漂う中で疲れ果てて一人孤独に眠る。

涼とはどれくらい会っていないだろう、どれくらい背中を合わせて戦っていないだろう。

一つ任務を終えても、休む暇もなくすぐに次の任務が言い渡される。


『ここは地獄か…これは、悪夢か…?だったら、さっさと終わらせて涼に会わせてくれ…』


何度そう考えたか願ったか分からない、だが一向に覚めることはなく夢ではないとその度に思い知る。


そんな地獄の日々が続き、また任務を終えて敵の亡骸溢れる中でついに俺は座り込んだ。


「…いつ終わるんだよ、いつ覚めるんだよ…いっそ、死ねたら楽なのに…メサイアの真の意味が俺を縛り付ける。
…だって俺が死んだら、誰があいつを助ける?誰が背中を守るんだ?
…正直狂ってもおかしくない、それでも狂えないのは…メサイアがいるからだ。
涼と掲げた理想…誰も苦しまなくていい、悲しまなくていい世の中を作るために…まだ死ぬ訳にはいかない。なあ涼、お前もそうなんだろ…?」


空に向かって呟くと、突然背後に気配を感じてすぐに頭に固いものが押し付けられる。
それが銃口だと分かるのにそう時間はいらない、俺は瞬時に振り向いて距離をとった。
そこにいたのは、全身黒ずくめでおかしな仮面をかぶった見覚えのないやつだった。


「…誰だてめえ。」


俺が警戒しながら銃を構えつつ問いかけると、相手はこう答えた。
変声機を使っているようで、妙な声だった。


「私はナイトメア、君にとっての悪夢だ。」
「…ナイトメア…?」
「加々美いつき、君を我が組織へ招待しよう。」
「…お断りだね、俺にメリットが無い。」
「メリットか…ならば力ずくで。」
「…そうこなくちゃな!」


相手が動く前に俺が動き出す。先手必勝、ナイトメアだかなんだか知らないけど面倒事はさっさと終わらせるに限る。
けど、戦い続けた俺の体が限界を訴えて思うように動かない。


「くそ、動けよ…!」
「…疲れているようだ、少し休むといい。」


ナイトメアが瞬時に俺と距離を詰める。
俺は反応出来ないまま首元に薬を打たれた。
そうして俺の世界は暗転した。


─どれくらいの時間が過ぎたのか、目を開くと目の前にはただ白い壁があった。
動こうとすると、鎖の音がした。
見回すと、左手に手錠が付けられていて壁に固定されている。
右手は自由だけど、武器は全て押収されたようだ。
そして右足には重りのついた枷が付けられていた。
今のところ外傷は無いようだけど、打たれた薬のせいか体が重く思考も鈍っていた。

暫くぼんやりとしていると、扉の開く音がしてナイトメアが入ってきた。


「おや、目が覚めたかな?気分はどうだ。」
「…最悪だ、悪夢野郎。」
「それは何より。」
「…お前もチャーチの情報が欲しいのか」
「…察しがいいね、その通り。素直に情報を渡せば君のことを無傷で無事にチャーチまで送り届けよう。」


つまり、情報を渡さなければ殺されて終わりって訳。
…冗談じゃない。


「…誰がお前なんかに渡すかよ」
「…加々美いつき、君はそこまで馬鹿なのか?いいのかい、渡さなければ有賀涼に二度と会うことは出来ないよ。
彼を救えるのは君だけなんだろう?」


…こいつ、チャーチの掟については知ってるのか…?
俺は少し驚いたけど、悟られないよう平静を保った。


「…掟を知ってんだったら、チャーチについて沈黙を守らなければならないのも知ってんだろ」
「掟と命、どっちが大事なんだ?」


その問いかけに俺は詰まった。
前の俺だったら迷わず命、と答えただろう。
けど、俺はサクラだ。
日本を守る最後の砦…それが俺たちだ。
…それに、ここで情報を渡したら涼が助けに来たとしても怒られること間違いない。

俺の沈黙をどう取ったのか、ナイトメアは溜息をついた。


「有賀涼が助けに来るとでも思っているのか?」
「さーな、でも俺は絶対に情報は渡さねーよ。」
「…仕方がないか、少し手荒な真似をさせてもらおう。」


それから俺は、情報を吐かせられるべく様々な手段を使われた。
拷問、毒物の投与、精神関与…それでも俺は口を割らなかった。


「…中々しぶといな、流石はサクラと言ったところか。」
「…ったりまえだ、伊達に訓練受けてねーよ…」
「驚いたな、まだ強がる余裕があったとは。だが、もう限界だろう?虚勢を張るのはやめにしないか。」
「…やだね。」
「…そうか、残念だ。ではもう君に用はない、ここで一人朽ちていくといい。」


そう言い捨ててナイトメアは出ていった。
周囲を沈黙が包む。
血を失いすぎて自分でもおかしくなったか、俺はふと笑って呟いた。


「…誰も苦しまなくていい、悲しまなくていい世の中を…それを掲げてやってきたのに、もう終わりか…なあ涼、俺はもうお前を守れないかもしれない…ごめん。でも、お前は生きて理想を叶えろよ…頼んだぞ。」


俺は世界のどこかにいるであろう涼に向かって手を伸ばしてもう一度笑い、意識を手放した。



「…いつき?」


遠く離れている俺のメサイアの声が聞こえた気がした。
振り向いても勿論いつきはいない、いるはずはない。
…一抹の不安が俺の頭を過ぎった。


「…何かあったのか、いつき…?」


俺の問いかけは、強く吹く風に流されていった。

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