怪獣のラプソディ

浮艇景

プロローグ

「うわっ、ヤツが来た! 逃げろ、喰われるぞ!」


 トリがそう叫ぶと、森に暮らす動物たちはみんなクモの子を散らすように一斉に逃げていきます。


 シカ、ウサギ、リス、そしてオオカミでさえもが茂みの中に息を潜めて静まり返った森の中。
 その中を一体のおぞましい怪獣だけが足音を響かせて歩き続けていました。


 巨大な体を覆う鎧のような緑色のウロコ。大きく真っ赤な口に、そこから覗いているギラギラと輝く無数のキバ。そして、それに負けないぐらいに鋭いツメ。


 見た目も凶暴そうですし、実際本来ならばこの怪獣はどんなものでもかまわず喰ってしまうくらい獰猛な生物なので、みんながこのように恐れるのも無理はありません。


 ですが、この孤独に森を歩き続ける怪物に限っては、みんなにそのツメで襲いかかる気もなければキバで喰らいつく気もありませんでした。むしろ、少し仲良くしたいという気持ちがありました。
 が、家を出て森をうろつけばこのとおり。たとえ、ぽつんと佇むヒツジに話しかけても足から羽が生えたようなスピードで逃げられ、足をケガしたシカを助けようとしても哀れなほどガタガタ震えられる始末。


 ですからこの怪獣は自分が恐れられ、嫌われる存在であることを悲しいほど知っていました。でも別に誰かが悪いわけではなく、ごく自然のことでしかないのです。だから途方に暮れた彼はとぼとぼと森を歩くしかありませんでした。


 昔はこんなじゃなかったのに。僕は一人じゃなかったのに。また昔に戻りたいよ。


 時が流れ、少しずつ、かすれて見えなくなっていく記憶に怪獣は思いを馳せました。


 あのとき、僕に愛を教えてくれた優しい人間はもういない。
 ねえ、今どこにいるの? お父さん。どうして帰って来なくなってしまったの?

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