ホワイト~Contract of her and a dragon~
一章10
部屋のドアをノックする音で、アイナは目を覚ました。
リズさん、帰ってきたのかしら……。
アイナはベッドから降りると、寝ぼけた様子のない足取りで扉の前へと近付きドアノブに手をかけた。
それを捻らせて押すと、ガチャ、という開く音のすぐ後に、ドンッ、と扉に何かがぶつかったような鈍い効果音が聞こえた。
そっと、開けたドアの隙間から外を確認してみる。
「なにかしら……ん?」
ある程度視界を巡らせてみると、下の方に、真っ白いショートヘアーを薄暗い廊下で目立たせながらしゃがみこむ少女の姿をアイナは見付ける。
それは先ほど、弓の手入れをしていた少女――リアンであった。
「どうしたの、リアン」
名前を呼んでやると、額を押さえながら彼女は立ち上がった。
「……痛い」
「それならもっと痛そうにしなさいよ」
言葉に似合わず表情皆無に言ったリアンにアイナがアドバイスをすると、「……うん、善処する」とおでこで小さく腫れた瘤をめでながら頷いた。
「それで、どうかしたの?」
アイナはリアンにそう尋ねた。しかし彼女は無言で頭上に疑問符を浮かべるだけである。
「いや……だから、さっきノックしたでしょう? 何か用事でもあるの?」
再度丁寧に問い掛けてみると、リアンは小さく声をあげる。
「……あ、そうだった。忘れてた」
「相変わらず抜けてるわね。それで?」
「……リズが帰ってきたから呼びに来た」
「そう。それはどうも、すぐいくわ」
アイナは部屋から出て扉を閉めると、リアンは「それから」と加えた。
「……もう一人、男の子」
「え?」
リアンの言葉足らずな発言に今度はアイナが首を傾げると、彼女は急かすようにアイナの手を引いて歩きだした。
「ちょ、ちょっとリアン?」
「……なに?」
「なにじゃなくて……」
そうこうしているうちに廊下を抜け、先ほどいた部屋に二人は出る。心なしか賑やかに思えたその部屋には、クランのメンバーの他に一人多い人物がアイナの視界に入り込んだ。
うち一人、今朝ぶりに笑顔を見せる女性がこちらを見て口を開いた。
「おーリアン、連れてきたね! でわでわさてさて、アイナちゃんも来て全員揃ったことだし、紹介をしましょうかねぇ」
「あれ? おたくどっかで……」
どこかで、嫌な予感はしていた。
どこだろう。
今朝、リズさんから希少種討伐の依頼を受け取った時だろうか。はたまた、パーティを組まされるように言われた時だろうか。それともやはり、――この男と出会ってしまった時なのだろうか。
今日の出来事全てが、伏線だったかのように思えてしかたがない。
「今日から、うちのクランで一緒に狩人やることになった、ソラくんでーす! いやぁ、ギルドでうろうろしてたから連れてきちゃったよ」
リズに紹介された一人の少年。
今日一緒に希少種討伐を行った彼の姿が、そこにはあった。
「あっ、思い出した。昼間の人だ」
ソラと呼ばれるその少年は、アイナを目にしてそう言った。
そんな少年と、突然の出来事に呆けるアイナを他所に、リズは提案をした。
「ってな訳でアイナちゃん、今日からこの子とパーティ組んで貰うからね」
「……へ?」
彼女の一言につい間抜けた声を出してしまったアイナ。
この件については、少しばかり話し合う余地があるだろう。
*
「――無理です」
円テーブルの隣。大きな長方形のテーブルの席にて、眉間にしわを寄せたアイナが低い声音で拒否の言葉を言い放つ。
アイナの向かいに腰を掛けてそれを受けるリズは、頬杖を立て、作り上げたような笑みを顔に張り付けてこう答えた。
「ダメ。もう決めちゃった♪」
ふふーん、と楽しそうに鼻を鳴らすリズ。
くっ、と歯を食い縛るアイナ。
「でも、私にだって選択する権利があると思います」
いくら彼女がクランのリーダーだからって、こちら側の意見を無下にするのはいささか勝手が過ぎるのでは無いだろうか。
だが、さすがにリズの方もその考えが無いわけでないらしく、
「そうだね。じゃあ、ちょっと話し合いましょっか」
と返して、少し間を開けてから言葉を繋げる。
「うちのクランは少人数で、あまり大きなパーティを作れないでしょ?」
「ええ、まぁ」
「そのうち、オッド君とパトリシアちゃんは今年狩人になったばかりの新人。でも、もともとパトリシアちゃんは優秀な魔法師だったし、オッド君の方も最近はある程度やれるようにもなってきた。もうあの二人はパーティを組ませられるくらいにはなってきた」
そこまで言って、リズは「ただ……」と一度目を伏せる。
「そこにソラくん入れるのは、さすがに無理があるからね。だから……」
「だったら、リアンかリズさんがあいつと一緒にやればいいでしょう」
リズの言葉をアイナは遮る。するとリズは頬杖を解いて、両手を組むとアイナの顔を覗きこんだ。
「ソラくんから、色々聞かせてもらったわ。凄く強い剣士の女の子と一緒に希少種の翼竜を討伐したって。……アイナちゃん、あたしはこれは好機だと思ってる」
「好機って……」
「聞けばあの子、職業は剣士がやりたいらしくてね」
「剣士……?」
リズの言葉にアイナは驚く。
今日の出来事からしても、彼はどう考えたって魔法師を選ぶものだと思っていた。
どうして、とアイナは疑問を呟くとリズが言った。
「……今日一緒に闘った女の子が剣士だったから、だってさ。相当その子に憧れているみたいだよ、彼」
――憧れ。
アイナは口のなかでその言葉を転がした。
そんなアイナの様子を見たリズが、口角をあげる。
「今回の希少種討伐で、あたしは確信したわ。これだけ強いアイナちゃんになら、新人である彼を任せても良いんじゃないかってね。それに、良い手本が一番近くにいればソラくんの成長も早いだろうし、アイナちゃんが教育係してくれたら一石二鳥かなって」
あたしの言いたいのはここまでだよ、と終えたリズはその後の言葉をアイナに預けた様だった。
一方で、アイナの中ではリズの言葉が繰り返されていた。
……憧れ、強い、手本。
「ま、まぁ……。リズさんがそこまで言うなら……」
と、満更でもない態度でありながらようやく折れてくれたアイナを目にして「……単純だなぁ」とアイナに届かない程度の小声でリズが言った。
ちょうどその時に、ホームの中の案内を終えてきたオッドとパトリシアが、例の彼を連れて帰ってきた。
「それじゃ、よろしくねアイナちゃん」
話はついたと踏んだリズは立ち上がると、円テーブルの方でちょこんと座っていたリアンに目をやる。
「リアン、頼んだよ」
「……うん」
ピシッ、と真顔のまま敬礼のポーズを取るリアンにリズは微笑んで、その場から去って自室へと向かっていった。
よく分からない二人のやり取りに首を傾げるアイナ。しかし、
「――アイナ」
と背後から声を掛けられ、その疑問もどこかへ消え去ってしまう。
振り向いて声の主の顔をみて、やっぱり気が滅入ってしまった。
「で、いいんだよな?」
とソラはアイナに問いかけた。
「……ええ、合ってるわよ」
溜め息を孕ませて答えると、ソラは右手を差し出してきた。
「これからよろしくな」
色々と事情を解りきっていないようにも思える、そんな口調でそう言ってきた彼。その手を立ち上がったアイナが同じく右手で、本当に不本意ながら、ただ無言で握る。
……本当に、どうしてこうなったのかしら。
そんなこと、考えてみたところでどうせ大した答えは出てこないのだろう。
リズ・フローデルの提案に頷いてしまった今、ただ項垂れておくことが正解なのかもしれない。
* * * * *
未だ世界には様々な色が存在していた。
鮮やかに、けれど他の色に触れることに怯えながら、色が並んでいる。
その色に触れてしまえば、自分の色は、それと混ざってしまって違うものになってしまう。だから、自らを守ろうと怯えてしまっているのだ。
自分が自分でなくなってしまうことが、どうしようもなく怖いのだ。
「――……早く、楽になりたいよ。ねぇ、ママ」
徐々に近付く『逃げ場の無い幸せ』が現実味を含んで彼女の心にのし掛かる。
膝を抱え、瞳を閉じる。
――残された日々がたったの三年程であることを、巨大な白は静かに少女に告げた。
リズさん、帰ってきたのかしら……。
アイナはベッドから降りると、寝ぼけた様子のない足取りで扉の前へと近付きドアノブに手をかけた。
それを捻らせて押すと、ガチャ、という開く音のすぐ後に、ドンッ、と扉に何かがぶつかったような鈍い効果音が聞こえた。
そっと、開けたドアの隙間から外を確認してみる。
「なにかしら……ん?」
ある程度視界を巡らせてみると、下の方に、真っ白いショートヘアーを薄暗い廊下で目立たせながらしゃがみこむ少女の姿をアイナは見付ける。
それは先ほど、弓の手入れをしていた少女――リアンであった。
「どうしたの、リアン」
名前を呼んでやると、額を押さえながら彼女は立ち上がった。
「……痛い」
「それならもっと痛そうにしなさいよ」
言葉に似合わず表情皆無に言ったリアンにアイナがアドバイスをすると、「……うん、善処する」とおでこで小さく腫れた瘤をめでながら頷いた。
「それで、どうかしたの?」
アイナはリアンにそう尋ねた。しかし彼女は無言で頭上に疑問符を浮かべるだけである。
「いや……だから、さっきノックしたでしょう? 何か用事でもあるの?」
再度丁寧に問い掛けてみると、リアンは小さく声をあげる。
「……あ、そうだった。忘れてた」
「相変わらず抜けてるわね。それで?」
「……リズが帰ってきたから呼びに来た」
「そう。それはどうも、すぐいくわ」
アイナは部屋から出て扉を閉めると、リアンは「それから」と加えた。
「……もう一人、男の子」
「え?」
リアンの言葉足らずな発言に今度はアイナが首を傾げると、彼女は急かすようにアイナの手を引いて歩きだした。
「ちょ、ちょっとリアン?」
「……なに?」
「なにじゃなくて……」
そうこうしているうちに廊下を抜け、先ほどいた部屋に二人は出る。心なしか賑やかに思えたその部屋には、クランのメンバーの他に一人多い人物がアイナの視界に入り込んだ。
うち一人、今朝ぶりに笑顔を見せる女性がこちらを見て口を開いた。
「おーリアン、連れてきたね! でわでわさてさて、アイナちゃんも来て全員揃ったことだし、紹介をしましょうかねぇ」
「あれ? おたくどっかで……」
どこかで、嫌な予感はしていた。
どこだろう。
今朝、リズさんから希少種討伐の依頼を受け取った時だろうか。はたまた、パーティを組まされるように言われた時だろうか。それともやはり、――この男と出会ってしまった時なのだろうか。
今日の出来事全てが、伏線だったかのように思えてしかたがない。
「今日から、うちのクランで一緒に狩人やることになった、ソラくんでーす! いやぁ、ギルドでうろうろしてたから連れてきちゃったよ」
リズに紹介された一人の少年。
今日一緒に希少種討伐を行った彼の姿が、そこにはあった。
「あっ、思い出した。昼間の人だ」
ソラと呼ばれるその少年は、アイナを目にしてそう言った。
そんな少年と、突然の出来事に呆けるアイナを他所に、リズは提案をした。
「ってな訳でアイナちゃん、今日からこの子とパーティ組んで貰うからね」
「……へ?」
彼女の一言につい間抜けた声を出してしまったアイナ。
この件については、少しばかり話し合う余地があるだろう。
*
「――無理です」
円テーブルの隣。大きな長方形のテーブルの席にて、眉間にしわを寄せたアイナが低い声音で拒否の言葉を言い放つ。
アイナの向かいに腰を掛けてそれを受けるリズは、頬杖を立て、作り上げたような笑みを顔に張り付けてこう答えた。
「ダメ。もう決めちゃった♪」
ふふーん、と楽しそうに鼻を鳴らすリズ。
くっ、と歯を食い縛るアイナ。
「でも、私にだって選択する権利があると思います」
いくら彼女がクランのリーダーだからって、こちら側の意見を無下にするのはいささか勝手が過ぎるのでは無いだろうか。
だが、さすがにリズの方もその考えが無いわけでないらしく、
「そうだね。じゃあ、ちょっと話し合いましょっか」
と返して、少し間を開けてから言葉を繋げる。
「うちのクランは少人数で、あまり大きなパーティを作れないでしょ?」
「ええ、まぁ」
「そのうち、オッド君とパトリシアちゃんは今年狩人になったばかりの新人。でも、もともとパトリシアちゃんは優秀な魔法師だったし、オッド君の方も最近はある程度やれるようにもなってきた。もうあの二人はパーティを組ませられるくらいにはなってきた」
そこまで言って、リズは「ただ……」と一度目を伏せる。
「そこにソラくん入れるのは、さすがに無理があるからね。だから……」
「だったら、リアンかリズさんがあいつと一緒にやればいいでしょう」
リズの言葉をアイナは遮る。するとリズは頬杖を解いて、両手を組むとアイナの顔を覗きこんだ。
「ソラくんから、色々聞かせてもらったわ。凄く強い剣士の女の子と一緒に希少種の翼竜を討伐したって。……アイナちゃん、あたしはこれは好機だと思ってる」
「好機って……」
「聞けばあの子、職業は剣士がやりたいらしくてね」
「剣士……?」
リズの言葉にアイナは驚く。
今日の出来事からしても、彼はどう考えたって魔法師を選ぶものだと思っていた。
どうして、とアイナは疑問を呟くとリズが言った。
「……今日一緒に闘った女の子が剣士だったから、だってさ。相当その子に憧れているみたいだよ、彼」
――憧れ。
アイナは口のなかでその言葉を転がした。
そんなアイナの様子を見たリズが、口角をあげる。
「今回の希少種討伐で、あたしは確信したわ。これだけ強いアイナちゃんになら、新人である彼を任せても良いんじゃないかってね。それに、良い手本が一番近くにいればソラくんの成長も早いだろうし、アイナちゃんが教育係してくれたら一石二鳥かなって」
あたしの言いたいのはここまでだよ、と終えたリズはその後の言葉をアイナに預けた様だった。
一方で、アイナの中ではリズの言葉が繰り返されていた。
……憧れ、強い、手本。
「ま、まぁ……。リズさんがそこまで言うなら……」
と、満更でもない態度でありながらようやく折れてくれたアイナを目にして「……単純だなぁ」とアイナに届かない程度の小声でリズが言った。
ちょうどその時に、ホームの中の案内を終えてきたオッドとパトリシアが、例の彼を連れて帰ってきた。
「それじゃ、よろしくねアイナちゃん」
話はついたと踏んだリズは立ち上がると、円テーブルの方でちょこんと座っていたリアンに目をやる。
「リアン、頼んだよ」
「……うん」
ピシッ、と真顔のまま敬礼のポーズを取るリアンにリズは微笑んで、その場から去って自室へと向かっていった。
よく分からない二人のやり取りに首を傾げるアイナ。しかし、
「――アイナ」
と背後から声を掛けられ、その疑問もどこかへ消え去ってしまう。
振り向いて声の主の顔をみて、やっぱり気が滅入ってしまった。
「で、いいんだよな?」
とソラはアイナに問いかけた。
「……ええ、合ってるわよ」
溜め息を孕ませて答えると、ソラは右手を差し出してきた。
「これからよろしくな」
色々と事情を解りきっていないようにも思える、そんな口調でそう言ってきた彼。その手を立ち上がったアイナが同じく右手で、本当に不本意ながら、ただ無言で握る。
……本当に、どうしてこうなったのかしら。
そんなこと、考えてみたところでどうせ大した答えは出てこないのだろう。
リズ・フローデルの提案に頷いてしまった今、ただ項垂れておくことが正解なのかもしれない。
* * * * *
未だ世界には様々な色が存在していた。
鮮やかに、けれど他の色に触れることに怯えながら、色が並んでいる。
その色に触れてしまえば、自分の色は、それと混ざってしまって違うものになってしまう。だから、自らを守ろうと怯えてしまっているのだ。
自分が自分でなくなってしまうことが、どうしようもなく怖いのだ。
「――……早く、楽になりたいよ。ねぇ、ママ」
徐々に近付く『逃げ場の無い幸せ』が現実味を含んで彼女の心にのし掛かる。
膝を抱え、瞳を閉じる。
――残された日々がたったの三年程であることを、巨大な白は静かに少女に告げた。
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