NPC勇者〇〇はどうしても世界をDeBugしたい。みたい!?
第165話 #9『初級忍者最終試練』(サイカ、マリーナsub)
同じ食材を使って、サイカはカレーを作った。
マリーナが作ったのは、肉じゃがだった。
マリーナから皿を受け取ると、スイエンはそれを覗き込んで一呼吸付く。
「この料理を作った、意図を聞かせてもらおう。」
自信に満ち溢れているマリーナは、全くたじろぐ事無くその答えを言い放つ。
「はい。忍術をもって相手を『必ず殺す』、つまりそれは、必殺技を意味します。相手に有無を言わさずに必ず殺す料理。たったの1口食べれば相手を意のままにどのようにでも出来うる料理。それこそまさに、料理人としての必殺技であり、忍術においての『暗殺料理』と呼べます!!」
パチ…パチパチパチ…
長老が、笑みを堪えきれずに拍手をしていた。言葉には出していないものの、『見事』と言った表情だ。
「長老!まだ審査は終わって居ません!!」
「そうですぞ!」「長老!!」
審査員達が口々に長老の対応に文句を言う。まだ勝負中なのだ、そんな事をされては審査員達が困る。
「そうです!まだ終わっていません!!私の料理を審査して下さい!!」ガタッ
そして、1番怒ったのはマリーナだった。とにかく早く、自信作の威力を確かめたくて仕方がない。そのように見えた。
「これは私の作った暗殺料理です。私の父から食事と料理の基礎を、育ての母からは『意中の相手を落とすなら先ず胃袋』と教わりました!そして、敬愛する師匠からは世の中で最も強力な魔法を学びましたァ!!」
「そ、それは……??」ゴクリ
スイエンが、唾を飲み込んで喉を鳴らす。
「食べて見て下さい。この料理が集大成です。私の…マリーナ・リーチンの、『恋の魔法』ですッ!!」
「こ…恋!?恋の魔法だとっ!?」
スイエンは驚いた。相手を誘惑する魔法であれば、確かに状態異常を引き起こす魔法の種類に存在する。しかし、恋愛感情を発生させる魔法があるなど聞いた事が無かった。
しかし、毒味役のスイエンがまず食事を口にしなければ、後に続く審査員たちが食べる事が出来ない。
スイエンは……
覚悟を決めて、マリーナの『暗殺料理』を口に運んだ。
「…………………。」
スイエンがどのような反応をするのか審査員達や長老が見守る中、予想外にも彼はほとんど反応を見せなかった。
「………ん?あぁ、すまない。少しばかり呆けてしまったな。うむ、毒抜きはしっかりなされている。」
ポタッ…
「ス、スイエン?」
「スイエン殿??」
「……うん?どうした?」ポタポタッ
異様な光景に、審査員達は戸惑う。
スイエンは、自分に何が起きているか分かっていなかった。
たまらず、長老が口を開く。
「スイエン、毒味の感想はそれだけなのか?」
「はい。えぇ、特出する事も無く、ただしっかりとは毒抜きされています。」
「………では何故お主、『涙を流して』おるのだ?」
「??………ハッ!?!?」ビクッ
スイエンは皿を置くと驚いて自らの目を擦る。手は濡れている。足元を見ると、土に濡れた後があった。
自分でも気付かない内に、スイエンは涙を流していたのだ。
マリーナの暗殺料理によって。
「ス、スイエン殿程のシノビが人前で涙を流すとは…」
「恐ろしい…スイエンでも抗えないとは、それ程のモノなのか!?」
審査員もざわめく。その中、長老がゆっくりとした足取りで前に進み、マリーナの前に立った。
「料理を一つ頂いても良いかな?マリーナちゃん」ニコ
「もちろんです。どうぞ」
長老の話し方はいつの間にか他人行儀な物では無くなっていた。
マリーナから皿を受け取り、ミートポテトを一口食べる。
「………おぉ、これは…懐かしい」
「え?懐かしい?ですか?」
「母の、母上の肉じゃがを思い出す。懐かしい味だ」
「はっ母君!?御前様の!?」
「長老!それは誠か!!」
「うむ、かつて重大な飢饉によってこの里が今よりさらに貧困な状態に陥ってしまった事がある。その時…私の母上、『御前様』は里を救う為、食べられないとされる猛毒の食材達を活用出来ないかと研究された。」
「ご、御前様って??」
マリーナだけその話に着いていけていなかった。
「この、ヒガンの里にかつて居た…稀代のくノ一だ。近代での唯一の免許皆伝の称号を持ち、それはそれは恐れられていた御方だ。私も少ししか面識が無い。」
スイエンから補足されるも、顔とジェスチャーから『黙って聞くように』とマリーナは促された。
「飢えにより病弱な体質になってしまったワシが高熱を出して唸っている時に…母上はある料理を完成させて持って来てくれたのだ。」
「もしかして…それが…」
「そう、それこそまさに、君の作った料理と同じ『肉じゃが』だ」
長老の目から、涙が溢れていた。
「御前様が亡くなられてから、あまりにも長い時が過ぎた。母上の事を…この肉じゃがを再び口にする事が出来るとは思わなんだ。ありがとう、マリーナちゃん」
「い、いえ、そんな…こちら…こそです」テレッ
まさかそのような反応が返ってくるとは思わなかった。確かに自信作であり、会心の出来だと自分でも思っていたのだが、料理を作った事に『感謝』されるとは思っても見なかった。
審査員達も次々にマリーナの料理に口をつける。
会場には感嘆の声が上がっていた。
その中、沈黙を破ってサイカが前に出る。マリーナの料理を一口食べると、サイカの瞳からも涙が零れた。
「わぁ……すごい…わね。」
サイカの口から称賛の言葉が出て、マリーナは天にも登る気持ちだった。
「すごい……本当に…すごい。私には、この味は作れないわね。いわゆる『ふるさとの母の味』っていう物を作るには…私はちょっと汚れ過ぎちゃったものね」
サイカは涙を流しながら、少し気まずそうにする。
仕事とは言え、一級の上忍くノ一として汚い仕事もこなして来たサイカ。
この初級忍術最終試練であっても、教えた師匠と『師匠のグランド』で勝負する事を伏せて、マリーナを騙し切った。徹底的に優しく接し、彼女の心に隙を作り出し、試練によってどん底にたたき落とす。忍者として育てる為には技術だけではなく精神面も鍛錬が必要であり、ちょっとの事でへこたれる様では単独任務など不可能だ。
マリーナを里に連れて来るとは、最初からこう言う事だと理解していても、それを平然とやってのける自分自身に親の資格は無いと心の中で負い目を感じていた。
その隙間に、マリーナの作った肉じゃがの甘さが優しく入り込んでくる。サイカの涙は止まらなかった。
「ごめんなさい、マリーナちゃん。貴女を騙して。母親失格ね」
サイカは深々と頭を下げた。その暗殺料理に感服したのだ。
その様子を真近で見て、マリーナはたまらず杖を放り出しサイカに飛び付いた。
「そんな事っ!!そんな事無い!!サイカさんは…私のお母さんです!!私の…ひぐっ、たった一人の、育てのお母さんなんですから!!」
今度は、マリーナが大粒の涙を浮かべて泣いた。演技とは言え、育ての娘に本気の殺気を向ける事の罪悪感は中々に精神を圧迫していた。サイカも、マリーナに抱きつかれてついに崩壊した。
二人は、大声を出して泣きあった。
それを見た長老が、スイエンに促す。
「……オホン、今回の初級忍術最終試練は暗殺料理対決であった。対峙者の作った料理はかなりの練度を持って作られた料理ではあったものの、汗はかいても涙を流す物では無かった。より一層心を奪われた料理は挑戦者が作った暗殺料理。よって、この試練は挑戦者の勝利とする。」
「よろしい!!初級忍者最終試練、無事に合格じゃ!!」
ドドン!
祠の太鼓が打ち鳴らされ、ついにマリーナは初級忍者として認められた。
第165話 END
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