NPC勇者〇〇はどうしても世界をDeBugしたい。みたい!?

激しく補助席希望

第153話 sideB 『勇者ゼロ』の正体



 出発の朝─



 ソラスタの街は、早朝だと言うのにこれでもかと言う程の活気に満ち溢れていた。

 ディープ・ブルーがその魔力で海を荒らしていた事によって、湾内には捕食するようなモンスターが殆ど湧かなかった。


 その影響で、魚や海産物が大漁だった。沖へ出発する船は、湾内を軽く周回するだけで船に積み込めなくなるぐらいに漁果を上げて帰ってくる。



 いつも閑古鳥が鳴いていたソラスタの朝市は、今までの全盛期以上の盛り上がりを見せていた。





「凄いな…これが本来の海沿いの街の姿か」


 ハックはただただ関心していた。



「ハックさん……ハックさんがセントレーヌを見つけて、あたし達みんなであのバケモノ倒さなかったらこの光景は見れなかったんだよね?」

 タリエルもその賑わいに圧倒されている。昨日深夜遅くまで飲んで騒いでいた人達とは思えない程の働きっぷりだ。


「あ、あぁ。まさにその通りだ。」


「なんか……良いね!こういうの!何だかんだ楽しかった!!」

「うむ。私も深海の中で自らを見つめ直し、過去を克服する事が出来た。皆にとって得るもののある旅だったと思うぞ」



「そーだねぇ…後は……」


 タリエルは、ハックと自分の隣の誰も居ないスペースを見る。


「マルたんが居たらもっと面白い事になってたんだろうね」


「………ふん!見つけて、この街に連れて来ればいい!我々の冒険譚を勇者殿に聞かせてやるのだ。勇者殿が居なくてもこのパーティーは戦い抜く事が出来たとな!!」


 ハックはわざと強がった。それを見て、タリエルは急に勇者○○の事が恋しくなった。


「…うん。そうだね」


 タリエル頬を伝う一雫の涙。

 それを両手で拭うと、まるで自分に言い聞かせるように大声を出した。

「さ!アンジーとカモを捕まえて旅の支度しよ!みんなでマルたんを迎えに行く為に!!」

「…よし!出発準備だ!!」

「「おーー!!」」







 一方、アンジェラはと言うと…



「んぐぐぐぅぅぅう…ぬぎぎぃぃ…」


 ソラスタの町外れで、何故か顔を真っ赤にしてヨタヨタと歩いていた。

 かなり踏ん張りながら歩いているようで、鎧から見えている素肌の部分から血管が浮き出ている。


「ほらね?だから言ったじゃない」



 そしてそれを少し後ろで心配そうに見つめるリディ(蕗華)



「うぐぐぅ…も、もうちょっ……と!!」グググッ



 傍から見ても全く何をしているかは理解出来なかったが、アンジェラはある理由で『無理』をしている。そして、その為にリディを呼んでいた。


「うぁぁ……ぐっ!!そぉぉりゃぁあ!!」



 ドスンッッ



 アンジェラは試して見ていたのだ。『セントレーヌの涙』を。



 やっとの事で装備し、二、三歩進んでからセントレーヌの涙を振りかざす。



 しかし手元から50cm程離れた所に放り投げるので、精一杯だった。


「ちっっきしょぉぉ!!やっぱ無理かぁ!!」


 戦士であるアンジェラは『セントレーヌの涙』と言う規格外の武器に興味津々だった。そして其れを試さずには居られなかった。



 ただ、バフの効果もあったとは言え馬車を1人で起こす事に成功したアンジェラでさえ、『セントレーヌの涙』という武器は扱えなかった。


 装備を外し、足元に武器を捨てるアンジェラ。その瞬間に9999のアイテム重量から解放されて、後ろに大きく仰け反る。


 アンジェラには珍しくヨタヨタと地面に座り込んだ。


「……ね?だから言ったでしょ?」


 ヤレヤレとため息を着いて、リディはウィンダム・ウィズダムを召喚する。地面に投げ捨てられた『セントレーヌの涙』は、1度アンジェラが装備した事によりその規格がアンジェラの体型に合わせたサイズになっていたが…

 ウィンダム・ウィズダムがひょいと拾い、担ぎ上げると今度はウィンダム・ウィズダムの体型に合わせて巨大化した。

「これは元から誰かに使わせるように設計されてないのよ。呪い属性は無いにしろ、使えない呪われた武器と大差ないわ」


 メニューボードを操作すると、ウィンダム・ウィズダムは武器を装備し直す。そして、それを確認するとリディはウィンダム・ウィズダムの召喚を解除した。


「はぁ、はぁ、ハァ……駄目だ、全然レベルが足りない。」



 アンジェラは手で砂を掴むと、悔しがってそれを誰も居ない方向に投げ付ける。


「……でも、いつか絶対ソイツを使いこなしてみせる!」



 これぐらい、出来て当然。むしろ戦士なら、『普通』





 その言葉がアンジェラの頭を支配して諦め切れさせない。しかし事実、アンジェラは疲れ切って動けなくなっている。


「また強くなったら挑戦させて上げるから、今回は諦めてねアンジェラ。それじゃ私は用事があるから行くからね?」


 リディはそう言うとログアウトする。


「あっ!ちょっと!!」


 アンジェラが止める声を聞かずして、リディの姿は白い光に包まれて消えてしまった。



「………なんか、怒ってたのか?」


 リディの素っ気ない態度を見て、心配になるアンジェラだった。









 昼に近くなった頃、ようやく資材の積み込みも終わり、魔導エンジン付きの馬車はソラスタで1番大きな船に載せられていた。


 それぞれの個人準備も終わらせて、後は仲間の到着を待つばかり…と、そうは問屋が卸さなかった。




「頼むよぉぉ!騎士のにーちゃん!!」

「ほんっとにもう……諦めの悪い奴だ!しつこいぞ!」



 カルガモットはあまり資材準備に手を貸せなかった。何故なら、『リトル』に付きまとわれていたからだ。



 理由は単純で、『冒険の旅に連れて行け』の一点張り。



「何度も言うがな、冒険者として登録されてない人物をパーティに入れる訳には行かないのだ。大人しく諦めろ、少年」


「やぁだよぉ!!連れてってくれよぉ!!」


「あぁぁ〜!!もういい加減にしろッッ!」



 先程からリトルがカルガモットにベッタリしがみついて離さない。

 ハック達も程々困り果てていた。



「ねぇハックさん〜ちゃんとリトル君を諦めさせないと本当に着いて来ちゃうかもよ?」


「船が出発するまでの辛抱だ。さすがに漁師の皆さんだってリトルを密航させようとは思わない筈だ。」


「小僧!うるせーぞ!帰って人魚達に慰めてもらえ!」


 アンジェラも怒って言い聞かせるものの、てんで聞く耳を持たない。




「………ん?あ、そうだ!」



「何々!?どしたのハックさん?」


 駄々を捏ねるリトルを見て、ハックは何か思いついたようだ。


「リトル少年よ、話を聞くのだ。」


「なんだよ魔法使いの兄ちゃん?てか!俺はリトルじゃねーって…」

 遮るようにハックは言葉を続けた。

「我々は、仲間を探して旅をしているのだ。冒険者にとって仲間とは何か分かるか?」


「え?一緒にパーティ組んで戦うんだろ?」

「違う、それだけでは無い。まぁ、危険なクエストを受注してそれをこなすのが冒険者ではあるのだが…そこに至る迄に最も大事な物がある。」

「大事なもの?」

「それは……信頼であり、絆だ!」


 ハックはアンジェラやカルガモット、タリエルを指差して説明した。


「我々は、今はここには居ないがある人物を中心に集まったメンバーだ。そのメンバーとは、それぞれが違う経緯で信頼を築き上げた。そして仲間として迎えられ、多くの困難を共にしてきた。それがパーティだ。」

「だったらオレだって!」

「確か…『勇者ゼロ』を名乗っていたな?あからさまな偽名を名乗る者と信頼関係を築く事が出来ると思うか?少年よ。強大な敵が立ち向かって来た時に、全幅の信頼を持って背中を預けられるか?」


「あ……」


 リトルは下を向き、ハックと目を逸らした。


「今回の敵、ディープ・ブルーの撃破も、我々に相応の信頼関係があったからこそ、各々が自らの役割を全うして撃破に成功した。……いつ全滅してもおかしくない事態だったのだ。」


「お、オレ……」


 リトルはそこまで言うと黙ってしまった。



 その時、タリエルが喜びの声を上げる。


「ねぇ!マリリーたん達帰ってきたよ!!」


 どうやらそれらしい2人がこちらに向かって手を振って歩いて来ている。

「あれが…我々の仲間だ。君も大人になったら冒険者登録を済ませて、自分の力で信頼関係を築ける仲間を探す事だな。そして、我々のパーティに君を入れる事が出来ない理由はもうひとつある。」

「え?」


「……同じパーティに、『勇者』は2人も要らないからな」


「ゆうしゃ?それって騎士の兄ちゃんの事?」


 カルガモットがそれを聞いて吹き出した。

「あのようなニセ勇者と一緒にされては困るが…まぁ、いずれそう呼ばれる存在になって見せるさ。」



 そう言い終わると、カルガモットもこちらに向かって歩いてくるサイカとマリーナに手を振る。



「あのっ!!」



 リトルは突然大声を上げた。皆一同に驚いてリトルを見る。



「オレ……勇者ゼロってのは…じ、実はニセモノなんだ。」


(((え?今更??)))


 既に誰もが気付いて居たが、ハックが最もな質問をする。



「それは……まぁ、皆がわかっていた事だが…そもそも、何故その名前を名乗っていたのだ?」


「ここから、ずっと東に行った所に『ゴロツキや、やさぐれ者だけが住む街』があるんだ。」


「ふむ?ゴロツキの街…?それがどうかしたのだ??」



「そこは、ある兄弟が仕切ってる温泉街で…そこら一帯の山賊じみた連中が商売をしていたんだ。」



「はて…どこかで聞いた事がある様な…それで?」


 リトルは言葉を続けた。


「ある日、他所の街からとてつもない悪党とその一味が現れて、その町を一気に占拠したんだ。街には至る所に新しい所有者の名前が掲げられて、その街は一晩で悪党の手に渡ってしまった。だから…」



「うん……うん?」



 何だか雲行きが怪しくなって来た。



「おれ…その悪党の名前を名乗って、兄ちゃん達をビビらせようとしたんだよ。ゴロツキ連中の間じゃちょっとは知れ渡った名前なんだけど、兄ちゃん達は全然知らなくて…」


「待ってくれ……それで君はゼロを名乗って居たのか?もしやそのゼロなる人物は…勇者と言う字に丸が2つ付く名前か?」

「そ!そうだよ!勇者ゼロゼロだよ!知ってんのか!?」



 一斉にカルガモット、ハック、タリエル、アンジェラが肩を組んでヒソヒソ話を始める。


(なんて事だ!我々が探していた勇者の情報とは、まさに勇者○○殿の話では無いか!!カッポンでの出来事がこのような噂になるなんて!)ヒソヒソ

(しかも何よ!とてつもない悪党って!!まるで私達悪役の手下みたいなモンじゃん!)

(いやまぁ…確かにカッポンはニセ勇者がモノを言わせて掠めとったに違いないが…)

(どーする?小僧に本当の事話すか?)

 皆、苦笑いでリトルを見つめる。



「な、なんだよ?どうしたんだよ!?」


「い、いや、何でもない」

 慌てて首を振るハック。まさか自分達の行いが噂として流れ、結果リトルがその悪行にあやかってニセモノを名乗り、自分達がその噂を聞き付けて調査しているなど、つゆにも思わなかった。


「ま、まぁ、話は切り替わるけどよぉ!オレ、ちゃんと名乗る事にするよ!!それが…冒険者の流儀って奴だろ?」


「流儀……とは、またちょっと違う様な」

 思わず困惑するハック。ついさっきまで、リトルに向かってカッコイイ事を言っていたのがとても恥ずかしいので決まりが悪い。


「じゃあ…言うぞ?オレの名前は……」

「リトルだろ?」
「リトル勇者」
「あれ?勇者リトルだっけ?」
「小僧で充分」



 皆が口々に冷やかす。



「だぁーっ!!だからオレは1回も『リトル』なんて名乗ってないんだよ!!それは街の奴らが勝手に付けた名前だ!!」


「いいじゃん?可愛くてさ!」
「小さい小僧にはピッタリだ」


 タリエルとアンジェラにからかわれて、顔を真っ赤にして怒るリトル。




「そんなにバカにするな教えてやるよ!!いいか!?1度しか言わないからなぁ!!」



 リトルがハック達に向かって怒鳴るその背中側に、マリーナとサイカの姿が現れた。皆はリトル越しにその懐かしい顔を見て安堵する。




 …だが反対に、全く安堵出来ない表情の者が2人居た。




「言うぞ!?俺の名前はなぁ!!」

「ケンちゃん!?」「ケン坊!?」



「…ふあっ?」




 久しぶりに会う懐かしい仲間2人の第一声は、ハック達ではなく違う人物に掛けられていた。

 何が何だか分からずリトルは素っ頓狂な声を上げる。



 そして何故か、しこたま驚いているサイカとマリーナ。



「ケンちゃん!!あなた…こんな所で何やってるの!?全くまともに手紙も寄越さないでっ!!」

「ケン坊!!あなたジュビリアスの街に行って冒険者してるんじゃないの!?なんでこんな真反対の方向の街に居るのさ!?」



「えっ……えっ?」


 何が何だか分からない。ハック達の頭の上にはハテナマークが1杯だ。


 …そして、何故かブルブルと震えるリトル。ゆっくりと、まるで恐ろしい物でも見るように少しずつ振り返って行く。



 ─そして



「ゲェッ!?か!かーちゃん!?それに…マリ姉も!?!?」



「「「ふぁっ……かーちゃ?ん……はぁぁぁ!?」」」




 今度はリトルだけでなくハック達も合わせて飛び上がる様に驚いた。





第153話 END

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