NPC勇者〇〇はどうしても世界をDeBugしたい。みたい!?
第151話 #11ep『セントレーヌの涙』
海沿いの街、ソラスタ
もうすぐ深夜になると言うのに、街には明かりが煌々と灯されていた。
何故なら、あんなに荒れていた海はすっかり元の静寂を取り戻していたからだ。
しばらく前から船での漁に出る事が出来ずに、腑抜けの様になっていた漁師達も、今晩からは元の活力を取り戻していた。
街のあちらこちらから賑やかな声が響いている。皆で酒を飲み交わし、今までの鬱憤を晴らすが如く大いに騒いでいた。口々に今日の武勇伝が語られている。
街の中心部にある噴水の前の広場が、その『祭り』のメイン会場となっていた。そこでは、豪華な海の幸とディープ・ブルーの肉片を焼いた『タコ焼き』が振る舞われており、旅の冒険者一同とそこに着いて行ったリトル少年が1番の功労者としてもてなされていた。
タリエルは高級な食材ばかりを使った料理を片っ端から胃袋に納め、カルガモットは銛を使った技術を街の人に披露し、アンジェラは漁師と腕相撲対決をしてちょうど15人抜きを達成した所だった。
「良いのか?あの中に混ざらなくて」
「私は……良いわ。NPC達とは違うから。ここで見てるわ」
その喧騒から少し離れた所で、リディとハックが夜風に当たりながら話をしていた。ハックは手に持った酒を飲んでは居たが、リディは食事にも手を付けていなかった。
「………リトルの事、感謝する。」
「え?うふふ。どうしてあなたが感謝するのよ?」
リトルは、リディによってその身体に永続的に残された『魅惑真珠の貝』の効果を少し抑えて貰う様に処置されていた。
完全に効果を取り除くのはリディによって拒否された。何故なら、知らなかったと言えそれは彼が行った行為の代償であり、その存在事態を『無かった事』にするのはあまりにも優遇過ぎる行為だと、リディはそう説明していた。
「…誰彼構わず人を惚れさせる様なキャラが居たらストーリー的に困るもの。それだけよ」
「それでも、彼を救う結果に他ならない。ありがとう。」
リディは、ハックのその言葉を聞いて口元を手で多いながら笑った。
「それにしても……懐かしいわね。」
「ん?何がだ?」
リディは、月の明かりが照らすコウロン山を見て呟いた。
「あの山、変に尖ってると思わない??」
「え?」
「ここにソラスタという街を設置したのは、私の先輩なの。」
「……あぁ、居なくなったという人物か?」
「そう。」
リディの表情は少し悲しそうに曇った。
「最初はね、海沿いに街を作るって話しか聞いてなかったのよ。先輩から。」
「…ふむ?」
「やけに時間かかると思って、私が覗きに来たら…先輩ったら、勝手に人魚とあの船とリヴァイアサンの設定を進めちゃっててねぇ」
「海神……ディープ・ブルーの事か?」
「そう。それで大喧嘩したのよ。こんなにここでサイドクエストに容量割けないし、そもそも本編のストーリーラインとなんら関係無いって事でね。ほら、あの人『設定厨』でしょ?」
そう話を振られた物の、ハックには今ひとつリディの言う『先輩像』が固まっていなかったので、とりあえず相槌をした。
「だって、一緒に組んでいた私にですら話して無かったのよ?あの人。でも、『冒険者には人魚を救うストーリーが必要不可欠だ!!』って顔を真っ赤にして怒るのよ?」 
リディは、悲しいような、当時を思い出して嬉しい様な表情をする。
「私も負け時と予算と時間の都合を引き合いに出して言い争ったんだけどね……その時、先輩ったら珍しく思いっきり力入れて机叩いたの
。でもね…ふふっ!あの人下手な女の人より非力だから、机の叩き方しくじって…思いっきり自分のマウス叩いちゃったの!」
「マウ…す?ネズミか??」
「トラッカーボール…って分からないか。いいや気にしないで。端末を操作する道具よ。」
「ふむ?それでネズミを叩いたらどうなったのだ?」
「アレよ。」
リディはコウロン山を指差した。
「ん???」
「分からない?先輩ったら直前に山のデータ操作してたみたいで、机叩いた瞬間にあの山が伸びちゃったの!ビヨ〜ンって!」クスクス
「………あ」
ハックは、この地方に訪れたばかりの時にタリエルが話していたガイドブックの話を思い出した。
「喧嘩してる2人の間に山が急にビヨーンって伸びてきたから、そりゃもうおかしくって涙が出るくらい笑っちゃったわ。」
リディの目には、実際に涙が溜まっていた。その涙は、思い出し笑いによる物なのか悲しくて泣いていた涙なのかハックには分からなかった。
「それで、2人とも本気で大陸の事が好きだって気付いてね。記念にあの山をそのまま残す事にして、先輩はサイドクエストを諦めたわ。」
「なんとまぁ…『事実は小説よりも奇なり』と言った物だが…まさか本当に男神と女神が争って居たとはな。」
「え??」
「いや、なんでも無い。こちらの話だ。」
「でも…本当に凄いわ。『サウンドオルタナティブ2』は人生を変えるゲームになり得るわ。明らかに他には無い一線を超えたリアル感覚を味わう事が出来る。本当に…ここの製作に携われて良かったと心から言える。」
「そう……か。」
ハックは今回の一連で、どうしてもリディに聞きたい事があった。しかし、感傷に浸る彼女にそれを言い出せずに居た。
「先輩は…居なくなってしまったけど、私はこのデバッグプレイを続けてゲームを完成させて見せる。ゲームが公開出来る時には、先輩が納得してくれるような最高点を目指して諦めずに頑張るわ!」
「それは……とても良かった。この大陸がより良い物になる事に、我々も異存は無いからな。」
「……よし。今日はもう遅いから帰って明日仕切り直すわね。」
リディは黒いメニューボードを取り出す。
「あっ!!待ってくれリディ!!」
それを慌てて止める。
ハックは、聞にくい事を我慢して聞かなければならなかった。
「ひとつ……聞かせてくれ。どうしても聞かなければならない事がある。運営として。」
「……………。」
リディは悲しそうな顔をしていた。まるでハックがこれから聞くことを分かっているかの様だった。
「リディ…殿。教えて欲しい。君はこの一件をどう思うか?」
「………どうって??」
「そうか……ならば言わせてもらう。」
ハックは、自らが話し始めると言うのに緊張して唾を飲み込む。これは聞いてはならない事かもしれないという思いが、頭の中に警鐘を鳴らす。
「…い、行くぞ」
「何?ハッキリ言って」
スゥッと息を吸って、ハックは次の言葉を繋げた。
「人魚の一件……あれは、『勇者○○』殿が救う様に『意図的に作為された話』では無いのか?」
そう、ハックの心にはそれがずっと引っ掛かっていた。
・人魚達は、『勇者』と言うこの大陸に存在しない職業を持つ者を『人魚として』形作られた時から待っていた。
・さらにその人魚達は、『強制的に惚れさせる能力』を有する者にだけ地図を自ら差し出す様に仕向けられていた。
・たまたまリトルが『勇者ゼロ』だと偽って名乗ったから、この一件に決着を付ける事が出来ていた。
・海の底に沈むセントレーヌ。そこにハックは偶然にも到達出来たものの、本来であればどんなキャラクターにだって辿り着く事が出来ない場所に設置されていた。
・何故なら、必要以上の深さに潜るとキャラクターは死ぬようになっている。ここを探せるのは『即時復活』の能力を持つ者だけだ。
・そして海の底に沈んでいた『セントレーヌの涙』という武器。これを扱えるのは『アイテム重量を無視』出来るチート能力を有するキャラクターのみ。
・ウィンダム・ウィズダムはそれを行う事が出来た。そうであるならば、同じく『黒いメニューボード』を持つ勇者○○にも可能なのではないか。
・そしてディープ・ブルーという存在。『即時復活』が可能であれば、体内からの撃破は有為に行えたのでは?
・石化の能力を持つ人魚、大陸で最も大きな航海船、伝説の武器。これらをもし手にする事が出来たのなら、大陸全土を外周の海から支配可能では?
・これらの理由を全て結び付けるとするならば、『誰か』はここに勇者○○と言うキャラクターデータを使って、ここから大陸を侵攻する必要があったと検討出来ないか?
次々に自分の考えをリディにぶつけるハック。
考えれば考える程、嫌な方向に筋が通ってしまう。
それを、どうしても聞かなければならなかった。
そしてリディは、それらを聞いても否定も肯定もしない。
……それは即ち「おーいハックゥ!!こっち来いよォ!!!」ガバァ
「おわっ!!なんだアンジェラ殿!!今大事な話を…」
「はなしぃ!?一体誰と話してんだよ!?」
「は!?何言ってるのだ目の前……な!?」
ハックが顔を上げると、目の前には誰も『居なかった』
(リディ…あちらに帰ったか……?ただ、否定をしていない所を見るとやはり…)
「なぁ!あの羽のスキル皆に見せてくれよぉ!!良いだろう?!」
「それは良いが…アンジェラ殿!最近酒癖がどんどん悪くなってないか!?」
「うっるせー!酒は楽しく飲めば良いんだよぉー!!」グシャグシャ
「やめろっ!髪を掻き乱すな!!」
「おい!錬金術師!」「ねぇハックさーん!」
タリエルとカルガモットにも呼ばれる。
仕方なしに酒を一口飲むと、アンジェラと一緒に広場に向かって歩き出すハック。
途中、1度だけ後ろを振り返るも……
そこには誰も居なかった。
「朗報だぞ!錬金術師!!」
「どうしたのだカルガモット殿?」
「ここの漁師頭と話をしたのだがな!なんと次の目的地まで船で運んでくれる手筈となった!しかも馬車ごと!」
「なんと!!それは本当か!?」
白い髭の生えた漁師がベロベロになりながらも親指を立てていいぞとサインをしてくれる。
「これは助かったな。ヤンド殿の寺院までは山を迂回するしか無かったのだが…船で直接向かうとなれば、1日程で次の目的地まで到達出来るぞ!!」
「やったぁ!!そう言えばヤンドとも久しく会ってないなぁ〜元気してるかな??」
タリエルは遠く離れた仲間の事を思い出す。
「あたしはぁ〜決めたんだ!!」ドンッ
「ど、どうしたのだアンジェラ殿?」
「ヤンドに素手で勝つ!!それがあたしの次の目標だぁ!!」
「正気か!?できる訳無いだろう!!」
「ヒック……あたしはぁ……戦士なんだ!!このパーティの戦士なんだよっ!!可もなく不可もなくのアンジェラは!なんでもそつなく『普通』にそれをこなすんだ!!」
「ヤレヤレ…錬金術師。もう少ししたら『例の魔法』を頼めるか?」
カルガモットが言っているのは沈静化の魔法だ。
「参ったなぁ…常用化すれば耐性が着いてしまうかも知れぬぞ?」
「「それは困る!!」」
タリエルもカルガモットも声を大きく張り上げる。
「な、なんだソナタら?随分と息が合うな?」
「は!?ちょっと何言ってんのよハックさん!?」
「あたしは聞いたぞ〜!!」
「アンジー?何を聞いたのよ!」
「カモがキャッシュグールの名前呼んでた!下の名前も!!」
「「あ?……あ!」」
ディープ・ブルーとの最後の戦闘のさい、カルガモットはタリエルを名前で呼んでいた。
「あ、あれはだな!その!咄嗟と言うか…切羽詰まっていてだな!!」
何故か弁明し出すカルガモット。
「あたし達は仲間じゃないのか〜?なんでカモだけキャッシュグールを苗字で呼ぶんだよ?」
「下の名前で呼ぶ等、失礼だろう!!」
「おい!私は良いってのかよ!!」
今度はアンジェラがカルガモットに喰いよる。
「…別に良いわよ」
そこで、誰もが想像しなかった答えが飛んできた。タリエルがそれを素直に認めたのだ。
「……え?」
「いや、前にも言ったよ私!苗字で呼ぶのカモ領主だけだし、別に…仲間なんだから、好きに呼べば……なんで笑ってるのよハックさん!!」
「いや、済まないな。金に汚いソナタがそんなに広い心を持つようになったかと思うと感慨深くてな」
「あんたいっつも一言多い!!」ボカンッ!
「ぐっ!殴ったなこのグール!!」
今度はタリエルとハックが揉め出す。
「お、落ち着くのだ錬金術師…そして、た、タリエル、さん」
アンジェラ、ハックの手が止まる。カルガモットは顔を真っ赤にしている。
「ちょっとカモ領主!!なんでそんなに恥ずかしがるのさ!!こっちだって余計意識しちゃ…ハッ!」
「意識!ほぅ!ソナタ意識と言ったな!?」
4人はやれあーでも無いこーでも無いと揉みに揉み合う。
しかし、それは決して仲が悪いからでは無い。幾度かの死闘を繰り広げて築かれた絆だった。
久しぶりに、彼等にも安息が訪れた。仲間と共に歩いて来たこの道が、彼等を強くしたのだ。
ハックが立ち上がりグラスを掲げる。
「良し!このままの勢いでヤンド殿を迎えに行くぞ!!今日は多いに飲んで疲れを癒そう!!」
「「「おおー!!」」」
「それではもう一度乾杯しよう!我々の仲間の為に!乾杯!!」
「「「仲間の為に!カンパーイ!!」」」
ヒュッ
ガチャン!!バリン!!
「「うわぁ!」」「きゃあ!?」
グラスを勢い良くぶつけた為に割れてしまった……
…と、思いきや、そうでは無かった。
なんとグラスとグラスをぶつける瞬間に、何かが飛んで来て机の上に突き刺さる。それに驚いて皆はグラスを落としてしまった。
「なんだ!?飛び道具か!?」
「ナイフ…?いや違うな」
「ねぇ!これ布が巻いて有るよ!」
4人は飛んで来て机に突き刺さった…『くない』を覗き込む。ハックがその布を広げると、文字が書いていた。
「ふむふむ………あ」
ハックは青ざめてその布を落とした。
「え?何?」「なんだ?」
アンジェラ、タリエル、カルガモットが手を伸ばして読み始める。そこに書いてあったのは…
『認定試験終了につき、明朝其方に向かう。そのまま街で待たれよ。』
「「「サイカとマリーナの事…忘れてた」」」ガーン
あまりの忙しさに、ハック達はサイカとマリーナを待っている為にこの街に来ていた事をすっかり忘れてしまっていた。
第151話 『セントレーヌの涙』編 END
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