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第139話 #4『黒鳥の羽』(ハックSub)




 ロウランの怒りが、姉への愛が肉体と精神へのダメージを凌駕した。


 真っ黒いエネルギーがロウランの身体を包み込み、一瞬にして肉体の傷を癒す。


 そして…ロウランは……ハックは……


『空』へと舞い上がった。




「き、貴様!!いつの間に『それ』を!!」


 サジリアスは驚き戸惑う。何故なら、ロウランがその技術を身に付けているという情報を持っていなかったからだ。


 事の本人ですらも、今この瞬間を迎えるまで使えると思ってもいなかった能力。


 それは、真っ黒いエネルギーがロウランの背中に集まって出来たモノ。




 ─『黒鳥の羽』だった─







スキル:『黒鳥の羽』

 ブラックスワン家のダークエルフのみが成長後に使用出来るスキルであり固有の能力。

 羽を展開させると使用する魔法の射程距離増大並びに広範囲化と、威力の倍増及び魔力消費量の低下を得る。ただしレベルに応じた時間内でしか使用出来ない。クールタイムについても同様。成長すれば日に何度も使用が可能となる。

 名家産まれのダークエルフは、背に家名通りの『鳥の羽』を持って産まれる。ブラックスワン家の翼の能力は『黒鳥(黒い白鳥)』で、滞空能力と長距離移動に長けている。





「許さないぞ…よくも姉様を…姉様の魔法を!自分の出世に利用したなぁ!!!」


 魔力供給貸借(マジック・コンシューマ)の力を得て浮かび上がったサジリアスと、同じ目線まで飛び上がって敵意を剥き出しにするロウラン。

 その姿に、サジリアスは気圧される。

「ブラックスワン家の羽は…必ず何処かに『白い風切羽』が混じるはず!!貴様は…貴様のソレはなんだぁ!!!」


 身体も弱く、魔力も低かったロウラン。


 その半人前だったロウランに、ブラックスワン家のダークエルフですらも驚く、『一点の曇りも無い漆黒の羽』が生えていたのだ。


 羽の能力はあくまで魔力によって生成されるもの。その完成度、大きさ、美しさによって能力は左右される。ロウランの羽はサジリアスが息を飲む程に美しかった。



 無論、ビターイーグル家の産まれであるサジリアスにも羽のスキルはある。

 しかしサジリアスには羽の素質はあまり無く、完全には能力展開する事が出来なかった。


 ─その為に、自ら婿養子となって政略結婚の生贄となり、いつか自分の羽のスキルを進化させて家に戻る策略を企てていた。



「サジリアス…もはや貴様にかける情けは無い。姉様の気持ちを裏切り、自らを帰り咲かせる事に利用した貴様にはな!!よって、姉様の作った魔法と私の学んだ錬金術で引導を渡してやろう。」


 一見、ロウランは落ち着いて話している様に見える。


 しかし、サジリアスを恨む気持ちが、真っ黒なエネルギーとなり目から溢れんばかりに飛び散っている。



「フン!!貴様が羽を展開させたとしても、私の勝ちは揺らぐ事は無い!!」


 サジリアスは魔力供給貸借(マジック・コンシューマ)を発動させて、さらに魔力を庭園のバラから吸収する。


「……愚かな。たかが私の返り血を浴びただけの貴様が、姉様の魔法をコントロールできると思ったか!!」


 今度はロウランが魔力供給貸借(マジック・コンシューマ)を発動させる。サジリアスに向かっていた魔力の流れは少しずつ、ロウランの方に流れて行った。


「な!なんだとっ!?」

「諦めろ。ここが貴方の終わりだ!」

「チィッッ!!」

 分が悪いとなるとサジリアスは次の攻撃に移ろうとする。





 しばらく2人は空中で接近しては魔法を放ち、それを避けてを繰り返す。

 そしてそれを見上げるナユルメツ。


 ハックの幻覚は既に崩壊を始めて、辺りは暗く歪み始めていた。



『……やっと羽を伸ばせたかい??ハック。やっぱり定命の者モータルはそうでなきゃねぇ。いつだって未知へと立ち向かっていけるのは、生命に限りある者だけさ。』



 ナユルメツは懐かしむ様な表情で、2人が争っているのを見ていた。



「グォォオオオ!!!」

「でやぁぁぁあ!!!」



 サジリアスとロウランは寸前の所でお互いの攻撃魔法を避けては攻撃を繰り返す。


 しかしサジリアスは限界が見え始めていた。膨大な魔力によって肉体を維持する事が少しずつ難しくなっていたのだ。



「グハァッ」ビシャア

「!?」



 突然、ドス黒い血を吐くサジリアス。空中に飛び上がる事もままならなくなり、力なく地上へと降り立った。


「……哀れだな。自らの能力を考えずに魔力を吸収するからだ。」


 地面に突っ伏すサジリアスに近寄り、哀れみの目で見下ろすロウラン。

「…ゴフッ!ま、まだだ…私の人生は……まだごれがらなのだァ!!」


「なんとでも言うが良い、サジリアス。あの世で永遠に姉様へと詫び続けるがいい。」


 ロウランは空中で魔力を行使する。それは、サジリアスが忌み嫌った錬金術の魔法だ。


「錬金術魔法:マテリアルドレイン!」


 ロウランが魔法を使うと、地面が少しずつ振動し始める。白いモヤと黒い砂埃が空中に舞い始める。


(ぐっ!このまま…あの半人前に良いようにさせるかぁ!!)

 サジリアスはロウランに見えない様に、腰に手を当てダガーナイフを取り出す。

(チャンスを待て…奴は必ず隙を見せるッ!)

 伏せるようにしてニヤリと笑うサジリアス。その邪悪な微笑みはロウランの目に写っていなかった。

 ロウランの魔法で空中に浮かび上がった白いモヤは、やがてロウランの周りをフワフワと漂い始める。黒い砂埃は地上で砂嵐の様に渦巻き始めた。


「コレで終わりだサジリアスよ!!ユース・ファミア姉様に対する無礼、このハック・ロウラン・ブラックスワンが貴様を断罪「死ねぇぇ!!!」」



 ロウランが話をし出した隙を狙い、サジリアスが自らの羽を展開させる。


 ビターイーグル家の羽の能力。

 黄褐色の翼は鷲の能力を模しており、ブラックスワン家の黒鳥とは違い直線移動のスピード勝負に能力が強化される。


 サジリアスの羽は歪で、片方の羽は少し歪んで小さいのだが、それでも瞬間的に間合いを詰めるのには充分だった。


「……!!」グサッ




 避ける所か、脇腹にダガーナイフが突き刺さってからしか認識出来なかった。ロウランは深手を負ってしまった。

「……………。」


 何も言えず、ただ突き刺さったダガーナイフを掴むロウラン。


「……ぷっ!クハハ!!勝ち誇って余裕ぶった振る舞いをするからそうなるのだロウラン!!だからお前は半人前なのだァ!!」



 勝利を確信する事がサジリアス。
そのままダガーナイフを横一線に切り裂こうとした瞬間……




バギンッッ!!



 ロウランの脇腹に、真っ白な亀裂が入った。




「なぁ!?!?」




「………貴方も本当に学ばない人だ。」


 ダガーナイフが突き刺さり、白くひび割れが入ったロウランの口元は動いていなかった。


 代わりに、そのすぐ後ろからもう1人のロウランが現れる。



「これが貴方の馬鹿にした、錬金術の魔法だ。砂の中に含まれる小さな硝子繊維を集めて、虚像を作った。…貴方なら、最後に羽の能力を使ってくると踏んでね。」



「ば!馬鹿なぁ!!!」





ビシッ!

バギッ!バリバリィ!!


 ガラスで出来たロウランは崩れ落ちる。その後ろから現れたロウランは、サジリアスの首を掴んで空中に飛び上がる。




「うぐぁぁああ!!」


「最後だ。最後にこれだけ聞かせてくれ。貴方は……ユース姉様を愛していたのでは無いのか?」



 サジリアスが政略結婚を利用してビターイーグル家に帰ろうとしていたのは分かった。しかしどうしても…ロウランには信じる事が出来なかった。


 ユース・ファミア・ブラックスワンが亡くなる前のサジリアス。


 その姿には、本物の愛が感じられたからだ。



「グハッ!ユースは…ユースはぁぁ!!」

「答えろサジリアス!!」


 ロウランが睨みつける。話せる程度に締め上げた首を緩めた。




「私とユースは…同じなのだ。お互い、名家に産まれながらもその血を受け継ぐ事が出来なかった。家に捨てられたんだぁっ!!だから…だからこの復讐は!!ユースと俺にとって当然の事なのだ!!」


「…もういい。わかった。」


 サジリアスは勝手に1人で勘違いをしていたのだ。ユースは自分の身体が弱い事になんの恨みも抱いてなかった。サジリアスは自分と同じ『弱い者』としてユースを見て、思い違いをした。





 …だが、姉ユースは『強かった』。

 自分の適正を見定めて、そこで最大限に活用しようと必死にもがいていた。


 だからロウランは姉を尊敬した。姉の様に、自らの能力と適正を活かす方法を学んだ。





「最小限で、弱点に、最大限の効果を…か。」

「……ハァハァ、はぁ?」


 ロウランの口から、思わずユースの口癖が出る。ロウランはサジリアスには心底呆れてしまっていた。最早、この目の前の矮小な男はロウランにとって何でも無かった。興味すら薄れていた。


 この茶番をさっさと終わらせよう。そう思った時だ。







「ハァハァ…あと少しだった。あともう少しユースの魔力が高ければもっと早くあの魔法は完成していたんだ!!……だから、ユースの魔力を………ぐああぁぁぁ!!」



 サジリアスは、とんでもない事を泣きながら口にした。



「まさか…」

「ユースは…私の施術と魔力の増大化に、耐えられ無かったんだぁ!!」

「貴様がぁ…姉様を殺したんだなァァァァァアア!!」



 ハックの幻覚が、最も大きく歪む。最早周囲は闇と同化していた。



第139話 END

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